「確か日本には一石二鳥という言葉があったか? 実践しようか」
ダメージをまるで感じさせない足取りで近づいてくるプライマル・ワンと対峙しながら、私たちは戦闘態勢を取った。私はサーベルを構え、はやては両手に魔法陣を出現させる。蝉時雨はじりじりと後退して逃げようと……って待て。
「どこ行く気だ」
「いやいや! 僕は敵わんだろう!」
「逆に聞くが、逃がしてもらえると思うか?」
そう問うと、蝉時雨は口を噤んだ。途中から魔導書の捜索に専念したとはいえ、プライマル・ワンの大立ち回りをこいつとて目撃している。その脅威を知っていれば安易に逃げられるとは到底思えないのは、こいつも同意見だろう。
「安心しろ。魔導書を守らなきゃいけないからお前はカバーする」
「つまり僕にとっての命綱だから、決して捨てるな、と……」
よく分かってる。それを捨てて逃げたら、容赦なく見捨てるぞ。
視線でそう告げると、蝉時雨はこくこくと頷く。物わかりが良くて助かる。
「でも実際どうするの? 勝てるとは思えないけど……」
はやてが冷や汗を垂らしながら言った。確かに、三人の能力を結集したところでおそらく敵わない。敵は今まで戦ったヒーロー、ユニコルオンやビートショットよりも格上の、最強の敵だ。
ユニコルオンのように巨大なエネルギーを操るわけでも、ビートショットのように分厚い装甲を持っているわけでもない。竜兄みたいに数々の武器を瞬時に切り替えられるということも無い。
だが、倒せるビジョンが見えない。そんな威迫を持った相手だった。
それでも方策を練る。
「とにかく、隙を見つけてこの場から逃げ出すことが出来ればこちらの完全勝利だ。倉庫街から脱出すれば後は人混みに紛れられる。街はまだ騒がしいはずだしね」
もう時刻は深夜を回っているが、それでも遠くから賑やかな気配は伝わってくる。人の多い街の中心まで逃げれば、いくらプライマル・ワンでも追いかけてくることはできないだろう。
「はやてちゃんが前衛、蝉時雨が後衛、私が遊撃だ。蝉時雨のカバーを優先するつもりだから、はやてちゃんは頑張ってくれ」
「ん、分かった」
私の作戦にはやてはこくりと頷いた。このフォーメーションで一番負担がかかるのははやてだ。はやてが消耗しきるまでにプライマル・ワンの機動力を削ぐか、逃げ切る算段をつけなければならない。
「……相談は終わったか?」
余裕を見せつけるプライマル・ワンが問うてくる。それに私は自信たっぷり(のよう)に答えた。
「あぁ、世界最強のヒーローを倒して名を上げるのは私たちだ」
「僕が一番強いという訳ではないのだがね……」
苦笑するプライマル・ワン。いや、私たち怪人からすればあんたらチーム内の強弱はどんぐりの背比べだから。全員強いという意味で。
その会話を皮切りに互いに仕掛ける。私が紫電を放ち、プライマル・ワンは駆けだした。
予想していたことだが、私の放電はあっさりとプライマル・ワンのスーツに弾かれた。プロテクターで防がれずとも、スーツ自体が耐電性に優れているようだ。メガブラスト級じゃないと通じないな……。
その突進を、はやてがすれ違いざまに触れることで止める。はやてお得意の、浮かせる魔法だ。流石に魔法を防ぐことは出来ないのか、プライマル・ワンの身体が僅かに浮き上がる。
「む……」
お、これが通じるのならもしかしたら楽勝か? ビートショットのようにバリアは張れないはずだし、浮いてしまったのなら竜兄のジャンシアヌのようにスパイクで踏ん張ることも出来ない。このまま浮かせて急降下でフィニッシュ……!
そんな考えは甘えだと、すぐに思い知らされた。
「コールアヴァランチ。トイボックス001から003」
そうプライマル・ワンが呟いた瞬間、空から雷鳴のような音が聞こえた。
「は? ここ屋内じゃ……」
アル・カラバは衛星から見つからないよう天井を覆った街だ。なので雷雨が降ろうと天気は変わらないし、そもそも遮断されているのでそんな音が聞こえるはずもない。
それでも聞こえたとするなら、本来は雷鳴以上の轟音……ってこと?
「街の機能を損なうことは、不本意だけどね」
プライマル・ワンの言葉と、天蓋を貫いて鉄の塊が飛来するのはほぼ同時だった。
「は……」
鉄の塊は倉庫街のコンクリートの床を砕きながら着地する。衝撃波が発生し、私と蝉時雨は軽く転んでしまう。
更に鉄塊は二つ降り注ぐ。
「うわあああああっ!!」
「なん、っだこれ!」
衝撃波に翻弄される私と蝉時雨。立ち直って目撃したのは、屹立した三つの箱だった。
ピカピカの金属で構成された箱はまるで金庫のように頑丈そうだ。大きさは3メートルくらいか。人一人余裕で入れそうだ。
そして、その色は青と赤、そして銀に彩られていた。
「こ、れは……」
その色分けに私は嫌な予感がした。というより、明らかだ。
「002、装着」
プライマル・ワンの言葉と同時に、箱の一つが開き内容物が飛び出した。
それは小型の飛行機、のようだった。青と赤のカラーリングのそれはプライマル・ワンへ飛んでいくと、変形する。
手足ににまるで鎧のように纏わりつき、最後に飛行機の翼部分が体を覆うようにドッキングした。
身につけた重みで、プライマル・ワンは着地する。
「な……」
そこにいたのはさっきまでのプライマル・ワンではなかった。
全身に一回り太いアーマーを装着し、全長も2メートル半を超えている。マッシヴな印象を与える全身だ。特に腕が太く、タイヤかドリルのような形状のガントレットを両腕に装着していた。
「合体、しただと……」
思い出した。プライマル・ワンは世界有数の財閥、グランド財閥の嫡男で、天才発明家の妹がスーツやそれ以上の兵器を造ってるんだったか……。
「人工衛星アヴァランチから地上へ向けリニアカタパルトで射出したシールドトイボックス……らしい。理屈はあまり知らなくてね」
「ご説明どうも……」
……人工衛星。ってことは、宇宙から射出された……のか。よく見ると箱は赤熱している。大気圏を突破してきた証拠だ。
これだけの質量が宇宙から降り注いだら街ぐらい吹っ飛びそうなんだけど……いや、考えるのはよそう。どうせすごい技術が出てきて打ちひしがれるだけだ。
「このアーマーの重さなら、本体が軽くされても問題ないな」
「なら、もう一度そのアーマーを触ればいいだけのこと!」
はやてが空中で旋回し、プライマル・ワンへ急降下する。いや、それは焦りすぎだ!
「確か日本には一石二鳥という言葉があったか? 実践しようか」
そう言ってプライマル・ワンは片腕を天に掲げ、ガントレットのホイールを回転させ始めた。回転はたちまち風を作り出し、なんと竜巻を巻き起こす。
小さくはあるが、紛う事なき竜巻だ。空気の渦はプライマル・ワンと、空にあるはやてを中心に吹き荒れた。
「うっ!?」
はやては風に巻かれ、竜巻の中心に囚われる。逃げ場のない、哀れな小鳥と化したはやてにプライマル・ワンは追撃を行う。
「ハァッ!」
プライマル・ワンの足下のコンクリートが砕け散った。重機のような足が地面を割り砕き、プライマル・ワンを中心にひび割れる。まるで氷の張った池を割るくらいに気安く。
コンクリートの破片は舞い上がり上昇していく。はやてを囚えた、風に乗って。
「うぅっ……くっ!」
コンクリートの破片程度、はやての障壁なら易々と防げる。石ころで墜とされるほど柔な小鳥ではない。ぶち当たる破片を破砕しながらはやては堪える。
だがプライマル・ワンの腕はもう一本残っていた。
「前菜は終わりだ、メインディッシュをお届けする!」
竜巻を発生させている方とは反対の手のひらを空へと向ける。手のひらのパーツが展開し、青白い……胸の丸い輝きと同じ光が煌々と輝き始めた。
「チッ!」
私は舌打ちをして地面に手をつける。
臨界を突破した光は眩しいぐらいに煌めくと、プライマル・ワンの手を離れ、一条の光となってはやてへ放たれた。
「うくっ!?」
閃光ははやての障壁を一瞬で貫き、翼に穴を開けた。羽ばたくことの出来なくなったはやては竜巻にまかれ舞い上がると、そのまま墜落を始める。
「っとぉ!」
障壁の割れた今コンクリートの地面に激突すれば魔法少女といえどただでは済まない。私は着地点へ滑り込んでキャッチする。……なんとなく、はやてをキャッチする機会が多い気がする。
手の中のはやてはぐったりとしている。意識はあるが、額には脂汗が浮かび辛そうだ。翼は羽が焦げ、拳大の痛々しい穴が開いていた。
「戦える?」
「……だいじょ、痛っ!」
気丈に答えようとしたはやてだったが、翼の痛みに顔を顰める。それだけではなく、翼が小刻みに痙攣し始めた。
「っぁ……こんな、時に発作なんて……」
運悪く、バイオ怪人特有の発作が重なってしまったらしい。翼だけではなく、本人も苦しそうだ。翼の穴を魔法で治しても、これでは飛べない。
私ははやてをそっと立たせ、背後に庇った。
「役割交代だ。私が前衛、はやてちゃんがカバーに回って。出来る範囲でいいから」
「ぅ……ごめんなさい……」
「大丈夫。左程不利になる要素じゃないさ」
……どうしたもんかね。勝算が八割減だ。
プライマル・ワンは腕のホイールの回転を止め、竜巻を解いた。バラバラと降り注ぐコンクリート片を避けつつ、私はサーベルをプライマル・ワン向けて突きつける。
「やってくれたね。百石一鳥ってところだけど」
「……レーザーを撃つ瞬間、軽い電撃で狙いを反らされた。本来なら胸を貫いていた筈だったんだが……」
怖っ。まぁ相手はヒーローといえど不殺を貫いている訳じゃないからな。危ないところだった……。
電撃は勿論私の仕業だ。地面に手を突いて、プライマル・ワン目掛けて流した。それなりの出力で狙ったんだが、反らすのが精一杯か……電撃でオーバーロードってのは狙えそうもないな。
「……超電磁ソード」
手に持ったサーベルに紫電を纏わせる。腕のプロテクターだけでビームサーベルを弾いていたプライマル・ワン相手に通じるとは思えないが、無いよりはマシだ。
「よし……っておわぁ!?」
紫の光を湛えたサーベルを見ていたら、プライマル・ワンが殴りかかってきた。なりふり構わず後ろに下がる。叩きつけられた拳は地面に小さなクレーターを作った。
「あっぶ……うぅ!?」
それだけでは終わらない。巨体に見合わぬスピードで体勢を立て直すと、打撃の連打を繰り出してきた。ジャブに、ストレート。どれも致命の鋭さを秘めているそれらを決死に躱す。
「こ、なくそぉ!」
大胆なフックを身をかがめて避け、懐に潜り込んでサーベルを叩き込む。装甲に斬りつけても効果が無いのは目に見えている。狙いは間接部!
そう思って膝目掛けて叩きつけたサーベルは、カキィン! と軽快な音を立てて至極あっさりと弾かれた。
「っ……駄目か!」
思わず顔が歪む。間接狙いでも通じない!
斬りつけた後の一瞬を突き放たれた、胴体狙いのプライマル・ワンの膝蹴りを、咄嗟に体との間に差し込んだ義手で受ける。
「ぐっ……!」
ミシリと嫌な音が鳴るのを聞きながら、私は吹っ飛ばされた。地面に着地する私へ、距離を詰めてくるプライマル・ワン。休憩もさせてくれないのか。
変な音が聞こえたが、義手は……まだ動く。ならいける!
「だったらメガブラストで……ぎっ!?」
突然体を突き抜けた痛みに思わず膝を突いてしまう。痛みの根源は胸。まさか……さっきの異音は肋の折れる音? ガードしたにも耐えきれず肋骨が折れてしまったのか?
「しまっ……」
膝を突いた私の隙を見逃さず、プライマル・ワンは拳を繰り出した。




