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「まぁ、座ってくれ。飲み物はコーヒーで構わないか?」




「……と、言う訳だ」

「はぁ、まぁお前が毎回の如く死にかけたということは分かった」


 目の前のヘルガーが私の説明に呆れ交じりの目線を向ける。毎回だと? そんなことは……あるかもしれないが。


 今私がいるのはローゼンクロイツの支部の一つ、「喫茶 キャロットオレンジ」の一席だ。名前は一見野菜か果物が元のように思えるが、実は薔薇の品種の一つである。木目を基調とした落ち着いた雰囲気の喫茶店であるこの店は他の悪の組織との会合に使われることが多く、つまり今回の目的にピッタリな場所ということだ。


「経緯の説明はこんなところだ。……おっと、丁度到着したようだ」


 カランカラン、と店先のベルが鳴り、来訪者を告げる。振り返って入口の方を向いてみれば、そこに居たのは時代錯誤なイギリス風の紳士服を来た緑髪の壮年と、灰色のコートに稲穂色のスカートを合わせた高校生くらいの少女だった。少女の方は首元に機械的な首輪をつけている。


「……あぁ、ここですね。間違えなくてよかった」


 紳士は私を見つけるや否や、ホッとしたような笑みを浮かべて近づいて来る。


「やぁ紳士。その格好は目立たないか?」

「元の方が余程目立ってしまいますからね」


 にこりと笑う紳士。彼は先日私を助けてくれた怪人、シンカーの擬態だ。隣の少女は、おそらくははやてだろう。髪の毛が黄金色から茶色になっているが、魔法少女としての変身を解いているからだ。工場内で見せた二人の格好では街で目立ち過ぎる。よってそれぞれ世間に紛れるような姿に変装していた。……シンカーの服装は目立つし、はやての首輪も人の目を引くとは思うが。


 ちなみに私とヘルガーも人目に付かない姿に変装している。私はいつもの軍服を脱ぎ、リベットのついた革ジャンにダメージジーンズ。黒光りする革のブーツといったパンクな出で立ちだ。

 ヘルガーは人間に擬態して精悍な顔立ちの青年になり、黒タンクトップと迷彩のズボンを着ている。体格もあって、場所が場所なら軍人と見紛う姿だが街中でなら体格のいい青年としか見られないだろう。


 時代の合わない紳士に、首輪を付けた少女。パンクファッションで紫の目の女に、銀髪で厳つい青年。

 そんなのが四人揃っていると街往く人から何の集まりかと気にされそうだが、その程度で済めば御の字だ。

 なにせ私たちが同じテーブルを囲んで話そうとしている話題は、聞かれでもしたら通報物なのだから。




 工場から逃げ延びた私とシンカーは森で彷徨っていた構成員を拾い、少し離れた場所で分かれた。シンカーと私で連絡先を交換して。

 その後本部に連絡し寄こしてもらった迎えの車に乗って帰還し、予備の義手の調整を頼んでベッドに私は倒れ込んだ。体力の限界だった。

 そして後日。シンカーと連絡を取り、この場所に呼んだ。

 先に匂わされた相談事を聞く為に。


 席から立ち上がった私たちは二人を迎える。


「そちらがバイドローンのシンカー殿か」

「これはこれは。かつての騎士、ヘルガー殿に名を憶えられるとは光栄の至りという物です」


 シンカーとヘルガーが握手を交わす。ちなみにヘルガーは私が与えた任務で遠出していたが、丁度帰って来ていたのでこれ幸いと連れて来た。工場の時もコイツがいれば離脱は容易だったのだけれど……まぁ間が悪かった。


「まぁ、座ってくれ。飲み物はコーヒーで構わないか?」

「えぇ、お願いします」


 私は二人に席を勧め、カウンターのマスターに目配せをする。秘密の会談に使うことの多いこの店に勤める従業員は全員関係者だ。中には正式な構成員では無い人間もいるが、一様に秘密を守る契約を結んでいる。無論絶対に秘密が漏れないとは言い切れないないが、流石に他の悪の組織の幹部をいきなり本部に招く訳にはいかないからな。


「……で、相談とは一体?」


 二人が席に着いたのを見計らって私たちも座り直し、コーヒーが来るのも待たずに私は問いかける。私に借りを作らせての、相談事。先に対価は払わされた形だ。当然申し出られるのはこちらが対価を払うことだろう。


「お願いしたいことは、二つあります」

「二つもか?」


 シンカーの言葉に私は渋面を示す。確かに私は助けられたが、かといってなんでもする訳にはいかない。このまま弱みに付け込まれ言いなりになる気はさらさら無かった。

 そんな私の文句に苦笑しつつもシンカーは続けた。


「まぁ、一つはそちらにも益のある話です。……シルヴァーエクスプレスをご存知ですか?」

「それは、知っているが」


 唐突な話題に面喰いながらも、私は頷いた。

 シルヴァーエクスプレスは政府が悪の組織対策に建造した機動装甲貨物列車である。

 名の通り銀色に輝く特殊合金装甲に加え、銃火器で武装した戦闘可能な電車だ。悪の組織に狙われかねない重要な物資を輸送し、主要都市に届ける為に運用される。

 その重装甲と火力を前にはいかに怪人といえども簡単に近づけない。確かローゼンクロイツの記録にも襲撃し撃退されたという記録があった筈だ。


「それが、どうかしたのか?」

「襲撃に参加していただきたいのです」


 ……コーヒーが来る前でよかった。

 口に含んでいたら噴き出していただろう。


「……お前は何を言っているんだ?」


 対怪人を目的とし数千億円の建造費を費やして製造した政府肝入りの特殊車両だぞ? 全車両に機関銃だとか戦車砲だとかミサイルを積んだ、何ならそれ一両で戦争出来る代物だぞ?

 いくら悪の組織といえどおいそれと手を出せない。


「正気か?」

「いたって正気ですとも」


 マスターが運んできたコーヒーを受け取りながら、シンカーはすまし顔で答える。


「無論、正面から喧嘩を売る訳ではありません。策があります」

「……無かったらヒーローに通報していたところだよ」


 学校の社会科見学で一度だけ実物を見たことがあった。銀色に輝く重厚な車両から、まるで薔薇についた棘のように生えた銃口が周囲に飛び出ていた記憶がある。その時の私は「百合が電車旅行するならこんな電車が理想的だな」くらいにしか思わなかったが、相手にする今となっては恐怖しかない。

 あんな機関銃のハリネズミと真正面からやり合うくらいならヒーローと戦った方がまだマシだ。もし本当にそうなったらユニコルオン辺りを呼び寄せてコイツを盾にしてやる。

 シンカーはコーヒーをソーサーに戻し、指を一本立てた。


「一度だけ、潜入できる手段があります」

「……ほう」


 私は身を乗り出して続きを促す。隣のヘルガーも聞き耳を立てている。はやては……おいしそうにコーヒーを飲んでいる。呑気な。

 得意げな顔でシンカーは方法を語る。


「シルヴァーエクスプレスは外側の防備は分厚いですが内部はそれほどではありません。流石にコソドロが侵入すれば一瞬で蜂の巣になる程度の備えはありますが」

「それは、そうだろうな」


 冷静に考えて、貨物を運ぶ為のスペースを確保しつつ内部側にも砲塔を積んだりするのは無理だ。要塞の如き外側と違い、内部側の防備が薄いのは理解出来る。


「だがそれをさせない為に厳重に管理しているのでは?」


 無論、そんなことは政府側も重々承知の筈だ。積む貨物や乗員を厳重に管理し、蟻一匹侵入出来ないような警戒を敷いているだろう。


「えぇ。……ですが、我々には可能です。一度だけの手法になる可能性もありますが」


 奇策はほとんど奇術と同じだ。最初の一回だからこそ驚き慄き、通用する。トリックが暴かれてしまえば、むしろ下策に堕ちる。

 だが、最初の一度は有効だ。


「そして、私が侵入さえしてしまえばどうなるか、貴女はご存知でしょう」

「……成程、な」


 私は工場での光景を思い出す。天井から、床から緑色のスライムが滲みだしてきた光景。あれが車両の中でも可能なら列車は大混乱に陥るだろう。確かに、勝ち目はありそうだ。

 自分のコーヒーに手をつけながら私は更に問いを重ねる。


「目的は?」

「輸送予定の〝聖遺物〟の確保。重要な物です。貴女方に頼みたい、もう一つの作戦に必要な物です」


 一瞬、シンカーは神妙な顔つきになった。真剣な表情。聖遺物……人智を越えた神秘を帯びし物体の事だ。オーパーツとも、アーティファクトとも言う。狙っているのは、それほどの物か。


「その他に、金塊を輸送するとの情報があります。そちらは貴女方に譲渡するつもりです」

「それは助かるが……」


 ローゼンクロイツは資金難という程でもないが、それでも金は欲しい。金塊の量によっては、ローゼンクロイツの飛躍的な発展が可能になるかもしれない。

 成功すれば、いいこと尽くめに思える。失敗すれば損害を被るが、それはいつもの事だ。

 ……だが。


「解せんな」

「何が、ですか?」


 私の零した言葉にシンカーが小首を傾げる。顔立ちは良いといえどもおっさんがやっても可愛くない。若いイケメンか美少女を用意しろ。


「私に態々救援を求めるのは不適合だ。侵入する手段も制圧の方法も、そちら任せ。私に協力を申し出る意味が無い」


 そう、私に協力を申し出るならば、私を選んだ理由がある筈だ。まさか「弱っちくて助け易そうだったから」などという理由では無いだろう。……無い、と思う。いや、いくらなんでも……。


「お前がいつもヒーローにボロボロにされてるからじゃないか?」


 隣のヘルガーがうるさい。私はテーブルの下でヘルガーのつま先を踏みつけて黙らせた。


「――っでぇ!!」

「……理由を聞きたいところだが」


 ヘルガーを無視し、向かいの席のシンカーに問いただす。

 シンカーは苦笑しつつも答えた。


「この作戦では、まぁその通りですね。しかし貴方方に頼んだ理由は、その次の作戦にあります」

「ふむ。お聞きしても?」

「単純なことです」


 そう言ってシンカーは次の作戦で、私が為すべきことを教えた。

 それを聞き、私は内心で吟味する。

 ……成程。確かに私を味方に引き込むのが一番手っ取り早いかもしれん。納得できる理由だ。


「把握した。つまり……最初の作戦は、ついでということだな」

「まぁ、言ってしまえばそうですね」


 テーブルの上で手を組み、シンカーは椅子に背中を預けた。


「しかし、参加してほしいのは本音です。噂では、ユナイト・ガードも車両の警備に参加するとのことです」

「なんだと?」


 ユナイト・ガードが?


「それだけでは無く、ユナイト・ガードと協力した……〝ヒーロー〟も」


 シンカーの言葉に私は目を丸くした。ユナイト・ガード。記憶に新しい厄介な敵。バイドローンの協力が無ければ、私はあの場で果てていた。そのくらい追い詰められた相手。

 それに、ヒーローもだと? 工場の戦いを思い出す。あの場ではヒーロー、ビートショットとの連携に穴があった。はやてに容易く寸断された。しかし、最初から連携を旨に動くとなれば……厄介度はダン違いになるだろう。


「ですので、貴女方にも参加していただきたいのです。戦力が多いことに越したことはありませんし、貴女は最近稼働し始めたユナイト・ガードと戦った、数少ない経験者ですから」

「……それは、道理だな」


 つい最近動き始めた新組織であるユナイト・ガードと交戦経験のある悪の組織はまだ少ない。そういった意味でも、適任ではある、か。


 腕を組み、黙考する。第二の作戦を断ることは不可能だが、第一の作戦、シルヴァーエクスプレス襲撃作戦は断ることも可能だ。協力した方がバイドローン側としては得だが、絶対的に必要という訳ではない。第二の作戦の場合、私たちローゼンクロイツの存在が必須だが、シルヴァーエクスプレスを襲撃する際は私たちは居なくても構わない。作戦の成功率は下がるかもしれないが。

 だがそうした場合、第二の作戦にのみ参加した場合は最悪こちら側は利益を得られないかもしれない。第二の作戦は純然たる協力で、下手をすればボランティアで終わるかもしれない。……しかし金塊を得られれば、ローゼンクロイツの利益になる。


 第一の作戦は、つまり伸るか反るか。

 ハイリスク、ハイリターン。

 賭けという訳だ。


「……まぁ、悪い賭けではないか」


 少なくとも工場内での決死の賭け事よりはマシだ。


「いいだろう。シルヴァーエクスプレス襲撃作戦、参加しようじゃないか」


 私は了承した。大量の金塊。ローゼンクロイツの利益になるのならば動く理由にはなる。


「おお、ありがとうございます。では詳細な作戦は……」


 私とシンカーは作戦の協議に入る。聞き流すことも多いが、ヘルガーも口を時々挟む。

 その隣で、唯一はやてだけが一切話に加わらずぼぅっと虚空を見上げていた。


「……どうでも、いい」


 その言葉を私は耳にしつつも、その場は一先ず作戦会議に集中する。

 はやての事を理解できるようになるのは、まだ先のことだった。






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