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「じゃあ、少しデートといこうか」




 ローゼンクロイツ側の準備は終わった。しかし即実行とはいかない。

 何せ政府の運用する特殊車両への襲撃だ。準備は入念にしておくのに越したことは無い。日程が許すまで、慎重に計画をブラッシュアップすることにする。

 その一環として、私は暗い路地裏にてバイドローンと待ち合わせをしていた。


「……路地裏って悪の組織的に落ち着くのか?」

「いや普通に狭いと思う……」


 護衛のヘルガーと暇つぶしに取りとめもない事を話す。私たちは喫茶店と同じようになるべく目立たない為に、私は黒いコートで、ヘルガーは紫色の作業服姿で立っていた。人目に付かない路地裏といえど誰が来るかは分からない。

 約束の時間から数分後、路地裏に見覚えのある人物が現れる。


「お、はやてちゃん、どうも」

「……ちゃん付けはやめてくれない?」


 姿を現したのはバイドローン所属の魔法少女、はやてだった。長袖の白セーターにデニムのロングスカートというシンプルな出で立ち。ハイヒールもバッグも普通の物だ。……やはり付いている首輪を除けば。


「その首輪、外せないのかい? はやてちゃん」

「だから……はぁ」


 指摘されても止めないちゃん付けに文句を言おうとして、溜息をつく。面倒くさくなったのだろう。

 はやては首輪に手をかけながら説明する。


「これは裏切り防止の為の首輪よ」

「裏切り?」


 悪趣味だと思っていたが、はやてのファッションじゃなかったのか。組織に、バイドローンに付けられた楔……。


「首輪の中にはウィルスが仕込まれているわ。組織側で確保している対となるウィルスを活性化させると、私の首輪のウィルスも覚醒して致死の猛毒を生みだすの。裏切りが露見した瞬間に私は死亡するわ」


 告げられた真実に、私は驚愕する。ウィルス? 仮にも味方にそこまでするか……。

 はやては死んだ目をしながら淡々と解説する。その顔には諦観と、絶望が浮かんでいた。

 命を握られ、悪事に手を染めることを強要される魔法少女。その事実を目の当たりにし、私は息を呑んだ。

 はやてはそれだけ説明すると手を伸ばし、私たちに要求する。


「それで、そちらの戦力リストを渡してくれるという話だったけど」

「あ、あぁ、そうだったな」


 我に返った私はヘルガーの作業着の懐からICチップを取り出し、はやてに向かって放った。それをキャッチしたはやてはそれをバッグにしまい込む。


「確認しなくていいのか?」

「別にいいでしょ。シンカーに言われたのは受け取ってくるだけだし」


 興味なさげにバッグを閉じるはやて。……ふむ。


「もう用事は終わりだな?」

「そうね。ということで、私は帰……」

「じゃあ、少しデートといこうか」


 我ながら突拍子もない私の発言に、はやては怪訝な表情を浮かべる。


「……はぁ?」


 そんなはやてに近づいてその肩に手を回し、私はヘルガーへと声をかける。


「出かけてくるから、お前は先に戻ってろ」

「護衛は?」

「魔法少女とお前、実際どっちが強い?」

「……ヒーローと比べるなよ」


 心なしか悲しそうな表情をして言葉を濁したヘルガーだったが、おそらくはやての方が強いだろう。本格的に戦っていないとはいえビートショットに深いダメージを与えられなかったヘルガーと、対応はされたが序盤は完全に翻弄し脚部を損傷させたはやてでは雲泥の差がある。

 そんな魔法少女が近くにいるのなら、危険は少ない。ヘルガーもそれが分かっているのか、ひらひらと手を振って私を見送る。


「変なとこには行くなよ」

「私は子どもか」

「子どもだろう」


 ヘルガーの子ども扱いに不満を漏らしながら、私ははやての連れて路地裏を後にする。


「……は?」


 はやては訳も分からないと言った様子で呆然と私に引っ張られていった。






 ◇ ◇ ◇






 ……という訳ではやてと一緒に街にくり出した。休日ということもあり、人の通りは賑わっている。当初は喫茶店でお茶でも……と思ったが考えてみれば先日も喫茶店だった。同じというのも芸が無いので、今日は食事は後回しにして遊ぶとしよう。

 そんなこんなで、私とはやてはアミューズメント施設のボーリング場を訪れていた。


「………」

「えーと、二人で。シューズの貸し出しもお願いします」


 受付でシューズを借り、指定された番号のレーンに向かう。周囲には家族連れや学生のグループが騒がしく遊んでいる。

 テーブルに買ったお菓子と荷物を置き、二人の名前をディスプレイに入力して私ははやてに振り返った。


「じゃあ、シューズに履き替えて、ボールを選ぼうか。腕力強化してからは初めて来るから、どれくらいの重さのボールにしようか迷うな。それとも慣れた重さの球にするか……」

「待って……」


 コートを脱いで椅子にかけながら球を選ぼうとしているとはやてが待ったをかけた。頭を抱えて言葉を絞り出す。


「……怒涛の展開に流されていたけど、何? ボーリング? 何で?」

「見ての通りだ。一緒に遊ぼうじゃないか」


 結局私は以前よりも重い球を選んだ。ボーリングというのは重い球ほど変化をつけやすく、パワーもある。その分投げるのに腕力が必要だが、今の私ならば成人男性と同じ位の膂力があるし、裏技として左の義手を使うという手もある。


「このくらいだな。はやてちゃんも選びたまえよ」

「いや、だから……」


 はやては溜息をつくと私に詰め寄ってくる。


「な・ん・で! 私たちがボーリングしなきゃいけないの!?」


 まなじりを釣り上げて私を睨みつけるはやて。……今気が付いたがこの娘、背が低いな。百合よりも低いかもしれない。

 それに気が付くとなんだか小動物のように思えてきた。私は頬を緩めながらはやての言葉に答える。


「作戦前に友好を深めようという、私の計らいだよ。あぁ、もしかしてボーリングは初めてかな?」

「初めてだけど……そうじゃなくて」

「おや、じゃあレクチャーしよう。まず投げるフォームから教えるから最初は軽い球で……」

「そ・う・じゃ・な・く・て!!」


 声を荒げたはやては私の胸倉をガッと掴んだ。茶化し過ぎたか……。


「何で貴女と遊ばなきゃいけないの!? 友好を深める? 意味分かんない!」

「どうどう、周り周り」


 私は胸倉を掴んだはやての手をタップしながらもう片方の手で周囲のレーンを指さす。子どもにレクチャーする親子や、盛り上がっている学生グループが楽しそうに遊んでいる。

 この場で騒ぎを起こして警察沙汰になる方が遥かに面倒だ。それに気が付いたはやては私の胸倉から手を放した。それでもまだ不服そうな顔つきだが。

 襟元を直しながらはやてに語る。


「これから一世一代と言ってもいい作戦をこなすんだ。親睦を深め互いの連携を強化するのに越したことはないだろう?」


 そう言った私をはやてはキッと睨みつけながら反論する。


「必要ない。仕事はちゃんとするし、そもそも貴女に連携するほどの価値があるとは思えない」

「おぉ、これは手厳しい」


 確かに私ははやてと比べて段違いに弱い。空を悠々と舞うはやてに対して電撃を当てることは困難だろうし、飛び道具の撃ち合いになればこちらの電力と体力が枯渇して敗北必至だ。

 まぁそれでも、やりようは無くは無いが……。

 私は肩を竦めながらはやてに答えた。


「それでも、だよ。多少なりとも互いの事を知っておくのは決して悪いことではないし……それに」


 一旦言葉を切り、口角を歪め悪い笑顔を作る私。


「ローゼンクロイツ側の協力者である私が機嫌を損ねて作戦を断ったら、君は困るだろう?」

「っ……」


 たじろぐはやて。つまり脅しだが、まぁ冗談だ。今になって作戦をドタキャンするような真似はしない。しかし今回の作戦の責任者の片割れである私にはその決定権があるのは確かだ。一方のはやてはもう一人の責任者、シンカーの部下に過ぎない。

 はやてが私のへそを曲げて作戦が水泡に帰したら……当然はやては責任を問われる。それははやてにとって避けがたい筈だ。

 いやはや、なんとも性格が悪い事で……って?


「………っはぁ、はぁ」


 私の言葉にはやては青ざめ、呼吸を荒くしてボーリング場の床にへたり込む。


「お、おい?」

「はぁ、はぁ、っはぁ」


 近づいて肩を揺さぶると身体を震わせているのが分かった。額には脂汗を浮かべ、目の焦点は定まらない。触れているだけで心臓の音が分かるくらい、動悸が激しくなっていた。

 これは……病気か? いや、どちらかというとストレスによる症状だ。過呼吸になりかけている。

 私ははやての支え立ち上がらせると、すぐ傍の椅子に座らせた。


「よし、よし。落ち着け」

「はぁ……はぁ……」


 手を握り、もう片方の手で背中をさすってあげると少しずつ呼吸が穏やかになってきた。そのまましばらくそのままで過ごし、はやての様子を確かめる。症状が不味いようなら病院に連れて行くことも考えなければ。


 幸いにもはやての呼吸はすぐに落ち着きを取り戻し、先程よりも少しだけ眉の下がった表情を浮かべた。バツの悪そうな顔で謝る。


「……迷惑かけたわね」

「いや別にいいが……どうしたんだ、急に」


 私の質問にはやては顔を俯かせる。


「……関係、ないから」


 はやてはそう言って、口を閉ざした。私は迷った。流石に気になるし、聞き出したいが……。顔色を確かめれば、未だ青ざめたままだった。無理に訊くと症状を再発してしまいそうだ。

 私はこの場は一旦尋ねるのを止めにしてはやての肩にコートをかけて、ボーリング場内の自動販売機で紅茶とコーヒーを購入した。

 はやての元に戻ってペットボトルの紅茶と缶コーヒーを手にしながら問う。


「どっちにする?」

「……コーヒー」


 はやての要望通り、コーヒーを手渡す。落ち着くようにホットを選んだ。熱いのを少し冷まそうとしているのか、それとも血の気が引いた身体を温めようとしているのか、缶を両手で握り締めている。その表情は、未だに晴れない。

 自分の紅茶の蓋を開けながら私は質問する。


「コーヒー好きなのか?」

「……うん。好き。ブラックもカプチーノも」


 弱っているからか、はやては素直に答えてくれた。それを皮切りに、少しずつ会話を広げていく。ポツポツと語るはやてに対し、無理させない程度のテンポで質問を重ねる私。

 騒がしいボーリング場の中で、まるで隔絶されたかのように私たちの周りだけが静かだった。






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