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「二度と立てない位にはしたから、どうせ頭数は減るでしょ」




『魔法、少女……!?』


 コンクリートに叩きつけられても、ビートショットはなおも健在だった。寧ろ砕けた床の破片をぱらぱらと落としながら立ち上がり、頭上の少女を見上げる。

 稲穂色の翼の少女は、感情の無い瞳でそれを見下ろすだけだ。


『何故……!?』


 例え機械の声音でも分かる。ビートショットは混乱していた。

 悪の組織とは違い、基本的にヒーローは協力関係にある。例えダークヒーローであろうとも、無辜の人々を救うためには手を取り合うのがヒーローだ。追い詰められれば互いを囮にしかねない悪の組織とは違う。


「ふっふ……。いやぁ、いつ見ても愉快なリアクションです。味方であるヒーロー、いやヒロインに裏切られる者の姿とは……」


 シンカーがにやりと顔を歪める。その表情は愉悦。他者を嗤う貌。

 黒いドレスを纏った少女はそんなシンカーへと振り向き、少女の声ではあるがまるで機械のような抑揚の少なさで報告した。


「外側に展開していた部隊は全員行動不能にした。森林部分でローゼンクロイツ構成員を追いかけていた連中も」

「ご苦労様です。しかし、行動不能? 殺してはいないのですか?」


 シンカーの問いに、少女は溜息交じりに返答する。


「一々殺して回っては手間。手足を折り砕いたのだから、どの道脅威じゃない」


 少女は淡々と告げる。感情はある。だが、少女のそれではない。魚を捌いた後の料理人のように、何の事は無い口調で語る。


「二度と立てない位にはしたから、どうせ頭数は減るでしょ」


 その言葉に私は、そしておそらくはビートショットも確信する。

 彼女はヒロインではない。少なくとも、今はもう。


『何者だッ……!?』


 誰何の声を発するビートショットに対し、少女はシンカーを見る。


「……答えるの?」

「勿論。悪の組織でもヒーローでも名乗りは重要ですから」


 そう言われた少女はつまならそうにビートショットに振り返り、自分の名前を告げた。


「バイドローンのスレイヴガール。ウィンド†はやて」


 やはり、魔法少女の命名法則に乗っ取った名前。

 しかしバイドローンの名を名乗り、そして奴隷(スレイヴ)と自ら呼称した。つまりそれは……。


『闇に堕ちたか……!』


 闇堕ち。それは、ヒーローやヒロインに待つ末路の一つ。本来味方である筈のヒーローと敵対し、戦う。その先に悪の組織の悲願があるとしても、手を止めることは無い。

 捕まって洗脳された。守るべき人々に絶望した。同胞に嫉妬を抱いた。理由は様々あれど、同じなことが一つある。

 いずれにせよ、ヒーローにとっては脅威だということだ。


「……何も知らないくせに……」


 ビートショットの言葉に、少女――はやては初めて激しい感情を露わにした。それは、怒り。歯を食いしばり、怒気も隠さずビートショットを睨む。


「シンカー、アイツを潰せばいいんでしょ」

「抑えるだけで大丈夫ですよ。その間に……」


 シンカーがステッキで床を叩く。すると、コンクリートである筈の床から緑色のスライムが滲みだすように現われた。スライムはぐにゃぐにゃと身を捩じらせた後、またキメラへ変じていく。


「厄介な虫共を掃除しますから」


 キメラは一斉にユナイト・ガードたちへと向かっていった。最後に残った蜘蛛に止めを刺したユナイト・ガードの部隊へと強襲をかける。


「くっ、応戦せよ!」


 隊長の掛け声でユナイト・ガードは再び襲いかかって来たキメラへと迎撃を開始した。しかし混乱を収め、何とか体制を立てなおし、ようやっと第一陣を倒した後だけに動きは私を追い詰めていた時程の精彩は無い。一人、また一人と負傷し、戦線を離脱する。


『グッ、くそッ!』

「どこを見ているの?」


 数を減らしていくユナイト・ガードに気を取られたビートショットの隙を狙い、滞空していたはやてが急降下する。華奢で白い右手がビートショットの装甲に微かに触れた。


『お前に構っている暇は……なんだ!?』


 はやてを払って救援に向かおうとするビートショットは自分の身に起こった異変に気が付く。地を蹴れない。なんと、微かではあるが浮いている(・・・・・)のだ。分厚い装甲に覆われた、3メートル強の巨体が。


『これは……!?』


 困惑するビートショットに追い打ちをかける為、はやてが翼をはためかせる。巨大な翼といえども起こせる風は精々が傘を吹き飛ばすくらいなものだろう。しかしその予想を裏切るようにまるで嵐の如き烈風が吹き荒れた。

 空を浮いていたビートショットはそれに巻き込まれ宙に舞い上がる。


『ぐおおおぉぉ! ……お!?』


 風船のように吹き飛んだビートショット。ふわりと天井付近まで浮きあがった群青の巨体は、しかしピタリとその浮上を止めた。

 そして一転してその見た目に相応しい速度での急降下を開始する。


『なッ……グアッ!!?』


 唐突な出来事に咄嗟に受け身も取れなかったビートショットはそのまま地面に激突。再びコンクリートを割り砕き、平らだった床に小規模なクレーターを作る。

 だが、同じく先程のように全くの無傷とは行かなかったようだ。

 脚部の関節部から青白いスパークが弾ける。


『脚部損傷……機動力低下。しかし戦闘は続行可能!』


 咄嗟に自己診断し、なおも不屈の意志で立ち上がるビートショット。

 しかしその視界に、立ち上がるまでの隙を狙ってまた接近するはやてが映った。

 伸ばされた手が、群青の装甲に触れる瞬間。


「させるかぁ!!」


 横合いから飛んできたゴムボールのようなが物がその手を弾いた。


「ちっ!」


 阻まれたはやては深追いすることは無く宙空に舞い戻った。ビートショットの反撃を避ける為に。翼を持った魔法少女の判断は慎重だ。

 妨害を果たしたのは、雷太少年だった。


「……魔法少女だか何だか知らないけど、ビートをやらせるもんか!」


 雷太少年が手に持っているのは筒状をしたポリタンクぐらいの大きさの機械だった。ぽっかりと空いた穴をはやての方へ向け、機械についた引き金を引く。

 さっきと同じゴムボールが穴から飛び出し、はやてへと飛んだ。


「……邪魔っ!」


 はやては迫るボールを右手で叩き落とそうとする。……しかしボールが右手に振れた瞬間、音を立ててゴムボールは弾け飛んだ。


「何っ!?」


 ボールの中身からぼわんと煙が舞い上がり、空中のはやてを覆った。煙幕。しかしはやてはその翼を羽ばたかせ、煙を吹き飛ばした。


「煙なんて、私には効かない」

「羽……ちくしょー……」


 雷太少年が悔しげに呻く。そんな雷太少年の肩を優しくビートショットが叩く。


『雷太、ユナイト・ガードたちの支援を頼む』

「ビート、だけど……」

『当方のダメージなら大丈夫だ。それに……』


 ビートショットは空に浮かぶはやてを睨みつけ、雷太少年に言った。


『……僅かだが、奴の能力も理解してきた。問題ない』

「ビート。……分かった」


 雷太少年はビートショットの言葉に頷き、キメラたちへの対応に追われるユナイト・ガードの方へ向かった。

 それを見届けたビートショットは右手から超電磁ソードを展開し、はやてを見上げ対峙する。


『……そちらの能力、触れた対象を軽くする能力、だな』

「………」


 黙ったまま眼下のビートショットを見下ろすはやて。

 見ている私も何となくそれは察しがついた。最初にビートショットを吹き飛ばした時にも使っていたのだろう。

 手で触れた物を軽くし、翼で起こした風で飛ばす。そして時間か距離か任意かはまだ分からないが、能力を解除し地面に叩き落とす。どうやらそれがウィンド†はやての戦い方のようだ。


「……だから何?」

『触れられなければいい』

「単純ね。それがどれだけ難しいか、分かってるの?」

『そちらこそ分かっていないようだ』


 スパークしガクガクと揺れ安定しない脚部を抑え、ビートショットは魔法少女を挑発する。


『堕落したヒロインが、ヒーローに勝てるとでも?』


 無骨なハンドマニュピレーターの人差し指で、招くようなジェスチャー。大抵の人間に通ずる『かかってこい』のハンドサイン。

 あからさまな挑発行為にはやては激昂する。


「何もッ! 何も知らないでよくもォ!!」


 急降下し、ビートショットの巨体へ迫るはやて。その動きは素早く目で追うのすら困難は程だった。

 脚部を故障したビートショットは避けられない。……しかし、機械であるビートショットの動体視力は人間以上だ。クリアパーツに保護されたカメラアイがはやての姿を容易に捉える。

 迫る前に、先にはやての腕を掴む。


『獲った!』


 はやての華奢な腕を掴んだビートショットが快哉を叫ぶが、その一瞬後はやての姿がブレ、消える。


『ヌッ!?』

「悪いね、残像だよ」


 その一瞬の隙に、はやてはビートショットの背後へと回り込んでいた。腕の届かない、死角。その場を動けないビートショットでは避けられない。

 もう一度、はやての手が届く――、


「――ッ!?」


 ――ことは、無かった。

 バチンという音と共に、はやての手が弾かれる。


「これはッ!?」

『鳥の羽が生えているだけに、鳥目か?』


 薄っすらと。

 本当に薄っすらとだが、ビートショットの周囲を囲むように電気が奔っている。目を凝らさなければ見えないくらいの細い電磁の膜が。


『極薄の超電磁シールドだ。銃弾は焼けずとも触れれば感電するぞ』


 電気を操るビートショットならではの攻略法。

 機械である彼とは違い、人間では感電してしまう電気の壁。何も無いように見えて、鉄の網よりも余程厄介な壁だ。もし軽くする能力が素手で触れることが条件ならば、この壁は効果的だろう。

 おそらくは、雷太少年をユナイト・ガードの救援に行かせたのもこの低出力シールドに巻き込まない為だ。


『そして出力が低いが故、ある程度の兵装は同時に起動できる』


 ビートショットの胸部装甲が展開し、電気エネルギーが収束する。ノーマルブラストの構え。


『例えかつての同胞であっても、容赦はしないぞ!』


 対抗するように手の中に黄金色の光を集め、光球を作るはやて。魔法の一種か。


「……容赦しないのは、私の方だ!」


 射撃戦を開始する両者。雷光が迸り、光の球が地を穿つ。




 ……そんな決闘を、私は電池切れの予備バッテリーを咥えながら眺めていた。

 だって何も出来ないんだもん。






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