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「どうでもいい、ってね」




 悪の組織、ディザスター。

 アメリカで猛威を振るうトップクラスの悪の組織だ。

 悪の組織というのは人の多いところで活動することが多い。金が集まるからだ。古代人や思想組織だとしても先立つ物は必要だから、怪人の出現率は僻地より都会の方が多い傾向がある。世界でも有数の経済市場を持つアメリカで悪の組織が乱立するのは、当然の流れと言えた。

 そして悪の組織は互いに滅ぼし合う。協力もするが結局は己の利益を優先するのが悪の組織だ。喰い合い、殺し合うのはアメリカも同じで、むしろ世界で一番激しいだろう。

 そんな中で生き残り、君臨するのがディザスターだ。


「……まぁ、奴らが魔術なんていう金になりそうな物を見逃すはずが無いか」


 ディザスターはまっとう(?)な犯罪組織で、金稼ぎが一番の目的だ。魔術は左程便利でもないが、使いようはある。目をつけるのは当然だな。

 怖ろしい相手だ。だが末端なら、どうにか出来るかもしれない。


「倉庫の戦力は分かるか?」

「詳しくは分からない。……僕たちよりは多いと思うが」

「そりゃそうだ」


 三人だしね。

 ……はやてがいれば並みの怪人は圧倒出来るか。逆に私たちは……。


「一応聞くが、はやてより強い自信がお前にあるか?」

「魔法に敵う訳が無いだろう。魔術戦は、それなりだが……」


 魔術戦か……フォーマルハウトの平魔術師と同じ位だと考えていた方がいいか。怪人の前には木人に等しい。それは私も同じだが。

 少ない戦力だが、これでやるしかないな。


「よし、決行は明日の夜にしよう」

「はぁ!? 明日のか!?」


 蝉時雨が目を剥く。時間が無いんだよ。ヘルガーが苦しんでるし、計画もあまり遅れさせられない。旅の疲れがあるし蝉時雨に準備をさせる時間を取って、明日の夜。これ以上は伸ばせない。


「私たちは大して持ち物が無いから、準備はいらないしな」

「くそっ、僕にはあるんだよ。……明日の夜だな、それまでには間に合うか……?」


 蝉時雨が店の奥の扉へ向かった。多分魔道具の準備などをするのだろう。


「……あぁ、ちょっと待ってくれ」


 私はその背中へ声をかけて止める。そういえば、特に武器も持ってなかった。


「ここにある武器を借りていいか? 例えば、これとか」


 先程気になった歪んだ剣を指差す。


「……お前、切断系の魔術を使えるのか?」

「いや、少しも」


 私が覚えているのは魔術に対抗できるような魔術だけだ。呪い対策だからね。もう少しマシな魔術を覚えておけばヒーロー相手に立ち回れたのかもしれないと思うと、魔導書を読みこんでおけばよかったと後悔の念が浮かぶ。


「適当な武器が欲しい。なんかあるか?」

「……厚かましすぎるだろ。なら、これだ」


 蝉時雨は奥の扉を開くと、向こう側から鞘に収まった刀のような物を取り出した。それを私へ向け放り投げる。


「ほら」

「おっと……これは」


 キャッチしたそれをしげしげと眺める。日本刀では無い刀だ。革で出来た鞘に入った物で、サーベルの分類に入るだろう。柄にはハンドガードと、紅い宝玉が嵌っている。抜いてみると、湾曲した刃が露わになった。


「うん……切れ味は悪くなさそうだ。謂れは?」

「五百年くらい前の奴だ。丈夫にする魔術がかかっているが、それ以外の特徴は無い」

「五百年あれば十分だな」


 魔術的に、物が積み重ねて来た時間というのには価値がある。

 一年や二年では特に意味は無いが、百年単位になるとそれ自体が価値を持つ。長く大切にされた物には魂が宿ると言われているが、それに近い。こういう武器はいざという時魔術の代償に出来るし、障壁などに対する優位がある。

 だからこういう年代物のサーベルは魔術戦において強い。本当はもっと昔の武器があればありがたかったんだが。例えば……、


「光忠があればな……」

「みつただ、って、あの刀の? 持ってるのか」

「ちょっとヒーローとの戦り合いで刀身をボロボロにしちゃって」

「おまっ、文化財だろ! 勿体なっ!!」


 蝉時雨が悲鳴を上げる。当然か、銘のある刀は魔術的に見てもお宝だ。光忠は歴史があってなおかつ普通の武器としても強力だった。なまじ強かった所為で使い潰してしまったのが悔やまれる。


「……それ、お前に貸すの怖くなったんだが」

「弁償はするさ」

「それ前提にするのは止めてくれよ。神秘の破壊者だなお前」


 かっこいい二つ名だな。今度から名乗りたい。


「あ、そうだ。宿も貸してくれ」

「なんなの? どこまで言う事聞いてくれるかチキンレースしてるの?」

「こんな美女二人が一つ屋根の下だ、ありがたいだろう?」


 そんな私の返しに蝉時雨は溜息をついた。


「まぁそっちは可愛いと思うよ。でも紅葉ならともかく、姉の方はなぁ……」

「どういうことだコラ」


 確かに百合の方がかわいいと思うけど、だからと言って私を侮辱していい訳じゃないぞ。


「僕は紅葉みたいに貞淑な美女が好きなんだよ。お前は論外」

「こっちだってお前は願い下げだ」


 そんな風にいがみ合っている私たちの後ろではやてがポツリと呟く。


「……美女、可愛い……えへへ」


 頬に手を当て、照れくさそうに笑っていた。


「……なぁあの娘、チョロくないか?」

「褒められることに慣れて無いらしくてな……」


 厳しい環境は、決して人を強くするだけじゃないらしい。






 ◇ ◇ ◇






「……んー、ディザスターの情報は山ほど出てくるが、有力な物は少ないな。流石は一流の悪の組織といったところか」


 その夜私は借りた空き部屋のソファーで寝転びながら、端末の画面を睨んでいた。はやては反対側のソファで寝息を立てている。

 携帯端末からローゼンクロイツのデータベースにアクセスして、ディザスターに関する情報を収集する。しかしその巨大さと有名故に情報量は多いが、肝心なことはほとんど分からなかった。

 アメリカのNo.1ヒーローチーム、100%(ハンドレット)と敵対しているという情報が一番の収穫だろう。


「最強のヒーローチーム、ハンドレットか……」


 悪の組織の数が世界でも有数なら、ヒーローもまた精鋭が揃っている。その中で最強のヒーローが集まったチームが、ハンドレットだ。


 冷静な元軍人、レッドカーネル。

 風使いの美女、エアロマンサー。

 暴走する猛牛、TT。

 サメ、デビルズシャーク。

 そしてカリスマリーダー、プライマル・ワン。


 彼ら五人と、サイドキックスからなるヒーローチームがハンドレットだ。


「……強いんだろうなぁ」


 考えるだけで怖ろしい。ローゼンクロイツが敵対し苦戦しているユニコルオンでさえ日本最強じゃない。世界最強ともなれば、デコピンで組織が吹き飛ぶ想像までしてしまう。

 特にディザスターと長年争っているプライマル・ワンは因縁が深い。

 最強チームのリーダーであるプライマル・ワンと戦って尚、変わらず君臨するディザスター……。


「もし恨みを買ったら……いや、こんな瑣末な出来事左程気にしないか」


 巨大な組織になればなるほど末端には目が届きにくくなる。特に悪の組織故に、敵対勢力から狙われるなんてことはきっと日常茶飯事。気にし過ぎは良くないな。

 そんなことを考えていると、扉がノックされた。


「僕だ、入っていいか?」


 蝉時雨だ。一応ここは奴の家だが、気を使ってくれているらしい。


「いいぞ。だがはやてちゃんは寝ているから起こすなよ」

「まぁ怖いからな。むしろありがたい」


 扉を開けて、奴が入ってくる。ローブを脱いで楽な格好をしている。意外なことに甚平姿だ。手には盆を持っている。


「日本が恋しいのか?」

「いや、怪しげな商人が売りつけてきた。僕が日本人なのを見てだろうな」


 私が身を起こして座り直すと、蝉時雨は隣に座った。


「許可した覚えは無いぞ」

「僕の家だよ、バーカ」


 カチンときたが、奴は盆にホットココアを持参していた。マグカップに二杯。


「魔法少女にって持って来たんだが、寝ているならお前にやるよ」

「はいはい、ありがたく頂戴しますよ」


 マグカップを受け取り、中身の甘ったるい液体を喉に流し込む。体が温まる。ココアを嚥下しつつ、気になったことを聞いた。


「お前の師匠って、出ていったのか?」


 下でそんなことを言っていた気がした。

 蝉時雨はココアを手に肩を竦め、遠い目になりながら答えた。


「ああ、一年……いや、二年前か。突然、『お前が一人前になったから旅に出る。餞別としてこの店をやる。別に閉めてもいいが、中にある物はちゃんとどっかに保管しろよ』……なんて言い残してな」

「奔放だな」

「だが強くて、苛烈だった。誰かさんみたいにな」


 ふっ、と笑みを漏らす蝉時雨。

 ……コイツとは対して仲が良くなかったが、なんだか険悪な感じがしないし、嫌悪もない。

 学生時代に非日常に足を突っ込んだ者同士、連帯感でもあるんだろうか。

 同じことを思ったのか、蝉時雨は語り出した。


「本当はお前を見返す事を原動力に旅に出たんだ。もっとすごい魔術を覚えてお前を見返してやる! ってな」

「……ふぅん」


 相槌を打って先を促す。


「魔術って言う神秘が本当に存在してそれに魅入られたのもあるけどな。けど明らかに格が違うお前に通用した魔術を鍛えれば、すごい奴になれるんじゃないか、って思ったんだ……」


 遠い目のまま蝉時雨は続ける。その語り口は私に聞かせるというより、自分の気持ちを再確認しているようにも聞こえた。


「僕は子どもの頃は愚図で、ハッキリ言っていじめられっ子だった。今となっては学生の頃は底辺そのものだったし、いじめられる理由も何となく分かる。でも当時は自分とは違う人を見上げて羨ましがるだけだった」


 羨ましい、という感覚は分かる。最近は特に。ヒーローの持つ圧倒的な力には何度も羨望の眼差しを向けたものだ。

 だから彼は、百合に見惚れたんだろう。


「誰にでも隔てなく優しい紅葉が、とても眩しく見えた。そして、お前も」

「私も?」


 意外な言葉に、私は驚く。蝉時雨は頷いた。


「あぁ、紅葉の姉、お前もだよ。一人で誰にでも挑んで倒してしまうその姿が、強烈に映ったんだ。……まぁ存在を知った時には自分に矛先が向いていたから、恐怖も覚えたけどな」

「百合に近づく奴が悪い」

「言うと思ったよ。……でも旅をしていて、魔術を深く知って、そして師匠と出会って考えを改めたんだ」

「へぇ、どんなふうに?」


 私が問いかけると、蝉時雨はにかっと笑って答えた。


「どうでもいい、ってね」

「……ほう」


 それはまた、随分と思いきった路線変更だ。


「この世界には知らないことがたくさんある。日本にいても衛星写真だとかで世界中のことを知った気になれたけど、実際にはほんの一割程度も分かってなかった」


 確かに世界には知らないことが溢れている。神秘だとか超常現象だけじゃなく、自然に風習に文明など、実際に行ってみなければ分からないことの方が多い。そして人生を賭けても、全て知る事は出来ない。


「そう考えると、拘っていたことがとてもちっぽけに思えて、今ここでお前とこうして穏やかに語り合っている。だから報酬があれば仕事ぐらいは受けるさ」

「……拘ることも大事だと思うが」


 自分に置き換えてそう発言する。私は家族にこだわっている。広い世界は知っているが、それを感じても私にとっては身内が一番だ。

 それこそ、世界なんてどうでもいい。


「ま、人それぞれだ」

「そうだな」


 ……変な話をしてしまった。

 こんなことより、明日について話し合うべきだ。


「明日、午前中私たちは倉庫周辺を見て回ろうと思う」

「異邦人があの辺を嗅ぎ回ると目立たないか?」

「だから観光を装う。そうすればばれる危険性は減るだろう」

「……減るっちゃ減るか。了解した。僕は夜の準備をする」


 飲み終えたマグカップを盆の上に乗せ蝉時雨は立ち上がる。


「僕は徹夜だ……」

「大変だな」

「ホントに減らない口だな」


 確かに自分でもおしゃべりだと思う。なんだろうね、悪の組織に入ったから口が悪くなってんのかな。


「じゃあ、よろしく」

「あぁ、そちらさんはいい夢を」


 そう言って蝉時雨は去っていった。それを見届けて私もソファーの上に再度寝転がる。

 ……あ、そういやシャワー入ってないや。でも一人じゃ補助器具を外したりするの大変だから、誰かに手伝ってもらわないと入れない。

 はやてはぐっすりで起こすの可哀想だし、蝉時雨に頼むのは論外……。


「……観光がてら香水でも探すかなぁ」


 臭いを気にしながら、私は眠りについた。






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