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「ファイア!」




 そのままいくつかの車両を走破した私たちは、その途中の貨物車両に身を潜め、安堵の溜息を吐いた。


「……ふぅ、なんとか撒けたな」

「しかしなんてこった。ヒーローがいることは予見できたがまさかあんな規格外な奴とは」


 ヘルガーが肩を竦め、やれやれと首を振る。


「しかも知らないヒーローだ。ヤクト、お前は?」

「拙も存じませんな。ローゼンクロイツのデータベースは定期的に閲覧していますが、心当たりはありません」

「新人か……」


 私は二人の会話を、若干気まずい思いをしながら聞いていた。それ、私の兄なんですよ。

 だが、それを正直に言う訳にもいかない。私の立場が悪くなるとか、百合が非難されるとかではない。逆だ。

 二人がジャンシアヌが私の、百合の兄だと知ったら攻撃できなくなる。百合の人柄を知っている二人は裏切ることはしないが、百合が身内が傷付くことで心を病むことを知っている。……主に私の所為で。

 だから、二人にはまだ伝えられない。それで竜兄が倒される可能性も無くは無いが……。


「閉鎖空間であの能力は、厳し過ぎる。特に火力を持っていない俺ではな……」


 ヘルガーが食堂車での戦闘を思い返しながら言った。そう、あの能力は列車内という状況と噛み合い過ぎている。大量の蔦による物量攻撃。それぞれに分断されて各個撃破されかかった。シンカーの力が無ければどうなっていたことか。


「……それで、どうする? 目的を果たすか、先にヒーローをどうにかするか」


 私はシンカーに今後の方針を問う。理想を言えばさっさと目的である聖遺物の奪取を果たして離脱するのが最善だが、かといってヒーローを放置するのも危険だ。

 シンカーはしばし考えるそぶりを見せると、両手の指を立てて2と3を示した。


「二手に分かれましょう。目標を捜索する班と、ヒーローを足止めする班」

「……それが一番いいか」


 戦力を分けるのは不安だが、迅速に目的を達成するにはそれこそが最善の策に思えた。撃破ならばともかく、足止めならば寡兵でも何とかなるかもしれない。


「どう分ける?」

「軍勢を呼び出す必要のある私はヒーロー側ですね」

「そうだな」


 ヒーローを足止めするならば、シンカーの能力は最適だ。あの蔦の物量とも張りあえるシンカーは、ヒーローに充てるのが妥当か。


「……ヒーロー側の方が人手がいるだろう。後二人だな」

「なら、俺とヤクトで決まりだろう」


 私の呟きにヘルガーが挙手して答えた。


「聖遺物の概要は聞いているがローゼンクロイツである俺たちが探すには不安が残る。ならバイドローン側を二手に分けるべきだ」

「……私ともう一人がヒーロー相手になるという選択肢もあるが」

「お前じゃ耐久力が不安だ」

「う」


 ヘルガーの言葉に唸り、私はそれ以上抗議出来なかった。確かにヤクトとヘルガーと比べたら私の耐久力は障子戸クラスだ。持久戦の必要があるヒーロー班では、不適合だろう。

 仕方なく私は頷き、その班分けに同意した。


「分かった……みんなもそれでいいか?」

「問題ありません」

「拙も同じく」

「……いいわ」


 皆一様に頷き、決定した。






 ◇ ◇ ◇






「……分からず屋め」


 ()は秘かに拳を握り締め、潮を引くように消えていく緑のスライムを眺めながら呟いた。昔から暴走しがちな妹だったが、まさかここまでとは。


「竜胆さん、大丈夫ですか?」


 話しかけてきた隊長に振り返り、問題ないと手振りする。変身は解かないままだ。相手に撤退はされたが戦闘状態はまだ続いている。


「そちらの損害は?」

「軽傷15、重傷5。死者はいません」

「そうか……」


 死亡者がいないのはユナイト・ガードの練度の賜物か。はたまたエリザが手加減をしていたからか。どちらかは分からないが、このままでは死者が出てもおかしくは無い。


「奴らは?」

「三両先の貨物車に居るようです。そこに潜んでからはまだ出て来ていないとか……待って下さい」


 隊長はヘルメットの耳に手を当てると何度か頷き、応答を返した。通信が入ったようだ。

 俺も通信機を装備出来ればいいのだが、生憎アルラウネの加護がもたらした俺の鎧は役目を終えればその場で枯れてしまう。高級な通信機を括りつけても無駄になる。現在特注の通信機を注文しているが完成はまだしていなかった。


 鎧……俺の授かった、アルラウネの鎧。

 フランス旅行中に友人とはぐれた俺は、迷い込んだ森の中で倒れ込んだ少女を助けた。苦しげに喘ぎ水を欲していた少女こそが、妖精アルラウネ。

 水を飲ませて介抱すると、アルラウネはその正体と倒れていた理由を話し始めた。ローゼンクロイツが怪人の毒を森に流すこと。その毒によって自分が変貌を遂げつつあること。そうなれば自分は何の罪もない人民を襲いかねないということ。

 俺はその話を聞いて彼女を助けることを決心した。具体的な方法を脳裏に数種類浮かべながら立ち上がった俺に、アルラウネは戦う加護を与えてくれた。それは、ローゼンクロイツの毒によって変貌してしまった、凶暴な力。

 それこそが花の銃士、ジャンシアヌの力だった。俺はその力を使って薔薇怪人ブランブーケを倒し、フランスのローゼンクロイツを撤退させたのだ。


 まさかそんな因縁のある組織に我が妹が二人とも属しているとは……。何という因果か。


「止めなくてはな……」


 エリザが、百合が悪の道に染まる。それだけは絶対に阻止しなくては。悪事を許せないのは勿論だが、特にエリザは染まりすぎる(・・・・・・)。そうなれば、いつか。


「竜胆さん、第五貨物車から怪人がこちらに向かって来ているそうです!」


 焦ったような隊長の言葉に俺は思考に耽っていた意識を浮上させながら返事を返す。


「数は? 五人か?」

「そ、それが……六人だそうです」

「何?」


 増えている。数が合わない。

 隊長が通信を受けながら混乱したように叫ぶ。


「八、十? 情報が交錯しているのかはっきりしません。一体これは?」

「……兎に角戦闘態勢を取れ、来るぞ」


 ジャンシアヌになったことで鋭敏になった感覚器が怪人らしき気配を捉える。その数は、十二体。


「成程これは……増えているのか」


 再び食堂車に現われたのは、十三体(・・・)の怪人だった。


「撃て!」


 間髪入れずに陣形を組んだユナイト・ガードの一斉射撃が怪人たちに降り注ぐ。一瞬エリザが巻き込まれてしまうのではと焦るが、パッと見エリザらしき姿は見えない。

 銃弾を受け止めたのはホッキョクグマらしき怪人だった。先程は見なかった奴だ。それ以外にもクワガタのような怪人や大きくしたノミのような怪人、蠍の尾を持ったライオンといった怪人ばかりで、見覚えのある姿は三つしかない。

 俺は一旦射撃を止めさせ、見覚えのある怪人に話しかける。


「見えない奴がいるな……紫の瞳の奴と羽の生えた奴。女二人の姿が無いが?」


 俺の問いに、狼の獣人が質問で返す。


「言うと思うか?」

「なら言わせるとするか」


 そう答えた俺は再び蔦を操り分断にかかった。


「行け!」


 俺の命に従い、伸びた蔦が怪人たちに迫る。

 アルラウネに与えられた力の一つ、ガーベラフォーム。その力は蔦を操る力だ。

 鎧の力が尽きるまで無尽蔵に蔦を出現させ伸ばす事が出来る。その力の源は植物らしく太陽の光だが、先んじて十分浴びている。室内であってもその力が衰えることは無い。

 再び壁を造って各個絡め取ってやろうと伸ばされた蔦だったが、俺と鏡合わせのように伸ばされた緑色のスライムの触手に逆に絡め取られた。


「何!」

「質量攻撃がそちらの専門だとは思わないでくださいねぇ!」


 紳士服を着た半魚人がステッキを持って笑みを浮かべている。奴がこのスライムの発生源か。

 質量VS質量。負ける気はしない、だが過ぎればこの列車を破裂させかねない。

 俺は腰のホルダーから白い花のタリスマンを取り出し薄緑色のタリスマンと交換した。身に纏う花の色が変わり、白くなる。


「白撃銃!」


 手の平から白いマスケット銃を取り出し、構える。狙いは蔦が消えてもうねるスライム。

 半魚人が吠える。


「銃の一丁や二丁!」

「じゃ、ないとしたら?」


 マスクの下で俺はにやりと笑いながら力を行使する。俺の背後に同じマスケット銃が一丁、二丁と浮かびその数を増やしていく。


「百丁は軽いが?」


 その言葉通り、俺の背後には百丁のマスケット銃が整然と並んだ。


「ファイア!」


 白き銃が一斉に火を噴き、スライムの触手を撃滅する。俺の手に持った銃以外はあまり精確な狙いとはいえないが、火力がスライムと怪人共をねじ伏せる。


「ぬ、おおぉ!!」


 半魚人はホッキョクグマの怪人の背後に隠れるが、その肝心のホッキョクグマは集中砲火を受けてスイスチーズのように穴だらけとなった。どさりと倒れ、動かなくなる。それ以外にもノミの怪人が頭を吹き飛ばされて戦闘不能になった。他は……残念ながら健在か。


「くっ……撃たれる前に!」


 果敢にも狼の怪人がこちらに突撃してくる。随伴しているのはライオンの怪人だ。確かに俺のマスケット銃は一発限りで装填しなければ第二射は不可能である。装填される前に突撃するのは至極正しい戦術であると言えよう。

 だが。


「リロード、とはいえないか」


 先程まで並べていた銃を枯らして、新たな銃を(・・・・・)出現させる(・・・・・)。銃その物を生み出せるなら、装填の必要は無い。


「なっ!」


 驚愕した狼獣人へと、俺は復活した銃列を叩き込む。


「ファイア!!」


 再び一斉に火閃が迸り、今度は突出していた狼たちを襲った。鉄板に穴をあけられる銃弾が狼とライオンを数十発ずつ叩きつけられる。


「ガアァッ!!」


 狼とライオンは銃弾のほとんどが命中し、その場に倒れ込んだ。いくら怪人とはいえ、耐えられまい。


「これで、四……」


 そうカウントしながら次の銃列を装填した俺だったが、その直後硬直する。

 崩れ落ちたライオンをどかすようにして、狼型の怪人が立ち上がったのだから。


「馬鹿な……戦車であっても爆発四散するぞ……」

「生憎だが戦車とはサシで殺り合ったことがある」


 狼はにやりと牙を剥き出し獰猛な笑みを浮かべた。


「その時の勝敗を聞くか?」

「いや……遠慮しておこう!」


 再び銃火が怪人たちに向けて放たれる。その火力はやはり怪人たちを圧倒する。

 だが俺はこの戦いが一筋縄では終わらないことを予感していた。






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