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「あぁ、この牙は、爪は、元より総統のために」




「ヘルガー君!」


 私とヤクトは現場へ急行した。百合は総統室で待機するように言い聞かせた。総統命令は最後の手段だ。

 向かった場所は施設にいくつかある戦闘員のトレーニングルーム。格技場のような広い造りになっているその場所には今、白い幕が張られ小刀が用意され、そして中心に白装束を着たヘルガーが正座していた。準備万端でいやがる……!


「フ……エリザ殿、か」


 私の姿を確認するや否や薄い笑みを自嘲的に浮かべるヘルガー。その姿はどこか煤けて見えた。

 ヘルガーの後ろには介錯人として刀を腰に佩いたヴィオドレッドが立っている。ローゼンクロイツの一般的な刀剣類はサーベルだから、刀なんてどこから調達したのかと思えば装備部門かい。

 私はヘルガーを制止する。


「やめないか! 総統閣下はそのようなことをお望みでは無い!」

「しかし俺は最早不要でしょう。新たなる最強怪人はエリザ殿、貴女だ」

「あれは不意打ちだ。強靭な戦士である君を打倒すには騙し打ちしか無かった。分かっているだろう!?」


 能力付与の改造のみを受けた私と、全身を獣系列の怪人に改造したヘルガーとでは基本性能に雲泥の差がある。もう一度まともにやり合えば負けるのは80パーセント私の方だ。少しでも油断すれば小技で逆転できる自信はあるが。

 だが荒々しい口調から一転し、慇懃な喋り方をするヘルガーは首を横に振った。


「ですが改造室を強化するということは今後より強い怪人が輩出されるということ。であるならばロートルは引き時でしょう」

「! それは……」


 それは、ある意味では事実だ。獣系列の発展は命じたが、もう既に改造した怪人へ恩恵が出るとは限らない。むしろ望み薄だ。獣系列は神経、筋肉、骨格を黄金比で配置しなければ十分な出力が実現しないので、後から追加で強化手術をするのは逆効果なのだ。

 可能とすれば機械系列の技術での外付け強化だが……その系列は先程私が自らの手で棄却してしまった。

 だから……ヘルガーの今後の強化は絶望的だ。


「だが、後進の育成という重要な役割がある! その役割を放棄するつもりか……!?」

「エリザ殿。最早無理なのです。私は派手に敗北してしまった。総統の任命した摂政殿、貴女に」

「………」


 確かに、大勢の構成員の目の前で敗北してしまったのはヘルガーにとって大きなマイナスだ。しかも相手は新参の摂政。

 戦闘員を率いる立場には相応しくないと考える輩が出て来てもおかしくはない。あの決闘で私は大きく株を上げたが、逆にヘルガーはストップ安になってしまった。

 ローゼンクロイツは総統には無償の忠誠を誓うが、その他の構成員に対しては弱肉強食の姿勢である。装備部門の長であるヴィオドレッドが怪人であるのもそういった事情によるところだ。


 強者には、従う。

 私は組織の性質を利用しようとした。

 弱者には、罰を。

 しかし雰囲気を完全には計り切れていなかった。

 私は彼に、何か罰を与えるべきだったのだ。


 ここでヘルガーを失うのは大きな痛手だった。なにせ戦闘部門は弱体化が決定している。レベリオン・プランだ。評判は落ちてしまったが、ヘルガーが最強の怪人なのは間違いない。そんな彼が居るからこそ戦闘部門の縮小という決断を下せたのだ。

 だから彼が死ぬと計画が大幅に狂う。


 必死に頭を回転させて、彼が死なずに済む道を模索する。

 生半可な温情では駄目だ。私は部屋を見渡す。

 壁際には構成員がずらりと並んでいる。見届け人だ。幹部もいれば若手の戦闘員などもいた。

 彼らの前で下手な温情をかければヘルガーの株はさらに下がってしまうだろう。

 どうすればいい? どうすれば……思考が袋小路に入りかける。


 そんな私の隣で、ヤクトが一歩前に踏み出した。


「ヘルガー殿。早まりなさるな」

「……ヤクトか。なんだ? 俺を嗤うのか?」

「勝ち、負けた。それにそれ以上の意味付けをする意議を拙は見出していない」


 どこまでも武人然としたヤクトはヘルガーに語りかける。


「ヘルガー殿。ここは摂政殿の意見も汲んでくれぬか? ヘルガー殿に死なれたとあれば摂政殿こそが危うい」

「……何だと? 何故だ。今エリザ殿は最強の怪人だろう」


 私も疑問に思う。何が不味いの?


「摂政殿が就任早々、幹部を死に至らしめた……さて、総統閣下はどう思い悩まれるでしょうか」

「「!!」」


 そ、そうだ……うっかり思考が悪の組織よりになって忘れていたけどヘルガーがここで死ねば私は人殺しだ。直接的や間接的は関係ない。人を死に至らせる……これは人を殺す事だ。

 今後悪の組織として辣腕を振るえば当然人は死ぬだろうが、いきなりは不味い。百合は私を摂政に命じたことを悔やむ筈だ。

 更に幹部の粛清という行為をほとんどイの一番にやったと伝われば、私の評判が怖ろしい物となる。そうなれば余計な敵を作りかねないし、総統からの覚えも悪くなる……ヘルガーはこっちの意味で捉えただろう。


「なればこそ、ここは切腹では無く……ケジメ程度で収めるべきです」

「しかし、俺の立場としてはそれでは示しがつかない」

「しからば、こういうのはどうでしょう。今後ヘルガー殿は戦闘部門筆頭を退き、摂政殿の直轄で仕えるというのは」

「なに……?」


 周囲の構成員がざわめく。私も内心では同じだ。だが……ローゼンクロイツとしては、合理的な手段かもしれない。

 ヘルガーも頷いた。


「成程……下した者の配下に付くというのは、確かに分かりやすい理屈だ」


 弱肉強食の掟。力こそ全てという掟は、何も殺し殺されだけでは無い。従えるか、従うか。それすらも力で争うという掟でもある。

 ならば、ヘルガーが私の軍門に下るというのは不自然なことではない。


「……そうだな」


 私は頷いた。そしてコートをはためかせヘルガーに命じる。


「騎士ヘルガー! 私の下の来たまえ。存分にこき使ってやろう」


 ローゼンクロイツでは騎士という階級が与えられることがある。所謂勲章だ。戦果を上げてのし上がったヘルガーも持っている。


「私は罰する! そなたから騎士の位階を剥奪する!」


 処罰として、騎士という階級を奪う。他にも組織に貢献した位階は持っているだろうが、怪人として誉である騎士階級を奪われれば最早まっとうな怪人競争では這いあがれないだろう。それが普通の怪人社会。

 だが私はそこで終わらせない。


「私は命じる! 特務騎士として私の下で従え!」


 特務騎士というのは今でっち上げた位階だ。何の権限もない。

 だが摂政というのはまだ曖昧な位階だ。なので振るえる権力も決まっていない。しかし総統の姉という説得力でゴリ押す。

 そして位階を与えれば、私とヘルガーの間には授与者と被授与者という繋がりが生まれる。


「この場でケジメをつけ、過去を雪ぎ、栄光無き一人の怪人として総統閣下の為に尽くすのだ!」


 ヘルガーを私の元に呼び込み、自由に使える駒に変える。

 当初の予定とは違うが、これならば計画の齟齬は最小限になる筈だ。


 肝心なのは、ヘルガーが応えるか。


「………」


 白装束の狼人は瞼を瞑り、黙して語らない。

 私も、ヤクトも、介錯人であるヴィオドレッドも見届け人たちも待つ。

 そしてヘルガーは重い口を開いた。


「……承知いたしました」


 そう告げたヘルガーは小刀を右手に取り、左手を床に叩きつけ、刃を振り下ろした。

 鮮血。過たず落とされた銀刃は一息に小指を断ち、その繋がりを無に帰す。

 ヴィオドレッドが当初とは変わってしまった介錯人の勤めを果たす。


「見事。その覚悟、見届け申した」


 別たれた小指を拾い、握り締める。そして手を開くと、そこには煙を上げてほとんど溶けた小指であった物が消えかけているだけだった。ヴィオドレッドの怪人としての能力毒精製である。


「二度とは戻らない指を以て、この一席、解決とする。異論ある見届け人はいるか」


 壁際の見届け人たちは沈黙したままだった。

 ヴィオドレッドは頷く。


「ではこの一席、一本締めで占めさせていただく。皆さんご一緒に」


 イヨォ~オッ! パン!


 一斉に手を叩き、これにて切腹を目的として開始された集会は解散となった。

 ぞろぞろと見届け人が退室していき、その最後尾として去るヴィオドレッドが私と擦れ違う際に意味深な視線をよこした。

 未だ何を企んでいるか分からない、中立を標榜する怪人……今の所最も警戒すべき幹部はコイツだ。

 中立とは陣営を寝返る蝙蝠野郎を指す言葉では無い。自分たち以外を排斥する、それこそが中立の生き様なのだ。

 何をするか分からない。用心しなくては。


 そして、後に残されたのはヘルガー、ヤクト、私だけとなる。


「……助かった、ヤクト君」


 私は黒騎士に素直に礼を言った。今回ばかりは、流石に彼の助け舟が無ければ切り抜けることは出来なかっただろう。


「拙はローゼンクロイツの安泰。そして総統閣下の安寧のみを求める一介の騎士です。それゆえの当然の行動です」


 ヤクトの表情は、今度ばかりは窺い知れない。彼が何を求めているのか、その全てを理解できない。


(人の心を百パーセント把握することなど神にも出来ない)


 お父さんの言葉を思い出す。そうだ、浮かれてはならない。分からないことがあるということは、思い通りにはならないということなのだから。


「それで? 俺をどうするつもりだエリザ殿」


 筋肉の収縮で止血したヘルガーが私に問う。器用だ……歴戦で培った技術なのだろうか。

 私は微笑んで答えた。


「先に言った通り、私の下で働いてもらう。今はまだやることはないが……まぁ副官のように仕えてくれ」

「ふん……言っておくが俺は事務方は出来んぞ?」

「知っているとも」


 ヤクトが苦笑する。……そういえばヘルガーとは知り合いの様だった。案外ヘルガーを救いたいから私を助けてくれたのかも知れない。まぁ結果が出ればなんでもいいがね。


 私は右手をヘルガーに差しだした。


「ようこそ特務騎士。総統閣下のために全てを投げ打つ覚悟はあるか?」


 挑発的な私の言葉に、ヘルガーは挑戦的に口角を上げて応える。


「あぁ、この牙は、爪は、元より総統のために」


 ケジメしていない方の手で私の手を握るヘルガー。

 こうして私は、初めての直属の部下を手に入れたのだった。






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