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「全人類の、■■を」




「さて……これでいよいよ我が計画も後半ですね」


 シリンダー状の柱が並ぶ暗い室内で、鱗を纏った紳士が一人呟く。

 名はシンカー。悪の組織バイドローンの幹部である。


「経過は……こんな物ですか」


 緑色の液体に満たされたシリンダーの中には、一人の男が浮かんでいた。

 一般的な成人男性だが、唯一右腕だけが猪か何かのように毛むくじゃらだ。

 液体の中で苦悶の表情を浮かべる男性は助けを求めるようにシンカーへ毛の生えた手を伸ばす。


「んん……変化が薄いですねぇ」


 しかしシンカーはそれを冷たく一瞥しただけだった。

 むしろ、柱に隣接した機械のコンソールを操作し、男性の入ったシリンダーの中の溶液を更に濃い緑色に変えた。

 液体の中のウィルスをより増幅させたのである。


「■■■――!!」


 男性は断末魔を上げる。しかし防音性の高いシリンダー越しでは、くぐもった叫びしか響かない。白目を剥き喉を潰しても、その言葉は誰にも届かなかった。

 首元を掻き毟って気絶した男性に異変が起こる。ウィルスが体内に浸透し変化し始めたのだ。感染した生物に無差別な動物の部位を生やしてしまう怖るべきウィルスが。

 やがて男性は遂にはその輪郭すらも崩していく。剛毛は四肢に広がり、新たにカニのような腕が二本背中より生え揃う。頭も甲殻類のような甲羅に覆われ、体は肥満体のように膨れ上がった。

 もはや男性の面影は無い。甲殻類と猪をかけ合わせたかのような歪な獣に成り果て、牙と鋏の液体の中でかち合せるだけであった。

 苦しみは消えた。しかし、人として大切な物も全て失った……そんな姿だった。


 その様子を見たシンカーは満足そうに頷く。


「悪くないですね。知能は無いのでバイオ怪人には至りませんし、特殊能力も無さそうなので雑兵にしかなりませんが……」


 他のシリンダーを流し見しつつ歩みを進める。暗い空間で淡く光るシリンダーの数は50を超えていて、そのほぼ全てに怪物、もしくは一部のみを変化させた男女が浮かんでいた。


「シルヴァーエクスプレスで減らしてしまった数を補わないといけませんからね。やれやれ、思った以上に使い過ぎました……」


 バイドローンにおける通常のウィルス投与は注射器での血中投与である。しかし、それは変化に時間がかかる欠点があった。

 シリンダーに溶液を満たしてウィルスを感染させる手法は注射器での投与と比べおよそ半分の時間で済む利点があった。その代り、この方法での変化は劣性……何らかの欠陥を抱えたり知能が低下し易いという欠点がある。

 この方法での感染は寿命が縮むリスクが多くなり、かつ知能や記憶もほぼ確実に失う。バイオ怪人の増加はほぼ望めない。

 にも関わらずシンカーがこの手法を好むのは簡単に手駒が増やせるからだ。


「成功したのは200人中(・・・・・)50人(・・・)ですか。いいペースですね」


 シリンダーに照らされない暗き闇の中……そこには変化する途中で死に至ってしまった怪人の成り損ないがゴミ山のように積まれていた。

 グズグズに肉が崩れ腐りかけている老人や、体の中心から飛び出した巨大なウニのような棘に刺し貫かれ息絶えた若い女性。中には頭から生えた蛇のような尻尾に首を絞められ窒息した8歳くらいの男児もいた。


後600人(・・・・・)くらいは攫って来ましょう。若い人間を手に入れる為に、今度は学校を襲うのもいいかもしれませんね」


 弾むような口調で言葉を紡ぐシンカー。その声音に罪悪感や悲哀は一切ない。

 虫を捕まえる計画を練る小学生のように、心の底から楽しそうにしていた。


「ん……あぁ」


 ふと何かに気がついたかのように暗闇の中に視線を合わせる。その視線の先の暗闇の中から染みでるように進み出てきたのは二つの影。シリンダーの光に照らされて、それぞれ赤と青色の色彩が露わになる。


「やって来たぜオーバー!! 計画は順調のようだなドンウォーリー!! 流石はシンカーだぜマイフレェーンド!!」


 ハイテンションにシンカーへ言葉をかけたのは赤い髪を持った男性だった。複数の獣の特徴を持つ、大柄で厳つい顔立ちの男。


「………」


 そんな赤い髪の男性の横で黙ったまま佇んでいるのは中肉中背の男だった。シルエットに目立った変化は無いが、その顔面はそっくり蜘蛛の物に置き換わっていた。

 青い八つの複眼でただシンカーをジッと見つめている。


「やぁやぁ、よく来てくれた。アッパー、そしてダウナー。君らが来てくれれば文字通りの百人力。否、千人力というものだよ」

「おいおいシンカー、そりゃ俺らがたった千人ぽっち(・・・・・・・・)の力しかないって言っているのかオーバー!?」


 シンカーの言葉に憤慨する赤い男――アッパー。

 その隣で蜘蛛男――ダウナーも静かに怒気を漏らす。

 そんな二人にシンカーは苦笑して訂正した。


「あぁ、申し訳無い。そういった言葉で量る事すら無粋だったね。君らにはヒーローですら敵わない」

「ハッハー!! 当たり前だろトゥルー!! 幹部級三人がいればどうにでもなるぜストロング!! なにせ――」


 アッパーは懐から小さな機械を取り出す。それは何か液体の入った小さなシリンダーにスイッチを付けたような代物。

 バイドローンにおいてとある功績を打ち出した三人にのみ与えられる特権の象徴。


「なにせ、魔法少女(・・・・)を捕らえたのは俺たちだからなキャプチャー!! ガッハッハ!!」


 アッパーは笑う。魔法少女――はやての首輪に仕込まれた致死性のウィルスを作動させるスイッチ、すなわち彼女の命を握りながら呵々大笑する。

 シンカーもそれに追従して口角を上げた。


「ふふ、そうですね。幹部の中でもその栄光を得られたのは私たち三人だけ……。実質、この場にいる三人がバイドローン最強の幹部と言って差し支えないでしょう」


 二人はシンカーの物と似たデザインの旧時代の紳士服を着ていた。それぞれに赤色と青色。シンカーの黒い物とは違い奇抜な色合いだが、二人の見た目のインパクトと比べれば些細なものだろう。

 この紳士服は、バイドローン幹部の証。人間とは違う、バイオ怪人と言う貴き身分であることの自負。

 故に、三人は躊躇わない。


「さて……いよいよ始まる。全人類の――」


 シンカーは言いながら笑みを深め、

 アッパーは拳を握り覇気を漲らせ、

 ダウナーはガチガチと鋏の口を打ち鳴らした。


 三者三様に滾る言葉。それは、


「全人類の、■■を」


 滅びの言葉だった。






第二部完結

第三部は早めに再開します

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