「えっ、じゃあ妹さんの声を着信音にしているってこと?」
『容赦はしない……!』
「容赦された覚えが無いんだが」
あったら下半身不随になっていないと思うんだ。
怪盗少女を床に下ろしたビートショットと、暴走クレーンから降りた私は少しばかりの距離を開いて対峙する。
辺りを見回してみると、そこかしこにイチゴ怪人の残骸が。どうやら残存する部隊はいないようだ。
「これまた丁寧に潰してくれたものだな」
『瓦解し、こちらを狙わない雑兵を除去することなど、当方からすれば容易いことだ』
同士討ちさせられてはな……。命令に従順というのも考え物だ。
「我が計画も、怪人たちも木端微塵だ……。見逃してくれるという手は?」
『するわけがなかろう』
「だろうな……」
思わず溜息をついた。やれやれ、後でまた百合にどやされることにならなきゃいいけど。
『以前の刀はどうした?』
前回と今の私の姿を比較したのか、ビートショットが疑問の声を上げる。
刀……光忠はユニコルオンとの戦いの無理がたたってとても戦闘に耐えうる状態では無かった。一度刀鍛冶に見てもらわなければならないほどの損傷なのだが、生憎ローゼンクロイツには刀鍛冶とのコネクションが無い。
どこかで探さねばならないのだが……残念ながら今日現在に至るまで見つからなかった。なので私は今、帯刀していない。
「ま、ちょいとね。安心してくれたまえ、ちゃんと武器は用意してある」
『何……?』
怪訝な声を発したビートショットへ見せつけるように、私は左の義手を掲げた。
「――超電磁ソード、展開」
『!?』
私の発したコマンドワードに、ビートショットは驚愕の声を出す。
義手は私の言葉に従い変形を始める。装甲がずれ、手の平から二本の長いボルトのような金属棒が伸びる。
それを確認した私は、小さく呟く。
「……帯電」
その言葉と同時に、金属棒の間に紫電が流れる。紫電はハッキリと形を作り、剣――ソードの形へと変貌した。
そう、ビートショットの使っていた超電磁ソードと同じように。
『貴様……!』
「悪の組織だからな。パクリに流用なんでもござれだ」
この義手には、ビートショットとの戦闘データが生かされている。
発電機関であるカンダチmkⅡの出力を強化したり、様々な機構を盛り込むことである程度ビートショットの武装や攻撃を再現できるようにしたのだ。
……まぁ、流石にビートショット程の大出力は再現できなかったのだが。
「コイツでお相手しよう。……あぁ、無理に合わせる必要は無い。流石に剣術でなら私の方が上手だろうからね」
これは嘘だ。私が会得している剣法でビートショットを上回る自信は無い。これは挑発で、軽口のようなものだ。
だが、意外にもビートショットは乗って来た。
『当方を舐めるな! 超電磁ソード!』
私と同じように、手の平から二本の棒を生やし電光を纏わせる。案外熱くなりやすい性質なんだなぁ。
おかげでこちらもやりやすい。
「さぁ、来るがいい!」
『望むところだ!!』
お互いの啖呵が終わると同時に、超電磁ソードを振り上げたビートショットが私へ迫る。
特に追い詰められてもいない状況で放たれた大ぶりの初撃。避けるのは訳の無いことだ。私はサイドステップで回避した。
『おのれっ!』
「冷静になりたまえよ。当てずっぽうではいい結果は出ないよ?」
『うるさいっ!』
私の煽りに激昂するビートショット。
ふむ、これは……冷静さを失っているな? おそらくは怪盗少女を危険に晒したり超電磁ソードをパクったりした私に相当ムカついているようだ。当然と言えば当然だし、前者の件に関しては流石に申し訳なく思うが……しかしこちらにとってはプラスだ。精々怒り心頭になってもらおう。
再度繰り出された大振りの一撃を飛びあがって躱す。
『もらった!』
空中に逃げ場は無い。宙に舞った私目掛け、ビートショットは斬り込む。
……が、パクったのは超電磁ソードだけじゃないんだよなぁ。
私の身体は浮きあがり、ビートショットは盛大に空振った。
『なっ!?』
「……君との戦いは非常に有意義だったよ。別件では何度も助けられた」
私は宙に浮かびながらビートショットを見下ろして言った。
その場から落ちずに、滞空している。背中から生えた電磁の翼のおかげだ。
電磁スラスター。かつては手の平から一瞬だけしか発することが出来なかったビートショットの技だが、今では空を飛ぶくらいの事は出来るぐらいになっていた。
その秘密は義手と、背中に装備した補助器具だ。義手に内蔵されたカンダチmkⅡは改良型で、出力が増大している。しかも、義手の構造と背部に新たに装備した装備部門作の補助器具によって、私は安定して大出力の電磁スラスターを扱うことが出来た。
まぁ、ビートショットほど安定せず、なんか羽というよりは植物の蔦のような形になっているが……。
「ふっ、まぁ君ほどの出力ではないが、私程度を持ち上げるくらいは出来る」
『くっ、貴様……!』
「君も飛ぶかね?」
『ぐっ……』
私の言葉に、ビートショットは唸りつつも押し黙った。
当然、ビートショットも電磁スラスターを使用出来る。が、私と違いビートショットは使用をためらう理由がある。
それは、ここが工場内だからだ。室内とはいえ私くらいの大きさが飛びまわるぐらいなら問題ない。しかし三メートルあるビートショットが飛行するには、少々手狭だ。浮きあがるくらいは悠々と出来るだろうが、機動するには狭すぎる。更に言えばクレーンは未だ暴走中だ。それが益々飛行出来るスペースを狭めていた。
つまり、私は飛べてビートショットは飛べない。
「はっはっは! いやぁいい気分だ、見下ろすというのは!」
私の悪役ムーブにも磨きがかかる。ふふふっ、ビートショットや少年たちには悪いが、普段怯えながら対立している君らを見下ろせるのは実に気分がいい!
「くそっ、卑怯だぞ!」
雷太少年が叫ぶ。やれやれ、忘れてしまったのかな?
「悪の組織だからな。卑怯千万だよ。……さて、そろそろ攻撃に移ろうか」
そう言って私は地上に散らばっているイチゴ怪人共の残骸から、Iランサーを一つ取り上げる。そして、ビートショット目掛けて白い光を一発放った。
「ほぅれ!」
『くっ! みんな当方の後ろに!』
咄嗟にビートショットが少年たちを後ろに庇い、その身で受ける。青い装甲で弾くが、全く効いていない訳では無さそうだ。
「ふむ、消費量はこんなものか」
私はIランサーを使ったことにより一瞬脱力した感触を思い出し、そう零した。Iランサーは生命エネルギー、いわば体力を消費する。使い過ぎれば息が上がり、疲労する。私のバイタリティは人より多いと自負しているが、怪人やヒーロー程では無いので使い過ぎは禁物だ。
ならば発電能力で攻撃すればいいではないかと思われそうだが、実は偉そうに言った割に、電磁スラスターはカツカツな発電量だ。他に電力を回す余裕は無い。実行すれば機能が停止し、たちまち墜落してしまうだろう。家で電化製品を使い過ぎるとブレーカーが落ちるのと同じようなものだ。
……なので、体力の消耗覚悟でIランサーを使うしかない。
空中を浮遊しながら光弾を放ち、ビートショットを狙う。背後の子どもたちを庇わねばならないビートショットは防戦一方だ。
『ぐっ……』
「ビート! 俺たちの事はいいから!」
『いや、引く訳にはいかない……!』
……私のやっている事が完全に悪役だが、実際に悪役なので問題ない。
体力に気をつけながら光弾でちまちま削る。一撃一撃は小さなダメージだが、蓄積すれば大きな痛手となる。もし倒せれば大戦果なのだが……。
「……むっ」
そう上手くはいかないようだ。私の体力の底が見え始めてきた。息が僅かに上がり、心臓の鼓動が早まる。全力疾走している途中のような症状だ。Iランサーによる攻撃で放てる生命エネルギーが尽きかけている。
対して、ビートショットは未だ健在だ。このまま倒し切ることは難しいだろう。
撤退の準備をした方がよさそうだな。
幸い、逃げる手段は確保している。工場から外れた地点にローゼンクロイツのヘリ、そしてパイロットの構成員を待機させていた。この辺鄙な場所にある工場に行き来する為の手段だ。インカムは壊されたが、手持ちの携帯端末で連絡すればすっ飛んでくる手筈になっている。
ぎりぎりまでビートショットにダメージを与え、私は優雅に逃走することにしよう。
眼下で雷太少年が叫ぶ。
「くそぉ、降りて来い!」
「はっは。やなこっ『お姉ちゃん、電話だよ!』………」
「『「「………」」』」
私の携帯端末から百合から収録した電子音声が繰り返し鳴り響く。……なんだ? 私の着信音に文句あるのか?
少年少女はビートショットの後ろでひそひそ話し始めた。
「なに、あの声。アニメ音声? ドクトル知ってるか?」
「いや、僕はあんなアニメ聞いたこと無い。実在の人物じゃないかな」
「えっ、じゃあ妹さんの声を着信音にしているってこと? ……それキモくない?」
「おいコラ」
聞えているぞ。
文句を言ってやりたかったが、着信に出なければならない。これが終わったら八つ裂きにしてやるからな貴様ら。
発信元は……ヘリで待機中の構成員? どうしたのだろうか。
私は携帯端末の通話ボタンを押し、耳に当てた。
「もしもし、エリザベートだが」
『摂政様ですか!? 申し訳ありません、攻撃され、ヘリが破壊されました!』
「なんだと?」
思わずビートショットたちを見る。彼らがやったのかと思ったが、今ここに居るメンバー以外に目立った協力者はいない筈だ。先にヘリを処理してきた可能性もあるが、それにしては連絡の入るタイミングがおかしい。
「誰から攻撃された?」
『分かりません、えらく装備の整った連中で……しまった!』
「どうした!?」
『見つかりました。森林を逃走中です。逃げ延びたらまた連絡します!』
「おい!? ……切れた」
装備の整った連中? しかし警察ではこんな山奥にはおいそれと来れない。それに警察ならば構成員が分からない筈が無い。
一体、何者……そう思考しようとした瞬間、私は周囲の様子に気がつく。
工場が……囲まれている!?
工場の外側に多くの人間の気配がある。工場をぐるりと囲んで、一部の隙間も無い。
その事に気がついた瞬間、工場の扉の一つが錆びた音を立てて開かれた。
私は誰何の声を上げる。
「何者だ!」
防弾チョッキのような装備に、手に銃器を持った人間たち。その一人が答えた。
「ユナイト・ガード」




