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『あ、あー……テステス』




 時間だ。練習は終わり、本番の時刻が迫っていた。

 しかし、ここに来るまでに来ていた可愛らしいワンピースで壇上に立てる筈もない。

 百合は総統として相応しい衣装へと着替えた。


「……変なところない?」

「大丈夫だよ。すごく似合っている」


 百合が身を包んだのは、ナチスドイツ風の軍服だった。これはローゼンクロイツのユニフォームのようなものであり、戦闘員は二等兵風の服を、幹部は指揮官風の服に身を包んでいる。絶対的な規則という訳ではないらしいのだが、やはり軍服を着た方が組織の一員として見られやすい。

 百合の着ている軍服は装飾が施された華美な代物だった。黒いコートはサイズが百合に合っておらず羽織っているだけだが、実際に袖を通したら余るだろうというサイズ感が素晴らしいと思う。

 紅色の軍服も良く似合っている。通常は緑色の生地だが、総統だけは特別に紅い生地で出来ている。見た目が派手で総統だということが一目で分かるからな。

 しかし、特別扱いな総統でも逃れられない規則が存在した。それは『総統紋を露出する』というルール。見た目で分かりやすく総統であることを強調するこのルールは総統であっても免れない。

 つまりどういうことか? 百合の軍服はへそ周りの部分が切り取られお腹を露出する形となった。フゥーッ↑!

 更にそれだけでは無い。


「お、お姉ちゃん今からでもズボンタイプじゃ駄目……?」

「駄目駄目。もう時間無いから」

「うぅ……」


 そう、我が可憐な妹は現在ミニスカだった。やったぁ。

 女性用の軍服には二種類のタイプがあった。それはズボンタイプとミニスカートタイプ。ズボンタイプは膝辺りが膨らんでいてそれはそれで可愛いデザインなのだが、やはり私はミニスカートを選んだ。

 なんたって百合の脚は素晴らしい。シミ一つ無い真っ白な生足は均整のとれた筋肉、脂肪のつき方で健康的な色気、艶めかしさ、純粋にさわってみたくなる様な魅力全てを内包している。

 しかもへそも一緒に露出する必要がある。そう、必要(・・)なのだ。普段だったらこんな露出の多い格好は土下座してもしてくれない。しかし義務が存在するのならば百合は断れない押し切れる!

 私は必死にズボンタイプよりもミニスカートタイプの方が総統として相応しいという理由を三十ほどでっち上げて懇願した。結果押し切ることに成功し百合は美しい生足を露出することになった。ヒャッハーッ↑!


 あ、ちなみに私は一般的な指揮官服だ。緑色のズボンタイプの軍服の上から装飾が百合より少ない黒いコートを羽織っている。なんの面白みも無い一般指揮官服。腰には指揮刀の代わりに光忠を佩いている。

 私より先に着替える羽目になった百合は更衣室から出てきた私の姿に講義を申し立てたが、もう既に演説の時間は差し迫っていた。当然計算した。時間ぎりぎりまで粘るのは兵法だ。宮本武蔵もそう言っている。


 かくして妹は〝へそ出しミニスカ大きめコート軍服〟という私の性癖を全て満たした理想の姿として壇上に立つことになった。







 定刻となり、ついに百合が壇上に立つ時間がやって来た。

 百合の初めての総統としての業務となる。

 流石の私も緊張するが、百合はもっと緊張している。身体が小刻みに震えているのが分かった。

 少しだけでも落ち着かせてあげよう。

 私はそっと百合を抱きしめた。


「お、お姉ちゃん?」

「大丈夫だよ、百合」


 百合は、優しい子だ。

 動物を慈しみ、花を育て、喧嘩があれば双方に拳を収めるように説得する。博愛の持ち主だ。

 そんな百合が悪の組織の総統をやるなんて、本人が一番納得がいっていないに違いない。

 けど、逃れられない。自分が嫌だと拒否すれば、別の誰かが被害を被るかもしれない。

 それは、身近な誰かかもしれない。それは、名も知らない次の適合者かもしれない。だけどその双方に貴賎は無い。百合はどちらも救おうともがくだろう。そして傷付く。

 だけどそれは百合の都合だ。私は違う。

 私にとって一番大事なのは家族だ。お父さん、お母さん、兄貴、お爺ちゃん、お祖母ちゃん。それに叔父さんに叔母さんに従兄弟や再従兄弟……。そして勿論、百合。

 私にとって大切な物は身内と認めた人たちだけで、それ以外は究極どうでもいい。

 だから、悪の組織を潰すことには何の葛藤も無い。


 だが……諸君。

 君たちに利用価値があれば、存分に百合のために役立てた後に盛り立ててやろう。

 この組織と当価値に、世俗の人間全ても私にとってはどうでもいいのだから。


 私は百合の体を放し、背中を押した。

 不安そうな顔はまだ晴れていないが、それでも百合は壇上へ続く道の一歩を踏み出す。

 私はいつでも背中を押し、見守り、そして火の粉を払う。

 だから……君は、優しいままで。







 百合が壇上に登場した瞬間、歓声が上がる。

 広い室内を埋める、人と異形の群れ。軍服を着ている者もいれば、白衣を着ている者もいる。何も着ていない者もいた。着ろ。

 演説台に百合が近づいて行くたびに、歓声は大きくなる。それは総統紋がより鮮明に見えるようになるからだろう。自分たちの仕える総統の帰還に、構成員たちは皆湧き立つ。

 そんな歓声に紛れる形で、私とヤクトも定位置に立つ。百合の後方で、見守る位置だ。

 百合が演説台に立つと、歓声はピークを迎える。最早鼓膜が破れんばかりの勢いだった。


 しかしそんな歓声も百合が手を上げるとピタリと止んだ。

 私が予め仕込んでおいた動作だ。忠誠心熱いローゼンクロイツの兵士たちには効果がバツグンだったようだな。

 そして演説台の上に原稿を置き、マイクのスイッチを入れる。


『あ、あー……テステス』


 私はがっくし来た。緊張感に欠ける!

 しかし私以外の有象無象はピクリとも動いていない。なんだと? まるで私だけが百合への忠誠心に欠けるみたいじゃないか。

 私は意地になって起立の姿勢に戻った。あ、違う腕は腰の後ろだった。隣のヤクトに習わなきゃ。

 そんな事を私が一人でやっているうちにマイクの音量が自分の理想に調整できたのか、百合は原稿に目を落とし演説を開始した。


『……諸君! 私こそが栄えあるローゼンクロイツを新たに率いることとなった総統! 紅葉 百合である!!』


 力強い宣言に再び湧き立つ構成員たち。百合は決して臆病なだけじゃない。演劇部に所属するように、いざとなれば覚悟を決める。

 そして演劇部で培った技術を使い、滑らかに、そして真っ直ぐ手を上げて構成員を黙らせた。


『私は理想を望む! 銃弾も野獣の咆哮も無い、静寂の世界だ! 私を狙う刺客のいない、絶対的な平穏!』


 これは百合の本心だ。誰もが争わない平和。しかし構成員たちには別の意味に聞こえるだろう。すなわちローゼンクロイツ以外は皆殺しだと。


『組織は転換を余儀なくされるだろう! 新たな環境に戸惑う者が現れるやも知れぬ! しかし私は歩みを止めない、進み続ける!』


 百合的には平和主義への転換だろうが、私としては違う。まぁ可愛い妹の願いも断片的には叶えるつもりだけどね、全部じゃない。

 百合は声を張り上げて続ける。


『だからよ、止まるんじゃ、っ、止まることは許さない! 我が組織は茨の道を歩むことが出来る者だけを欲する!』


 あ、ちょっとネットスラングが出かけたな……百合は機械が苦手だけどSNSや動画のチェックは好きだ。だから意外とサブカル文化に染まっている。

 まぁ、だからこそこんな環境でも演技出来るんだろうけど。


『故に、私は新たなる同士を欲する! 紹介しよう! 我と共にこの結社に来たりし同胞を! ……エリザ!』


 少し言い淀み、私の名前を呼ぶ。分かる分かる。兄や姉の名前を呼ぶのって躊躇するよね。

 妹閣下に呼ばれた私は歩み出て、壇上に向かう。そして百合と隣に立ち、百合に対して一礼した。

 百合は頷いて、私を紹介する。


『この者は、私の姉である! ローゼンクロイツの理念に惹かれ、我が同胞となった! 今後は未熟な私を補佐してもらう為、この者には〝摂政〟の位を授ける!』


 構成員がざわめく。当然だ。今まで摂政など居た試しが無い。

 だが総統の言葉には従わざるをえない。若干ぎこちないながらも、構成員たちは歓声を上げた。

 私たちは並んで歓声をしばらく浴びて、百合が手を上げて静かにさせる。

 そして私にマイクを託した。


『……私は、総統より摂政に任命されたエリザである。無論、偉大なる総統閣下に置かれては未熟などということはあり得ない。しかし同じ血を引く人間が戦闘員からのスタートとなると体制が悪くてな。七光りという訳でこの地位に預かった。しかし預かった地位に等しい働きはして見せるつもりだ。……改めて、我らがローゼンクロイツに栄光あれ!』


 ローゼンクロイツ式の敬礼をして見せる私。構成員たちは今度こそ混じり気のない歓声を上げた。

 それを浴びながら私は先の待機位置に戻る。やれやれ、長台詞で喉が疲れた。私も百合と同じ演劇部だったけど、私はどっちかというと台本を作る人間なんだよなぁ。まぁなんでもやったけど。

 しばらく歓声をそのままにした後、再び総統はマイクを取る。今度は手を上げずとも自然と静かになった。


『これにて我が最初の任、就任の宣言を終える。我らが結社、ローゼンクロイツに栄光あれー!!』


 一際大きな声で百合が宣言すると、構成員たちも続いて合唱し始める。


『ローゼンクロイツに栄光あれ! ローゼンクロイツに栄光あれ!』

『ローゼンクロイツに栄光あれ! ローゼンクロイツに栄光あれ!』


 大喝采が響く中、退場していく新総統、百合。

 これにて、新総統最初の任は終了するのだった。






 ◇ ◇ ◇






「お疲れ様」


 私は、高級そうなソファに沈み込む百合に労いの言葉を投げかける。

 今居るのは先程まで演説の練習をしていた第三事務室ではない。正式に総統へ就任したので、総統室へと通されたのだ。

 今ここには、百合と私とヤクトしかいない。幹部との顔合わせは後日になるだろう。

 疲れた表情の妹が私に感想を求める。


「ど、どうだったかな。ちゃんと出来たかな」

「ああ、お見事だったよ。流石演劇部のホープと呼ばれていただけはある」

「えへへ……褒めても何も出ないよ」


 事実だ。その度胸と声の美しさ、それから美人な佇まいから百合は演劇部内外から注目されていた。ちなみに部長の私は『美人だけどなんか色々やってる変なの』という評価だった。……いやいいんだけどね?妹の評判さえよければ……。


 さて。


「ヤクト君。このまま新総統閣下に施設を案内し、休める私室まで導くスケジュールは入っているね?」

「? ええ、入っていますが」


 ならば、問題は無さそうだな。


「では少し留守にする。閣下の案内をよろしく頼む」


 そう言って私は総統室から出るドアへと手をかけた。

 私の背中に妹の制止する声がかけられる。


「お、お姉ちゃんどこ行くの!?」


 私は振り返って答えた。


「仕込みさ!」


 私は総統室を飛び出し、廊下へと消えていく。

 全ては妹が組織を掌握し、私が手の平で転がせるように。やることは山程ある。

 だが一先ずは、そうだな……。


「トイレの場所の把握、かな」


 広すぎる施設は、時に生活の幅を狭める。

 久々に全力疾走した。






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