「俺様が新たなニューリーダーとなる!」
アル・カラバは夜も眠らない。
世界の大都市と比べるとまだまだ未発展に見えるこの街だが、その活気は勝るとも劣らない。倉庫の屋根の上に立つと、遠くで煌々と灯る明かりが目に映った。流石に音は聞こえないが、賑やかな喧噪の気配ぐらいは感じる。
しかし流石に夜の倉庫街に人気はなく、とても静かだ。
「うぅん、夜風が気持ちいいね」
遮る物のない屋上で私は軽く伸びをした。夜の外というのは中々開放感に満ちていると思う。私が後ろ暗い住人だからなのかもしれないが。
そんなことを呟く私を、すぐ隣の蝉時雨がジトッとした目で睨んできた。
「のんきなもんだな。これから殺し合うってのに」
「あぁ、そうだ。どうしようかな……海外だし……」
私が不殺を守るのは百合を傷つけない為だ。その為ローゼンクロイツにおける全ての活動で死者を出さないよう心がけている。だが流石に海外なら大丈夫か……?
いや、やめておこう。はやての口から漏れてしまえば百合が傷つくかもしれない。今日も同じだな。
「いや、殺しは駄目だ。怪我程度で収めろ」
「はぁ!?」
蝉時雨が目を剥く。
「いやお前、これから倍以上の人数がいる倉庫へ飛び込むんだぞ!? そんな悠長なこと言ってられる……」
「百合が悲しむ」
「ならしゃあないか」
ケロリと蝉時雨は手の平を返し私の言葉に頷いた。当然だな。しかし今度は反対側の隣にいるはやてがジト目になる。
「エリザが増えた……」
こんな奴と同類にしないでほしい。
さて、眼下に見えるは目的の013番倉庫だ。変わらず門番として二人の銃を持った男が見張っている。それを見て蝉時雨が唸った。
「まずはあいつらをどうするかだな」
「いや何も正面からいかなくてもいいだろう」
赤煉瓦の倉庫の二階部分には窓がついている。はめ殺しではなく縦に開閉できるタイプのように見えた。
「あそこから入ろう」
「だが鍵がかかっているんじゃ?」
蝉時雨の疑問に私ははやての肩をポンと叩くことで答える。
「魔法少女がいるだろう?」
「あぁそうか……」
納得した様子を見せる蝉時雨。魔法少女は様々な魔法を使える。それも一々呪文や使い方を魔導書から習得しなければ使えない魔術とは違い、使い魔やアイテムから好きに魔法を引き出すことができる。普段使わないような魔法でも即座に使用可能なのだ。
そして人知れず戦う魔法少女は、立ち入り禁止の場所であっても許可なく入らなければならないことがある。当然、
「鍵開けできるよね」
「……できるけど、悪用するための魔法じゃないからね」
「何を今更」
私たちは泣く子も黙る悪の組織だぞ。使用することそのものが悪用だ。
「だが問題は二階から侵入する手段だ。どうやってあそこまで行く?」
蝉時雨が疑問を呈した。窓の近くにベランダなどはない。
だが、それも魔法が解決してくれる。
「喜べ蝉時雨」
「な、なんだよ」
「風船の気分が味わえる貴重な瞬間だぞ」
「はぁ?」
「ぬわあああっ!」
「おい静かにっ、しろっ、ばれるっ」
「だからって、こんなの叫ばずにいられるか!」
倉庫街は静かで、下手に騒げば警備のギャングたちに聞き咎められてしまう。だが蝉時雨の気持ちも分からなくもなかった。
背中の翼で羽ばたき、はやては窓の前で鍵開けの魔術を使用していた。琥珀の魔方陣が輝き、窓の向こう側の鍵を動かしている。鍵開けの魔法だ。単純な鍵しか適応できないが窓程度なら開けるのに造作も無い。
そんなはやての隣で、私たちは紐に縛られて浮いていた。
「うぅ、ぐるぐる回る……僕の三半規管はあまり丈夫じゃないんだぞ……」
「我慢しろ……これが得意な奴はそうはいない」
はやての得意魔法の結果だ。物を浮かせる魔法を私たちにかければ、バッグより軽量な荷物の出来上がりだ。こんな風に容易に持ち運べる。シルヴァーエクスプレスで金塊を運んだときと同じように。
唯一の欠点は、運ばれる私たちが軽い地獄であることか。うぐ、これ無重力みたいに勝手に回ってしまうのか……。
「はやてちゃん、早く……酔う……」
「待ってて、中に入ったときにばれないよう消音の魔法もかけるから」
「うぅ、細かな気遣い流石だけど若干恨めしいぃ……」
そのまま私たちは十分ほど浮遊することとなり、風船や宇宙飛行士の気持ちを存分に味わった。
開いた窓から侵入する。幸い窓は人一人がくぐることはできるぐらいの大きさだった。翼のあるはやてが少し苦労したが、あらかじめかけておいた消音の魔法が役立って、小さな物音はかき消された。
私と蝉時雨はぐったりと冷たい床に身を投げ出した。
「うへぇ……もう二度としたくない……」
「同じような魔術があっても、絶対僕は覚えないぞ……」
同感だ。といっても、私は自前で飛べるが。
しばらくそのまま転がっていたかったが、潜入は時間との勝負だ。まだ悲鳴を上げている三半規管に鞭を打ち、周囲の様子を確認する。
吹き抜けとなっていて、二階部分には細い通路しかない。欄干からこっそり身を乗り出して下を見てみると、そこには多数のコンテナとダンボール、十人ほどの銃を持ったギャングたちがいた。
「……やっぱり中にもいるよね」
「あぁ……あ、見ろあそこ」
同じように下を見ていた蝉時雨が下のある一点を指さす。注視すると、積まれたダンボールに腰をかけた人影があった。
シルエットは人間だが、明らかに他の警備とは違う。
長身の男で、全身にアーマーを纏っていた。赤と白の派手な色彩に塗られた、全体的に刺々しいアーマーだ。翼竜と戦闘機を掛け合わせたかのようなデザインで近未来的。ハイテックが使われていることは想像に難くないな。背中側は大きく膨らんでいて、何か背負っているように見える。
「あいつは誰だ?」
「確か……」
頭に入れたディザスターのデータから、照合する姿を探し出す。
「確か、航空参謀ジェットストーム、だったか。ディザスターの怪人、いや海外風に言うとヴィランか?」
ディザスターはその全貌は謎に包まれているが、ヒーローたちと何度も敵対してきたヴィランたちは名前が通っている。その一人がジェットストーム。ディザスターとして知られた有名ヴィランだ。
ジェットストームは、自分の周囲を囲ませた部下に上機嫌に話しかけていた。
「はっはっは! アル・カラバで大量に仕入れたこの魔術の道具たち! これを本国へ持ち帰れば俺様だけの軍団が作れる!」
「おめでとうございます、ジェットストーム様」
「がっはっは! まだ早い!」
口ではそう言いつつも、まんざらでは無さそうに部下に答える。
「ふふふ。魔術軍団で総統閣下を追いやり」
ジェットストームは胸を叩き、
「俺様が新たなニューリーダーとなる!」
と声高らかに宣言した。
「総統閣下も流石に魔術には疎い! 魔術軍団でディザスターを乗っ取り、そして……」
得意げに説明するジェットストーム。フルフェイス故に表情は分からないが、にやけている気配は伝わってくる。
「そして、この俺様が世界征服を主導するのだ! あぁ! 長年夢見てきた理想がついに現実となる日が来た! がっはっは!」
……なんか、なんだろうか。ちょっと馬鹿っぽい……。
「間抜けそうだな」
蝉時雨も同じようなことを思ったらしい。私も同じ印象を受けたが……。
「いやどうだろう」
内心で同意しながら、口では否定した。なぜなら驚くべきデータを記憶しているからだ。
「あぁ見えて、ディザスターのNo.2らしい」
「なっ!? ……確かか?」
「仕入れた情報の上では、な」
この事実はいい方と悪い方に考えることができる。いい方に考えればディザスターという組織は人材不足、あるいは縁故によって無能を採用する組織なのだと解釈できる。しかし悪い方にとれば、
「性格を補って余りうるほど戦闘能力が高いのかもしれない」
No.2ともなればヒーローと争った回数は一度や二度ではないだろう。二桁ですら足りないかもしれない。それでもなおその地位を保っているならば、まぎれもなく強敵だ。今の私たちの戦力で戦うのは難しい。
「……どうする? 僕は当てにしないで欲しいが」
「していないさ。だがやるしかないだろう。さっきも言ったが、真正面から行く必要はないんだ」
今回のミッションは医療系の魔導書を盗むことだ。なら必ずしも戦う必要はない。
「こそこそと隠密行動をとって目当ての物をいただくぞ。その為の魔術は用意してきたんだろ?」
「……まぁな」
蝉時雨は頷いて、懐から何かを取り出した。それは革のメガネケースで、取りだした眼鏡を今までつけていた物と掛け替えた。片手に木片を持ち、呪文を唱える。
「……『夜に備え、火に怯えよ』」
木片が砕け、レンズがわずかに色づく。薄い紫色だ。
「……よし、暗視の魔術は成功だ」
「なるほど」
どうやら使ったのは暗い中でも見通せるようになる魔術らしい。眼鏡はその魔道具か。これで奴は明かりをつけずとも文字が読めるようになった。これで探しやすくなる。
私も真似をしよう。
「はやてちゃん、私にも同じような魔法をかけてくれ」
「え? ……うん」
一瞬戸惑ったような声を発したはやてだったが、言うとおりに私に暗視の魔法をかけてくれた。
が、今度は私が戸惑ったような声を上げることになる。
「な、なんじゃこれ」
まるで網膜に油が塗られたかのように見にくい! 虹色の歪みが視界を阻害して、目の前の景色が洗剤で掃除中の窓ガラスを通したみたいになっている。これじゃまともに文字が読めない!
「ど、どういうこと」
「あー、やっぱそうなったか」
「蝉時雨?」
「目に働きかける魔術って網膜に直接かけるから、本来の目の機能と阻害し合って見にくくなるんだよな。他の身体機能と比べて視覚って繊細だし。魔法も同じか。……魔術師はその辺、自前で微調整するんだが」
私じゃ視覚強化の魔術が使えない。だからこんなことになってしまうのか。
……あぁ、眼鏡型の魔道具を使っている理由がわかった。
「面倒な微調整を避けるために、レンズに魔術をかけた訳か」
「そういうことだ」
得意げに眼鏡をクイッとやる蝉時雨にイラッとくる。けどこれが魔術師の知恵か。魔術の使い勝手の悪さをこうやって克服して、誰にでも扱える物に落とし込もうとしている。
ただ……。
「それでその眼鏡、いくらぐらいになる?」
「……日本円換算で90万円となっております」
「ま、そんなもんだよね」
これだ。魔術ってのは高くつく。
魔術ってのは価値が高い素材やら代償を用いるほど高い効果を発揮する。つまり魔術というのはとても金がかかる物なのだ。この眼鏡も、多分暗視ゴーグルの方が安くつくだろう。
私たちが今盗もうとしているのも、そんな感じだ。
「必要な物を盗んだら奴らの損害はどれくらいになるかな?」
「……多分、ばれたら命狙われるくらいじゃないか」
おぉ怖い。精々見つからないようにしよう。
「よし、階段まで移動して降りるぞ。ここから飛び降りるのはリスクが高いからな」
欄干から飛び出して下に降りるのは出来なくもないが、まず目立つ。消音の魔法は領域に張るものだから、今この場から出れば普通に音が鳴る。先にはやてが降りて消音の魔法をかければ二人分の足音は消せるが、そもそも翼を広げたはやては暗闇でも目立つ。羽ばたくし。
なので私たちは目立たないようしゃがんで移動しつつ、階段を目指した。
「……見つけた。けど」
目当ての階段はあっさりと見つかった。しかし欄干の間からこっそり下を覗くと階段の出口が見える。
そこには見張りのギャングが立っていた。
「んぐぐ」
「二階に警備がいないのは、出入り口が限られているからか。当たり前の話と言えば、当たり前だが」
歯噛みする私の隣で冷静に考察する蝉時雨。感心している場合じゃないんだよ。
「どうするんだ? 殺す……のは駄目か。気絶させるのか?」
「うーん……」
蝉時雨の相談に私は考え込む。
「まだ襲うのは早いな……いざとなったらやるけど、できる限り痕跡は残したくない」
警備を気絶させたら、当然侵入者のことが露呈する。侵入中に起きないよう寝かせるのは勿論だが、後で侵入者がでた事実がばれるのも避けたい。魔道具が多少なくなっても数え間違いや紛失として考えて混乱する程度だろうけど、気絶させた事実、もしくは死体が見つかれば血眼になって探すだろう。
「だがあそこにいては降りられないぞ」
「だよねぇ……」
仕方ない、電撃で気絶させるか。諦める訳にはいかないしね。
「よし、じゃあ」
私が行く、そう言おうとした瞬間、爆砕音が倉庫に響いた。
「んなっ」
「うおっ」
「ひゃっ」
轟音に、思わず三人とも声を出してしまう。大声を出すことは避けたが、それだけその音は大きかった。
何かが砕ける音、鉄板が叩きつけれるような音、ガラガラと崩れる音が連続して聞こえ、倉庫内が騒然となる。
「一体何が……」
状況を確認しようと一階を見回し、私はそれを目撃した。
鉄扉がひしゃげ、レンガの壁が崩れた入り口に立つ、タイツのようなスーツを着た大男を。
「僕が、正義だ」
胸の光が、暗闇で煌々と輝いた。




