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「卑怯とは言うまいね。我々は悪の組織だ」




 新総統によって任命された摂政である私ことエリザは、組織幹部が勢揃いした会議にて辣腕をふるっていた。

 全ては妹のために。


「……このように、今後は戦闘員を事務や交渉員に回し裏方の比率を増やします。これによって我が組織の内治能力が向上しより円滑な運用が望めるでしょう。この動きを今後レベリオン・プランと呼称します」

「しかし摂政殿」


 ホロビジョンの前に立ち、映し出された私の資料を背景に説明をしていた私に疑義が投げかけられる。

 幹部の一人、装備管理部門の蠍怪人ヴィオドレッドだ。

 蠍の頭に眼鏡をかけた異様な出で立ちの彼は、手元の紙の資料へ目を落としながら私に問う。


「これでは実行部隊の数が減ってしまうことになります。そうなれば作戦の遂行が困難になってしまうかと」

「良い質問です、ヴィオドレッド君」


 会議がざわめく。それも当然、新参者である筈の私が古参幹部の一人であるヴィオドレッドを君付けで呼んのだから。

 しかし私は構わずヴィオドレッドの質問に答える。


「その問題は怪人を強化することで解決します。昨今、他組織との怪人パワーインフレに敗北し、現在では怪人はある程度の纏まった運用が必須となっています。これを今後変えるつもりはありませんが、怪人のパワーは追いつく必要があるでしょう」


 手元に機械を操作し、ヴィジョンの資料を次のページへ進めた。私手作りのプレゼン資料が動き、グラフを強調する。


「よって私は改造室の予算を大幅に増額します。これによって戦闘員の数を減らしつつ、他組織のパワーレインに並ぶというのが私のプランです」


 改造室室長であるドクター・ブランガッシュががたりと立ち上がる。ここ最近成果を上げられていない改造室は冷遇傾向にあったから、突然の朗報に思わず立ち上がってしまったのだろう。

 私は手で座るよう指示し、説明を続ける。


「我々ローゼンクロイツは今まで武闘派として周囲に認知されてきましたが、今後はそのイメージを払拭し、経済的、政治的な手段で組織の中興を目指します。体制の大幅な変換は抑えますが、組織の動き方自体は今後変わっていくという認識を……」

「ふざけんな!」


 私の説明を、怒鳴り声が遮る。

 声の主は戦闘部門のまとめ役である狼怪人ヘルガーである。

 椅子を蹴り立ち上がって、私を睨みつける。


「黙って聞いていれば、戦闘員を減らすだと……? しかも武闘派から転換するだと?ふざけるのも大概にしろ!」


 歯列を剥きだしにして、私を威嚇するヘルガー。戦闘部門の筆頭である彼は、自分の部署の人員が減らされることに不満を持っているのだろう。

 だが、好都合か。


「大体、テメェみてぇな女に仕切られること事態がそもそもおかしいんだよ! 総統の姉だかなんだか知らねぇが、出しゃばるんじゃねぇ!」

「ちょ、ちょっと……」


 私の隣で妹が口を出そうとしている。いかん、ここでヘルガーを総統権限で無理に押し込めれば後々まで禍根が残る。

 私自身が撒いた種だし、ここは私が身を張ろう。


「つまりヘルガー君。君は私の人事に、私自体にも納得がいっていないんだね?」

「君……! あぁ、そうだ! 気に入らねぇ!」

「ではこうしよう」


 私は軍服のコートをはためかせながら言った。


「決闘だ。私と君での一騎打ちで決めよう」

「ほぅ……この俺と戦うだと?」


 会議が再びざわつく。私がヘルガーと戦うことが無謀だと考えているのだろう。

 それもその筈、戦闘部門のトップに立つヘルガーは正真正銘我が組織最強の怪人だ。総統紋を受け継いで日が浅い妹よりも、その現時点で戦闘能力は高い。

 無論、私とて一般人。現状で勝てるとは思っていない。

 そこで私は提案した。


「勿論、今ここで君に挑んで勝ち目があるとは思っていない。そこでどうだろう。三時間貰うというのは」

「三時間……?」


 狼の顔で怪訝な表情を浮かべるヘルガー。それもそうだ。決闘のフィールドを整える時間にしても長過ぎる。


「三時間の間で、私は改造手術を済ませる。室長、可能かね?」

「は、はい! 可能です!」


 慌てて答えたドクターの返事に、私は深く頷く。


「で、あればそれでいこう。ヘルガー君もよもや卑怯とは言うまいね?」

「構わねぇぜ。弱い者いじめは性に合わねぇからな」


 にやりと口角を上げるヘルガー。余裕の表情だ。

 私は踵を返して会議室出口へ向かう。


「ではそうしよう。ヴィオドレッド君、決闘場の用意を。観客はBクラスまで許可する。室長、改造室まで案内したまえ」

「は、はい!」


 室長を連れて、私は会議場を後にする。

 ポカンとした表情の妹と、未だざわめきが収まらない幹部たちを残し、私は立ち去った。






 ◇ ◇ ◇






 摂政であるエリザが退出してからも、会議室のどよめきは収まらなかった。

 幹部の一人がヘルガーに詰め寄る。


「だ、大丈夫なのか、ヘルガー?」

「なに?俺があんな小娘に後れを取るとでも?」


 ぎろりと幹部を睨みつけるヘルガー。幹部はその視線にたじろき弁解する。幹部の中でもヘルガーに敵う怪人はいない。


「ち、ちげぇよ。むしろ摂政を殺しちまわねぇかって心配だよ」

「ふん。確かにな。三時間の改造手術じゃあ特異な能力も姿も変えられねぇだろうよ」


 怪人となる為の改造手術はより強力な改造を施そうとすればするほどその所要時間も延びる。

 ヘルガーのような見た目からして変わる改造手術は一日がかりの代物だ。

 対してエリザの提示した三時間程度の改造では、精々筋力強化が精一杯だろう。

 最初から勝負は決まっている。ヘルガーはほくそ笑んだ。


(ま、ここで一発あの女の鼻をへし折れば大人しくなるだろう。新総統はまだ幼い。身内を殺すショックを与える訳にはいかないからな)


 荒れた態度を取っているヘルガーだったが、新たな総統への忠誠が無い訳ではない。しかしそれとは別に、エリザの事は気に入らなかった。


(負けはあり得ない。後は殺さないよう手加減しなきゃな)


 椅子にふんぞり返り、余裕の態度を示すヘルガー。

 実際、負けることは一切考えていなかった。


「おい、ヴィオドレッド。余計な真似はするんじゃねぇぞ」

「分かっていますよ。そんな事はしません」


 手に持った端末で指示を飛ばしながら答えるヴィオドレッド。

 装備部門のリーダーである彼は常に中立だ。派閥争いなどで組織が荒れた際も、彼はそのスタンスを曲げない。

 ヘルガーもそれは承知で、念の為の釘だった。


「……なら、このまま待つか」


 椅子に身を沈めて、瞼を閉じるヘルガー。

 三時間後に起こしてくれと他幹部に頼みながら、その意識を闇に落とした。




 一方で、ようやっと状況の変化に意識の追いついた百合。


(……え? お姉ちゃんサラッと人間辞める宣言しなかった?)


 幹部どよめく室内で、静かに混乱しているのだった。






 ◇ ◇ ◇






 ドームのような設備の決闘場は、観客で溢れ返っていた。

 観客席は満員で、Bクラス以上の職員のほとんどが集っているのだろう。それぐらいの数だ。

 席を見渡し、一番目立つ席に座っている妹の姿を確認する。隣にはヤクトが立ち警護している。

 妹の表情は、混乱と心配に占められていた。何が何だか分からないうちに話が進んでしまったという混乱と、決闘する私への心配だろう。

 あいも変わらず気の弱い妹に苦笑しながら、私はヘルガーと対峙した。


「さて、手術は無事成功したのかよ」

「おかげさまでな。すこぶる快調だ」


 服はお互い着替えていない。ローゼンクロイツのナチスドイツ風軍服姿だ。私にはこれ以上の装備が無いからであるが、向こうは着るまでもないという余裕の表れだろう。

 その油断が、命取りになるのだがな。


「では、両者見合って」


 ヴィオドレッドが審判を務める。手を上げて開始の予備姿勢をとる。私たちは構えた。

 ヘルガーは右拳を突き出し左足を下げる。一般的な格闘の構えだ。

 対して私は腰の光忠に手をかける。居合いの姿勢。


 観客が静まり返り、ただ開始の合図を待つ。

 そしてヴィオドレッドの手が振り下ろされた。


「試合開始!」


 試合開始と共に仕掛けたのはヘルガーだった。私に向かって飛びかかり拳を突き出す。

 最初から一発で決めるつもりだったのだろう。そうすれば私の無能さを喧伝できるし、怪我も最小限だ。

 それを利用させてもらう。


 私は光忠を一閃した。

 滑らかに抜き出された刀身はそのまま突き出された拳へ向かい、その軌跡を鮮明に残す。

 ヘルガーはにやりと笑った。当然だろう。何故なら彼の毛皮は防刃、防弾だ。

 そしてそれを私が知らないと思っている。間抜けな失態だと嗤っている。

 まぁ知っている訳だが。


 毛皮に刃が接した瞬間、私の瞳が一瞬スパークする。

 成程、こうなるのか。

 そして腕から発生した紫電が光忠を伝い、ヘルガーへと感電した。


「が、があああああああ!?」


 突然自身を襲った痛みに、ヘルガーは地に伏せる。幼子でも知っている必殺技、十万ボルトだ。怪人ならばこれでも死ぬことは無いだろう。しかし痺れて動けない筈だ。

 その隙に光忠を喉に突き付け審判を見る。ローゼンクロイツにおける由緒正しき決着の作法。

 ヴィオドレッドは真っ直ぐ手を掲げた。


「勝者! 摂政、エリザ!」


 ワッと観客が沸き拍手喝采が巻き起こる。妹も安堵した表情だ。

 一方で私の足元に伏したヘルガーが唸る。


「な、何故……能力を」


 おや、喋れるのか。この出力ならば唇すら動かせないと思っていたが。


「なに、簡単なことだ」


 私は得意げに前髪をかき上げ、右目を見せつける。

 よく見れば瞳孔にはシリアルとバーコードが刻まれているのが見えるだろう。


「瞳の色は、会議室前と変わったかね? まぁそこまで覚えていないだろうが」

「! ま、まさかあの時既に改造手術を済ませていたと?」

「そういうことだ」


 そう、既に私とドクター・ブランガッシュは繋がっていた。『仕込み』の一つだ。改造室の予算増額を餌に、組織の許可なしに手術させた。

 会議室でのドクターの態度も演技。まぁ先に話した際に同じようなリアクションをしていた為演技臭さはなかっただろう。

 つまりヘルガーは私の手の平の上で踊ったのだ。マジックモンキーならぬマジックウルフか。


「卑怯とは言うまいね。我々は悪の組織だ」

「くっ……」


 押し黙るヘルガー。

 これにて私の悪の組織勤務最初の仕事、組織の掌握は完了したのだった。







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