「イチゴじゃないか」
「うわ汚ぇな!」
「おい口調が戻っているぞ」
「いいだろ、別に。気にする性質でもあるまいに」
「……人前では止めろよ」
「その程度の分別はあるよ」
切腹騒動の翌日、私とヘルガーは摂政執務室にいた。摂政である私に宛がわれた部屋である。
総統室には劣るがそれなりに豪華な家具で占められていた私の執務室は、今や機械や書類に埋もれ見る影もない。床に引かれた赤い絨毯は愚か、執務机の木彫すら判別できない。
私はそんな機械の山の中からある物を取り出してヘルガーに放り投げた。
「? なんだこれ?」
「アンプルとボディスキャナーだ。データが欲しいからアンプルを飲んでスキャナーをつけてその辺で座ってろ」
「人体実験じゃねぇか!」
「怪人だろ?」
「怪〝人〟だろ!」
喚きおるわ。死に損ないが。苦労して拾った命なんだから有効活用したまえ。
ヘルガーは大人しく従うことに決めたのか、アンプルを丸呑みした後血圧計のようなスキャナーを手首につけ適当な機械の上に座った。壊すなよ。
言いつけ通り大人しくしているヘルガーは積まれた有象無象を眺めながら呟く。
「しっかしなんでまた……。ここに来てからまだ数日だろ? それなのにこんな……。お前散らかし魔か?」
「必要な物を集めて必要なだけ置いて片付けるスペースが無いからこうなっているだけだ。片付けられるスペースと時間があればちゃんと綺麗にするさ」
「散らかす奴の常套文句なんだよなぁ」
うるさい奴。思ったよりフランクな性格だったようだ。荒くれ、慇懃、フランクとこいつへの印象がころころ変わる。次はどう転ぶか楽しみになってくるくらいだ。
執務机の上に置いたノーパソのキーボードを叩きながら脇に置いた資料を流し見る。ついでに腕につけた電圧計を使って自分の戦闘スペックも図る。ドクターの提示したスペック通りの性能が出ればいいのだが……。
そんな私をヘルガーは呆れた目で見ていた。
「なんつーか……やべぇな。激務って感じだ。そこまで仕事回ってくるのか?」
「いや? 今やっているのは八割方情報収集だ。今後ローゼンクロイツをコントロールしたり敵対勢力を懐柔したりする為のね」
「それでこんな有り様ってか?」
「まぁ私がやっていることなど、組織がこのまま運営していくには不要な物ばかりだよ」
今ノーパソでやっているのは敵対勢力のデータを基にしたシミュレーション。戦力、経済力、政治力がどう推移するかの観測を行っている。どういう風に介入すれば一番ローゼンクロイツに得があるかを予想する試みだ。
見ている資料はローゼンクロイツに所属する怪人の詳細なスペックだ。具体的に活用するプランは思いついていないが、頭に入れておいて損はない。ヘルガーと決闘した時のようにね。あの時は予めヘルガーを倒す事を決めて覚えていたが、いつ反逆が起こされてもおかしくないのだ。だから先んじて記憶しておく。
自分のスペック把握も大事だ。己を知り敵を知れば百戦危うからず。何事も知ることが大切なのだ。
だから私が今おこなっている行為はつまり、私の為の情報収集だ。
「……保身だよ。私はここまでやらなきゃ生き残れないのさ」
ここにある機械や資料のほとんどは情報や新技術であり、私のレベリオン・プランを成功させる為の布石だ。
あの計画を通さなければ私は生き残れない。新参で総統の補佐という不安定な立場だ。信用を失い、失敗の責任を取らされて処刑されるだけだろう。
ヘルガーは首を傾げた。
「なら何故ここまでして摂政の地位にしがみつく? 派手に動かず戦闘員として成り上がった方が安全だったんじゃないか?」
「それはそうだ」
悪の組織に入るならば、実は下っ端からのスタートが一番安全だ。積み上げたキャリアは堅固な土台となる。……まぁ戦闘員としてヒーローにブッ飛ばされたり、研究員としても実験に失敗し被検体に襲われたりするがね。
だがそれじゃあ、
「百合の……新総統閣下のお役に立てないじゃないか」
「………」
「私は自分の為に来た訳じゃない。百合の為に来たんだ」
でなければ進んで悪の組織と関わらない。ヒーローの方がマシだ。
だけど百合が総統に選ばれてしまった。ならば、支えてあげなければきっと百合は傷付いてしまう。
全ては百合を守る為だ。その為に私はなんだってする。
「……まぁ、なんだ。確かに今度の総統閣下はお優しそうな人だよな」
「そうとも。優しい子だ」
昨日の切腹騒動の後、百合に顛末を報告する際ヘルガーも百合の人柄に触れた。
ケジメをつけた左手を痛ましそうに抱え、手当てを施した。そんなことしなくても怪人なのだから、傷口ぐらいはすぐ塞がるのに。
百合だってそれは理解している。だけど見過ごせない。目の前で怪我をしている人が居ればすぐに駆けつけるのが我が妹なのだから。
包帯を巻かれた左手を見ながら、ヘルガーは呟く。
「……どんな総統でも俺たちの忠誠は変わらないけどな。仕えがいがあると思ったよ」
「そう思ってくれたら姉としても鼻が高いよ」
うーん、シミュレーションが上手くいかない。データ不足か。ローゼンクロイツについての情報はあらかた集まって来たけどやっぱり他組織は情報不足だよねぇ。
しゃあない。別の作業を……。
そう思った瞬間、ノックの音が響いた。
「申し訳ありません。摂政殿はいらっしゃいますか?」
どうやら来客のようだ。
「入りたまえ」
「失礼します」
頭を下げながら入って来たのは、顔面全てを覆い隠す白い仮面を被った軍服姿の兵士だった。彼はローゼンクロイツの一般戦闘員の一人。下級戦闘員はみんな彼のような格好をしている。
「何用かね?」
「ドクター・ブランガッシュが新体制怪人試作一号が完成したとのご報告です」
「そうか、見に行くととしよう。下がって良し」
「ハッ!」
従順な戦闘員君は敬礼し退室していった。うーん、キビキビ動いて見ていて気持ちがいい。上に立つ人間としてはやっぱり訓練された兵士の上に立ちたいよねぇ。
座っていたヘルガーが首を傾げた。
「なんで口頭なんだ? 通信で知らせればいいじゃねぇか」
「まだ私へのホットラインが整備されていないんだ。ほら私はここに来てまだ数日だからね」
「ここまでやっておいて今更それ言うか?」
部屋の惨状を指さすヘルガーに、私は肩を竦めて誤魔化した。
◇ ◇ ◇
改造室といっても一部屋だけでは無い。様々な用途を目的とした部屋の集合体、区画をまとめて改造室と呼称している。
その内の一つ、改造人間の評価を行う部屋へと私とヘルガーは入室した。
入ってすぐ目に入るのは、大きなガラス窓。そしてその前に並ぶモニター群と、それを観測する研究員たちだ。
その中の一人が入室した私に気付く。ドクター・ブランガッシュだった。
「おお、摂政殿! 来て下さったか!」
ドクターのその言葉に、研究員たちも一斉に振り返った。
「あれが……」
「改造室の救世主……」
「女神か……」
……まぁそう呼ばれるのも無理はないということは理解しているが、少々こそば痒い。自らの利益の為に相応しいことをしただけなのだが。
「試製カンダチmkⅡの被験者……」
「あの欠陥品の……」
おいちょっと待て。それは知らないんだが?
私が問いただそうと研究員に近づいて行くと、ドクターに袖をひっぱられガラス窓の前に立たされた。
「では摂政殿。我らが成果をご覧にいれますぞ」
いやそれより私の体に埋め込まれた物が欠陥品らしいんだが……。まぁいいか。どうせどうにもならん。
ここに来た本来の目的、試作一号怪人を拝見しようじゃないか。
私がガラス窓の中を覗くと、丁度怪人が出てきたところだった。
全長は人間とさほど変わらない。基本的には普通のシルエット。まぁ巨体にしたところで人間社会では使い辛い。広い戦場ならばともかく、市街戦ならば人間大が一番だ。
だが頭部だけは異形の形だった。三角形……いや丸みを帯びている。完全な三角形では無い。赤く、表面には無数の粒のような物体が付いている。首元は緑色の葉っぱのような物が覆っていた。
植物型怪人……っていうか、アレって。
「イチゴじゃないか」
「はい、イチゴです」
はいじゃないが。
怪人の頭部はどう見てもイチゴだった。真っ赤で熟れて、市場に並んでいたらつい手を出してしまうだろう。品種はとちおとめだろうか。いやどちらかというとその前身の女峰に近い……ってそんなことはどうでもいい。
「イチゴ……なんでイチゴ?」
「バラ科ですから」
ああそうか、確かにイチゴはバラ科に属する植物の一つか……。だからなんだよ。
「いや、意味あるか? イチゴだぞ?」
「イチゴだって出来ることはたくさんありますよ」
「どんな?」
「甘い香りを撒き散らせます」
「……他には?」
「種をマシンガンのように飛ばせます」
「……通常のマシンガンを携帯するのとどちらが強い?」
「………」
「おいなんとか言え」
駄目だこいつら……迷走から抜け出せてねぇ。
戦闘能力の無い怪人を作ってどうするんだ。いや百歩譲って戦闘能力が無いのはいい。だけど隠密にも工作にも役立たない怪人を作ってどうするんだよ。
ガラスの向こう側のイチゴ怪人はのたのた歩き部屋の中央まで辿りつく。なんか頼り無い動きなんだが、もしかして。
「視覚はあるのか?」
「聴覚、嗅覚はありますよ」
「視覚はあるのかって聞いているんだよ」
「ははは、どう見ても目がないじゃないですか」
「じゃあ逆に耳はどうしたんだ」
哀れ過ぎる……視覚が無いとか、どうすればいいんだ。
というか、こんな改造を受けた戦闘員が可哀想すぎる。
「戦闘員はおもちゃじゃないんだぞ……」
「ふ、いえ違います摂政殿」
うん? 何が違うんだ?
「あの怪人は栽培によって生まれた存在です」
「なに? ……畑で採れるのか!?」
「正確にいえば栽培プラントですが」
つまりあのイチゴ怪人は人間を素体に作り上げたものではなく、プラントで栽培した動く植物ということになる。つまり野菜のように作り出せる。
畑で採れる兵士というのは指揮官の理想だ。兵士を育てるのにはどうしても時間がかかるし、そもそも徴収できる人間は短期間では育たない。
ゲームのように何もない空間から兵士が徴兵できる訳でもなく、指揮官という者は戦いの度に目減りしていく兵士に頭を悩ませるものだ。
それが、畑で兵士が採れるとなれば……涙を流して喜ぶだろう。
「それは素晴らしい!」
「ありがとうございます。摂政殿ならばきっと理解して下さると思っていました」
うん、さっきまで迷走しているとか思ってごめんね! とてもいい怪人だよ!
しかしその評価も戦闘試験の様子を見て吹き飛んだ。
「……種マシンガン当たってないんだが」
「視覚がありませんからねぇ」
「っていうか、行動にインテリジェンスが感じられないんだが。言われたこと以外歩く事すら出来ていないんだが」
「まぁ頭がイチゴですから。脳みそなんてない訳で……」
成程な。
「ボツ!」
「そ、そんな~」
逆に通ると思ったのかよボケェ!!