「そういうところは甘いよねぇ、竜兄」
「……いやぁ、大盛況でなによりだ」
パーティーが始まってしばらく後、私は会場の端でちびちびとジュースを嗜んでいた。
序盤からテンション飛ばし過ぎたおかげで疲れた……。
「百合……総統閣下は、囲まれているな」
百合はパーティー会場の中心で構成員たちに押しかけられていた。ローゼンクロイツの人間は基本的に総統に絶対の忠誠を誓っている。ようするにみんな総統が大好きだ。中にはこんな無礼講でなければ話しかけられる機会のない平構成員もいる為、百合の元へ多くの構成員が殺到していた。
あぁ、仕事の話をする為にヴィオドレッドもいる……。後で義手のことも相談しないといけないなぁ。今は外れた義手を借り留めでくっつけているけど、激しい戦闘で損傷が酷いから一度オーバーホールしたいところだ。
「……主役じゃないの?」
そんな風に端っこで物想いに耽っていると、はやてが近づいて声をかけてきた。
「いつだってローゼンクロイツでは総統閣下が主役さ。……それに君だって主賓のつもりだが」
「そういうのはシンカーがいればいいでしょ。騒がしいのは、昔から苦手」
昔……バイドローンに降る前の、魔法少女の頃の話か。どうやらクールな性格は前からの物らしい。少々影は濃くなったのだろうが。
おかしのチョコレートを手に私の隣に来たはやては、私にチョコを一つ手渡しながら話しかけてくる。
「……百合が妹ってことはさ」
「うむ」
「……ジャンシアヌは、お兄さん?」
……気付かれていたか。まぁ人が大勢いる中でのことではなく、たった三人だけで間近で話を聞かれれば気が付かない方が無理ってものか。
「そうだよ。竜兄は私たち二人の兄だ」
「なら、言わなくていいの?」
意外と、聡いな。
もしかしたら、興味のある事に対するアンテナが鋭い性質なのかもしれない。
私は肩を竦めながら答えた。
「あまり心配はさせたくない」
竜兄がヒーロー、ジャンシアヌであったことは、百合にはまだ話していない。
正確に言えば妨害してきたヒーローがジャンシアヌというヒーローであったことは報告したが、それが竜兄であるとは言っていない。
何故なら、言ってしまえば心を病んでしまうかもしれないからだ。
「あの子は優しいからな。竜兄と私が大喧嘩をしてお互いが骨を折った時も無茶苦茶泣いてしまったくらいだ」
「いやそれは普通泣くんじゃ……? 昔からそうなんだ、貴女たち」
そう、ってなんだよ。ちょっと力加減間違えて互いの指を折っただけだぞ。
それはともかく、竜兄のことはまだ伝えない。
「心配せずとも、竜兄はヒーローだ。こっちから本格的な抹殺を試みなければ簡単に死ぬことは無いし、向こうも私と百合を傷つけるようなことはしないだろう」
「え、エリザ義手折られたし腿も切られなかったっけ……?」
「アレくらいはじゃれあいだ。私もバンカーしたし」
だけどアレは私に対してだけで、百合相手には指一本触れないだろう。兄の百合に対する態度は、私のそれに近い。小さい頃の魔法少女ごっこの悪役も、私の渡した脚本を徹夜で読み込んで迫真の演技をこなした位だしね。
「だから、心配はいらない。百合を前線に出さない限り、そう露見することもあるまい。念の為ヘルガーとヤクトには話したが」
私と百合の側近二人に話した。二人とも驚いていたが、了承してくれた。百合の優しさは知っているし、私が何とかすると言ったならまかせると誓ってくれた。
「問題は無い。……まぁ、発覚すれば私が怒られるだろうけど」
また百合の態度が怖くなる……。辛い。
「それはそれとして」
私は話を切り替えた。
「次の作戦、君も来るんだろう? 他は?」
「え、うん。私と……後二人くらいが参加する予定」
「ふぅん? 少ないな」
バイドローンにとって重要な作戦なら、もっと力を注ぐものと思っていた。シルヴァーエクスプレス襲撃作戦は小回りの為少人数である必要があったけれど、次は違う筈だ。
その訳を、はやては話してくれた。
「バイドローンの一番の泣き所は、幹部級のバイオ怪人の絶対数の少なさなの。前にも言った通り、バイドローンのウィルスによる有用な変化は希少で……検体をいくら増やしてもバイオ怪人が生まれるペースはとても遅いの。だから私みたいな強力でも扱いにくい駒を使ってるって訳」
「成程……」
そういえば一人のバイオ怪人が生まれるのに怖ろしい程の犠牲者が生まれてしまうのだったな。だから少数しか作戦に参加できないのか。
しかしその分強力だ。シンカー並みの怪人が参加するのならば、次の作戦も安泰だといっていい。
「さて、夜も更けてきた。そろそろパーティーもお開きにしようか」
そう言って私はジュースの入っていたグラスを近くのテーブルに置いた。
「……もう終わるの?」
はやてはどことなく悲しそうだ。意外だな、こういったパーティーは苦手だと思っていたが……それだけスイーツを気に入ってもらえたということか?
「安心してくれ、今度は君オススメのパフェ食べに行こう。次の作戦が成功すれば、どうとでもシンカーと交渉できるだろう」
ポンと肩を叩きながら私ははやてに告げた。はやては少し首を傾げながらも、笑顔を浮かべて頷いた。
「うん、楽しみにしてて」
「まぁ、正直食べ物への興味は薄いのだがな」
「それ今言うの?」
◇ ◇ ◇
「さて……と」
私はローゼンクロイツ本拠の一室におかれたパイプ椅子の上にドカッと座った。
殺風景な部屋だ。打ちっ放しのコンクリートの壁に、インテリアなど何もない一室。
この部屋は私が組織に来てから拡張された部屋だった。完成すらしていない部屋だ。まだ何の用途に使うのかさえ決められていない。今のところ倉庫に使うという案が通りそうではあるが。
何もないこの部屋の唯一の利点は、建設中に外と電波が通じるように私が仕掛けを施したという一点のみだった。
ローゼンクロイツに支給された携帯端末ではない、普通のスマートフォンを取り出す。
数回のコールの後、向こうが応答したのを見計らい先に声を発した。
「やぁ我が愛しの兄上。怪我はしていないかな?」
『どの口が……おかげさまで打ち身だけだよ』
走行中の電車から落とされて骨折すらしないのか……化け物過ぎる。
電話の相手は竜兄だった。
『それにしても普通に電話をかけてくるのか……相変わらず突飛だな、お前は』
「今しか話せないけどね。ローゼンクロイツ本部は普段通信を遮断しているから、ちょっとした仕掛けを施している今のうちじゃないと普通の電話は出来ない」
ローゼンクロイツ本部は地下という立地に加え、通信を遮断する建材や電波を発して警察や衛星からの捕捉を回避している。通信が出来るのはローゼンクロイツ独自開発の携帯端末のみだ。
この部屋はまだ建造途中の為、電波が辛うじて通じる。私はそこから更に外に繋がるケーブルと外部に設置したアンテナを使って通信を確立しているという訳だ。しかしそれもこの部屋が完成してしまえば通じなくなる。
携帯電話でのお話は今ここでしか出来ない。
「あ、流石に逆探知は出来ないようにしてるからユナイト・ガードに通報して本部を突きとめるってことは出来ないからね」
『チッ……まぁどのみちお前との電話を聞かせることは出来ん』
電話の向こうで竜兄が溜息を吐いたのが聞えた。
『お前を全国手配させる訳にはいかない』
……あぁ、竜兄がユナイト・ガードに私の正体を知らせないのはそういうことか。自分が悪の幹部の身内だと思われるのを恐れての行動じゃなくて、私を犯罪者だと公的に残さない為の行動と。
「そういうところは甘いよねぇ、竜兄」
『うるさい』
いつも正義を標榜しているにも関わらずこういうところは甘い。正義に身を置きたいと思いつつもやっぱり身内は泥を被ってでも助けようとする。そういうところは、やはり私と似ている。
「まぁ、そういう訳だから、私たちは悪の組織として活躍するよー」
『……また衝突するぞ』
「するとしても私ぐらいだと思うよ。当然ながら百合は前線に出さないし」
『だろうな。お前の意志では死んでも命の危険には晒すまい。あるとすればお前が危機に陥った際に勇気を振り絞って出てくるくらいか』
「あ、あはは……どうだろうね」
鋭い。というか読まれている。
ユニコルオンの一件は詳しく知らない筈だけれど、私たちの性格から察知している。理解度高過ぎるよ!
『フン……俺のやることは変わらんぞ。お前を仕置きして百合も助ける』
「私も変わらないよ。竜兄と敵対してでも百合を守って、ずっと守り切る」
この通話は説得の為じゃない。
お互いの意思確認の為だ。
私たちはヒーローと悪役で、対立している。
それでも兄妹だし、家族だ。
「戦う。でも殺さない。自分が死んでも」
『……お互いそう思ってるってところが厄介ではあるが』
人に知られればおかしいと思われるだろう。
ただの慣れ合いだとも、そもそも互いに大切ならば拳を下ろすべきだとも言われるだろう。
それでも私たちは自然な選択でそれを選ぶ。敵対しても互いを思い合う。それが私たちの在り方だった。
『……あ、そうだよお前、それより左腕! お前どんだけ体弄った!? 足の動きも変だったしその目も! まさか脳みそとかも改造してんじゃないよ――』
「切るねー、おやすみー」
『おま、エリ――』
プツッ、と電話を切る。即座に電源を切って、再度電話が掛かってくることの無いようにした。
……いやぁ、悪の組織やってる以上にそっちに怒ってそうだなぁ。
「……何にせよ、次の作戦で会わないといいけど……」
そうもいかないだろうなぁと、私は溜息を吐いてまたしばらく使わないであろうスマートフォンをポケットにねじり込むのだった。




