「あぁ、窮屈で快適な、そして最低で最高の時間がやってきた」
と、いう訳で倉庫街へとやってきた。
赤レンガで出来た倉庫が立ち並び、見通しの悪い景色が広がっている。普通は港町にありそうな光景だが、この街には港どころか空港すらありはしない。なんでこんな場所があるのか分からなかった。
「今更だけど不思議な街だなぁ」
「ホントに今更ね」
ポリポリと口の中で音を鳴らしながらはやてが言った。手には街で買った砂糖菓子の袋がある。色とりどり……というより、食べ物らしくないような色ばかりの、この街特産らしいお菓子だ。金平糖に似ている。
「それ、おいしい?」
「サクサクしてる」
「そう……」
頬袋いっぱいに砂糖菓子を詰めている様子はリスみたいでかわいい。仕事中だと突っ込みをいれたいが、とぼけた姿の方が警戒をかわせるのでそのままにしとこう。
「……013番。あの倉庫だな」
蝉時雨に書いてもらったメモと照らし合わせて目的の倉庫を確認する。見た目は周りの赤レンガ倉庫と変わりの無い、普通の倉庫に見える。一点を除いて。
「見張りが付いているな……」
倉庫の鉄扉の前には、銃を持った二人の男が立っていた。守衛といったところか。
「警備は厳重、かな」
見張りを立てる訳だから、あの倉庫の中にはそれ以上の人数が詰めていると考えていいだろう。銃を持った兵士ならはやてが楽に制圧出来るが、それ以上の……例えば怪人がいたとするなら、ちょっと手間取るかもしれない。正面から乗り込むのは少々危険だな。
「あの見張りが魔術師かどうか、判別できるかい?」
「探知の魔法を使っていいなら」
「うーん、そうか……」
探知の魔法はやはり魔法なので、同じ探知の魔法に引っかかる。魔術でも劣化の探知は使える筈だから、あまりみだりには使わない方がいいか。
「ま、偵察はこのくらいでいいかな」
「いいの?」
「倉庫に盗み入るのを察知されるのは避けたいからね。警備が厳重になったら元も子もないさ」
だから、ここは一旦引いて夜にまた……。
「君たち、ここでなにしているんだい?」
「ひゃいっ!」
「きゃっ!」
背後から英語で話しかけられた。私たちは飛び上がって同時に振り向く。
「あ、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
後ろにいたのは白人の男性だった。
身長は190cmくらい。かなりのマッチョで、まるでプロレスラーみたいだ。顔も相応に厳ついが、暑苦しいというよりはさわやかな雰囲気を漂わせていた。
ディザスターの警備員か! と一瞬警戒態勢を取ってしまいそうになるが、彼の格好はTシャツにカーゴパンツといったラフな姿で、拳銃一つ持っていない。悪の組織の構成員やギャングには見えなかった。
「あ、あはは。変でしたかね?」
私は威嚇しそうになっているはやてを隠すように前に出ながら男性に対応した。男性は首を傾げている。
「いや、でもこんなところじゃ観光出来ないだろう? 倉庫しかないし……」
「それをいうなら、貴方もそうなんじゃ?」
男性の疑問を逸らすように問い返す。実際、お互いに不自然だ。
「僕は仕事だよ。力仕事。貨物を積んだりね」
そう言って男性は腕の筋肉を掲げた。
あぁ、荷物を運んだりする人か。普通はリフトを使ったりすると思うけど、ここだと人力でやってたりするのかもしれない。
だとすると、私たちの方が怪しい。ここは適当に誤魔化すか。
「いやぁ、迷っちゃって。気が付けば似たような景色ばっかで方角もよく分かんなくて……」
「成程ね。それは気の毒に」
「どっちから来たかも分かんなくなっちゃって。すみませんけど、通りの方まで案内してくれたりしませんかねぇ?」
元々撤退するつもりだったので、厚かましいお願いをしつつこの場から自然に離れようと試みる。男性は疑うことなく快く申し出を受けてくれた。
「あぁ、分かったよ。じゃあ案内しよう」
「ありがとうございます」
礼を言い、先導してくれる男性について行こうとする。
だが、そこではやてが私のマントの裾を引っ張った。
「? はやてちゃん?」
「あ、あの……」
振り返ると、冷や汗を流して顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。
「な、なんて言ってたの……?」
判明した事実。
ウィンド†はやて、英検五級で、四級落ち。
「助かりました!」
「いやどういたしまして。観光かな? いい旅を」
「はい! お仕事頑張ってください!」
倉庫街から賑やかな通りに戻ったところで男性と別れた。
去って行く巨体に手を振りながら、私は隣のはやてに話しかけた。
「英語分からないなら分からないって最初に言ってよ……」
「分かる方がおかしいもん……私日本人だし……」
いやそれはどうなんだろうか。英検五級って中学一年生レベルじゃなかったか? それで四級受からなかったって……ちょっと今まで考えたことなかったけど、この子の成績って……。
「ちなみに漢検は?」
「よ……」
「よ?」
「四級……」
……英検よりはマシだけど。
そっかぁ……クール系キャラなのに勉強できないのかぁ……。
「まぁ、勉強が全てって訳じゃ」
ない。とフォローしようとしたところでふと脳裏をかすめる記憶。
それは、ボーリングの球が持てなくて悪戦苦闘していたはやての姿だった。
「………」
「な、なに?」
「今度、百合と一緒に勉強しようね……」
学生に戻れたとしても、その前に勉強させなきゃな……。
◇ ◇ ◇
「やれやれ、こんなところまで迷い込むなんて、危ない娘たちだなぁ」
迷い込んできた観光客二人と別れて、男性は元の倉庫街へと戻ってきた。
「まだ学生かな? 可愛らしかったなぁ。TTあたりならナンパするんだろうけど、僕はどうもな……」
男性は倉庫の一つ、白文字で020番と書かれた扉を開き中へと入った。そのまま中に入ろうとするが、目の前に大きなコンテナがある事に気が付いて足を止めた。タンカーに積まれるような、巨大なコンテナだ。
頭を掻きながら溜息をつく。
「まったく、片付けておいてくれって言ったのに……」
男性はぼやくと、コンテナの下に手を入れ、ぐっと力を込めた。
「ふんっ!」
人間の何倍もあるコンテナだ。普通に考えれば動く筈はない。
しかし、男性はいとも簡単にそれを持ち上げた。
車がすっぽり入るコンテナが、まるで段ボール箱のように男性に運ばれる。
倉庫の端まで運ばれたコンテナは、ドスン、という音が見た目通りの重量がある事を証明しながらコンクリートの床へと置かれた。
「ふぅ……ん?」
額の汗を拭った男性は、自分の胸の中心が光り輝いている事に気が付いた。手の平ぐらいの大きさの、丸い輝きだった。
「おっと……今、力を使ったからかな。さっきは上手く隠せていたんだけどなぁ」
やれやれと男性が首を振っていると、倉庫の二階から別の人物が現れた。
スーツを着こなした白人女性だ。女性は階段を降りながら男性に苦言を呈した。
「ミスターグランド。あまり目立つ行動は控えてください」
「おっと、申し訳無い。君の上司に泥を塗るような行為は控えるよ」
「いえ気にしているのは作戦の成功率です。多少の面目はむしろ潰してやってほしいくらいです」
「TTも嫌われ者だな……」
グランドと呼ばれた男性は苦笑した。
「倉庫の空きが奴らの近くしか無かったので、いつばれるか常にリスクを背負っているんです。顔が知られているんですから、自覚してください」
「まいったな。有名人は辛いね」
グランドは肩を竦め、たった今運んだコンテナを見上げた。
「決行は夜だったか。準備とウォームアップぐらいは済ませておこうかな」
そう言うとグランドはおもむろにTシャツを脱いだ。
露わになったのは鍛えられた筋肉質な上半身と、その胸筋の間に嵌めこまれたライトのように光る丸い物体。
緑色の光を放ち続けるそれを気にすることもなくグランドは堅く閉ざされたコンテナ素手で開いた。
コンテナの中には多種多様で一見用途の良く分からない機械が数多く収められていた。共通する特徴はいずれも青と赤、もしくは銀で彩られていることだろう。
グランドはその中から箱状の物を手に取ると自分の前に掲げ、その箱を右左両方から引っ張った。
「よっと」
箱は引っ張られると同時に変形を始め、細かな機械のアームに分かれグランドの腕を這い始めた。アーム間に布状の物を広げながら、アームはグランドの身体を覆ってゆく。
「んんっ! ……股間を覆う時だけは慣れないんだ」
かつて箱だった存在は、グランドの大きな身体を全て覆った。
それはスーツだった。上半身は赤色、下半身は青色に彩られ、箱を形成していたパーツは銀色のプロテクターとなって各部に装着されている。胸部だけは金色のアーマーが、丸い光を中心に展開していた。
グランドは全身を動かして動作を確かめると、すぐ近くのフックにかけてあった青と銀のヘルメットを被った。
そこにいたのは気の良さそうな男性では無く、一人のスーパーヒーロー。
コンテナの外から見ていた女性が言った。
「お目覚めですね、プライマル・ワン」
「あぁ、窮屈で快適な、そして最低で最高の時間がやってきた」
拳を握り、彼は宣言する。
「僕が、正義だ」




