「で、悪い報告は?」
「どうですか? 新しい義手は」
「ふむ……」
雷太少年たちと邂逅した後日、私は装備部門の研究室にいた。忘れていた義手を修復する為だ。仮留めはしておいたが損傷が激しかった為に結局交換となり、新しい義手は部門責任者のヴィオドレッドに渡された。
空気が抜けるような機械音を鳴らしながら拳を開閉し、具合を確かめる。
「動きがスムーズになっているな。出力は?」
「前と比べ1.1倍になっております」
「強化されたのは悪くない……」
微々たるものだが。
さて、装備部門を訪れたのはそれ以外にも理由が二つある。
その一つが、ヘルガーや構成員に運ばせたコンテナだ。
「取引で得てきた品だ。間違いが無いか確認してくれ」
「ありがとうございます。おい、確認しろ」
ヴィオドレッドに命じられた研究員がコンテナの中身を確認する。私には分からない、見たことのない機械がぎっしり詰まっている。
研究員が頷く。
「取り寄せた機材です。間違いありません」
「そうか。……ありがとうございました。これでご注文の物を用意できます」
「よし、なるべく早く取りかかってくれ」
「はい」
コンテナの中身は湾口の取引で得てきた海外の機械だ。誠心誠意取引したのだが結果破談となってしまい、交渉決裂。結局力尽くで奪取してきた。
昨今はマフィアも怪人を従えていて片手が使えない中で中々苦しい展開になったが、あまり強くない怪人でよかった。たぶんどっかの組織の型落ち怪人だったのだろう。おかげで怪我無く勝てた。その所為で義手を交換する羽目になってしまったが……。
「それで、頼んでいた物は出来たか?」
「はい、改造室との合同で」
二つ目は、依頼していた品物を受け取ることだ。
ヴィオドレッドが私に差し出したのは、煉瓦のような質感の四角いパーツだった。四つの穴が開いていて、更に何かに引っ掛けるようなジョイントもある。
機械には見えにくく、植木鉢、もしくは花壇に近い印象を受けるパーツだ。
「それ、何だ?」
後ろからヘルガーが覗き込んで首を傾げる。そういえば言ってなかったな。
「これは、ジャンシアヌの力を利用する為の装置だ」
「ジャンシアヌの?」
「ああ。ヴィオドレッド君、私の義手で使えるようになっているんだよな?」
「はい、装甲を開けば装着できるアタッチメントを用意しています」
その答えに満足し私は四角い煉瓦を手に取った。
ヘルガーに見せながら解説する。
「この穴の部分にジャンシアヌのタリスマンを着ければ、私も能力を使える。そういう装置だ」
「ジャンシアヌの力をか。そりゃすごいが……大丈夫なのか?」
「理論上は……」
この装置はジャンシアヌから力を奪えた場合、私が使用できるようにする為の物だ。
ジャンシアヌ――竜兄の力の元は四つのタリスマンだ。青紫、薄緑、桃色。それから純白があるのを後でヘルガーからの報告で聞いた。
いずれも強力な能力で、竜兄を強力なヒーローたらしめている力の元だ。もし竜兄からタリスマンを全て奪えたのなら戦う事を止めさせられるし、単純に使えれば私の大きな戦力アップに繋がると思って作らせた。
原理としては私に施された第三の改造――代替の能力でタリスマンの力を発現出来るよう体を適応させるという物だが……詰まる所、肝心のタリスマンを手に入れることが出来ていない為未知数だ。実際どうなるかは、使ってみなければ分からない。
「蔦を手に入れたら中身から食い破られたりしてな」
「お前、ヤバそうな能力コレクターから抜け出せてないぞ」
本当だ。なら次はバイドローンのウィルスにでも手を出すかな……。
『ねぇねぇお姉ちゃん! 電話だよ~♪』
「ん、着信か」
「えぇ……着信音がアップデートしてる……」
「意外と百合はノリノリで録音させてくれるぞ」
流石に公共の場で大きく鳴ると恥ずかしがるけど。
掛けてきた相手はドクターだった。
「……ん、もしもし」
『あぁ、摂政殿。ブランガッシュです。ご命令のイチゴ怪人の生産準備が整いました事を報告します」
「うん、コストは足りるか?」
『この前の金塊やレベリオン・プランにて組織を内政向けに作り変えたおかげでローゼンクロイツは好景気です。しかしそれでも結構な額を使う事になってしまったので補充をお願いいたしたく』
「了解した。手配する」
『お願いします』
そこで通話が途切れ、私は携帯端末をしまった。
結構無茶を言ったがなんとか叶いそうだ。ドクターは良く応えてくれた。
「順調だな。いずれ落とし穴がありそうで怖いが」
「大分落っこちたからな、お前は」
ヘルガーの言葉に私も支部でのユニコルオン出現や、廃工場でビートショットやユナイト・ガードに痛い目を見せられた記憶が蘇る。確かに上手くいっている時程怖ろしい……。
もっとも、それは悪の組織の宿命のような物だ。悪の企みが順調ならば、それを阻止しにやってくるのがヒーローという奴だ。まったく厄介な。
「……さて、ヘルガー。次の用事はなんだったかな?」
「なんだっけか。確かバイドローンとの共同だった気がするが」
「そうか、なら外出だな。準備を手伝ってくれ」
「お前、マジで身の回りの世話を俺にやらせるの止めてくれ……」
言うて乙女だし、気を許した相手以外には肌を見せたくないんだよなぁ……。
◇ ◇ ◇
ジャンシアヌの特徴をおさらいする。
花の銃士ジャンシアヌは、我が兄、紅葉竜胆がフランスのブルゴーニュの森でアルラウネから受け取った力だ。
当時森は我がローゼンクロイツフランス支部によって汚染されていた。所属する怪人、薔薇怪人ブランブーケの能力は毒の産出。汗のように毒を生み出せるブランブーケは強力な怪人だが、その副作用として定期的な毒の廃棄が必要になる。産業廃棄物のような物だ。フランス支部は森に投棄していたようで、その結果森が汚染されその森の守護をするアルラウネも力を失いつつあった。
倒れ伏したアルラウネを介抱した竜兄は、その人格を見込まれ力を託された。
本来のアルラウネは温厚な性格で与えられる力は温厚なものである筈だった。しかし森を汚された怒りとブランブーケの毒の影響で変化した力は、攻撃的なものだった。
アルラウネの加護は身を守る葉の鎧に、そして戦う力は四つの花のタリスマンに分けられた。
青紫の花はジェンシャンフォーム。レイピアとスピードの力。鋭い細剣と、素早い動きで相手を翻弄するもっとも使いやすい形態だ。
薄緑の花はガーベラフォーム。数多の蔦を生み出し敵を縛り上げる形態だ。拘束と物量で狭い場所で力を発揮する。
純白の花はリリィフォーム。マスケット銃を呼び出す火力のある形態。一人で戦列歩兵の軍を作り出す事が出来る力だ。私はまだ出会ったことが無いが、一瞬で蜂の巣にされそうで怖い。
桃色の花はライラックフォーム。盾とランスが一体化した重量のある武器を扱える怪力と防御力の形態。機動力は無いが圧倒的な力で押し潰すことが出来る。
どれもそれぞれに強力で、相手にしたくない。
「なんか弱点ないの?」
『あっても言う訳ないだろ』
私は電話を耳にあてながら溜息を吐いた。電話の向こう側から呆れたような声が聞こえる。
電話相手は竜兄だ。次の用事までの空いた時間で、裏口から基地を出た公園で通話している。ベンチに座りながら。
ここだと一般人に傍聴される心配があるが、内部で構成員に聞かれても困るからね。仕掛けを施した部屋ももう通じなくなっちゃったし。
『強いて言うならば……』
「あ、教えてくれるんだ」
『ライラックフォーム以外は防御に難があるな。結構攻撃が痛い時がある』
「私の大口径をさらっと受け止めたそれを弱点と言い張るか」
銃弾を平気で弾いてたじゃんか。
やっぱりヒーローの基準はちょっとおかしい。まだなって半年にもなっていない竜兄ですらこれだ。怖ろしい話だよホントに。
私たちが通話でジャンシアヌの力を話しているのは取引だ。竜兄がジャンシアヌの力の秘密を話す代わりに私の力を話す。そう言う取引の元に互いの情報を交換し合った。
口約束以外に保証は無い。だから嘘をつくのは自由だ。でも……、
「私の発電能力はビートショットと同じ位だよ」
『嘘だな。それだけあったら列車の時にもうちょっと押してくるだろ』
「むぅ」
前回戦った経験と、兄妹ならではの呼吸で簡単に看破されてしまのだ。向こうの嘘もすぐ分かるけど、こっちもすぐばれてしまう。おかげで本当の私のスペックを話さざるを得なかった。
『お前弄り過ぎだろ。これ以上やんなよ』
「いやぁ、こうでもしないとヒーローに勝てないからなぁ」
でも全身弄った怪人でもヒーローには敵わないんだよなぁ。理不尽過ぎる世の中だ。
ともあれ情報は聞き出した。向こうも他に聞きたいことは無いだろう。用事は済んだ。
「んじゃ切るよー。お母さんによろしく」
『そっちも百合によろしくな。じゃ』
プツッと電話が切れた。いや百合に言える訳ないじゃん。……あ、普通に大学の竜兄から電話がきたことににすればいいのか。そういえば大学どうしたんだろう。私と同じように辞めたのかな……。
「ん~」
ベンチから立って伸びをする。左腕は伸びなくなった。右腕が出来なくなる日がいつか来るだろうか。
「次の用事はなんだっけヘルガー。……ヘルガー?」
そばで護衛していた筈のヘルガーを呼ぶが返事が無い。くるりと周囲を見回してみると少し離れたところで通話をしていた。
終わったところを見計らって話しかける。何やら浮かない顔だが。
「どうしたの?」
「あぁ……いい報告と悪い報告、どっちが聞きたい?」
「じゃあいい方から」
こういう時のお約束通りに私はいい方から聞くことにした。
「どうやら次のやる予定だったバイドローンとの合同任務、少しだけ手間が省けて省略できそうだ」
「ふむ?」
「目的の古代遺跡を位置特定だが、ほぼ確定ってところまで絞り込めたらしい。あの羽根の生えた怪人のおかげかもな」
それは確かにいい知らせだ。
次にバイドローンと行う予定だった作戦は古代遺跡の位置特定だ。調査を行う前の下調べみたいなものだ。
シルヴァーエクスプレスから奪取した砂色の心臓みたいな聖遺物と呼ばれる像。その使い道は古代遺跡にこそあるらしい。
実際に遺跡の入口を発見するまでが任務だが、面倒な特定や探知作業が省けたのは素直に嬉しい。
「で、悪い報告は?」
「それが……」
ヘルガーは眉を下げ気の滅入った表情で告げた。
「何でも、ご同業、悪の組織が出張っているらしい。遺跡を占拠しているんだと」
……成程、これは確かに面倒くさい。
私たちの今度の相手は、同じ悪の組織らしかった。




