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「……とりあえず、帰ったらレバニラ炒めかな……」




 迫る老魔術師へ向け駆ける。盾槍をまた同じように突き込んでも結果は変わらない。なら他の手も絡めていく。


「痺れろ!」


 地を這うように紫電を奔らせる。しかしこのままじゃ障壁に弾かれる。ので、別の手も使う。


「ッ!」


 口の中で頬肉に歯を立てて噛む。滲んだ血を舌で掬い、魔術の代償として捧げた。


「『泡沫よ弾けろ』!」


 呪文を早口で唱え、舌の上の血が蒸発する。顔から血の気が失せるのを感じた。う、結構持ってかれたかも。

 唱えた魔術は穴あけの魔術だ。その名の通り穴をあける魔術。一流の魔術師なら落とし穴を掘るのに使ったりする魔術は、障壁にも穴をあけられる。

 だけど、かじった程度の私の腕前じゃ精々針の穴のように小さな穴をあけるのが精一杯。

 それでも、電撃を通すのなら十分だ!


 魔術は通り、マハヴィルの張った障壁に極々小さな穴をあけた。

 床の上を蛇のようにのたうった雷撃は蟻の巣穴程度の小さな隙間をくぐり抜け、マハヴィルの足に届き感電させた。

 びくんと痙攣するマハヴィル。その隙に接近し、槍を突き入れる。


「……カァッ!!」


 槍がマハヴィルの胸元に迫った瞬間、鋭い呼気と共に腕が動いた。感電の痺れを一瞬で脱し、手刀を槍に叩きつける。回復が早い!

 しかし一拍の遅れは無駄ではなかった。手刀は槍の軌道を変えるにとどまり、穂先はマハヴィルの肩を抉った。ローブの端が千切れ飛び、血が吹き出る。


「ぬぅ!」


 痛みにマハヴィルが唸る。


「よしっ!」


 いい一撃だ! 欲張りはせず、そのまま後退し距離を開ける。

 マハヴィルは傷口を一瞥すると、小さな呪文を唱えて傷を手で拭った。すると、まるで最初から傷など無かったかのように肌が綺麗に修復されている。ローブが裂けている以外の被害が無かったことにされた。……回復の魔術か。代償として髭が朽ちて崩れ落ちる。


「ふむ……よい魔術の使い方だ。褒めてやってもいい。この斑目マハヴィル、嘘をつくことは滅多にない」

「……なら、褒美としてもっと辛そうな表情を見せてくれてもいいんだがね」


 回復も使えるってのは結構きついな。あれくらいの傷口で髭全部が代償ってことは、無造作に使えるほど便利では無いのだろう。けれど継戦能力を維持できるのは厄介だ。

 私の言葉にマハヴィルが唇を歪める。


「それは無理だ。ワシは嘘はつけないからな!」


 ローブの中から取り出した小瓶を握りつぶし、マハヴィルは無詠唱の魔術を行使する。現われた変化は灰色の光。最初に使ってきた魔術だ!

 一発目を躱し、二発目を盾で受ける。……が、三発目は不自然に曲がり、盾を避けて私の脇腹に直撃した。


「うぎっ!」


 焼けるような痛みが奔る。痛い、痛いが……重傷では無い。私は堪え、紫電で反撃した。しかしマハヴィルへ届く前に障壁に弾かれて掻き消える。

 マハヴィルは更に光弾を連射し、大部分は盾で弾けたが何発かは身体に命中し、その度に身体が焼ける。

 ダメージ自体は左程ではない。軽い火傷を負うくらいで、戦闘不能になる訳でも後遺症が残る訳でもない。

 だけど、数が多いし防ぎきれない!


「くっ……」


 身体へのダメージも辛くなってきたが、発電機関もまずい。連続稼働でだんだんと悲鳴を上げてきた。義手からスパークする音が聞こえる。ジリ貧だ。

 また、灰色の光が迫る。


「くっ、うぐっ!」


 槍の穂先で一発叩いて逸らし、一発は盾で受けた。三発目へ紫電を当てて相殺しようと試みるが、出ない。


「もうっ!? ぐあっ!」


 躱しかねた私は光弾を腹部にモロに喰らい、床を転がった。


「かふっ」


 う……ヤバい、体力の限界も訪れたか。指先が震え始める。スタミナが底をついた。

 俯いて呼吸を整える。早く、早く回復しなければ。


「ふん……手こずらせおって」


 マハヴィルのこちらへと近づいて来る靴音が聞える。止めを刺す気か。補助器具で無理やり足を動かすか? でもあくまで補助だから足の筋肉が限界だとまともに動かない。駄目だ、使えない。


「ワシ自らが止めを刺すことを、光栄に思うがいい」


 仕方ない、やられた瞬間を狙ってせめて相討ちに……!

 マハヴィルが私の前で立ち止まり、手を振り上げた瞬間、


「死……むぅ!?」


 死ね、と告げようとしたであろうマハヴィルの言葉が驚きと共に中断される。

 思わず顔を上げれば、そこにはマハヴィルの腕を掴むヘルガーの姿があった。


「ヘルガー!」

「なんと……収奪の邪眼を受けたのではないのか!?」


 驚愕に目を見開くマハヴィルへ、ヘルガーは牙を剥きだして笑った。


「立ち直るのに時間がかかったが、生憎スタミナはこの中で一番あるんだよ」

「ちぃっ!」


 マハヴィルがヘルガーに手を伸ばし、その首を掴む。


「グッ!」

「放せ! 『種子よ、根を伸ばし栄えろ! その繁栄を肉に刻め』!!」


 ビキリ、とヘルガーの身体に赤い血管が浮かび上がった。血管はみるみる腫れあがり、ヘルガーを覆い尽くさんと首から広がっていく。何かの魔術か!?


「うぐ……エリザ! やれ!」


 苦しそうに顔を歪めながら、私に叫ぶヘルガー。私は盾槍を腰だめに構え、残る力を振り絞って突進した。


「はああぁぁぁっ!!」


 纏わせていた紫電を、先端へと集中する。最後の、一撃っ!!


「やあぁっ!!」


 渾身の一撃はマハヴィルの障壁を破り、ヘルガーを掴んでいた手を吹き飛ばした。


「ぐ、うがぁっ!!」

「くぅ……」


 がくんと足が落ち、私はその場に躓いて転がった。盾槍が時間切れで消滅し、義手も動かなくなる。ヘルガーも膝をついた。


「う、く……」


 マハヴィルは、どうなった!?

 私が顔を上げ、マハヴィルがどうなったか確かめる。

 片腕を失ったマハヴィルはふらついている。今にも倒れそうだ。でも私たちより元気だ。


「おの、れ……無理解者どもが、よくもぉ……!」


 ここで倒れてさえくれれば、後は回復した兵隊たちで制圧できる。そのまま倒れてくれ……!


「ぐ、ぬぅ……せめて、お前たちだけは……!」


 失くした腕から流れる血をを代償に、灰色の光を片腕に集約する。だぁ、結局相討ちか!?


「死……グ!」


 再度マハヴィルの言葉が止まる。今度は誰かに掴まれた訳じゃない。そのまま、その場で固まった。まるで縛り付けられたかのように。

 こんなことが出来るのは、この場で一人しか居ない。


「ダウナー……最初からやってくれよ……」

「……今、やっと」

「動けるようになった、か? はぁ……なら仕方ないか」


 よろよろと近づいて来るダウナー。そのまま固まったマハヴィルを一発殴り、マハヴィルはそれで崩れ落ちた。


「……終わった」

「そのようだな」


 ゴロリと仰向けになって天井を仰ぐ。これで制圧完了か。


「……とりあえず、帰ったらレバニラ炒めかな……」


 血を失い過ぎて目が回る……。






 ◇ ◇ ◇






 回復した兵隊たちに遺跡を検めさせ、もう脅威が無いことを確認してから調査員たちを遺跡の中に入れた。機材も運び込んで、順調に調査は進んでいる。

 ……のだが、ちょっと困ったことになった。


「……どうだ?」

「うん……かなり厄介かも」


 訂正、かなり困ったことになった。

 はやてがヘルガーに魔法陣を翳し容体を見ている。はやては回復魔法も使える。体力や失った血、病気は回復出来ずとも、傷を塞ぐくらいは出来る。


「ぐ、うぅ」


 だが簡易ベッドに寝て苦しそうに呻くヘルガーに回復の兆しは無い。マハヴィルの魔術の所為だ。


「何が起きている?」

「回復の魔術……その一種だと思う。ただ、これは身体に害を為している」


 額の汗を拭い、はやてが説明してくれる。


「体の細胞に働きかけて、その回復を暴走させたみたい。それが逆に体を傷つけてる」

「ふむ……がん細胞と似た理屈、かな」


 体の回復力がおかしく働いてしまい、それが却って害となる。奴の呪文……『種子よ、根を伸ばし栄えろ。その繁栄を肉に刻め』だったか。種子が腫瘍だとすれば、繁栄は碌なことじゃない。


「治せないのか? 魔法なら……」

「下手に治すと、悪化させてしまうかも。回復魔法は一気に身体を治せるけど、その過程でおかしくなった細胞も混ぜ込んで治してしまうかもしれない。そうなると二度と治らないかも。……ごめん、回復は得意じゃないから確かなことは言えない」

「いや、気にすることじゃないさ」


 しゅんとしてしまうはやてを慰めて思案する。

 どうするか……。


「ヘルガー、まずそうか?」

「く、これが一生続くなら、俺は引退だな」


 苦悶の表情を浮かべるヘルガー。まぁ病気に侵された兵士など使い物にならない。それにヘルガーは強がっているが、実際には地獄の苦しみだろう。

 ……よし。私は構成員に指示を出した。


「ヘルガーを本部の医務室へ移送しろ。調査は続行。とはいっても下手に触るな。聖遺物が無ければ何も出来ないだろうが……。後は、アッパー!」


 私は回復して機材を運ぶアッパーへ呼びかける。


「なんだぜオーバー!」

「一週間ほど計画を先延ばしにする! ちょっと用事が出来た!」

「はぁ!?」

「それから、はやてちゃんも借りていく! これから行くところには護衛が必要だからね」

「な、どこに行く気なんだよフェアー?」


 困惑するアッパーに、私は拘束された魔術師たちを指差す。


「魔術には、魔術でね」


 レバニラ炒めは延期して、旅行だ。






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