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「『あぁうんざりだ、左手を処刑しろ!』」




「殺せぇぇぇ!!」


 牛の化け物が背に乗った魔術師の命令で私たちめがけ突っ込んできた。途中の戦闘員を蹴散らし猛進してくる。さっき見た光景だな……。アッパーが魔術師たちに突っ込んだ時と違うのは、こちらには頼りになる怪力がいるという事だ。


「ヘルガー! 受け止めろ!」

「無茶を言う! だがそれしかないか!」


 猛牛と私の間に入り、ヘルガーは腰を低くして構えた。

 衝突する両者。ヘルガーは牛の五つに分かれた角の先端を捕まえ、力比べをする。


「ぬおおおおぉぉっ!!」


 ザリ、とヘルガーの靴底が鳴った。押されている。牛の化け物はヘルガーより力が上のようだ。


「ちっ、『火よ……」

「させるかっ!」


 魔術師が懐から取り出した小瓶を片手に呪文を唱えようとしたところに電撃を放つ。紫電は魔術師の腕を捉え、小瓶を弾き飛ばした。

 洞窟の地面に落ちた小瓶が割れ、内容物の血が四散する。恐らくは、清純な乙女の血だろう。


「ぐっ、小癪な!」


 魔術の行使には、触媒が必要だ。そしてそれは貴重なものである程高い効果を発揮する。長い時間を得た古木や化石だったり、清らかな処女の血だったり。

 しかしもっと簡単に触媒を用意することも出来る。それはさっき私が髪を切った行為だ。

 術者本人にとって大切なものを贄に捧げれば魔術は行使出来る。体の一部が一番分かりやすい。もっとも、私にとって髪は左程大事ではないから呪い返しは失敗してしまったが……。


 牛の上の魔術師も手っ取り早く魔術を使う為に、爪で手の平を引き裂いた。


「『火よ、矢となりて敵を討て』!」


 低い声でそう唱えると、血が燃え手の平から火で作られた矢が放たれる。矢はヘルガーの肩に突き立ち、軍服と銀の毛並みを焦がした。


「ぬっ、がぁ!」


 痛みに怯んだヘルガーが更に押される。対応力が高い。やれる魔術師だ、厄介な。


「『火よ……」

「続け過ぎるのは感心しないなぁ!」


 三度呪文を唱えようとした魔術師に対し、私は吠えながらナイフで右手の平を裂いた。


「『あぁうんざりだ、左手を処刑しろ!』」


 手に平から流れる血を飛ばす。宙を舞った血の雫はその半分ほどが不自然に蒸発したが、一部が詠唱途中の魔術師に届く。


「……矢となりて敵を討て』!……むぅ!?」


 呪文を唱えた魔術師の手の中で血が燃えるが、矢の形を為す前にほどけて消えた。私がかけた妨害の魔術だ。私の血が混ざって魔術師の術が効力を失ったのだ。

 しかし一時的に無効化したに過ぎない。また流れる血を捧げれば、魔術師はすぐに火矢の魔術を使える。流石に次は通用しないだろう。稼げた時間は一瞬だけだ。

 もっとも、一瞬で十分だったがね。


「……【動くな】」


 ダウナーの声が洞窟に響き、魔術師が動きを止める。見えない何かに絡め取られ、言葉すら出せずに眼球をキョロキョロと回す。

 しかし猛牛は構わずヘルガーを押し潰そうと力を込める。ヘルガーは苦しそうに拮抗する。

 そこへ、赤い影が飛び込んできた。


「どっせぇぇい!! タックルだぜオーバー!!」


 牛の横合いから、アッパーが突撃をかました。ぐらりと牛が揺れ、倒れかける。

 しかし八本足の安定感ゆえか、足が何本か浮いただけで踏ん張った。だが百戦錬磨のヘルガーはその隙を見逃さなかった。


「……ぬぅん!!」


 腕の表面に縄のような筋肉が浮かび上がったかと思うと、ヘルガーはそのまま牛を持ち上げた。そのまま低い天井へと叩きつける。


「なっ……ぐえっ!」


 乗っていた魔術師は牛と天井に叩きつけられ、潰れた蛙のような悲鳴を上げた。パッとヘルガーが角から手を離すと、牛は地面に落下する。


「ぎゃふっ!」

「ブモォ!」


 地に落ちた衝撃で魔術師が振り落とされる。牛は八本足の内の何本かを折り、もがいている。可哀想だが、こうしなければ無効化できない。


「お、おのれ……ぎゅむ!」

「大人しくすることをオススメするぜプレス!!」


 吹き飛ばされてもなお立ち上がろうとした魔術師を、アッパーが上から押さえつけた。地面に若干罅が入っているあたり、常人ではトマトのように潰れてしまうくらいの怪力で押さえられているのだろう。動けないだけで済んでいるのは中々に堅い障壁だ。


「……脅威はこれだけか? よし、一気に攻めろ!」


 怪人級はあの牛だけだったようで、後はすんなりと魔術師を撃退出来た。全員を捕縛し、洞窟を制圧する。

 何人かが奥へと逃げていったが、一先ずは勝利だ。






「……あー、血がヤバい。輸血したい」

「帰ったらレバーでも食え。あ、いてて……」


 制圧した洞窟の端でヘルガーと並んで転がっている。魔術師の拘束と陣地への輸送は構成員に任せ、その指揮をアッパーに託した。盾となって撃破されたイチゴ怪人以外では私たちが一番重傷だからである。

 私は手の平に絆創膏を貼って包帯を巻き、ヘルガーは攣った腕を氷嚢で冷やしていた。牛を持ち上げる際にかなり無理をしたらしく、筋肉が悲鳴を上げたそうな。


「冷えて沁みる……そういえば、魔術の心得なんかあったんだな」

「ん? あぁ……」


 呪い返しと妨害のことか。でもアレはなぁ……。


「そう大したことじゃない。高校入るかそれぐらいの時に恨みを買って呪われてね。自衛のために魔導書を買って覚えたんだよ」

「さらっと恨まれてる……」


 あの頃は中学校でモテ始めた百合を守る為にファンクラブを潰して回ってたんだっけ。そのファンクラブの会長が百合に消しゴムを拾ってもらって惚れたオカルト部の部長で、奴が私を呪う為に使った魔導書が本物でガチで呪われたんだよなぁ。

 朝起きて鏡を見たらヤバそうな痣が顔に浮かんでて、それを百合に隠しつつ慌てて古本屋で魔導書を買い求めたんだよね……懐かしい。呪い返しはその時に覚えたものだ。

 その後無事に呪いを解けた私はそのままオカルト部部長から魔導書を奪って逆に呪ったんだったか。痔になったとは聞いたけどあの後どうなったんだろう。


「でも、ホントに大した魔術は使えないんだ。魔術や呪いへの対抗策を覚えたくらいで、火を放ったり障壁を張ったりは出来ない」

「それでも使い道はあると思うが……はやての嬢ちゃんに使えるんじゃ?」

「あぁ、それは無理。魔法には効かないよ」


 魔法と魔術では、圧倒的に魔法の方が強い。原理は近しくても出力が段違いだ。魔術が車だとすると、魔法はトラック、いやダンプだ。


「小手先の魔術じゃ、魔法には絶対に勝てないんだよ」


 現に、はやての魔法弾は容易く魔術師共の障壁を打ち破っていた。魔術で魔法に対抗するには相当なコストと時間が必要だ。例えばユナイト・ガードの対魔術師用の兵器の装甲に施されていた対魔法の魔法陣ははやての攻撃を防いでいたが、おそらく数ヶ月単位の時間がかかっている筈だ。銃弾の方は触媒の金属に金がかかっている。

 つまり私の妨害の魔術はあやとりの間に紐を通して崩すような物だが、はやての魔法はワイヤーなのでどう足掻いても太刀打ちできないのだ。


「だからあんま役に立たないんだよね。でも呪われた時ヒヤっとしたなぁ。これを機に学び直すか……」

「ローゼンクロイツの魔術部門、潰れて久しいからなぁ……魔導書ももう残ってないんじゃないか」


 そんな感じでヘルガーと雑談していると、魔術師たちを運び終えたはやてが洞窟に戻って来た。軽くする魔法は便利で、一度に何人も麓の陣地へ運べる。


「ご苦労さーん、はやてちゃん」

「うん。……大丈夫?」

「血を捧げると流石に随分持ってかれるね……」


 魔術は魔法と比べればしょぼいが、それでも超常現象には違いない。その代償も、決して安くは無かった。

 おかげで貧血だ。しばらくは鉄分摂取の増血生活かな……。


「さて、このまま奥に進んで掃討だな。アッパーから指揮を返してもらわないと」

「休んでてもいいけど……」

「倒れるくらいじゃないさ。ヘルガーもだろう?」

「まぁな。冷やしたおかげで大分楽になった」


 私とヘルガーは立ち上がって伸びをする。私はちょっとふらついて、ヘルガーは腕をピキッと硬直させたが元気アピールをして誤魔化した。

 アッパーやダウナーも合流する。


「捕虜の移送完了したぜキャプチャー!!」

「あぁ、じゃあ奥にいこうか」


 ふと目を向けると洞窟の奥の方は少し質感が違っていた。岩肌から、コンクリートのような質感の床や壁になっている。おそらくは、あそこから遺跡の本番だ。


「洞窟探検にはしゃぐ年頃じゃないが……それでもちょっとわくわくするね」


 鬼が出るか蛇が出るか……少なくとも、魔術師は出てくるんだろうな。






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