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「店主さん、替え玉よろしく」




「なんでお前がここに!?」

「それはこっちのセリフだ!」


 突如現れた子どもたちに、私は椅子を後ろに蹴って立ち上がった。

 左腕を構えて電撃を撃てるようにしようとしたが、勢いよく立ち上がった際に腕から零れたネジを見て止めた。

 しまった……多忙すぎて仮留めから直してないや……。


「ど、ドクトル、ガジェットは!?」

「今雷太が持っているの以外はないよ!」


 しかし、それは向こうも同じらしい。どうやら同じく軽装備。だったらこちらが有利かもしれない。

 だけどそれは子どもたちだけだったら、の話。勿論、彼らの傍には奴がいる。


『どうしたんだ? 出してくれ』


 雷太少年の背負ったリュックの中から覚えのある機械音が聞こえる。


「ビート! あの女幹部だ!」

『何だと?』


 雷太少年がリュックに手を入れて取り出したのは玩具だった。パッと見、超合金の合体ロボットに見える。

 しかしその造形は、何度も苦渋を舐めさせられたあの紺碧のロボットをデフォルメした物だ。


「ビートショット……!」


 普段は玩具の姿になって過ごしていると言う情報は得ていた。あれだけ小さくなれて、しかもリュックで持ち運べるくらい軽いならそりゃ捕捉は困難だ。


「くっ……」


 不味い、今ここで変身されたら勝ち目が無い。左腕が使えないばかりか、武器も持っていない。発電機関だけでは私はビートショットの完全下位互換だ。勝ち負け以前に勝負にすらならない。出力が違い過ぎる。

 万事休すか。そう思った瞬間、助け船は意外なところから現われた。


「……おい」


 ドン! とラーメンの入ったどんぶりが私の目の前のテーブルに置かれる。

 いつのまにか厨房から出て来ていた店主が、鋭い目で私と子どもたちをギロリと睨む。私たちは竦み上がった。双方ともそれなりの修羅場を潜っている筈だが、それでも肉食獣に睨まれたシカのように縮みあがってしまう。

 シン……と黙った私たちを見て店主は踵を返しながら言った。


「荒事は店の外でやれ。後ラーメンは食え」


 その気迫と言葉に私は倒してしまった椅子を元に戻し、大人しく座った。


「ガキ共も、あんまうるさくすると奥を使わせてやんねーぞ」


 子どもたちも店主にそう告げられ、シュンとなって各々椅子に座った。

 それを確認すると店主は厨房へと戻っていった。子どもたちの分のラーメンを作るのだろうか。


 後にはつい同じテーブルに着いてしまった私たちだけが残される。

 気まずい沈黙の中、ラーメンを伸ばしてしまうとまた怒られると思った私は、ガラス瓶に差してあった割り箸を一膳取って素直に啜り始めた。あ、美味いわ。


 ズルズルと麺を啜る以外の音が聞こえない沈黙。それを破ったのは、雷太少年だった。


「……何でここにいんだよ」

「普通に昼食を食べに来ただけだが……」


 本当だよ。何の意図もなく入った店でこんなエンカウント。神と会ったらまず間違いなく呪詛を吐くね。


「君らこそ、子どもたちが寄るにはこの店は少々立ち寄りがたいと思うが?」

『……極秘事項だ』


 テーブルの上に座らされたビートショットが答える。成程、何かビートショットに関わる何かが置かれていたりするのだろうか。ゐつがハンカチで作ったマントをビートショットに着せていたずらするのを眺めながらそう思った。


「……悪の組織の怪人も、ご飯とか食べるんだな」

「それは当たり前だろう。充電で動くと思ったか?」


 雷太少年の言葉に飄々と返す。その隣でドクトル少年が拝借した割り箸を削って作った剣の彫刻をビートショットの腕に持たせている。器用だなぁ。


「少しは。怪人なんだし……」

「まぁ私はついこの間までただの女子高生だったからな」

「女子高生!?」


 懐かしい……なんか色々濃縮された日常だったから、随分昔のことに思える。


「……色々あるのさ」


 妹が総統になったりとかね。私はティッシュで作ったカツラをビートショットの頭の上にふわりと載せながら答えた。


『……どうして悪に手を染める事を選んだ』


 勇者みたいなコスになってしまったビートショットが問う。ビートショットはしゃべる時、口が動く代わりに目が光るのだけど、この大きさだと玩具にしか見えないな。


「事情と比べて、悪を為すことを躊躇う理由が無かったからさ」


 何の事は無く私は返答する。ビートショットの対面であるこっちの席へ来たゐつと一緒に勇者ビートの写メを取りながら。


「……悪いこと、なのにか」

「悪いことでも、だよ」


 百合と比べれば、どんなことでも些細なことだ。そもそも、私は悪だの正義だのに興味は薄い。善悪が社会の秩序によって決められるならば、私の中のそういったルールは全て家族を基準で出来ている。

 家族に迷惑が及ばなければ、何をやってもいい。それが私の中のルールだ。

 ちなみに竜兄との戦闘は迷惑の内には入らない。死闘でもじゃれあいです。


「……人が、死んでも?」


 真剣な眼差しで、雷太少年が私に聞く。

 ……人死に、か。

 確かに悪の組織で活動する以上、人が死んでしまう事もあるだろう。

 だけど。


「まさか、そんなヘマはしない」

「え……」


 私の答えに雷太少年が目を見開く。

 正直家族以外が死んでも私は特に罪悪感を覚えないだろう。多少の倫理観はあっても、私の物は一般的なそれとは違う。

 私の判断基準は家族。そして百合が悲しむから、死人は出さない。

 それが難しいことでも、私はやってみせる。百合が望むなら。


「死人を出す計画は二流だよ。私はスマートだからね、余計な損失は出さないよう心がけている」

「………」


 雷太少年は不思議そうな顔をしている。

 だが実際、死人を出すくらいならもっと賢い方法がいくらでもある。その為にローゼンクロイツを内政向けに改革した訳だしね。


「……あ、こないだのユナイト・ガードは申し訳無かったが、あれはその、シンカーだし……」


 廃工場でシンカーの呼び出したキメラがユナイト・ガードの隊員の首を飛ばしたことを思い出す。でもあれは私じゃないし。


 そんな事を話しているうちに私はラーメンを食べ終え、その代わりに店主が三人の分のラーメンを持ってきた。ヒーローと長居するのは好ましくない。食べ終わった私は代金を支払って出るだけだ。

 だけど私は、ちょっと気まぐれを起こした。


「店主さん、替え玉よろしく」

「……はいよ」


 再び厨房へ消えていく店主の背中を眺めながら、私は逆に雷太少年に聞く。

 ふと気になったのだ。私にとっては悪や正義はどうでもいいが、彼らはどうなのだろうと。


「君は、悪を許せない理由があるのかい? 私を倒す程に憎いかい?」


 その問いに、雷太少年は戸惑いを見せる。


「俺は……悪い事を許せないだけだ。誰かが悲しむのが嫌なだけで……」

「やむを得ない者も中にいるだろう」


 私の妹、とかね。


「困窮しパンが食べられなきゃ盗む。そういった連中までも、君は許せないのかい?」

「それは……」


 雷太少年は悩む。ビートショットは黙っている。

 なぜ何も言わないのだろうか。きっとそれは、ビートショット自身の正義観を雷太少年に委ねているからだ。

 考えても見れば、ビートショットは地球人類とは違い過ぎる。今さっき例えたパンを盗む例も、物を食べないビートショットからすれば理解できない話だろう。

 手足すら部品を交換すればいいビートショットにとって、人の価値観を理解するのは難しい。だから彼は、一番の友である雷太少年の価値観に添って立つのだ。

 故に、彼が悩む時には何も言えない。人間とは違う自分が口を出す事は出来ないから。それが出来るようになった瞬間こそ彼が人間を理解出来た瞬間なのだろうけど、今はまだその時ではない。


 ドクトルとゐつも、ただラーメンを啜るだけだ。

 こっちの二人は勿論人間で、それぞれの価値観がある筈だけど口を挟まない。

 二人はどちらかと言うと、私たちの側に近い匂いがする。

 ドクトル少年も一歩間違えばマッドサイエンティストだし、ゐつに至っては怪盗見習いだ。ヒーローと関わっていなければ将来スカウトしたかもしれない。

 彼らが正義の側に付いているのは、ひとえに雷太少年の友情からか?


 こうして関わってみると、彼らがビートショットを中心に集まった集団ではなく、雷太少年を中心に集った集まりであることが良く分かる。決して資料では分かり得ない、触れ合ったからこそ分かることだ。

 ビートショットも、ドクトルもゐつも、完全に正義の存在では無い。そして雷太少年も、こうして悩む。

 かといって悪の道に堕とせるとは思えない。

 彼らはまだ成長途中なのだ。確固たる信念もなければ、ふとした間違いで悪に転がり落ちそうになる。けれどもきっといつか自分たちの正義を確立し、ゆるぎない存在になる。それまでに悩み、悔やみ、そしてお互いを支えて進んで行く。

 ビートショットを打倒しても彼らは一丸となって直し、ドクトルが怪しげな物を発明すれば止め、ゐつが犯罪を犯しそうになったら説得する。そして雷太少年が挫けそうになれば、支えるだろう。

 あぁ、素晴らしい。これこそまさに青春だな。


「……俺は」


 ポツリと雷太少年が呟く。それは私に答えるというよりも、自分で答えを見つけ出そうとしているように見えた。


「誰にも、悲しんで欲しくない」

「あぁ、それはいいことだね」


 茶々を入れる、が、構わず雷太少年は続けた。


「そしていつか、アンタたちも悲しまなくていいようにするのが、俺の目標なんだと思う」

「……あぁ、それは本当にいいことだ」


 やはり闇堕ちは出来そうにないな。

 いくら隙が見えても未熟でも、彼らの芯である少年は紛う事無き正義だ。

 私は二杯目に箸をつけながら片手で携帯を取り出す。


「意外と有意義な時間になったよ、雷太少年。その気になったウチに来るといい。連絡先も渡しておこう」

「行かない。……けど、不思議な姉ちゃんだな」

「よく言われるよ。エキセントリックって」

「何それ?」

「あ……小学生だっけ」


 悪の組織とヒーロー側の会話らしい会話はそれっきりで、後はドクトルに義手について聞かれたり、ゐつと勇者ビートの加工した写真を見せ合いっこしたり、雷太少年が葱が駄目なことを笑ったりした。

 奇妙な邂逅だったが、中々平和的に落ち着いた。


『……というか、なんだこの格好は』






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