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「日本を離れて随分遠くまで来たな、オカルト部部長」




『くっ……』

『まったく、よくもやってくれたよね』


 数年前、当時中学生だった私とオカルト部部長は誰もいない学校の図書室で対峙していた。

 その時私は紫の瞳などでは無く、まだ背も低くて制服姿だった。そして目の前には野暮ったい黒縁の眼鏡をかけ、学ランを着た痩せた少年がいた。

 魔導書を抱えた奴を前に、私は竹刀を構えて近づく。


『それが私を呪った奴だよね。渡してもらおうか』


 奴が持っている魔導書こそが呪いの根源だ。魔導書は魔術の教科書であると同時に相手を呪うデバイスにもなる。熟練者は無くても可能だが、基本的に奪えば人を呪う事は出来なくなる。


『ど、どうして僕の邪魔をするんだ! ただ天使を見守っていたいだけなのに!』

『それすらも許せないから、こうして粛清して回ってるんじゃないか』


 もう片手を越える数のファンクラブを潰していた。百合が入学してちょっとでこれだ。思春期って奴らは本当に節操がないな。

 ……後になって自覚するが、この頃の私も思春期を発動して凶暴になっていた。それこそ百合に近づく異性全員に敵意を向けるくらい。

 だから、私はソイツの魔導書を奪い容赦なくファンクラブを解散させた。


『これに懲りたら、もう百合に近づかないことだね』


 魔導書を持って去る私に、奴は捨て台詞を吐く。


『覚えておけ! いつか見返してやる!』

『楽しみにしているよ』


 それっきり、学年が違う所為もあって奴と会う機会は無かった。

 返した呪いが発動して痔になったと、人伝に聞いた位だ。

 だから覚えておけと言われた割に、久しぶりに魔術を使うまですっかり忘れていた。

 ましてや、再会するなんて。






「な、何故お前がここに!?」

「そんな台詞を最近聞いた気が、いや言ったのか?」


 なんて、現実逃避している場合じゃない。

 ここにいるのは在りし日に私と呪い合戦を繰り広げたオカルト部の部長にして百合のファンクラブの一つの会長! 名前は……、


「名前は……えーと、なんだっけ」

蝉時雨(せみしぐれ) 黒人(くろと)だ! お前、どうしてこんな僻地に……!」

「それはこっちのセリフだよ」


 まさかこんな所で邂逅するとは……確かにこの前思い出したが、だからといって中学時代の因縁だぞ。今で会うなんてどんな確率だ。

 眼鏡以外に特徴の薄い人間だったが、記憶にあるより大分ワイルドになっていた。色白だった肌は日に焼け、ローブ越しだが筋肉が付いているのが窺える。海外にいるだけあって、昔より逞しくなっているようだ。

 蝉時雨は狼狽しながらもローブの懐から小瓶を手に取る。


「なんのつもりだ……! 妙な真似をするようなら……」

「妙な真似をするようなら?」


 指を鳴らした。すると背後のはやてがマントを脱ぎ、魔法を発動させて隠蔽魔法を解く。背中の稲穂色の翼が広がり、手に魔法陣を展開する。

 蝉時雨は触媒の小瓶を取り落とした。


「ま、魔法……」

「魔術をかじる身なら、どれほど愚かな行為かよく分かるだろう?」


 魔法は魔術の上位互換だ。魔術には凡人でも使えるという利点があるが、単純に魔法と魔術がぶつかり合ったら魔術が必ず負ける。マハヴィルだってはやての動きを止めることが出来たのは邪眼あってのことだ。

 つまり木端魔術師が魔法少女に敵う訳が無い。


「………」


 蝉時雨は触媒を拾いローブに仕舞った。


「……何しに来た? 呪いの仕返しはもうとっくに済んだだろう」

「風の伝聞で君が痔になったことは知っている」

「痛風にもなったぞ」


 それは気の毒に。


「今日は本当に偶然だ。用を済ましにたまたまこの街を訪れ、たまたま君の店を訪れた」


 そんなこともこの前あった。ビートショットの時と違うのはこちらが優位という点か。おかげで随分気が楽だ。

 私は勝手にカウンター近くに置いてあった椅子を拝借し座る。


「……と、いう事で協力して欲しい」

「どういう事だよ」


 蝉時雨はチラチラと私の後ろに立つはやてを気にしながら先程と同じように腰を下ろした。フォーマルハウトがかかってきたから感覚麻痺するが、魔術師からしたら魔法少女って素手でゴリラと出会うようなものだよなぁ……。数がいなきゃ勝負にもならん。


「所用を済ませる事に、だよ。勿論報酬は支払う。今はそれなりの立場にいてね」

「……だろうな」


 おや、ここに肯定がくるとは意外だが。


「お前が学業を終えればなにかでかい事や変な事をするのは目に見えていた。散々やられたからな。……まさか高校を中退してやるとは思ってなかったが」

「それはそっちも同じだろう」


 さっきは大学生ぐらいと見間違えたがそれは老け顔の所為だった。コイツは私と歳が一つ二つしか変わらない筈だが。


「日本を離れて随分遠くまで来たな、オカルト部部長」

「……懐かしい話だ……」


 ふいに蝉時雨はカウンター近くの戸棚を漁り、瓶を取り出した。


「まだお互い未成年では?」

「葡萄ジュースだよ。まぁ魔術で酒も扱うが」


 ぐいとそのまま瓶を呷り中身を飲む蝉時雨。あれが酒だったらまんま自棄酒だな。


「……ップハ、はぁ……お前に呪われた僕は痔と痛風に苦しみ、高校受験に失敗した」

「オゥ……それは済まなかった」


 まさか人生に関わるレベルで被害を受けているとは。こっちもやられかけたとはいえ流石に本当に申し訳なく思う。

 だが蝉時雨は首を横に振った。


「それに関しちゃ別に恨んで無い。もう今は治ったしな。失敗したのは受験への真摯さが足りなかっただけだ。単純に集中を乱されずに没頭できなかった僕の所為。……無論、痔と痛風の痛みに苦しんだ時はお前を呪いたくなったが」


 危ねぇ、魔導書没収しておいてよかった。


「受験失敗を機に僕は旅に出た。お前との一件で本当に魔術が実在することを知ったからな。習得する為に放浪することにしたんだ」


 ほう……見上げた根性だ。中学卒業でそこまで行動出来るとは中々出来ることじゃない。ちょっと見直したかも。


「無論、我が天使である紅葉のいる日本を離れるのは辛かったが……」


 前言撤回。ゴミだ。

 私は過去の辛さを噛み締めている蝉時雨へ白い目を向ける。構わず蝉時雨は語り続けた。


「紆余曲折あって僕はここに辿り着いた。魔術を知ろうとするなら当然の流れだな」

「まぁ途中で変な魔術結社とかに拾われなければな……それで?」

「この店の先代店主と出会ったんだ。それまでの旅で僕はそれなりの魔術を集めていたから、正直自惚れていた。イキって喧嘩を吹っ掛けたんだが……返り討ちにあってな」


 ふぅー、と蝉時雨は天井を向き息を吐いた。まるで何かを思い出すように。


「その縁で僕はその人を師匠と仰ぎ、従った。今は師匠の留守を守ってこの店の店主をしている」

「成程な……」


 コイツも中々数奇な人生を歩んでいるようだ。少し関わっただけの知り合いの人生を後々になって知るのは奇妙な感じだ……。だが今は感慨に耽っている暇は無い。


「なら一端の魔術師と見做していいな? 依頼がある」

「……癪だ。断る選択肢は?」


 不機嫌そうに頬杖をつく蝉時雨。コイツめ。


「他の魔術師相手なら敬意を以て頼むし駄目なら引き下がるが、お前相手だとな……」


 百合相手に狼藉(勝手にファンクラブ設営、のみ)をしようとした奴が相手だと思うとねぇ……。

 サッと手を上げるとはやてが手の中に魔法の剣を出現させる。それを見て蝉時雨は顔を青くした。


「ちょ……」

「なぁ? もう一回痔になりたいか? 今度は物理的な切れ痔に」

「それ絶対切れ痔じゃ済まないだろ! 尻が無くなる!」

「大変だなぁ、断ると尻が消し飛ぶなんて」

「どの口が!」


 悲鳴を上げる蝉時雨へと、はやてが一歩近づく。


「おぉどうする? 尻とプライド、どっちが大事なんだい?」

「くっ……」


 蝉時雨は悔しげに呻いた後、がっくりと項垂れて溜息をついた。


「はぁー……畜生、分かったよ。だがやるのは適正の範囲だけだぞ。依頼料もきっちり貰い受ける」

「勿論だよ」


 よし、交渉成立だ。いやぁ、魔法少女は交渉に適役だなぁ。


「……なんか、魔法少女を徹底的に間違えている思考が聞えた気がする」






 ◇ ◇ ◇






「……成程、腫瘍を暴走させる魔術か」


 少し時間をかけながら私は蝉時雨に事情を話し終えた。私が悪の組織の幹部になった経緯から話さなければいけなかったので、随分時間をくってしまった。


「そういうのがこっちでもないかと思ってな。特に解除や回復させる方法が」


 私たちがこの街、アル・カラバを訪れたのはそれが目的だ。どうにかヘルガーの腫瘍を取り除かなければ。

 蝉時雨は黙って考え込む。指でカウンターをトントン叩き、思考に耽っているようだ。心当たりを探しているのだろう。

 ただ待つのも暇だからその間、椅子を立って店内を物色する。

 ガラスケースの中には不思議な道具が見栄えよく並んでいた。


「んん、全部魔術に使う物なのかな」

「フォーマルハウトが使っていた物も少しあるね」

「確かに」


 隣で一緒に見るはやての言葉に頷く。商品の中にはフォーマルハウトが持っていた物と同じ物らしきのがいくつか見受けられる。

 特にこの歪んだ形の剣は憶えている。私に斬りかかってきた奴が持っていたのとそっくりだ。


「なんだろうなこれ……説明はあるかな」

「下のところにプレートがあるよ」

「どれどれ……」


 説明は幸運なことに英語で書かれていた。えーと?


「魔道具の一種で……切断する魔術の効果を高めることが出来る、と」


 魔道具は、そのまま魔術の為に使う道具だ。

 触媒として代償を用意しなければ魔術は行使できないが、魔道具はそれを助けてくれる存在だ。サポーターというべきか。野球の打席に立つのに必須なのはバットだが、グローブやスパイクがあった方がいいのは言うまでもない。そういう話だ。

 魔道具は魔術にかかる代償を軽減してくれたり、効果を高めてくれる。この魔道具は、切断に関係する魔術を強化できるようだ。


「これ、はやてちゃんが使えたりしない?」

「使う必要が無い、かな……自分で作った武器にエンチャントした方が強いと思う」

「そうか……」


 強い人に強い武器を持たせても活用できるとは限らないか。中々上手くはいかないものだな。


「……うーん、駄目だな!」


 カウンターで蝉時雨が天を仰いだ。


「心当たりが無い。少なくとも僕の師匠は習得していない魔術だろう。当然僕も」

「なんだ、使えん」


 私は肩を竦め、落胆の意を示した。額に青筋を浮かべる蝉時雨。


「お、お前……物を頼む立場だろうが」

「礼儀を払う相手じゃないからな、百合のストーカー」

「ただ天使を陰から見守るファンクラブを作っただけだろうが!」

「無許可だろうが」


 まぁ許可を取ったとしても潰す。百合は押しが弱いから、言い寄られればOKしてしまうに違いないからだ。そもそも危害を為しかねん有象無象を近づけさせる訳もないが。

 美人で聖母な百合は中学、高校で色んな人に好かれてこういったファンクラブが乱立していたものだ。コイツが作ったのはその内の一つ。大会のヘルプでマネージャーに入った体操部が丸々百合のファンに堕ちた例もあった。しかも女子体操部が。

 ……よく考えたらローゼンクロイツも大きなファンクラブみたいなものだよなぁ。そう思うと少し潰したくなる。やらないが。


 それはさておき、今はヘルガーだ。


「じゃあどうすればいい? 調べられる当てはあるか?」

「……一応、医療系の魔術に造詣の深い人物は知っているが、今は留守だ。帰ってくるまで二年はかかる」


 それだけ待ったらヘルガーは死ぬかもしれないし、バイドローンとの作戦も決行出来ない。


「そんなに待てない。後一週間で何とかしたい」

「一週間!? 待て待て、それじゃ地道に調査するのも無理だ」


 慌てる蝉時雨。やはり無茶か。だがそれを押せねばならないなら押すだけだ。


「何とかしろ」

「何とかしろって、お前……」


 蝉時雨は溜息をつく。そして考える素振りを見せると、躊躇いがちに口を開いた。


「……方策はあるにはある、が」

「なんだ、何か問題が?」

「……こんな街で言うのもあれだが、非合法だぞ」

「さっき説明しただろう? 私は非合法の塊だぞ」


 なんたって悪の組織だからな。

 蝉時雨はそんな私を見てもう一度息を吐いた後、カウンターの引き出しを開け紙の地図を取り出した。


「医療系の魔導書や魔道具があれば、僕でも治療出来ると思う。だからそれを狙う」

「成程、続けろ」

「そういった物品が集められた場所がある。分かるか?」

「病院、に似た魔術関係の建物か」

「流石に普通の病院もこの街にはあるがな」


 そうではない、病院とは似て非なる施設も存在するという。だが、狙うのはそちらでもないらしい。


「その辺は住民にとっちゃ最重要な施設だ。当然狙えば多くの恨みを買う。この街の全てを敵に回して生き残れると思うか?」

「私とお前は三十分。はやてちゃんは三日。ローゼンクロイツは三週間だな」


 はやては魔法少女で魔術相手に優位性を誇るが、ユナイト・ガードの対魔術師用の兵器で手こずったように無敵では無い。そしてこの街は魔法相手への対策も溢れるほどもあるだろう。というより魔法使いがいてもおかしくは無い。


「だから、狙うのはそうじゃない場所」


 蝉時雨が地図の一点を指差す。そこはどうやら倉庫街のようだ。


「外に輸出する為に集めている魔道具類だ。ここなら持ち出そうとしている連中を相手にするだけで済む」

「いいね。敵は少ない方がいい」


 出来ればいない方がいいが、贅沢は言えない。


「……少なくは無いな。何せ」


 倉庫の一つを蝉時雨は指差す。その倉庫にだけ、おどろおどろしい髑髏のマークが付いていた。


「アメリカトップクラスの悪の組織、ディザスターが相手だからな」


 ……え? 悪の組織二連チャン?

 そしてステップアップしすぎじゃない!?






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