「……いよいよ始まるか」
「よし、これでどうだ?」
「……すごいな、本当に痛みが引いた」
ベッドの上で、ヘルガーが体を動かし具合を確かめる。身体は快適そうに動き、痛みは無さそうだ。
「よくやった蝉時雨」
「まぁ、それが最初の仕事だったからな」
私は蝉時雨をねぎらった。
ここはローゼンクロイツ本部の医務室。ヘルガーの治療を蝉時雨に頼み、今丁度終わったところだった。
魔導書を片手に持った蝉時雨が疲れたように肩を回している。
「ふー……魔導書の助けがあったとはいえ、難しい施術だった」
「ご苦労。魔術部門としての活動は、明日からでいい」
「……そうだった、帰れないんだったな」
がっくしと項垂れる蝉時雨。なんだ? 百合の元で働けるんだから本望だろう?
そんな蝉時雨を見てヘルガーは、
「……お互い苦労しているな」
と同情した。その言葉に蝉時雨もヘルガーと顔を合わせる。
「あんたもか」
「似たような立場だ」
「そうか……大変だな」
「……頑張ろう」
「ああ」
なんか勝手に分かり合ってる。
ま、元気になったようならよかった。これで作戦も再開できる。
「と、いうわけでバイドローンとの共同作戦も最終段階だ。一週間後くらいに開始する予定に決まった」
ヘルガーのベッド近くの椅子に座りながら私は説明する。
「すでに遺跡に機材のセットは始まっている。実際に動かすのが一週間後ってことだな」
「……話には聞いていたが、本当に動くのか」
「何の話だ?」
蝉時雨が疑問を挟んできた。折角の拾い物だから、こいつにも役立ってもらうか。
「私たちは、バイドローンと共同作戦を展開している。その最終段階は、超技術で作られた古代遺跡を起動させることだ」
「古代遺跡……本物か?」
「魔術結社が占領していたぐらいだ、少なくとも眉に唾をつける必要は無いだろうな」
バイドローンの目的はフォーマルハウトから奪った古代遺跡を動かすことだ。用意した機材は遺跡を操る為の助けで、シルヴァーエクスプレスから盗んだ聖遺物は遺跡を励起させるキーらしい。そして、私たちローゼンクロイツにしか出来ないこともしなければならない。
「動かしてどうなるかはまだ分からない。具体的な説明はない……もしかすると、意図的に避けられているのかも」
はやては事情を詳しくは知らない。それが情報を絞っているということなら、私たちにはあまり知られたくないことなのかもしれない。
「……怪しくないか?」
「怪しいとは思うが、報酬は前払いしてもらっているからな……」
私が助けられたことと、シルヴァーエクスプレスで得た利益を考えると断ることは出来ない。代わりに求められることがどんな要求になるか恐ろしいし、もしバイドローンと全面戦争になったら屈強なバイオ怪人に押し負ける可能性もある。こちらから反故することは出来ない。
だが勿論、向こうから手を切られた場合は別だ。
「用意した機材は私たちで干渉できるようにしてある。万が一私たちを裏切るようなら一斉に停止させられる」
無論裏切られた保険は用意してある。ローゼンクロイツ製の機材なのだから、当然私たちの思いのままだ。上手くいけば遺跡も奪える。もし裏切られたのなら、それで逆襲してやる腹づもりだ。
「ま、それはもしもの話だ。それまでは普通に協力するつもりだよ。はやてちゃんもいるしね」
「あぁ……あの魔法少女、お前のところのじゃなかったんだってな。あの懐きっぷりからてっきりお前の部下かと……」
「そうならよかったんだけどねぇ」
そうだった、作戦を終えるまでにはやてのことも考えておかないと。
やれやれ、やることがいっぱいだな。
◇ ◇ ◇
と、いうわけで一週間後だ。
少々展開が早いか? しかし考えることはいっぱいだったが実際にやることは準備くらいで戦闘なども特になかった。なので約束の日があっという間に訪れるのも不思議ではない。
その間に、ヘルガーは全快していた。
「もう大丈夫か?」
「あぁ、蝉時雨からのお墨付きも貰った。万全だ」
それなら大丈夫か。
一方、件の蝉時雨は機材の周辺を忙しく走り回っている。魔術的見地からの調査を頼んだのだが、肝心の魔術師が奴しかいないのでワンオペだ。成果も上がっていない。これが終わったら魔術師を増やしてやるか。しかし当てが捕虜にしたフォーマルハウトしかいないんだよなぁ。
「……いよいよ始まるか」
私たちは今、遺跡の中心部にいた。マハヴィルと戦った大広間。そこに機材と人員を設置し、遺跡は小さな研究所みたいになっていた。
その一角から歩いてくる緑色の影。
「ええ、これで私たちの野望が果たされます」
久しぶりに見る、シンカーだった。背後にはキメラをぞろぞろと引き連れている。
「いつもみたいに液状化させないのか?」
「これらは遺跡内部に配置しようかと。いざという時の為の侵入者除けです」
「……なるほど?」
悪の組織の作戦に介入しようとする連中は、同じ悪の組織かヒーローのどちらかだ。
つまりこいつらはそういった奴らから妨害される危険性があることをやろうとしている。……当然か。悪の組織の野望なんて、どんな物でもヒーロー許すはずがない。
「間違って私たちを襲うなよ」
「はっはっは。まぁ気をつけさせますよ」
挨拶を終えたシンカーが去った後に、アッパーとダウナーも顔を見せる。
「ハッハー! いよいよって感じで高ぶるぜテンション!」
「………」
いつも通りの暑苦しさと寡黙っぷりだ。
「そうだな。君たちと顔を合わせるのがこれで最後かと思うと、少し名残惜しいが」
「そうかいオーバー? ま、確かに同じ顔かは分からないなフェイス! じゃ、また後でシーユー!」
「……? それはどういう……」
去ろうとするアッパーの不思議な言葉に問い返そうとすると、くいと裾を引かれた。
「ん?」
「あの……エリザ、おはよう」
はやてだった。なんだ、続々やってくるな。
こちらもいつも通りの翼を生やした魔法少女姿だ。
「あぁ、おはよう。旅行の疲れは残っていないみたいだね」
稲穂色の翼を見ても、穴の跡は見受けられなかった。全快している。
「うん、大丈夫。……その、エリザ」
「ん?」
「この作戦、終わったら……」
……あぁ、この作戦が終わったらこの共同態勢もなくなるからね。寂しいのかも知れない。それと、約束だな。
「勿論、終わったら遊びに行こう」
「! う、うん!」
はやてはパッと笑顔になって頷いた。うれしそうだ。すぐにシンカーに呼ばれたが、いつもと違ってパタパタとテンション高く駆けていった。
「……はやてちゃん」
だが、いつもは陰気に嫌そうにしてシンカーに仕えている。それは痛ましい。解放するには……
「この機材、邪魔くさくないかオーバー?」
「………」
はやてを捕らえたのは構成員に絡んでいるあの二人にシンカーを含めた三人。はやての生殺与奪を握っているスイッチを持っているのも、あの三人だろう。それを持たれている限り、はやては自由になれない。
……奪うか? いや、あの怪人三人を全員相手して生き残れるとは思えない。無理だ。
……買うか? しかし貴重な魔法少女、どれだけふっかけられるか……しかも三つだ。
「うーん」
「……なに考え事しているんだ?」
「うわっと!」
思考に没頭していると、後ろから蝉時雨に話かけられた。
「お、脅かさないでよ……」
「お前が上の空だっただけだろ。それより、いくつか分かったことがあるが報告を聞くか」
「ん、あぁ聞かせて貰おう」
居住まいを正して報告を聞く。
「まず、この遺跡の名前は『イザナ』だ」
「イザナ? ……ここ日本だし、神と魔術を崇めるフォーマルハウトが資料を持っていたと考えると……浮かぶのは二柱だな」
日本における最古の神。夫婦であるその神たちの名前は、イザナギとイザナミだ。この遺跡は、そのどちらかと関係する遺跡なのか?
「分からん。だがフォーマルハウトとかいう連中がここを狙っていたのは、神云々の方だな。ここは建造に魔術が使われた形跡が薄い」
「古代の超技術ってことか」
世界には私たちの知れない不思議が山ほど存在している。いちいち驚いてはいられない。古代人が現代以上の文明を築いていたことなんて、ザラにある。
「解析は出来そうにないか」
遺跡の正体を探るのは難しそうだ。この遺跡を制御するための装置はローゼンクロイツ製だが、私たちは注文通り作っただけで遺跡に対して理解があるわけじゃない。起動すれば機械を通してある程度は理解出来るだろうが、今の段階では何も分からない。
「資料を覗ければな……」
そもそもどんな機械を作れば制御できるかバイドローンが把握できたのは、フォーマルハウトから奪ったこの遺跡の資料のおかげだ。なのでその資料さえ見られれば遺跡の概要も分かるのだが。
「……お願いしてみるか?」
「やめとけ、見せてはくれるだろうが……」
「……必要な情報は省かれそうだな」
今までの情報のブロック具合を考えれば、あり得そうだ。
だがここまで来てしまった以上悩んでもどうしようもない。
「仕方ない……座して待とう」
「大丈夫なのか?」
「駄目そうなら、なぁに」
私は蝉時雨を振り返りにやりと笑った。
「悪の組織するだけさ」




