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「我が名は、銃士、ジャンシアヌ!」




「……紅葉(あかは)さん? どういう……」

「ッ! いや、なんでもない。……お前たちが、侵入者か」


 呆けた表情の竜兄は隣の隊員の声に我に返ると、私たちに向けて誰何の声を上げた。

 そんな兄の言葉に私も自我を取り戻す。お互いどうして今ここに居るのか分からないが、悠長に話を続けていい状況では無い。ここで兄妹と発覚しても、旨味は無い。だから、今は状況を正しく続ける。

 私と竜兄はやはり血の繋がった兄妹だからか、同じような判断を下した。

 だから、私も悪の組織の幹部らしく応じる。


「……ふっ、そうだとも。私たちがこの難攻不落を謳った超巨大列車に華麗なる侵入を果たした傲岸不遜なる盗人一味! 何か賞をくれても良いのだよ?」


 大仰な言葉と手振りでそう嘯く私。兎に角この場は、悪の組織らしく振舞う。

 だが、竜兄はどうしてここに? 何故そこに立っている?

 その答えは、竜兄が左手に花を模ったタリスマンを構えたことによって分かった。


「……兎にも角にも、この列車を守るのが俺の仕事だ」


 バサリとパーカー裾をはためかせると、腰に巻いたベルトと、そのバックルが露わになる。バックルには、丁度手に持ったタリスマンが嵌りそうな窪みが空いている。

 それだけ見れば、否応も無く理解する。

 彼は、私の兄は、


「……変身!」


 ポーズを決めて竜兄がタリスマンをバックルに嵌めこめば、たちまち彼の身を光と花吹雪が包んだ。花びらが身体に吸い込まれ、光がエフェクトとなって散った時、そこに居たのは私が知っている兄の姿では無かった。


「地に咲く一輪の戦花(いくさばな)!」


 その身体は、網状脈の大きな葉と白いスーツに包まれ、古い軍服と騎士の鎧を組み合わせたような姿となっていた。まるで絵本の三銃士に似た姿だ。緑と白に彩られた全身で、頭、両肩、首元だけが別の色を着けている。それは、巨大な薄紫の花。

 同じく紫色のバイザーを纏った目元が光り、変身が完全に完了した。

 竜兄は、否、花弁の騎士は名乗りを上げる。


「我が名は、銃士、ジャンシアヌ!」


 ジャンシアヌ。それが、竜兄の今の正体。

 彼は、ヒーローだった。


「……くっ!」


 動揺している場合じゃない。ヒーローが現われたのは普通に窮地だ! 私は武器を構え先手を打って戦端を開いた。


「オラオラオラッ!! 今更銃弾ぐらいじゃ死なねーだろ!」


 発砲。左腕を軸に両手で構えた重厚な武器から、大口径の銃弾が飛び出す。銃弾は竜兄――ジャンシアヌを先頭に展開するユナイト・ガードにばらまかれ殺到する。


 私が今日持って来たのは武器は、巨大な機関銃に似ている。が、勿論ただの銃では無い。

 先端には濁った白色の刃。後部には同色の長い棒が付いている。否、付いているのではなく銃こそが装着されているのだ。

 その名もIベイオネット。ホワイトランサーのデッドコピーであるIランサーに特製の機関銃を増設した武装だ。機関銃以外にも各種センサーや特殊な機構を積んでいる為重量が半端ない。機械化した左腕でなければ携行も出来ないほどだ。

 だがその分十分な火力を発揮する。


「くっ!」

「シールド展開!」


 銃撃に晒されたユナイト・ガードの隊員は片腕を構え前に突きだす。するとその腕の部分の装具が展開し、網戸のような盾を作りだしたのだ。

 薄く見える盾は私の放った銃弾を受け止め弾き飛ばす。見た目以上の強度があるようだな……。

 そしてユナイト・ガードでは無い唯一の人間、ジャンシアヌはというと。


「紫突剣!」


 どこからか取り出した青紫の細剣で銃弾を弾いてみせた。流石はヒーローか。常人には無理なことでも容易くやってのけるな。だが無数の弾丸は引っ切り無しに襲いかかる。盾とは違い、いつまでも耐えられるとは思えないが……。

 私がそう思うと、答え合わせと言わんばかりにジャンシアヌが動く。


「これだ!」


 そう言うとジャンシアヌは腰のホルダーから別のタリスマンを取り出し、バックルの物と着け換える。たちまちジャンシアヌは花びらと光に覆われ、晴れた時にはその姿はまた変わっていた。

 大きくは変わらない。だが、青紫だった花がまるでガーベラのような薄緑色になっている。


「……ハァッ!」


 細剣を捨てたジャンシアヌが手を掲げると、その手から、壁の隙間から植物の蔦が飛び出す。これは、百合の植物操作能力!? いや、それよりもっと強力な……。


「蔦よ! 壁を造れ!」


 たちまち蔦は絡み合うと、ジャンシアヌの前、そしてユナイト・ガードまでも守るように蔦で出来た壁を造り上げた。私の銃弾はその壁の表面を削るが貫通は出来ない。そして削った先から新たな蔦が覆って再生してしまう。

 悪の組織の総統である百合よりも強力な、植物操作能力。


「やっかいな……」


 どんな仕掛けなのか植物の無さそうな場所からでも発生させられるなんて、反則もいいところだ。私は一旦銃撃を止め、どうするか考える。


「植物相手なら、電気で焼き切るか? いや逆に電撃をいなされてしまうかも……」

「言ってる場合じゃねぇ、反撃が来るぞ!」


 ヘルガーの警告に私が構えると、緑色の壁から伸びた蔦が私たちに襲いかかって来た。私は銃撃で、ヘルガーは徒手空拳で、はやては魔法弾でそれぞれ迎撃するが、数が多く捌き切れない。


「くっ……何?」


 迎撃をすり抜けた蔦に攻撃されると身構えたが、意外にも蔦は私をスルーし空を切る。外れたのか? と思ったが、その蔦を中心として更に蔦が伸びるのを見て私は考えを改める。


「壁を、増設……!  気をつけろ、奴らは私たちを分断するつもりだ!」


 蔦は私たちの間を遮る形で爆発的に増殖し、たちまち迷路のように複雑な壁を造り上げる。隣のヘルガーの姿が見えなくなり、背後のシンカーたちの姿も消える。

 気付けば私は蔦の壁に囲われていた。


「……やられたな」


 試しにベイオネットの刃で蔦を切りつけてみるが、切られた端から別の蔦が傷を塞いでしまう。電撃を走らせてみるが精々が一、二本を焦がすぐらいで炎上させることは出来ない。


「いや、メガブラストならあるいは……」

「止めておけ。お前を囲う壁は特に気合を入れて造った」


 そう私に声をかけたのは、蔦の発生源であるジャンシアヌ。彼は蔦の壁を拓き、私の閉じ込められた小部屋へと入って来た。通って来た穴を塞ぎながらジャンシアヌは私と対峙する。


「ここでなら、誰にも話は聞かれない」

「……その為の分断ってこと? 竜兄」


 確かに壁に囲まれた私たちを視認する術は無い。互いだけで話すなら、絶好の機会だ。

 私は銃を下ろし、構えを解いた。


「素晴らしい能力、お見それいったよ。流石はヒーロー。敵わないね」


 そう嘯いて肩を竦めると、ジャンシアヌ……竜兄は顔の部分のマスクだけを解除した。私の生まれた時からよく知る兄の顔が晒される。間違いない、我が兄、竜胆だ。


「……顔を見るのは、お互い久しぶりか」

「そうだね」


 竜兄は遠くの大学に進学した為、離れて暮らしていた。帰ってくるのも長期休暇の時のみなので、顔を合わせるのは久方ぶりだ。

 だけど、ここまで変わっているとはお互い思いもしなかっただろう。


「……何故、ヒーローに?」


 私の問いに、竜兄は緑色の花型タリスマンが嵌ったバックルをなぞりながら答える。


「大学の友人と旅行中、フランス……ブルゴーニュの森でアルラウネを名乗る妖精に授かった。森に仇為す存在を滅ぼして欲しいと。……それがお前の着ている軍服の組織、ローゼンクロイツだった」

「……成程」


 先に報告を受け取ったブルゴーニュ支部の壊滅。まさか身内の兄の仕業だったとは。流石に因果を感じざるを得ない。


「お前こそ、何故悪の組織に? 家に帰ったら、お前たちが居なくて困惑したぞ。親父たちは何も言ってくれないし……」


 あ、父さんたち何も言わなかったんだ。それも無理は無い。


「それは、まぁこういう事情があるからね」

「どういう……」

「百合が悪の組織の総統に選ばれた。不可避だった。なら私が付いて行く。当然でしょ?」


 ヒーローとなった竜兄、悪の組織となった私と百合。衝突は必至だ。なら、父さんたちは隠そうとするだろう。

 何故なら……。


「……兎に角、お前は連れ帰る。お前を悪に染めさせるわけにはいかない」

「言うと思った」


 竜兄は、私に近い思考回路を持つが私よりまともで、頑固だ。悪は普通に許せないし、身内がそれに加担していれば正そうとする。悪だろうが正義だろうがお構いなしの私とは大違いだ。

 昔は悪事に手を染めようとする私を止めようと大喧嘩したものだ。そのおかげで高校生になるまで前科者にならずに済んだのだが。

 しかし今は、引けない。


「百合を放ってはおけないよ」

「それは俺も勿論そうだ。だが……」


 竜兄はチラリと壁を見た。壁の向こうからは微かに戦闘音が聞こえる。銃声や打撃音。ユナイト・ガードと怪人たちが戦っている音だ。


「こんなところでお前を放置する訳にはいかない。死ぬかもしれないぞ」


 そう言って私に向けて手を伸ばす竜兄。そうなるだろう。私とて百合や竜兄が戦場に居れば同じように手を伸ばす。だから私からも竜兄を勧誘する。


「それより、竜兄がこっちに来てよ。そうすれば、兄妹が全員揃うでしょう?」

「……それは、駄目だ」


 首を振る竜兄。


「多くの人々に背を向け、裏切る行為。俺はそれを許せない」


 ……こんなところも、私とは違う。

 竜兄はまっとうだ。家族以外はどうなってもいい私とは違って、竜兄は正義感が強い。父さんの仕事の影響もあるだろうけど、悪い事は許せない。


「そして俺は、エリにもさせたくない。来るんだ。今ならまだ間に合う」


 あぁ、こんな時だというのに懐かしさを感じてしまう。エリとは小さな頃の私の愛称だ。兄は優しく私に手を差し伸べる。


「百合の事は、何とかできる。何なら俺がローゼンクロイツを壊滅させれば百合は助けだせる。こっちに来るんだ」


 確かにヒーローならば、ローゼンクロイツを壊滅まで追い込めるかもしれない。だけど。


「ごめん」


 私はベイオネットを構え、その銃剣の切っ先を竜兄に突き付けた。銃口が、胸の中心を捕らえる。


「それでも私は、微かでも百合が傷付く可能性を見過ごせない」


 例えほんの僅かな確率であっても、観覧車が滑落して転落するような確率であっても、私は百合が死んでしまう可能性を無視できない。

 引き金を引く。鉄の銃口から銃弾が発射され、竜兄の胸元へ真っ直ぐ進む。

 驚愕した表情の竜兄は――しかしそれでも銃弾に反応し、避けた。

 外れた銃弾が緑の壁を穿つ。


「……お前」

「竜兄を軽んじている訳じゃない。でも百合は優しいすぎるから、守ってあげなきゃ」


 竜兄は強い。今この場にヒーローで立っているように。だけど百合は私が守ってあげないと駄目だ。だから、私は。


「この場から退いて! 竜兄!」


 銃弾の効果が無いと知った私は銃剣を振るい、切りつける。竜兄は、それを見切りつつも、歯噛みをした。


「……昔からお前は、分からずやだな!」


 マスクを閉じ、再び竜兄はジャンシアヌへと戻る。青紫から薄緑へと変わっていたバイザーを煌めかせ、私に向けて手の平を翳す。


「だったら拘束する! 蔦よ!」


 壁から蔦が這い出し、私の手足へと伸びる。刃で切り払うが、壁を造るほどもある蔦の物量に圧倒され私の四肢はあっという間に捕らえられてしまった。


「くっ!」

「千切ろうと思うなよ。俺の蔦は鉄製のワイヤーよりも……」


 ジャンシアヌは言いかけて、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。


「……まさか!?」


 私はいぶかしんだが、その答えはすぐに判明した。

 すぐ傍の蔦の壁が、まるで破裂するかのように弾け飛んだからだ。


「うおっ!?」


 蔦と共に拘束が破壊されて驚く私。一体何が起きたのか? それもすぐに分かった。

 破壊された蔦の壁の向こうから現われたのは、緑色のスライムの波だったからだ。床に銃剣を突き立て、流されないよう抗う。


「質量で無理やり内から破壊した!? 風船を破裂させるかのように……!」

「うわっぷ! シンカーめ、力技を……」


 どうやらシンカーが壁の内側にスライムを大量発生させて壁を弾き飛ばしたようだ。かなり力押しな手段だが、これで道は拓けた!


「エリザ!」


 ユナイト・ガード隊員をヘッドロックしつつ壁の隙間から顔を出したヘルガー。私はスライムの波が引いた瞬間を見計らって叫ぶ。


「突破する! 前に行け!」


 私の号令と共に、スライムの波が食堂車前方へ殺到する。残された蔦の残骸を押し流し、ユナイト・ガードの陣形も崩す。


「ヘルガー!」

「あいよ!」


 ヘルガーが私の事を抱え、走り出す。目指すは食堂車の前の出入り口。


「ぐっ、待てっ!」


 追おうとするジャンシアヌだが、足をスライムに取られ身動きが出来ない。その隙に私たち五人は集合し、包囲を突破し前方車両へと逃げ出した。


「……悪いな、ジャンシアヌ。私はエリザベート・ブリッツだ」


 私はそう言い残し、その場から逃げ去った。






緑色のスライム……!?(焦燥)

どうか巨大化要員でありますように。雑魚出現の用途ではありませんように……!(必死)

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