「姉や兄ってのはね、下の子に頼られるのが何より嬉しいのよ」
「もう! お姉ちゃんはすぐに無茶をして!」
決闘の後、再開した会議を終えて私は総統室へと呼び出されていた。
舌を出して謝る私。
「ごめんごめん。でも仕込みはしていたからさ。勝てる見込みは十分だったんだよ」
「もし負けたらどうするつもりだったの!? 怪我しちゃうところだったんだよ!」
ぷりぷり頬を膨らませて怒る妹。可愛いなぁ……昔から怒ってもちっとも怖くない。それはつまり、本気で怒ったことは無いということだ。今も私を案じて叱っているけど、本心では心配だったという思いでいっぱいなのだろう。優しい子だ。
私は謝りつつ百合を宥めた。
「まぁまぁ、結果成功したからさ。ほら無傷でしょ?」
「確かに傷は無い、けど……」
百合はソファから立ち上がり、両手で私の頬に触れた。
私の顔は、会議前よりも様変わりしている。右目に刻印されたナンバーとバーコードはより濃くなり、左目の下に大きなバーコードが新たに刻まれていた。目の色も変わり薄紫になっている筈である。
正式な改造を終えた証拠であった。改造を終えた人間は、体のどこかに認識用のコードを書き込む。それは改造箇所に近い方が望ましい。だから両目、両腕を改造した私は顔に刻印した。一目見て分かりやすいだろうというのも理由だ。
「こんな……お姉ちゃん、綺麗な顔だったのに……」
「ふふ、ありがとう百合。でも大丈夫よ」
百合の手を優しく握り、そっと私の頬から手を放させる。
心配する必要はない。視力にも、両腕の感覚も問題ない。顔については、私は貫録がついたと思っている。昔からかっこいいタトゥーには憧れていたのだ。日焼けしてピアスしてタトゥーバリバリのギャルは私の憧れでもある。私自身の肌が白い分なおさら。
なので、私としてはむしろ嬉しいぐらいである。
「それにほら。もし静電気の季節が来ても問題ないでしょ? 勝手に吸収してくれるし」
「もう……お姉ちゃん、冗談が上手いんだから」
百合はくすりと笑う。冗談のつもりはないんだけどな……。
背後で総統室の扉がノックされた。
「入れ」
私は厳しい摂政としての顔、声音に戻り来訪者を迎え入れる。百合も即座に総統にのみ座ることを許された紅い高級ソファに座る。
扉開いて現れたのは、ドクター・ブランガッシュだった。
「総統閣下、ご機嫌麗しゅう……」
「総統室で口上はいい。何の用だ」
私は長くなりそうな口上を打ち切らせ、問うた。
「はい、改造室の予算を増額いただけるということで……」
「ああ、正式に決定した」
決闘の後、会議は私の意見を全て通すスムーズな物となった。最強の怪人に勝った私に、逆らう者などいる筈もない。まぁ時間を置けばまた出てくるだろうが、ね。
なので改造室の予算増額もすんなり通った。その瞬間ドクターが小さくガッツポーズしていたのを私は見逃さなかった。
ドクターは嬉々としてその事を語る。
「そうです! 予算の増額など三代ぶりです! 新総統閣下と摂政殿には感謝してもし切れません!」
改造室はここ十年程冷遇傾向にあったからな……それも成果が乏しいのが問題で、ある意味自業自得なのだが、そもそも成果を上げられない理由が予算が少ないからという理由だから性質が悪い。
なので改造室には是非とも成果を上げてもらいたい。
「それで、本題は?」
「ああ、そうです。予算を増額いただけるということで、今後の研究プランを決定したいと思いまして」
「ほう?」
つまり今後の改造人間の方向性を定めるということだな?
現在ローゼンクロイツの怪人の方向性は迷走している。元々は機械系列の怪人のみを輩出していたそうなのだが、とある悪の組織を併合した際に獣系列の改造技術も入手した。ヘルガーの元となった技術もそれだ。
さらに他悪の組織の間で虫系列の改造人間が流行った際、見よう見まねでローゼンクロイツも参戦。苦戦した結果、蜂系列の怪人のみ開発に成功したそうだが、その代償として他の系列の技術も滞ってしまった。
そこで更に悪い事に、当時の改造室は奪回のため新たな系列に手を出した。植物型怪人である。
薔薇を掲げる組織に相応しいと考え、手を出したそうなのだが……結果これも薔薇系列の怪人のみ開発に成功。ほとんど技術も怪人の戦術も広がらず、多大な時間を薔薇の栽培に費やしただけという結果になった。
迷走に迷走にを重ねた結果、他悪の組織との怪人パワーレースに完全敗北。一対一で他の組織の怪人に勝てなくなってしまった。ヘルガーぐらいの実力と経験があれば平怪人クラスには勝てるだろうが、同じ幹部級には劣るだろう。ヘルガーが私に突っかかって来た理由もその辺りにあるのかもしれない。
このままでは悪の組織として他組織に完全に負けてしまう。即座に脱却する必要がある。
ドクターは執務机の上にいくつかの紙を広げる。そこには怪人の設計図が存在していた。
「ワタシが考えた今後開発出来そうな怪人案です。順に説明します」
「頼む」
ドクターがまず提示したのは、機械と獣が混合した怪人だった。
「もう既に何体か試しましたが、機械と獣の混合怪人です。両者の長所を生かし、攻撃的な怪人を造り出すことが可能でしょう」
「却下だ」
私は第一の企画を棄却した。……ギャグじゃないよ?
「これ、メカシマリスの奴だな。アイツは結局どうなったか、知っているだろうドクター?」
「……最終的にメカ部分を取り外しましたな」
そう、機械系の怪人の短所は維持が難しい事だ。ただでさえ精密機械の塊であるのに、求められた役割は戦闘。長持ちする筈もない。
その分獣系の怪人は多少食い扶持が多くなるだけで済むが……。メカとは噛み合わない。獣の体はそもそも既に精錬されている物が多く、それ以外での成果はなかなか望めない。しかしそれを人体と融合してもまだ何とかなる。人間もまた動物だからだ。しかし機械とまで融合しまうと完全に獣の長所が隠れてしまうのだ。それならば最初から機械系の怪人をやれという話になる。
だから混合系は一見強そうに見えるが地雷だ。ホームページのメカシマリス君の笑顔が虚しい。
「では第二案。虫系列の再研究ですが」
「駄目だ。虫は現行以外は捨てる」
虫の体は難しい。動物の中でもトップクラスに複雑な構造だ。
関節ごとに脳があるし、骨はないし、鳥と違って飛び方も未だ解明できていない。そんな虫を人体に当て嵌めた上で強化するなど、無茶にも程があった。
組織間で一時期流行ったのも、たまたま上手くいった怪人が無双の活躍をしたからだ。虫怪人はリスクが高いギャンブル要素が強い怪人なのである。
だがせっかく上手くいった蜂怪人を捨てるのは勿体無い。使い道を考えないと。
「第三案。植物系列の再研究」
「これは部分的に採用、かな」
「ふむ、部分的というのは?」
「薔薇が上手くいったんだから、そことかけ離れ過ぎない植物を基に研究してほしい。無用な博打はいらないということさ」
予算を増額するとはいっても、余分な研究に割ける程の余裕はない。組織自体が落ち目なのだから。
なので、出来るだけ系列は絞る。
「花系列さ。樹木やキノコなどといった系列は捨てる。花のみに絞る」
薔薇系列の発展に成功すれば、おのずと花怪人への道が見えてくるだろう。だがそのスキルツリーを樹木まで伸ばす訳にはいかない。そんな余力はない。
だから、花怪人までに絞る。
「成程……では薔薇系列の強化は承認いただけると」
「そういうことだ。次」
私は他の案を促した。
「では、最後。純獣系列の強化」
「これは採用。だが最後? 機械系列は?」
「コストがかかり過ぎますから……装備部門からも苦情が出ますし」
「うむ、なら今後組織が安定してから考えるか……方針は以上だ。蜂怪人、花怪人、獣怪人の研究に励め」
「ははっ」
頭を下げるドクター・ブランガッシュ。私は視線で百合を促す。
百合は私の視線に気が付き、ドクターに声をかけた。
「ブランガッシュよ。大義である。余に最強の怪人を見せておくれ」
「は……ははっ!!」
私の時よりも恐縮し、地面に擦り付けんばかりの勢いで跪くドクター。当たり前であった。相手は忠誠を捧げるべき総統であり、なおかつカリスマを見せつけている。
ちなみに台詞は私が仕込んだ……訳ではない。演劇部であった百合ならばこの位のアドリブは利かせられる。百合も総統らしくなってきた……!
ドクターが退場した総統室で百合を褒め称える。
「すごいわ、百合! 見事な総統だったよ!」
「そ、そうかな? 最後に一言しゃべっただけだけど……」
「それでいいのよ。百合はどっしり構えていてくれれば。後は私で何とでも出来るし」
「でも、それじゃあずっと頼りっぱなしじゃ……」
全く問題ない。
「姉や兄ってのはね、下の子に頼られるのが何より嬉しいのよ」
「そうなの?」
「そうよ。なんたって竜兄が言っていたんだもの。間違いないわ!」
「ふふ、確かに言いそうだね」
竜兄とは私たちの兄に当たる人間だ。紅葉家の長子である。
歳は離れているものの、思春期になっても妹である私たちを可愛がってくれた優しい兄だ。
ちょっとおっちょこちょいだが、そんなところも可愛らしい。
「竜兄……そうだ、竜兄には言ったの? 私が悪の総統になったこと?」
「いや、言っていないよ。勉強の邪魔しちゃ悪いしね。しかも遠いし」
竜兄は今、地方の大学に通う為下宿していた。偏差値のかなり高い大学に入った為、勉強が忙しく偶にしか帰って来ない。
そんな竜兄に「百合が総統になったよ!」と連絡すればたちまち勉学に身が入らなくなってしまうだろう。もしかしたら心配で大学を辞めて帰省してしまうかもしれない。
真面目に頑張って来た竜兄にそんなことはさせられない。だから連絡は一切していなかった。
「まぁ、竜兄の大学が一段落ついたらか、私たちの立場が安定したら連絡しましょう」
「うん……そうだね。安心させられる報告が出来るように頑張ろう!」
私と百合は手を取り合って互いを励ます。ふふ、そうなればより一層頑張らなくちゃね。
そうやって私たちが絆を深めていると、ふいに背後から声がかけられた。
「申し訳ありません、総統、エリザ殿」
ヤクトだった。不意打ちに私の体は小さく飛び上がってしまう。
「うわぁビックリしたぁ! ……いつから居たの?」
「最初からいました。ずっと黙っていましたが」
「ステルス能力高いな……で、どうしたんだ?」
気を取り直した私が問うと、ヤクトは困ったような表情(兜)をしながら答えた。
「その……ヘルガー殿が許可を求めています。切腹の許可を」
我が組織の最強怪人は薩摩武士タイプだったようだ。