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「これは、切断の痕」




 ボーリングもせず飲み物を手に静かに話しこんでいる私たちは、周囲からさぞ奇妙に思われただろう。


「……きっかけは、アンバーに選ばれたことだった」


 コーヒーを手にとつとつと語り始めた少女は、バックの中から琥珀色のブローチを取り出した。銀の装飾に彩られた宝石は不思議な光彩を放っており、とても尋常の物には思えない。


「アンバーは、他の喋るマスコットと違って一切喋らない、意思の希薄なアイテム。ある晩夢の中に語りかけて来て、それから私は魔法少女」


 魔法少女は大抵マスコットと呼ばれる可愛らしい妖精から力を授かる。が、中には精霊の力の宿ったアイテムのみで変身する魔法少女も存在する。彼女が、はやてがそうなのだろう。

 少し不思議だった謎が解けた。魔法少女に変身出来るのに、マスコットの姿が見当たらなかった理由だ。力の源が宝石の形をしているのならば、見当たらなくて当たり前だ。


「無垢に魔法少女をしていた頃は、よかった。学校の帰りに人を襲う怪物をやっつけたり、困っている人を助けたり……。時には他の魔法少女と誤解で戦うこともあったけど、それでも和解して笑いあえた」


 そう語るはやての目には、懐かしむような色があった。しかし懐古に緩んだ頬はすぐに引き締まり、その表情は……怯えに近い物となった。


「……でも、あいつらが現われてから全てが変わった。……バイドローン」


 はやては身体をブルリと震わせた。肩から落ちかけたコートを、私は再び掛け直す。


「無尽蔵に沸いて、様々な形態で私を追い詰めて、そして私は……敗北した」


 コーヒー缶を握った手を、はやては白くなるくらいに力を籠める。そんなはやての背中に手を回し、私は軽くさすった。


「……大丈夫か? 無理に話さなくても……」

「……お互いの事をよく知りたいって言ったのは、貴女でしょ」

「それは……いや、そうだな。続けてくれ」


 はやての様子に私は話を中断しかけたが、そもそも私がはやてと友好を深めると言ってここに連れて来たのだ。身の上を話してくれるはやてを無理に遮るのは、よくない。

 背中をさする手が功を奏したのか、少しだけ力が緩んだ手で缶を玩びながらはやては続ける。


「バイドローンに捕らえられた私は、当然抵抗した。まだ、……まだ、魔法少女としての矜持は残っていたし、助けが来ると信じていた。……けど」


 言葉を続けるはやての瞳が、歪む。撓み始めた涙腺と、堪え切れない恐怖によって。


「そんな私を嘲笑いながら、あいつらは私をいたぶった。……自分たちの力を誇示しながら、私の無力を思い知らせながら……弄んだ!」


 息が荒くなる。危機感を覚えた私は手をはやての肩に回し、キツめに抱きしめた。はやては一瞬の痛みに顔を顰めるが、おかげで記憶への没入を回避し呼吸と語り口調が静かになった。


「……辱められた私は、それでもまだ反抗の意思を示した。だから、奴らは私の心を徹底的に折り砕くことにした」

「砕く……?」


 疑問符を呟いた私に、はやては自分の右手の袖を捲る。そして見えた光景に私は息を呑んだ。

 少女らしい細腕には、無数の傷跡が残されていた。火傷に近い、けれども別種の傷。……これは、何に似ている? そう考えると最近憶えがあった。ヘルガーのケジメ。一番近いのは、それだろうか。

 その他にも正体の判別が付かない傷跡がいくつもあった。傷口から微かに白い筋のような物が垣間見える傷や、緑色の痣のような肌もあった。どれも普通の傷では無い。尋常の虐待ではこのような傷は付かない……。


 はやては俯きながら語る。


「これは、切断(・・)の痕」

「何?」


 不穏当なワード。嫌な予感が私の思考を掠める。それを裏付けるかのようにはやては頷き、続けた。


「バイドローンのウィルスは感染させた動物の身体を変化させる。その究極がバイオ怪人であり、シンカーたち。……でも、感染したとしてもどんな変化が起こるか誰にも(・・・)分からないの(・・・・・・)

「それは、つまり」


 望んだままの変化を施す事が出来ないと? シンカーを始めとするバイオ怪人たちは、全て偶然の産物だと?

 私の脳裏に閃くものがあった。それは最悪の閃きだ。思わず己を呪ってしまいそうな程に。


「……それでは、犠牲が生まれる。変化が無作為なら、必ず致命的な変化が発生する」

「そう。バイドローンは失敗作だらけよ。あの戦闘員たちを見たでしょ?」


 シンカーのスライムによって発生したキメラたち。あれはバイオ怪人になれなかった成れの果てなのか。


「戦闘員たちの寿命は短いの。一見大丈夫そうに見えても血流が悪かったり、がん細胞を抱えていたり。大抵は免疫細胞が適応できず死に至るし」


 だから、多くの犠牲が生まれる。適応した変化が発生する確率は、きっと何もない日に流れ星を観測するくらいに低いだろう。

 しかし、私が最悪だと思ったのはそれではない。はやての傷跡。切断面と似た、傷。


「望まない変化は、切り落とす、のか。外科的手術で取り除いて……そして、それは」

「そう、生やした部位を切り落とし続ければ……」


 麻酔をかけなければ。


「無限に指を切断するような物よね?」


 はやては自嘲的に微笑む。……つまりはやての傷跡は、切断面。あるいは、変化を切除した痕。

 バイドローンはその技術を拷問に利用したのだ。無理やり投与したウィルスで変化を促し、新たに生えた部位を切り落とす。またウィルスを使えば、すぐに生える。そして同じく切り落とす。そして、また……。

 指、もしくは四肢を切断される感覚を何度も、何十回も味合わされる。それはどれほどの苦痛だろうか。

 少なくとも普通の暮らしをしている人間は一生縁のない感覚だ。


「それだけじゃないのよ? 変化した部位でより効果的な苦痛を与えることもあるの。毛皮が出来たら剥ぎ取ったり、醜い虫の足はあえて残してその姿を鏡で見せつけたり……。魚の尻尾なんておいしそうでしょう? だからそのまま捌かれて、無理やり食べさせられたりして……」


 ヒートアップし、止め処なく言葉を零すはやて。かつて受けた苦痛がフラッシュバックしているのか、その焦点は定まらない。

 私は呼び掛ける。


「はやてちゃん」

「一番ひどくて惨めだったのは、馬の下半身が生えた時だったかなぁ。あいつら、私の身体を玩具に」

「はやて!」


 揺さぶり、抱き締める。力強く、精一杯に。もうこの際人目を憚っている暇は無い。私よりも華奢なその肩を抱き、そしてようやくはやては我に返った。


「あ……」

「……もう、言わなくて大丈夫だ」


 どれほどの目にあったか、十分過ぎるほどに伝わった。……年頃の少女が受けるべき苦痛では無い。

 息を荒く吐くはやてに追加で買ってきた缶コーヒーを渡し、私は再び隣の席に座る。


「……まだ、話すか?」


 私ははやてを気遣って尋ねた。はやては少し考えるようなそぶりを見せた後、


「あと、少しだけ」


 と答えた。私は頷き、聞く体制になる。


「……そして、私は屈服した。痛くて、辛いのから逃れたくて、あいつらに服従した」


 それは、誰でもそうなるだろう。そんな苦痛に晒されれば、誰もが従う。抗うことが出来る人間は、ヒーローにだって少ない筈だ。


「………」


 はやてはアンバーを手にし、少し目を瞑る。周りの空気が少し変わり、ボーリング場の風景が一瞬歪む。

 ……魔法か? 他の客たちに気付く様子は無い。


「周りから気にされなくなる魔法よ。そして」


 もう一度はやてはアンバーで魔法を使う。今度は私の目にも何が起きたかはっきり分かった。はやての背中の空間が溶け出し、稲穂色に変わる。


「それは……」


 ペンキが剥げるように風景が落ちていき、やがて完全にその姿が露わになった。

 それは、廃工場で背にあった翼。

 はやては翼で己の身を包み、手で触れた。


「魔法少女のコスチュームだと思った? 違うの。これはバイドローンのウィルスによって生やした本物の翼。服従を誓った後に適応したから……切り落とされずに残された。私は堕ちた魔法少女(・・・・・・・)にしてバイオ怪人(・・・・・)なの」


 望まずに怪人にされた少女。それも、拷問と辱めの果てに。もし従わなければ、逆戻りになるかもしれない。それを知れば、私の悪戯で過呼吸になるのも頷ける。

 そして、元の生活にも戻れない。背に背負った翼は、アンバーで隠蔽の魔法をかけ続けなければ隠せないだろう。


「……これが、私よ。どう? 親交を深められそう?」


 自嘲するはやての言葉に、一瞬思い悩む私。同情するべきか、それとも悪の組織らしく一蹴するべきか。

 私個人としては勿論同情だ。同じ年頃の、もしかしたら年下かも知れない少女がそんな目にあって喜べるような異常者じゃない。可哀想に思うし、出来れば……。しかしここではやてに同情したところで、それがはやての望むことかは分からない。かといって悪の組織としてよくあることだと割り切ってしまうのも憚られる。

 寄り添うべきか、跳ねのけるべきか。私が選んだのは……。


「……それが、君だとは分かった」


 私が選んだのは、立ち上がってタッチパネルの所まで赴くことだった。パネルを操作して私は追加料金を支払っての時間の延長を選択する。


「……何を?」


 訝しげにするはやてに私は振り返り、自分のボーリングの球を手に持った。


「それが君だとは分かったが、ボーリングを楽しむことに支障は無い事も分かった」


 私は軽いボーリングの球を選び、はやてに手渡す。


「なら、レクチャーしよう。……ボーリング場に来てボーリングしないというのは、馬鹿げた話だろう?」


 そう言って私ははやてに向けてウィンクした。

 きょとんとはやては私を見ていたが……やがてくすりと笑って手渡されたボールを持って立ち上がる。


「……そう、かもね」

「そうだとも」


 私はニコリと微笑んだ。

 同情してもはやての気分は左程晴れないだろうし、前に進める訳でもない。彼女の受けた苦痛は和らげることは出来ないし、今はまだバイドローンから救うことも出来ない。

 ならせめて、ボーリングぐらいは教えよう。少女にはあまりにも過酷な運命を背負わされていても、少女には変わりないのだから。


「……あの、この球重いんだけど」

「嘘、それより軽いの子ども用しかないんだけど!?」


 ……ついでに腕力も少女らしかったようだ。






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