「アレは、私共の組織に歯向かってきた成れの果てですよ」
もごもごと対しておいしくも無いバッテリーを噛み締めながら工場内の大乱戦を眺めている。
いやホントなら私も何か動きたいのだけれど、今この状況では何も出来ない。
左の義手は発電機関が破損した際に一緒に中枢を故障して今では鉄の塊だ。他三つの発電機関も正常とは言い難く、右目からは血の涙が流れ始めた。
それでも生命エネルギーを消費すればある程度の発電は可能だが……残念ながら目の前にベッドがあったらすぐに倒れたくなるような限界ギリギリの体力だ。こっからエネルギーを振り絞ろうとしたら寿命を減らすことになるだろう。
それでも未練がましく空っぽになったバッテリーを咥えて残った電気を吸い出そうと試みるが、補給出来たのは静電気程度。どんなに頑張っても精々扇風機を十秒動かせるくらいだ。
……頼みの綱は、やはり隣のこの男。戦況を油断なく見つめながらも鼻歌交じりでモノクルをハンカチで拭いているバイドローンのシンカーが頼りだろう。
私は一滴の電気すら残っていないバッテリーを口から放してシンカーに話しかけた。
「……自己紹介するまでも無いと思うが、ローゼンクロイツのエリザベートだ」
「ええ、存じております。だからこそお助けに上がったのですから」
モノクルをかけ、私に振り返るシンカー。
怪しい。すっごく怪しいが私には彼に助けてもらう以外の選択肢は存在しない。助けられたことによるリスクがどの程度になるか、探っておかねばならない。
「この助太刀は組織の総意か?」
「そうとってもらって構いませんが、この一件は私が責任者ですね」
……つまり組織全体の許可を取って私を助けたが、今後交渉の席にシンカーより上の人間は出て来ないということか。
私に恩を着せ、ローゼンクロイツの協力を得る……シンカーの、バイドローンの目的はそんなところだな。
「私の上司も忙しいが……」
「問題ないでしょう。そこまでの事を頼むつもりはありませんから」
シンカーは肩を竦めて答えた。
つまり頼みごとをするつもりはあるということだな? そしてその頼みごとをこなすのに私に貸しを作ることが必要と……。
だが私でこなせる裁量の頼みごとなら聞いてもいいだろう。これが百合も引っ張り出さなきゃいけないような話なら全力でお断りしたが。
「今ここで話せる頼みごとか?」
私がそう問うと、シンカーは悩むように顎に手をやり、暫し思考した後首を横に振った。
「それは別の機会にしましょう。ここは騒がし過ぎますから」
どうやらここでは話せないような企み事らしい。まぁ、ヒーローもユナイト・ガードもいるからね。悪の相談をするのならもっと薄暗い所がいいか。
ざっと考えて、バイドローンが協力を申し出る、私程度でこなせて、かつ悪い頼みごと。……碌なことでは無さそうだ。
しかしその対価はこの場からの救出。彼らの協力なくしてはこの場は切り抜けられない。良くて捕縛。悪くて爆死だ。いや間違いなく爆死だろう。ユナイト・ガードは私を殺す気でかかって来た。キメラ共に仲間をやられた彼らが私を見逃してくれるとは到底思えない。
受けるか、死か。もしこれが百合に苦労をかけるような話だったらそれこそ死んでも受けなかったが、そうでないのなら……。
「……受けよう」
「ありがとうございます」
優雅な仕草で私に頭を下げるシンカー。紳士然とした態度だ。底が知れなくて薄気味悪い。
そんな相談をしているうちにも工場内では混沌とした戦闘が繰り広げられていた。今のところキメラ部隊が優勢で、ユナイト・ガードとそれに協力する少年少女が踏ん張っている。
ビートショットとウィンド†はやての決闘は一進一退というところか。……そういえば彼女も気になる。
「……あの、はやてとか言う少女は?」
「あぁ、彼女ですか」
シンカーは宙を舞うはやてに目線を合わせながら答える。
「アレは、私共の組織に歯向かってきた成れの果てですよ」
「成れの、果て……」
歯向かってきたということは、彼女は敵対していた魔法少女ということか。
「倒したのか。魔法少女を」
魔法少女――それは、夢見る少女がマスコットのような妖精たちから魔法を授かり受け変身する悪の撲滅者。魔法という科学兵器を凌駕する異能を自在に扱う彼女たちは、悪の組織にとって厄介者そのものだ。
特に怖ろしいのは魔法の源である魔力がほぼ無尽蔵な点だ。魔法少女たちの魔力源は大抵感情。故に歳若い少女たちが選ばれる。恋や友情。夢や希望を胸に何度でも立ち上がり、悪に立ち向かう。気力が衰えない限り、何度でも。
魔法少女に物量戦で敗北し追い詰められていく悪の組織を私は何度も見て来た。……その頃は魔法少女を応援する側だったが。
そんな魔法少女を、捕らえたのか。
シンカーは口元をにやりと歪める。紳士的な態度が僅かに崩れ、合間から嗜虐が覗いた。
「躾は大変でしたよ。今でも生意気な態度に変わりはありませんからね。しかしまぁ、あのくらい従順なら言うことは無いでしょう」
「………」
あまり聞きたくは無い話だ。無論、今の私にとって魔法少女が敵だということは分かっているが……。
「倒れてよ! 倒れなさいよ!」
『お前こそ、どけぇ!』
脚部を故障してもなお倒れないビートショットに、半ばヒステリックになりながら光球を連打するはやて。うら若き少女がそんな表情をするのは、痛ましさを感じる。
悪趣味だとは思うが、今の私にとっては大事な味方であることに変わりは無い。
「早く脱出させて欲しいものだが?」
「そうですね……。虫共の数も減って来たことですし、そろそろ離脱しましょうか」
シンカーの言葉通り、ユナイト・ガードの数は当初と比べ半数近く減っていた。死亡した隊員もいれば、負傷し身動きの取れなくなった隊員もいる。キメラ共も減っているが、どこからともなく湧いた緑のスライムが新たなキメラとなりその数を瞬く間に補填する。少年少女たちは頑張っているがやはりそこは子ども。戦線を覆す力は無さそうだ。
趨勢は決した。最早私を追いかける力は無いだろう。
「では、行きましょうか。……はやて! 私たちは先に行きます。適当にあしらったら離脱しなさい。キメラ共はそのまま放棄してかまいません」
空中のはやてがビートショットと撃ち合いを続けながら答える。
「……了解」
頷くはやて。渋々と言った様子だが、逆らうつもりは無いらしい。
シンカーはその返事に満足すると、ステッキでコンクリートの床を叩く。
滲みだす緑色のスライム。その姿を捩じらせながら変えると、トンボのような翅の生えた巨大な蛇に変貌した。
「では、離脱しましょう」
蛇の背中にひらりと舞って飛び乗ったシンカーが私に手を差し伸べる。
「あぁ……」
私もその手を取って蛇の背に乗ろうとしたが……。
「あ、構成員が一人いるから、彼も回収してくれ」
「分かりました。それでは」
危ない危ない。忘れるところだった。
今度こそシンカーに差し伸べられた手を取り、私は蛇の背中に飛び乗る。……果たしてこの取った手が、破滅への導きにならなければいいのだが……。
『待て! 黙って行かせると……』
「邪魔させる訳が無いでしょうッ!」
私の逃走を阻もうとするビートショットを、イチゴ怪人から拾った盾を投げつけて妨害するはやて。彼らの事も気にはなるが、ここに居ても私が出来ることは無い。
「さらばだ、ビートショット君。また会うこともあるだろうよ」
私はそう言い残し、シンカーは蛇を飛翔させた。
未だ止まぬ工場内の争いを背にして、私たちはその場を離脱した。




