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「こんな夜には、誰もが陰謀を企てる……」




 私ははやてと別れて帰還したローゼンクロイツ本部、私の執務机の上で想い返す。

 はやてとボーリングで遊びつつ得られた情報は、いくつかあった。


 まずバイドローンのやり方。異形化のウィルスを使った人体実験と拷問……。あまり気持ち良くはなれない話だ。元・一般市民の私としては当然だが、悪の組織の幹部としても、残酷すぎるのは歓迎できない。

 残忍過ぎれば、ヒーローからの憎しみを買っていく。無論悪の組織はヒーローと戦う定めにあるが、それでもやり過ぎて複数のヒーローから袋叩きに遭いたくは無い。

 あるいは、ヒーローたちに狙われてもどうにでも出来るほどの力を持っているのか……まぁこの辺は定かではない。はやても知らなかったことだ。


 そしてはやての能力……というより魔法。

 予想通り、『触れた物を軽くする魔法』だった。

 手で接触した物体の重さを羽根のように軽くする魔法。軽くした物体は、はやてから一定距離を離すと再び元の重さに戻る。中々応用のききそうな魔法だ。

 はやてを始めとする魔法少女はそれぞれ様々な魔法を使える。それこそボーリング場ではやての使った隠蔽の魔法などだ。しかし全ての魔法を咄嗟に扱えるかというとそれは違う。

 得意な魔法は魔法少女個人によって違ってくるものだ。ある魔法少女は結界の魔法。ある魔法少女は光の弓を生み出す魔法。人それぞれで千差万別だ。

 その中ではやてと一番相性が良かったのは物を軽くする魔法だったのだろう。この魔法だけでも強力だが、後天的に備わった……生やされた翼と相性がいい。軽くした後に吹き飛ばせば、大打撃を与えられる。


 それから作戦の内容などを確認し合ったりなどもした。細部の再確認とか。生憎はやては作戦をおぼろげにしか知らなかったが……。

 まぁ、有意義な時間であったと言えるだろう。


「……ってなわけで、教えるのにすごく苦労した。運動センスはともかく、腕力が無くて……でも最後にはストライクを無事取れたから、めでたしめでたしってところかな」

「そこを教えられても」


 私の執務室で業務をこなしながらヘルガーとそんな話をする。ボーリングの状況を教えられたヘルガーは困惑した様子だが、実際ほとんどの時間はボーリングを教えていたのだから仕方ない。携帯端末で撮った写真を見せながら説明していたが、私はそれを一旦置いて別の話題を切り出す。


「後は、バイオ怪人の弱点、かなぁ」

「ほう、それは知っておいて損は無いな」


 ヘルガーが認可済みの書類を纏めながら興味を示す。私は頭の中ではやての話を思い出しながら説明する。


「えーと、戦闘員の寿命が短いのはさっき話したけど、バイオ怪人自体も生命活動の維持に欠陥を抱えているそうだ」

「つまり?」

「定期的な薬物投与が必要不可欠らしい。翼のみを生やしているはやては摂取しなくても命に別条は無いらしいが……」


 バイオ怪人の中でもはやてのように一部分のみを変化させている怪人ならば薬の摂取は必ずしも必須では無い。翼は動かなくなってしまうが、死ぬことは無いそうだ。はやては。

 シンカーの姿を思い返す。全身が鱗で覆われた、スマートな魚人。

 この話が本当なら、全身に及ぶ変化をしているシンカーはまず間違いなく薬の摂取が必須だろう。


「どこも難儀なものだな……」


 私は溜息を吐いた。我がローゼンクロイツでも怪人の維持には薬物やメンテナンスが必要になる。やはり武力の維持にはそれなりの苦労がどこにでもあるということか。


「悪の組織なんぞやっても楽しい事は無いな……」

「まぁ楽しくてやってる訳じゃないからな……」


 ヘルガーはそう言いながら私の目の前に追加の書類の束を置いた。


「海外支部からの報告書だ。一応目を通しておけ」

「あぁ……海外ね」


 ローゼンクロイツは日本を拠点として活動しているが海外展開をしていない訳ではない。小規模な支部とはいえ、海の向こうにもローゼンクロイツはその枝を伸ばしている。私は書類をぱらぱらめくりその内容を速読する。


「えーと、レバノン支部が現地ギャングとの抗争に巻き込まれたと。救援の必要は無し、ね。サイパン支部は異常無し。フィンランド支部は……ねぇ、なんでローゼンクロイツは辺鄙な場所の支部しかないの? もっとヨーロッパとかアメリカとか……」

「そういうところはもっと大きな悪の組織が根ざしている物なのさ。あぁ、だがそういえば」


 ヘルガーは顎に手を当て回想するように言う。


「お前が来るそこそこ前にはフランス……ブルゴーニュ支部があったんだがな。ヒーローと戦った結果壊滅的被害を受けて撤退したんだ」

「壊滅? 撤退?」


 穏やかじゃないな。


「確かまだ撤退中の筈だが」

「えっと、これか」


 私は書類をぱらぱらめくり該当する報告書を見つける。フランス、ブルゴーニュ地方支部の解体とフランスからの撤退に関する報告書。

 あまり大きくは無かったブルゴーニュ支部だが若干名の怪人は存在した。その怪人全てが、続けざまに撃破されたという記録が載っている。なんと、僅か三日間で。


「何にやられたんだ?」

「よく分からないらしい。ヒーローと思われるが、怪人積載のカメラでは詳しい情報が得られずじまいで……どんなヒーローがやったかまだ分かっていないな」

「ふむ」

「大方、撃破された怪人がヒーローにちょっかいを出したという見方が強いな。当の本人は爆発四散済みだから、真相は闇の中だが」


 ヒーローか……海の向こうでも祟るとは。


「悪の組織の宿命か……」


 全ての報告書に目を通し終えた私は、その報告書たちをファイルにしまって伸びをする。


「んん……! さて、書類仕事は終わりかな。後やる事ってあったっけ」


 私は懐から手帳を取り出して書きこんだメモをチェックした。


「なんもないなー」


 予定表にはやり残したことは記載されていなかった。今日やるべき仕事は全部終わったということだ。時刻を確認すると、午後8時。


「……早いけど、寝るかな」

「それより先に、飯だ」

「えー、めんどくさ……うわぁ!?」

「悪いが、総統閣下に無理矢理でも食べさせてとお願いされている」

「分かったから! 分かったから降ろせよー!」


 そのまま私はヘルガーに米俵のように抱えられ、執務室を後にした。

 ……執務机の上に置かれた充電中の携帯端末の画面には、私とはやてのストライクを取った記念のツーショットが映っていた。






 ◇ ◇ ◇






 ごぽり、ごぽり。

 ガラスで出来た巨大なシリンダーの中で、緑色の液体が蠢く。メロンソーダを思わせる水のような液体もあれば、半ば固形となったスライムのような物もある。

 それらは全て、溶かされた(・・・・・)キメラ戦闘員だった。

 ……ここは、バイドローンの秘密基地の一つ。

 私は、この場所が陰気で嫌いだ。


「……おや」


 カツカツとシリンダーの隙間を縫って歩を進めると、よく見知った背中が見えた。紳士服を着た緑の鱗の怪人、シンカー。


「おかえりなさい、はやて(・・・)。首尾よくおつかいは出来ましたか?」

「……これでしょ」


 私はバックに入れたチップを放り投げた。シンカーはそれをキャッチし、改める。


「ふむ、中身は見ないと分かりませんが、まぁ良しとしましょう。では就寝してもいいですよ」

「……あっそ」


 私は踵を返し、その場を去ろうとする。……悪の組織の下僕に堕ちたこの身は、休憩どころか食事就寝にまでシンカーの許可を得なければならない。屈辱的で、忌々しいが、逆らおうとは思わなかった。


 身の凍る経験が脳裏を掠める。シンカーに受けた拷問……彼らに言わせれば、躾。シンカーの能力によって、目の前のシリンダーと同じように……四肢を溶かされた記憶。

 感覚はそのままに、液状化した手足をまさぐられ踏み躙られる感触は、二度と味わいたくない。


 秘密基地内の扉の一つに辿り着く。首の後ろに外科手術で移植されたチップをセンサーが認証し、扉が音を立てて開く。私に割り当てられた私室だが、部屋の中にはベッドと、壁に開いたダストシュートしかなかった。

 私がミニマリストな訳ではない。部屋自体が、ベッドしか置けないくらいのスペースなのだ。……最初から仮眠室にでも放り込んでおけばいいのに、こういう物をわざわざ部屋として用意するのだから、本当に趣味が悪い。


「………」


 用意された衣装を脱いだ。この服はバイドローンに着るよう指示された物で、私の私物ではない。その意味では、私は一着も自分の服を持っていないと言えるだろう。

 衣食住、全てがバイドローンに支配された生活。


「……ッ」


 首輪以外を脱いで裸になると、否応なく自分の傷が目に入る。そのいずれもが、拷問の痕だ。忘れがたい辛い記憶が、傷を見るだけで鮮明に思い出される。背中の翼で覆い隠しても、この翼自体が服従の証なのだから全く癒されない。

 脱いだ服をダストシュートに投げ入れる。確か、途中でごみ処理場と枝分かれして自動で洗濯機に分別されるんだっけ。どうでもいい。


 全てを管理されて、働かされる生活。

 まるで奴隷、いや家畜そのものだ。地獄の生活。辛くない訳が無い。……だけど、逆らえばもっと恐ろしい地獄が待っている。だから私は甘んじて受け入れるしかない。どんなに苦しくて、自由が無くても。

 でも……。


「……少し、楽しかったな」


 今日は、久々に楽しかったと思う。協力する悪の組織の幹部である、エリザベート・ブリッツ。

 彼女はどうでもいい筈の私と親交を深めようとして無理やりボーリング場に連れて行き、そして私の心の膿を引きだした。辛い心の内を吐きだして、そしてそれを発散させるように遊んだ時間は……とても晴れ晴れする時間だった。

 同年代の少女と遊ぶことなんて、久々に感じる。そんな時間は経っていない筈だけど。


「また……」


 また、行きたい。そう呟こうとして、言葉を呑みこんだ。

 エリザベートとの別れ際ででも、同じことを言おうとした。心から漏れ出てしまいそうになった、私の本音。

 でも、きっと、無理だ。列車襲撃作戦と、その次の作戦が終わればこの協力関係は解消だ。そうなれば、もうわたしと彼女が出会う理由が無い。もう、二度と会うことも無い……。

 今回出来た縁を元に、また何か作戦を共同で行う可能性も無くは無いけど。


「ッ! うぁ……っ!」


 翼に奔った痛みに、私は蹲る。翼全体を覆うような痛烈は、まるで軋むみたいな痛みだ。


「……う、はぁ……っ!」


 荒い息を吐いて、ギリギリと万力が締めあげるような痛みから少しでも逃れようと試みる。けれども、私を苛む痛みはほとんど和らがない。

 肉体の不適合による、神経の炎症だ。バイドローンの薬を飲めば症状は緩和されるが、今私の手元には無い。

 薬は指定された時間帯にしか、摂取は許されない。シンカーが所持していて、食事の時間帯のみ投与してもらえる。それ以外の時間では、私がどんなに訴えても薬は貰えない。

 幸いなのは、一過性のものであるということか。少し耐えれば、自然と痛みは引いていった。


「はぁ、はぁ、ふぅ」


 私は額の脂汗を拭い、ベッドの上で横向きに寝転がる。

 ……きっと、共同作戦が終わればエリザベートと会う機会は二度とない。次の機会が訪れるよりも早く、私はバイドローンに、使い潰される。痛みを訴えても薬を貰えないのは、私にかかるコストを削減する為だ。近いうちに、私はボロボロに擦り切れて死ぬだろう。


「でも、どうしようもない」


 冷たいベッドの感触を感じながら呟く。私には、どうすることも出来ない。

 現実逃避気味に申し訳程度の薄いシーツに肌を包めて、そのまま眠る為に目を瞑った。


「………」


 ベッドの上で、私はふと腕の痛みに気が付いた。

 それは背中の翼の忌々しい炎症では無くて、今日ボーリングで腕を酷使したことによる、疲労の痛みだ。結局ボーリングの球を子ども用にしてもらって、ストライクを取れたのは時間ギリギリのことだったっけ。

 同じ痛みの筈。けれども、それは妙に心地よい痛みだった。


「……ふふ」


 痛いのに笑うなんて、私も随分おかしくなってしまったんだな。






 ◇ ◇ ◇






 とある倉庫にて、()はそこに並んだ物を眺めていた。

 成人男性の平均である俺の背丈を越える、巨大なコンテナ。普通ならタンカーとかに乗せるサイズのそれは、列車に乗せられる予定の物だった。

 俺は隣に居る人間に話しかける。


「これが、今回の輸送任務で最重要のブツを収容したコンテナか」

「はい。素材は防弾仕様の特殊合金による複合材で、キーロックにも最新の物を使用しています」


 答えた人物は、黄色い紋章を身に着けていた。UとGを模った、黄色い紋章。

 彼はユナイト・ガードの隊員だ。


「大抵の犯罪者ではどうすることも出来ないな。だが……」

「えぇ、悪の組織相手では精々包装紙ぐらいの信頼しか置けません」


 超技術を保持した悪の組織は、人間社会が必死に考えた防御をあざ笑うかのように突破する。この厳重なコンテナでも、容易く破られてしまうだろう。

 だが、そうはさせない。


「こんな夜には、誰もが陰謀を企てる……」


 時間は午後8時程か。普通は家族団欒の時間だが、悪の組織の連中はきっと碌でもない計画を練っているに違いない。

 だが、奴らの好きにはさせない為に、俺はここに居る。


「阻止して見せるさ。俺の家族の為にも」

「……期待しています。紅葉(あかは) 竜胆(りんどう)さん」


 俺は拳を握り締め、再びコンテナを見上げ、誓う。

 どんな奴が相手でも、必ず悪の組織の野望は止めて見せると。






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