「全部吹き飛べええええぇっ!!!」
戦況は混沌としていた。
倉庫内という限られた空間を目一杯使って飛び回る。狭いだとか泣き言を言っている暇は全くない。光の刃を翳す航空参謀と斬り合いながら、かっ飛んでくるコンテナを躱して反撃する。私は目の前のジェットストームへ暗器を投げつけ、はやては眼下のプライマル・ワンへ魔法弾を叩き込む。しかしどちらも大して戦果を上げられなかった。
その返しに破裂音が響く。
「ぐっ……!」
反撃にジェットストームが拳銃を一丁クイックドロウし撃ち込んできた。躱し損ねた私はなんとかそれを義手で受ける。幸いにも銃弾は既製品だ、受け止め切れた。結果的に義手の装甲が傷ついただけで無傷。
しかし大きな隙が出来た。そのまま追撃が来れば、私は致命傷を受けてしまったかも知れない。……だがそうはならなかった。ジェットストームはジャンプして突撃してきたプライマル・ワンの拳を回避することに精一杯で、私を狙う余裕はない。
二対一対一の三つ巴。互いが互いを潰し合う攻勢。
「きついな……」
プライマル・ワンの攻撃がいちいち致命に繋がるのは勿論、ジェットストームの動きも厄介だ。全ての動作が素早く精錬されている。派手な攻撃こそ無いが、サーベルの一閃は鋭く、拳銃の一発も正確だ。
私たちが渡り合えているのは人数差のアドバンテージと、撃破を考えず凌ぐことに集中しているからだった。
魔法少女であるはやてすら。
「きゃっ……!」
克ち合った二人を見て漁夫の利を狙って、はやては生成した魔法の武器で斬りかかる。しかし、鉄板を容易く両断する筈の刃はあっけなくプライマル・ワンのプロテクターに身体ごと弾かれてしまった。
弾き飛ばされたはやてを空中でキャッチする。
「っと、大丈夫か」
「だいじょう、ぶ、だけど」
悔しげに激突し合う両者を悔しげに睨み付けるはやて。その肩をぽんと叩き励ます。
「歯が立たないのは仕方ない。それよりどう凌ぐかだ」
凌ぐことを優先している私たちと違ってプライマル・ワンとジェットストームは激しくぶつかり合っている。そこを突いて両者の疲弊を狙うのが一番の上策だが、
「フッ!」
「ぬわぁっ!」
「危ない!」
跳んだり跳ねたりしてジェットストームを牽制しながら、ついでといわんばかりにプライマル・ワンが手近なダンボールを投げつけてきた。魔導書のぎっしり詰まった相当に重い箱の筈なのに、その弾速はまるでメジャーリーグのストレートの如しだ。
はやてが前に出て障壁で受け止めてくれたからいいようなものだ。そうでなければぐしゃっと上半身が潰されていた。
「これは……凌ぐことすら難しいな」
ついでで完封されてしまいそうだ。それだけの実力差がある。
まだ探し終わらないのか? と目線で蝉時雨を探すが、流石に戦闘中の私たちから見える位置では探していないようで見当たらない。頼もしいが、焦燥も湧く。早く見つけてくれ……!
そう思っている間にも、隙を見つけたジェットストームからの銃撃が飛んでくる。反撃と言わんばかりにはやてが魔法を放つが、ジェットストームは悠々と躱す。そんな攻防を繰り広げる私たちを纏めて落とそうとプライマル・ワンは壁を蹴ってジャンプし、私目掛け拳を振るう。何トンもの威力を持つパンチを受けたら粉砕骨折じゃ済まないので、当然必死になって避けた。
「キッツ……!」
避けたことで目標を失ったプライマル・ワンはそのまま反対側の壁に着地し、また壁を蹴り飛びかかる。壁を使った立体起動! 今度の餌食ははやて……と空中で対峙していたジェットストームだ。
「グッ……!」
はやての油断ならない魔法の攻撃を警戒していたジェットストームは気付くのが遅れ、その拳を喰らった。咄嗟に防御態勢をとって腕でガードするが、それで防ぎきれない衝撃が全身を貫いたことは端から見ても分かった。
装甲のいくつかが弾け飛んで、ジェットストームは地面に叩きつけられた。
「ガッ……グアァッ!!!」
コンクリートの床を跳ね、ダンボールの山に衝突するジェットストーム。あんな機械のアーマーをつけたジェットストームが、そしてあの巨体を持つチペクウエが吹き飛ぶくらいだ。私が受けたら……そう考えると木っ端微塵になるイメージ映像しか浮かばない。
ともあれ、ジェットストームは相当なダメージをもらったようだ。起き上がろうとする姿にも力が無い。まずいな、もう決着か?
床に降りたプライマル・ワンが私たちを警戒しながらもとどめを刺すべく近づいていく。
「ど、どうするの……?」
「むぅ……」
隣で指示を仰ぐはやてに何も答えられず私も唸る。
まだ蝉時雨から探し終えたという報告はない。時間稼ぎは必要だ。ジェットストームの介入が無い状態でプライマル・ワンと対峙する……そんなのは御免被る。
「仕方ない、私がメガブラストを撃って注意を引きつけ――」
「クソがああああああっ!!!」
私が作案しようとした瞬間、ダンボールの山の中でジェットストームが吠えた。
「なんでこうも上手くいかねぇ! なんでいつもこうなる! クソが! クソが!」
拳を叩きつけ、駄々をこねるように罵倒を吐く。その姿は子どもが癇癪を起こしているようにも見えた。
「俺様の思い通りにならねぇなら……!」
そう呟くと、ジェットストームの全身の装甲が開く。両腕、両腿、肩、胴体。四角く開いた装甲の下には、丸い形状の物がびっしりと詰まって……って、まさか。
「全部……!」
あれって、マイクロミサイル!?
「全部吹き飛べええええぇっ!!!」
叫びと共に、ミサイルは全方向へ発射された。
煙の尾を引いて飛び立った小型ミサイルはあちこちに着弾し、轟音と共に爆発する。コンクリートもレンガもコンテナも、皆平等に弾け飛ぶ。
「ぬわああああっ!!」
「ひゃあっ!」
勿論私たちも当たったらただでは済まない。あのミサイル、大きさは消しゴムくらいなのに車を吹き飛ばすくらいの威力がある!
あんなのを連続で受けたらはやての障壁もただでは済まない。私? 一発で木っ端微塵だ。
倉庫内は一瞬で爆発と飛び散る粉塵で埋め尽くされた。
「にげろおおおおっ!!」
必死に空を飛び、二階のガラス窓目掛け突っ込む。当然悠長に鍵開けの魔法を使う暇なんて無い。はやては魔法刃で、私は蹴りで窓ガラスを割って外に飛び出す。
脱出し振り返ると、一際大きな大爆発が起きた。窓ガラスが全て粉砕し、爆風が外にまで届く。
「うあっ!」
「ひゃうっ!」
爆風に吹かれた私たちは地面に叩きつけられた。受け身をとって着地し、倉庫へ顔を上げる。
「……うわ……」
013番倉庫は見事大炎上していた。窓も屋根も燃え上がり、中の火の手の勢いを物語っている。レンガの壁も所々崩れ、その崩壊は続いている。遠からずあの倉庫は倒壊するだろう。
「中にいたら、焼き鳥だな」
「……それ、ブラックジョーク?」
はやてがジトッとした目をしながら背中の翼で私をはたく。そ、そんなつもりじゃ……。
私は話をそらすことにした。
「ジェットストームとプライマル・ワンといえど、これでは無事には済まないかもな」
「……それは、確かに」
あれだけの爆発の嵐だ。一流のヒーローとヴィランであっても厳しいだろう。哀れなのは気絶している間に巻き込まれてしまったギャング共か。流石にあの爆発では命は……あ?
「あ、まずい」
「何が?」
「蝉時雨……」
「……あ」
爆発炎上する倉庫を二人でぽかんとした顔で見つめる。そうだよ、あの中に蝉時雨いるじゃん……。
「ど、どうするか。助けに行くか?」
「でもあの火勢じゃ……」
轟々と燃える火の手は激しく、消防士だって中に入ることを断念するだろう。障壁である程度防げるはやてでも、あの炎の中に飛び込むことは憚られる。勿論私は論外だ。電磁シールドは熱を遮断できない。
つまり、助けにはいけない。
「……いやぁ、惜しい奴を亡くした、ぐえっ!?」
しみじみと蝉時雨を惜しんだ瞬間、背後から拳骨が頭に振り下ろされた。
驚いて振り向くと、今まさに話題にしていた人物が。
「蝉時雨!」
「勝手に殺すな。先に外に出ていたんだよ、爆発する前から」
蝉時雨はまったくの無傷だ。煤で汚れてすらいない。ミサイルの爆撃より前に倉庫の外に出ていて、それで難を逃れたようだ。
「いつまでも化け物の集まった倉庫にいられないからな」
「そうか、無事で何よりだが……」
私は返しの拳骨を左で握りながら問うた。
「先に外に出ていた? 私たちを置いて?」
「……あ」
「ほうほう。必死に戦っていた私たちに何も言わず、倉庫の外に、ねぇ?」
それはつまり?
「勝手に一人で逃げようとしたなテメェ……」
「い、いやいや! ほら、目当ての魔導書は大事だろう! だから大事に確保しようとしてな!」
「言い訳は無用だ! 歯ぁ食いしばれ!」
「やめろぉ!」
「ね、ねぇ!」
逃げようとする蝉時雨のローブの首根っこを捕まえてぶん殴ろうとすると、はやてが倉庫の方を向きながら肩を叩いてきた。
私はお仕置きを一旦中断してはやてに向き直る。
「どうしたんだい? はやてちゃん」
「あの……あれ……」
はやては倉庫の一点を指さした。つられて注視すると、そこは火の燃えさかる壁の穴。
炎と崩れるレンガ以外見えないはずのそこに、大きな人影が浮かび上がった。
「……マジかよ……」
炎の中より歩み出てきたのは、赤と青のスーツを着た大男だった。スーツは多少煤けているが、怪我らしい怪我は見当たらない。
「ジェットストームもなりふり構わないことをする……おかげで逃げられてしまった。しかし野望は潰えたし、あの怪我ではしばらく表に出られないだろう。悪くない戦果だ。だが……」
手で身体を軽く払うと、煤すらも刮げ落ちた。最初に見たときと全く変わらない姿となった男――プライマル・ワンは私たちを見据える。
「手ぶらで帰るのは性に合わなくてね。現地の犯罪者を捕まえるくらいはしておこうかな」
「少しは休めよヒーロー……!」
圧倒的なタフネス。
世界最強のヒーローにとっては、煉獄の如き炎もそよ風に等しかったようだ。




