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「だから、すごいなって!」




「作戦の大成功を祝って! カンパーイ!!」


 私の音頭を合図にあちこちで歓声が上がる。

 ここはローゼンクロイツの大ホール。いつもは演説などに使われるこの場所は、今日限りはパーティー会場になっていた。

 ローゼンクロイツのほぼ全てのメンバーが出席を許されたパーティーは、予想以上の構成員が参加し賑わいを見せている。

 それもその筈、ヒーローを完全にやり込めた末の大戦果なのだから。


「作戦目標も達成! 金塊も奪取! 更に小国と戦争出来ると言われたシルヴァーエクスプレスを解体し接収! ヒーハー! プラスもプラスじゃー!!」


 その中でも誰が一番騒いでいるのかと言えば、私こと摂政エリザだ。

 何せ初めてとも言えるヒーローへの勝利だ。浮かれてしまうのも無理は無いだろう。


「ハッハー! 飲め飲めー!」


 構成員たちに酒を勧める。今日はローゼンクロイツの酒蔵を全解放しての大盤振る舞いだ。流石に私はジュースだが。

 そんな浮かれきった私の隣でヘルガーが呆れた溜息を吐く。


「はしゃぎ過ぎだろう……」

「はしゃぐさ!」

「うお」


 飛びあがらん勢いでヘルガーの鼻先に顔を思いきり近づけた私は力説する。


「なんたって積み荷もそのまま全部まるっと頂いたんだ。ククク……足の速い食料品はこのパーティーで消費するにしても、医療機械や新型の武装。最新鋭の電子機器などなど……フハハハ! 笑いが止まらねぇぜ!」

「……まぁ、ここ数年で一番の大成功であることは認めるけどよ」


 そう言ってヘルガーは私の隣を示す。そこにはワインを嗜むシンカーと、活気や騒音に戸惑っているはやての姿があった。


「外部協力者を本部に招くってのはどうかと思うが」

「いいじゃないか無礼講だよ無礼講!」

「無礼講で組織が滅んだらお笑い草なんだが」

「心配性だなぁ、ヘルガーは」

「普段だったらお前が気にするところなんだよ……」


 大丈夫だって、今日ぐらい。

 顔を顰めるヘルガーに対し、シンカーは優雅にワイングラスを回す。


「心配ありませんよヘルガー殿。事を構える気など更々ないのですから」

「でもなぁ……」

「それより」


 尚も私を嗜めようとしたヘルガーを遮りシンカーに話しかける。


「シルヴァーエクスプレスの戦果は山分けで無くていいのか? 共同作戦なんだから普通二分するのが筋だと思うが……」


 今回得られた戦利品は莫大だ。そして共同作戦であるのだから山分けする権利がバイドローンにもある。しかしバイドローンはシルヴァーエクスプレスから得た戦利品を辞退していた。目的であった聖遺物と、潜ませていた転移のキメラを回収しただけである。

 私の問いにシンカーは鱗の顔に笑みを浮かべて答える。


「えぇ、そちらで引き取ってもらって結構です。その代わりといっては何ですが、次の作戦時にはよしなにお願いします」

「あぁ、分かってる」


 シンカーの言葉に私は神妙に頷いた。

 成程、戦利品を受け取らなかったのは次の作戦の為の念押しか。「それ辞退してやったんだから、次バッくれるなよ」ということだ。

 元々断るつもりもなかったが、心してかからなくてはな。


「そしてー、はやてちゃん!」

「……何?」


 声をかけると、じろりと私の方を向くはやて。


「何って、決まってるじゃん! 貴女も功労者でしょー?」


 ぶどうジュースのグラスを持ちながらはやてにハイテンションで絡む。実際はやては今回の作戦の功労者だ。それを言ったら全員ってことになるが、ジャンシアヌ――竜兄に勝てたのは彼女のおかげだ。


「別に……どうでもいいでしょ」


 ふい、と顔を背けるはやて。照れてるのだろうか?


「まぁまぁ、そう言わず」

「ちょ……何?」


 私ははやての肩に手を回しとあるテーブルまで誘導した。

 そこにはカラフルな世界が広がっていた。今回のパーティーは古今東西様々な料理が並んでいるが、その中でも取り分け色とりどりの料理が置かれている。

 スイーツだ。中にはパフェもある。

 パフェを見つけたはやての瞳が輝く。


「これって……!」

「ウチの料理人に腕を振るわせた。外出が出来ないという話だったからな。こうして振舞おうというわけだ」

「え……じゃあ、このパーティーに私を呼んだのって」


 驚いた表情で私を見るはやてに、軽くウィンクして返す。


「そこを聞くのは野暮ってモノでしょ」


 そう言って流し、ずずいっとパフェをはやての前に差し出した。


「さぁさぁ、お食べ? 特にオススメなのがこの薔薇細工のチョコレートの乗ったパフェで、職人が数時間かけて作った力作でねぇ……」

「お姉ちゃ……せ、摂政!」


 はやてにパフェを勧めていると、背後から愛しい声が掛けられた。言うまでもなく、百合だ。

 振り返ると、ヤクトを連れ立ちいつもと同じ軍服姿で私の方へと歩いてきていた。


「おぉ、総統閣下! お楽しみいただけていますか?」

「うん! こういうの久しぶりで楽しいよ」


 総統閣下はにこにこ笑顔だ。うん、私も百合に笑ってもらえて満足だよ。

 一方でその背後のヤクトはどこか申し訳なさそうな態度だ。


「うん? ヤクト殿どうしたんだ? 貴殿も功労者の一人だぞ?」

「いえ……拙はいの一番に脱落した身です。このような場に来る立場では……」


 どことなく黒甲冑がシュンとしている。成程、一番最初に列車から脱落したのを気に病んでいるのか。


「そうなの! ヤクト、来たくないって言って……総統命令でやっと来てくれたんだから!」


 百合が可愛らしく頬を膨らませている。やれやれ、気にすること無いのに。


「ヤクト殿、貴殿がジャンシアヌの攻撃を受け止めてくれたから被害が最小限で済んだんだぞ」

「しかし……」

「あの場では遠隔操作の貴殿が犠牲になるのが最善だった。強弱の問題じゃない、優先度の問題だ」


 事実、ヤクトがジャンシアヌのメガブラストをその身で受け止めなければヘルガーとシンカーは五体満足ではいられなかったであろう。首が飛んでしまえばいくらなんでも怪人もおしまいだ。


「誇ってくれていい。作戦成功は皆の努力の結晶だが、被害者なしは貴殿の功績だ」

「……はい」


 ヤクトは頷いた。しかしどこか釈然としない様子である。まぁ、仕方ない。信賞必罰をどう思うかは本人次第だ。

 私がヤクトを励ましている横で、百合がシンカーに挨拶する。


「初めまして、ローゼンクロイツの総統です。貴方がバイドローンのシンカーさんですか」

「これはこれは……総統閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう。仰せの通りにバイドローンのシンカーでございます」


 シンカーがまるで臣下のように慇懃に――或いは臣下である私たちよりも丁寧に――お辞儀をした。百合は慌てて手を横に振り止めさせる。


「や、止めてくださいよ。あまり丁寧過ぎても困りますから」

「そうですか、では……」


 姿勢は正しつつもへりくだることを止めたシンカーは改めて百合と向き直る。


「総統閣下、此度は作戦へのご協力ありがとうございます。おかげさまで目的の物資を奪取出来ました」

「あはは……私はほとんど関わっていませんけど。全部姉……摂政の判断ですから」

「ほう……姉君と……」


 あ、しまった。百合と私が姉妹というのは組織内では周知の事実だが対外に向けては一切公表していない。心なしかシンカーの目が光ったような気がする。

 ……まぁ、なるようになるだろう!


「それで、総統閣下」


 私はそんなシンカーの後ろでパフェを頬袋いっぱいにしているはやてをぐいと引き寄せて紹介した。


「こちらがもう一人のバイドローンの協力者。ウィンド†はやてです」

「んっ! んぐっ……、はやてです、その、よろしく……」


 慌ててパフェを飲み込んで挨拶するはやて。そんなはやてを見て目を輝かせる百合。

 さりげなくヘルガーとヤクトがシンカーを少し離れたところに連れだす。


「わぁ~……よろしく! はやてちゃんっ!」


 にぱっ! と笑ってはやての手を取る百合。それにたじろぐはやて。


「え、えと……」

「お姉ちゃんが一緒に遊びに行ったって言ってて、お礼が言いたかったの!」

「お、お礼……?」

「うん! お姉ちゃん、働きづめだったから……だから、息抜きさせてくれてありがとうって!」


 妹よ……あまり恥ずかしい事は言わないでくれ。しかも正確に言えばボーリングも親交を深めるという仕事の一環のような物だし……まぁ遊んだけど。


「い、いえ……わ、私の方こそエリザベートには世話になってて……」


 あたふたしながら百合に答えるはやて。前のめりな百合に対して大分戸惑っている。

 シンカーを遠ざけたのははしゃぐ百合を見せない為だ。百合がどうしてもはやてに会いたいというからはやてに見せるのは仕方ないが、流石に交渉相手であるシンカーに見せてしまうと舐められる。


「それにね、それにね!」


 無邪気な様子ではやてに楽しそうに話しかける百合。あぁ、そういえば百合って……。


「私、本物の魔法少女に会うのって初めて!」

「ッ、魔法、少女……」


 はやてが顔を歪める。

 そう、何を隠そう百合は魔法少女好きである。小さな頃は両親に変身グッズをねだったものだ。流石に中高生になってからは玩具を集めるようなことはしなかったが……。

 ちなみに小学生だった私が百合の為に小道具大道具までも揃えた演劇さながらの魔法少女ごっこを演出したのは言うまでもない。演出脚本司会は私で、悪者役は竜兄だ。

 百合の言葉を受けたはやては顔を伏せた。


「……私は、堕ちた魔法少女ですよ……」


 俯いてポソリと言うはやて。

 確かに、はやては既に尋常の魔法少女ではない。悪の組織に敗北し、怪人の翼を生やし、ヒーローたちと敵対する彼女は本来の魔法少女ではなかった。

 しかし、


「でも、魔法少女として頑張ってくれたんでしょ?」

「ッ!!」


 弾かれたように顔を上げるはやて。

 そう、はやてが魔法少女として戦い、人々の為に頑張ったのは確かだ。

 例え悪を相手に力尽き、心折られて服従しようとも。

 それが誰かを傷つけることを意味しても。


 魔法少女としての功績は称えられて然るべきだ。


「だから、すごいなって!」

「………」


 百合の言葉に、衝撃を受けたようにフリーズするはやて。どうしたんだ?

 一瞬後、はやては琥珀色の瞳から滂沱の涙を流した。


「え、えぇ!?」

「はやてちゃん!?」


 突然の涙!?

 私と百合は驚いてはやてを前にあたふたしてしまう。こういうトコばっかりそっくりだな!

 何をすればいいか分からず慌てる私たちを余所に、はやては涙をぐしぐしと拭った。


「うん……ごめんなさい。大丈夫、です」


 涙を拭いたはやては、赤い跡の残った目端を擦りながら私たちに向き直る。


「……その、ありがとう。こんな私を……その」


 少し照れくさそうに躊躇った後、はやては口を開く。


「その、名前、聞いていいですか。総統、じゃない、名前」

「うん!」


 ホントはあんまり言いふらしたら駄目なんだけどな……プライバシーだし。

 でも流石にここで止める程野暮では無いので百合の言葉は遮らなかった。


「私は紅葉 百合! お姉ちゃんは、エリザ!」

「ちょ、私もか? ……まぁ、なんだ。長ったらしかったら縮めでもしといてくれ」


 笑う百合と肩を竦める私の言葉を聞いたはやては、

 それはそれは晴れやかな笑顔を浮かべた。


「うん……百合、エリザ。……ありがとう」


 それは、苦しいものが洗い流されたかのような眩しい笑みだった。






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