表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/281

「げっほ! 駄目だ、呪い返し失敗した!」




 ということで件の古代遺跡、その近くまでやって来た。

 日本にいくつかある人の手があまり入っていない緑が萌える山、その麓辺りに作られた簡易陣地に私とヘルガーは訪れていた。

 人材の少ないバイドローンに前もって貸し出していたローゼンクロイツ製の機材やテント、構成員が走りまわって中々騒がしい有り様だ。

 テントのうち一つを潜って中に入る。そこにはもう既に見知った顔が三つあった。

 はやて、アッパー、ダウナーだ。


「おぉ来てくれたかセンキュー! 困ったことになったぜトラブル!」

「兵隊も連れて来た。状況は?」


 難しい顔をしてアッパーが唸る。


「良くないぜバッド。実際に見てもらった方が早いかルック」


 そう言ってアッパーは私を促しテントの外に出た。私も続き、アッパーについて行く。

 アッパーは山を、正確にはその中腹辺りを指差した。


「分かるかアンダスタン?」

「ちょっと待って」


 肉眼では良く見えない。ヘルガーに指示して持って来てもらった双眼鏡を覗く。

 アッパーの示したものが分かった。山の中腹辺りの木々が少し禿げていて、そこに小さな洞窟がある。あそこが古代遺跡の入口か? そんな洞窟の周囲に怪しげな格好をした人間たちがうろうろしていた。

 黒地に赤い文様の入ったローブを着た、いかにも自分は怪しいですよと喧伝するような格好をした奴らだ。双眼鏡から目を離した私はアッパーに問う。


「アレは?」

「魔術結社、フォーマルハウトだぜオーバー! 古の神々やその所縁の物を手に入れ儀式を行う邪教の連中だぜミステリー!」

「魔術結社かー」


 魔法少女がいるように、この世界には魔法がある。しかしそれは一般人には扱えず、選ばれた人間にしか使えない。マスコットに選ばれる。眠っていた才能が目覚める。いずれも個人の特殊技能だ。

 それを普通の人間でも扱おうとするのが魔術師、その集まりである魔術結社だ。

 普通の人間には使えない物を一般人でも使えないようにする。そう聞くといいことのように聞えるが、超常の技術を無理やり行使しようとすれば碌なことにならない。例えば少女を生贄に捧げたり、怖ろしげな怪物を作り上げて人を襲わせたり。人を犠牲にすることを厭わず、倫理観を捨てた行為を平気で行う。その結果爆発して周囲を更地にしてしまったりとはた迷惑な連中だ。


「なんであそこを占拠したんだ? 何の狙いが?」

「それは多分、元々俺らがあの古代遺跡を知ったのがあいつらの資料だからだと思うぜオーバー!!」


 私はアッパーを振り向いた。


「……え? つまり?」

「あいつらは色々ちょっかいだしぃで、うちにも突っかかって来たんだぜレイダー!! 返り討ちにして逆に攻め込んで奴らの拠点の一つを頂いたんだぜゲット!! その後あったもん全部強奪して撤収したんだが、その中の資料の一つにあの遺跡のことがあったんだぜレガシー!!」

「………」


 成程、成程。

 つまり……お前らの因縁じゃねぇかよ!! 清算しておけよ!!

 私はその言葉をぐっと堪え、努めて平静な声で答えた。


「そういう事情なら、奴らが遺跡のことを知っていてもおかしくはないな。別の拠点で保管していた資料に書いてあったのだろう。……問題は、何故今占拠されたか、だ」


 こんな何もない山の奥で引きこもっているのは中々骨だ。悪の組織の潜伏場所としては案外悪くないかもしれんが、それにしては本格的な拠点化をしている様子もない。恐らくは、最近占拠したのだろう。

 その目的は、私たちに先を越されない為、もしくは妨害する為だ。


「どうしてばれた? あの遺跡に関わる聖遺物を手に入れたという事を」

「分からんなクエスチョン! まぁ、理由はどうでもいいぜオーバー!!」


 ふんす、と鼻息を荒くしてアッパーは遠くの洞窟を睨みつける。


「さっさと制圧しちまおうぜオーバー!」

「そうだな、バイドローンだけでやらなかったのは……あぁ、成程」


 バイドローン側で制圧をしなかったのが疑問だったが、揃ったメンツを見て納得した。

 今回、シンカーはいない。つまり大量の魔術師を相手に使える兵士はいない。ローゼンクロイツが貸した構成員がいるが、それらは調査員や連絡員であって戦闘向けでは無かった。

 調査を碌に行っていない古代遺跡でアッパーが全力を出せば遺跡が崩れてしまう恐れがある。はやては得意の飛行が出来ないし、魔術師相手だと魔法も心得られている。ダウナーはまだよく分からないが、能力に制限があるのかもしれない。

 中々遺跡探索に向かないメンツだった。他にやる事があるのか知らないが、素直にシンカーがここにいれば済んだ話なのに……。


「事情は理解した。じゃあやるか。隊列は……」


 私たちに続いてテントから出て来た面子を見回して思考する。洞窟とはいえそれなりの広さがありそうだ。縦のスペースは無さそうだが横には広いと思われる。構成員の数を生かして戦うのがいいだろう。

 だが勿論怪人たちは連れていく。強力な戦力だ、使わない訳にはいかない。だけどバイドローンの三人は先の通り活かしづらいかもしれない。

 主戦力はコイツだな。


「ヘルガー、先頭に立て」

「おう」


 ヘルガーはコクリと頷いた。

 タフネスと体術のヘルガーなら狭い場所での戦いは得意だ。経験もあるからいざという時の対処も任せられる。ヘルガーを先頭にして臨むのがいいだろう。


「私が兵隊の指揮を取る為に中心で、その傍の護衛としてはやて、ダウナーを置く。アッパーは一番後ろだ」

「了解したわ」

「………」

「いっちゃん後ろかよぉ! つまんねぇぜサッド!!」


 はやては飛べずとも豊富な魔法がある。ダウナーの特殊能力も使い道はある筈だ。なので私の護衛をさせてここぞという時に投入する。

 一方でアッパーは本当に洞窟が崩れないか確かめるには調査が必要なので迂闊に暴れさせられない。なので後方警戒だ。

 アッパーが少々不満そうだが、こんなものだろう。


「それ以外に作戦はいらんだろう。力押しでまぁ、攻めきろう」


 私たちは戦闘員を率いて山を登り、洞窟を強襲した。






 ◇ ◇ ◇






 甘かった……。

 イチゴ怪人と向かい合ったフォーマルハウトの魔術師が短く呪文を唱え、手に持った小瓶を握り割る。小瓶の中身は古い木の欠片だ。樹齢数百年の古木はその積み重ねた歴史が価値となり、魔術の触媒として機能する。

 イチゴ怪人のイチゴ頭が五つの方向から圧迫され、弾け飛んだ。まるで見えざる手で握り締められたかのようだ。イチゴ怪人は崩れ落ち、小さく爆発する。流石に強化していないイチゴ怪人は弱いなー。


「ちっ、ヘルガー!」

「はいよ!」


 空いてしまった穴を埋めるようにヘルガーが魔術師に飛びかかる。なにやら別の触媒を取り出そうとした魔術師だったが、ヘルガーの拳を避けることが出来ず顔面で受けその場に沈んだ。


「死んだ?」

「いや、微妙に堅かった。安いけど障壁張ってやがるな」


 流石は魔術師ということか。怪人であるヘルガーの拳を受けても気絶程度で済むとは。とはいえはやてのように大砲をも防ぐ障壁という訳では無さそうだ。そこが魔術師の限界という事か。

 しかし問題なのは、その数だ。


「だぁ! 何人いるの!」


 はやてが敵の撃ち出した火球を障壁で四散させながら魔法弾を撃ち返す。対魔法の障壁を張っていたであろう魔術師だが、その威力に押され吹き飛ばされた。だが他の魔術師によって更に火球を撃たれる。


「キリが無いよ、エリザ!」

「むぅ、まさかこれ程数が多いとは……」


 洞窟内部は思ったより広く、そしてフォーマルハウトの魔術師は思った以上に潜伏していた。戦闘員は八十人は連れて来たのだが、少なくとも敵魔術師はその倍はいる。


「とにかくはやてちゃんはそのまま壁兼固定砲台でよろしく! ダウナーはそことそこの魔術師の動き止めて!」


 はやてに私の身を守らせながらダウナーに向けて指示する。示した魔術師に複眼を向けると、ダウナーは普段よりも大きな声で呟いた。


「……【動くな】」


 ダウナーの能力は声を聞いた瞬間動きが止まってしまう。超能力に分類される力なので、魔法対策では止められない。強力だが、その分同時に止める相手が多いほどダウナーに負担が掛かるという欠点が存在した。なのでここぞという相手にだけ使わせる。

 私が特に厄介そうだと判断した魔術師の動きが止まる。きっと全身を針金で雁字搦めにされた感覚を味わっている筈だ。


「一班、火力集中!」


 イチゴ頭では無い生身の戦闘員に命じ、動きの止まった魔術師のいる辺りを狙わせる。マシンガンの銃弾が殺到するが、魔術師たちはお札を破くと魔法陣を盾のように展開して守った。しかし中核となる魔術師を封じられている所為か防ぎきれず、魔法陣はすぐに割れて魔術師たちは銃弾を受けた。その大部分が障壁に弾かれ致命傷では無さそうだが、倒れ伏して動かなくなる。


「よし……」


 このまま押し返せるか、と考えた瞬間、背筋にぞわりとした感触が走った。


「これは!」


 やんちゃしていた学生時代に覚えがある。これは呪いの初期兆候!

 呪術の標的にされたことを悟った私は懐からナイフを取り出して自分の髪を一房切り取った。そしてそれを触媒に簡単な魔術を発動させる。


「えーと、『銀のタンブラーにひと雫、タペストリーは入念に、印籠一具を懐に、月の加護に身を委ねん』!!」


 パァンと手を打ち鳴らし、切り取った髪の毛を振りまく。さぁ……どうだ!?

 ……喉の奥から血が溢れ、喀血した。


「げっほ! 駄目だ、呪い返し失敗した! やっぱりちょっとかじっただけじゃ本職には敵わないな」

「意外な引き出しにビックリだが、狙ったのはどいつだ!?」


 魔術師を一人殴り飛ばしながら問うヘルガーに、私は辛うじて察知した呪術師を指差す。他の魔術師に囲まれた、長い髭を垂らした奴だ。あ、やばい目が霞む……。


「くそっ、アッパー頼む!」

「任せろブラザー!!」


 ヘルガーの声を聞いたアッパーが飛び出す。まるでアメフトの選手のように猛進し、魔術師を蹴散らしながら呪術師に迫る。

 呪術師を護衛する魔術師が慌てて迎撃の魔術を試みるが、発動した火球すらも弾き返してアッパーは突っ込んだ。


「ハッハー!! 軟弱だぜオーバー!!」


 肉の砲弾とも言うべきアッパーと正面衝突した呪術師は空高く舞い上がり、低い天井に叩きつけられた。呪いをかける相手がいなくなったので私の身体も楽になる。


「ふぅー、あっぶねー。呪い対策持ってくるんだったな」


 口元の血を拭い、息を吐く。体力がごっそり持ってかれた以外は特に弊害は無い。内臓を腐らせる呪いじゃなくて助かった。

 いやしかし、想定外だったな。これ程魔術師が詰めているなんて。

 山を登った私たちはそのまま洞窟に突撃し、息もつかせぬ間に制圧しようとした。のだが思った以上に数が多く、こうして苦戦気味だ。

 幸いヘルガーたちに匹敵する怪人がいないおかげで損害はイチゴ怪人だけで済んでいるが。


「……そうも言ってられないか」


 洞窟の奥の方からのっそりと歩み出て来た影を見て溜息を吐く。

 出て来たのは牛だ。しかし目は血走って、筋肉は不自然に隆起している。足が八本に増えていて、角は左右それぞれで五本に分かれまるで魔人の手の平のようだった。

 魔術によって改造された猛牛だろう。背には魔術師が乗っていて、私たちめがけて指揮棒のような物を振るう。


「奴らを殺せ!」


 こちらへと一目散に突っ込んでくる。やれやれ、切った髪を整える暇すらありはしない!






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ