「……浮いたかっ!」
ついに遺跡を起動させる時だ。
中央部の広場に主要のメンバーが集まっている。
バイドローンのバイオ怪人、シンカー、アッパー、ダウナー。そして隷下の魔法少女ウィンド†はやて。
ローゼンクロイツの特務騎士ヘルガー、魔術部門暫定部長蝉時雨、そして私ことエリザベート・ブリッツ。
この作戦の責任者たちが広場に並び、遺跡の巨大な装置の前に立っている。
「制御装置を制御する機械は問題ありません。いつでも始めてください」
巨大な地球儀のような装置の隣でローゼンクロイツ製の機械を操作している構成員がオーケーサインを出す。私とシンカーはうなずき合う。そしてシンカーは手にしたアタッシュケースから聖遺物を取り出した。
シルヴァーエクスプレスより奪取したこの砂色の像は遺跡を起動させるキーだ。心臓を模っているように、この遺跡の心臓部として作用する。
「鍵はあります。燃料の方は」
「揃っている。問題ない」
私は制御装置に繋いだ機械、に更に繋がれた奴らをチラリと見た。
そこにはチューブを突き刺された大量のイチゴ怪人がいた。その数、なんと二百体。
広場を埋めるほどにずらりと並んだ彼らは、いわば生け贄だ。
「……起動に生命エネルギーが必要な遺跡、か」
この計画に私たちが必要だった最大の理由がこれだ。この遺跡、『イザナ』は動かすのに大量の生命エネルギーがいる。他のエネルギーで代用することは不可能だ。よって起動させ運用するには燃料用の大量の生物が必要だった。
バイドローン側は当初自前で用意しようとしたらしい。シンカーは大量のキメラ戦闘員を従えている。それらを燃料にしても遺跡は動くだろう。しかしそれではシンカーの手駒がほとんどいなくなってしまう。
そんなところにローゼンクロイツの新幹部の情報が入ってきた。イチゴ頭の奇妙な怪人を大量に従える、つまり私の情報が。
イチゴ怪人は人間ではないが、元は植物で生物だ。Iランサーを使ったように、生命エネルギーは持っている。遺跡の生け贄としては最適だった。
「……起動します」
シンカーが砂色の心臓を制御装置の台座に押し込んだ。窪みにはめ込まれた聖遺物はその瞬間からまるで生きているかのように脈打ち始め、その鼓動は光の波紋となって遺跡全体へと広がっていった。
遺跡が目覚めた。素人の私でも分かった。
そして並んだイチゴ怪人たちに変化が現れる。
「イチゴ怪人たちの生命反応が急激に弱まっていきます」
構成員が報告を聞きイチゴ怪人の一人を覗き込むと、その瑞々しいイチゴ頭が萎れ始めているのが分かった。中にはまだ新鮮さを保っている個体もいるが、ほぼ全てのイチゴ怪人が何かに吸われるように枯れ始めていた。
「007、194ダウン」
「すぐに交換しろ」
イチゴ怪人のうち二体が倒れた。イチゴ頭は完全に枯れ葉色に腐り、身体は老人のようにしわしわに萎んでいた。私が指示を出すと、構成員が走り別の部屋からイチゴ怪人を連れてくる。倒れたイチゴ怪人をチューブから外し、新しいイチゴ怪人を繋ぐ。こうして遺跡の動力を確保するのだ。
遺跡内のいくつかの部屋にみっしりと詰め込んだイチゴ怪人は全部で二千体に及ぶ。
「……人間じゃなくてよかった」
話には訊いていたが、実際に見るとそう思う。片付けられていくイチゴ怪人は全てを吸い尽くされ、まるでミイラだ。あれがもし人間だったらと思うと、流石の私でも想像したくない。
「機械で制御していなければ、この部屋にいる全てが対象だったというから更にぞっとする」
本来この遺跡はこの広場にいる全ての命から生命エネルギーを吸う。広場にいるだけで死を意味するのだ。チューブに繋がれたイチゴ怪人のみが吸われるだけで済んでいるのは、ひとえにローゼンクロイツの機材のおかげだった。私たちの技術力ってすげぇ。
更に制御装置から出力される古代式のデータを翻訳しモニターに映すことも出来る。
「エネルギー安定……起動規定値まであと20%です」
モニターの一つを前にした構成員が報告する。何人ものローゼンクロイツ構成員が遺跡を管理し、トラブルの兆候があればすぐに私に知らせてくれる手筈だ。未知の遺跡を扱うだけに、万全の体制と言っていい。
「97……98……99……100! 規定値到達、浮上します!」
構成員がそう叫んだ瞬間、ガコン、と足下が大きく揺れた。
地震のように断続的に上下左右に強く震えるような揺れではない。例えるならば、エレベーターが動き出したかのような揺れだ。
身体が見えない力で押さえつけられる感触。百合との訓練で何度も味わった、重力の重さ。
「……浮いたかっ!」
途端、モニターの一つに映像が映し出される。それは土塊や、岩肌の映像だった。暗がりの中で辛うじて見えるそれらが、まるで滝のように落ちていく。遺跡の埋まっていた、山が崩れる映像だ。
やがて轟音が鳴り響く。それと同時に、モニターの風景も大きく変わった。
どこまでも晴れ渡る、大空へと。
「……本当に」
話に聞いていただけで、半信半疑な部分もあった。しかし、本当に浮き上がったのだ。全長――200mに及ぶ巨大な遺跡が。
別の画面には遺跡の全体図が映し出されている。外から浮いている遺跡を見れば、おそらく独楽と鳥をかけ合わせたかのような不思議な構築物に見えているだろう。
思わずみんなモニターに映し出された青空の映像に魅了される。モニターの映像は外の景色のリアルタイム映像だ。真っ青な快晴が、どこまでも続いている。
「現在、高度500m……なおも上昇を続けています」
「安定しているか?」
「数値上は」
「よし、制御テストを開始しろ」
構成員に指示し、機械を操作させる。本当に遺跡が制御できるか、早い内に試さねばならない。高度を変えたり、前後に進んだり、曲がったり。いくらか試して、一通りの操作は可能なことを確かめる。
「よし、大気圏ギリギリ、雲よりも上、空が青黒く見えるくらいに上がれ」
「了解!」
操舵担当の構成員に命令する。今現在の高度は人に目撃されてよろしくない。人目につかない高さまで上がる必要があった。遺跡内部の気圧は保たれているから、空気の心配はいらない。
もっとも、山肌を崩してしまったし、山があったのは田舎とはいえ人の目はあるはずだ。ここからは、邪魔が入る前に迅速に行動しなければならない。
「よし、なら――」
『……おはようございます、マスター』
矢継ぎ早に指示を出そうとした瞬間、声が響いた。
「……何?」
『ご指示を願います』
柔らかい、女性の声だ。広場全体に響き渡る。ローゼンクロイツから持ち込んだ機材には、そんな機能は盛り込んでいない。
「シンカー?」
「把握している現象です。遺跡の資料に記載されていました」
私より遺跡に詳しいシンカーに問うと、知っていたという回答が返ってきた。私には、教えられていないが。
「……遺跡制御用の古代人工知能ですね」
『はい。名称は遺跡と同名の、『イザナ』と申します』
制御用の人工知能。そんな物があったのか。なら、なおさらそんな重要な物があったことが私に教えられていないんだ?
『ご命令を』
指示を請う人工知能、『イザナ』に対し、シンカーは笑みを浮かべながら命じた。
「では、命令します……この遺跡の神髄」
バイドローンの最大の泣き所は、バイオ怪人の数の少なさである。
ウィルスに適合出来なければ知性を失い、もしくは死に絶える。今のところ、適合率を上げる手立てはない。
バイオ怪人を生むには……投与を繰り返す他、ない。
「生命の培養……すなわち、ウィルスを全人類に散布します」




