「おいたが過ぎるよお嬢ちゃん!」
「くそっ! こいつら意外と守りが堅い!」
「ふはははっ! そのまま槍で貫かれろ! かなり痛いぞ、特に脇腹辺りが!」
「まるで貫かれたことがあるような発言っ!?」
逃げ惑うビートショットたちの恐怖を煽りながら工場に積まれたコンテナの上から指示を飛ばす私。
『囲んで追い詰めろ』という指示しか出していないにもかかわらず、イチゴ怪人たちの動きは意外とスムーズだ。左右に分かれて波状攻撃を繰り返している。ビートショットたちはお互いをカバーしてしのいでいるが、打破出来ていない。優秀な動きだ。
……学習している?
いや、その考えはなんだか怖いからやめておこう。
『いくら数が多くとも、槍の攻撃では!!』
ファランクスを組んだイチゴ怪人の攻撃を、苦労も無く捌くビートショット。装甲は容易く槍を阻み、ダメージには程遠い。子ども二人を庇いながら戦っている為攻勢には出ていないが、一度反撃に転じればイチゴ怪人たちは蹴散らされてしまうだろう。
だが、織り込み済みだ。伊達や酔狂で槍を持たせたわけじゃない。
「……射撃、開始」
私が身につけたインカムでそう囁くと、たちまちイチゴ怪人たちの構えが変わった。
槍を突き出す姿勢から、まるで銃を構えるかのような構えへと。
『? 何を……?』
ビートショットが疑問の声を上げたその時。
イチゴ怪人の槍の穂先から白い光が飛び出した。
『ッ!?』
子どもたちを庇って、その装甲で受け止めるビートショット。
しかし自慢の装甲は、表面に白い煙を上げていた。
「ビートショット!」
「これは……なんて強力な攻撃だ!」
二人の少年も驚愕する。
ふっふっふ……見たかね。これが我が組織の新兵器! その名もイミテーションランサー! 略してIランサー!
『まさか……ユニコルオンのホワイトランサーか!?』
「劣化の劣化だがな」
そう、Iランサーはユニコルオンのホワイトランサーを真似て作られた武器だ。エネルギーを制御する機構を再現することは出来たのだが……。
肝心の白い光のエネルギーを生み出す事は出来ない。更に扱うエネルギーも使用者の生命エネルギーという体たらくだ。
到底ユニコルオンのホワイトランサーには及ばない。しかしそれでも今のように強力な武器となる。いくら劣化していてもヒーローの武器だ。現代兵器よりも強力である。
「という訳でたっぷり味わってもらおう。一斉射撃だ!」
『くっ……ぐおおおっ!!』
イチゴ怪人たちの槍から放たれた光が、ビートショットへと殺到する。
雷太少年らを背後に庇って装甲で受けるビートショット。装甲はまだ貫けない。しかしダメージを受けている事は明白だった。
『ぐっ……シールド!』
耐えかねたビートショットは超電磁の膜を発生させ、自らを守った。ビートショットのバリアー。
だがそれを展開している間は動けないだろう? その間も射撃は止まない。
『くそっ、弾切れはないのか……!?』
「ふふふっ」
イチゴ怪人のエネルギーなど使い切っても惜しくは無い。ここでビートショットが討ちとれるのなら、何百、何千失っても構わん。
白いエネルギーの奔流に、ビートショットはバリアーを解除できずその場に釘づけにされる。電気エネルギーを消費するバリアーをいつまでも張り続けることは出来ない。このまま射撃を続けていれば力尽きるのは時間の問題だ。
だが、逃げ場が残っているのは困る。私はいくらかのイチゴ怪人に完璧に包囲するよう指示を出そうとしてインカムのマイクを口に近づけた。
「えーっと、あれは何番と何番だっけ……」
「ふーん。それでイチゴ頭たちに指示を出しているの?」
「そうだよ。一斉に指示を出せるのさ。でも個別に指示を出そうとすると番号を思い出さなきゃいけないから面倒なんだよねぇ……」
「じゃあ私が代わってあげるよ」
「そりゃどう……もっ!?」
語りかけて来た声に気付き、私は素早く背後を振り返った。
しかしそこには誰もおらず、工場内の空間が広がっているだけ。
幻聴か……? そう考えた私は改めて指示を出す為にインカムを触ろうとして、何もない頬に触れた。……インカムが無い!?
「何っ……!?」
「お探しはこれ?」
驚愕する私へと、頭上から声が降る。そこには、工場のクレーンに逆さまにぶら下がる少女の姿があった。
ピンクのパーカーにホットパンツといった出で立ちの少女は、逆さのままインカムを手にしてにこにこと微笑む。
「ふふ、いただき♪」
「怪盗少女……!」
「そう! 怪盗少女、真幌場 ゐつ参上!」
クレーンにぶら下がりながら、可憐に決めポーズを決める少女。
彼女も又、雷太の同級生の一人だ。代々怪盗を生業としてきた一族の末裔で、現在は修行中の身。
雷太少年の学校でドクトルの恥ずかしい手紙を盗みだすという一悶着の末、雷太少年たちの仲間になった。ドクトル少年とは相性が悪いが、雷太少年にはほのかな恋心抱いているとか……いやそれは余計な情報だな。
……っていうか、不味いのでは。
「えーっと、これに指示を出せばいいのね。じゃあ……『みんな目の前に居るイチゴ怪人を撃て!』」
怪盗少女がインカムに指示を出すと、イチゴ怪人共はくるりと向きを変え、隣のイチゴ怪人に槍を向けた。ビートショットの装甲を傷つけられる生命エネルギーを耐えられる筈も無い。鎧は容易く貫かれ、爆発四散していくイチゴ怪人たち。
同士討ちを行い、その数はあっという間に半分以下になった。
「ぎゃあーーー!!」
あんまりな出来事に悲鳴を上げる私。しかし怪盗少女の指示は止まらない。
「ほらほらまだ残ってるよ! 撃って撃って!」
「くっ……これ以上はさせん!」
そう言い放ち私は右手を掲げ紫電を撃ち出す。一条の雷電は過たずインカムを砕き、少女の指示を中断した。
「ひゃっ!」
「おいたが過ぎるよお嬢ちゃん!」
突如自分の手の中で砕けたインカムに驚く怪盗少女に、私は追撃の紫電を放つ。
しかし怪盗少女は軽い身のこなしでそれを避けると、クレーンの上によじ登り私の攻撃範囲外に逃げ延びた。
「ちっ……」
「へへーん! お姉さんこっちまでおいでー!」
怪盗少女は手を振りながら舌を出しこちらを挑発した。おおん!? やってやろうじゃねぇか!
「大人を怒らせるものじゃないよ、カワイ子ちゃん!」
私は少女の挑発に怒り、追いかけるべく地を蹴った。補助器具による跳躍力で飛び上がり、足りない飛距離を腕から発した電磁スラスターでブーストする。
が、それでもギリギリで私はクレーンの端っこにへばりついた。
……え、ちょっとまって私の身体能力、小学生に負けてるの……?
いやきっと怪盗の道具だとかドクトル少年のガジェットを使ったに違いない。そうに決まってる。
私はよじ登ったクレーンの上で怪盗少女と対峙する。
「さて、カワイ子ちゃん。大人の怖さを教えてあげよう」
「言うほど大人じゃないでしょ、お姉さん!」
「それでも……君よりは大人さっ!!」
右腕から紫電を迸らせる。まさしく電光石火のこの攻撃は、並みの人間では避けきれない。
が、怪盗少女が懐から取り出した棒を掲げると雷はたちまちその棒へ吸い込まれてしまった。
「何っ!?」
「へへーん! ドクトルが作ったガラクタもたまには役に立つね!」
「聞こえてるぞー……!」
クレーンの下からドクトル少年の叫びが聞こえる。そうか、あれはドクトル少年の作ったガジェットか……。効果はおそらく避雷針。雷電を扱うヒーローの隣で戦うのならば、備えが有って当然か。
なら、肉弾戦だな。
私は怪盗少女に向かって走りだした。
「うわっと!?」
「逃げるんじゃない! ちょこまかと!」
「逃げるよ!」
服を掴む直前パッと飛びのいた怪盗少女に悪態をつく。クレーンの上だというのに軽快な動きだ。……クレーン? そうか……それも面白いな。
「そこまで繊細な動きが出来るかどうか怪しいが……」
私は手をクレーンにつけてゆっくりとしゃがみ込む。その姿を、怪盗少女は怪訝そうな顔で見る。
「? 何を……」
「ビートショットは大出力だからあまりやらないだろうが」
ついた手から私は紫電を生みだす。流す電量は多めだが、その場で即座に炸裂はさせない。薄く、長く伸ばす。……そう、クレーンの下の方まで伸ばす。
雷を操れるが、感覚がある訳じゃない。だから、勘でやるしかないが……。
「機械弄りは嗜む方でね」
ガコン! と私と怪盗少女が頼りにしていた足場が動く。不意に横に振れたクレーンに驚き、怪盗少女は体勢を崩してしまう。
「わ、うわっ!? 何これ!?」
「クレーンも電気で操る訳だからな。操縦席まで電気を這わせて干渉した」
無理やり起動し、暴走させたのだ。しかし私自身が繊細な操作が出来るという訳でもない。暴走してどうなるか分からないというのは少女と同じ条件だが……。
私はクレーンの端を左手で掴む。怪盗少女は今初めて気がついたのか、私の左手を見て目を丸くした。
「そ、それ……!」
「名誉の負傷でね。機械仕掛けなのさ」
袖より垣間見える手は、黒光りする鋼鉄で形作られていた。失った左腕の代わりの義手だ。
この義手は機械仕掛けだ。見た目より軽い金属で作られているが、それでもパワーは人間の物とは段違いだ。
すなわち、握力も。
「このまま片手でコーヒーを飲んでも私は落ちないよ」
「ず、ずっるぅ!」
必死にクレーンに掴まる怪盗少女が涙目で私を非難する。ははは、左手を失ってからまた来たまえ。
怪盗少女も所詮は子ども。握力は大人ほど無い。
すぐに限界が訪れ、クレーンから両手を放してしまう。
「あっ……」
落下していく怪盗少女。よし、これで一人戦闘不能……。
……じゃないよ!? この高さから落下したらただじゃすまないよね!?
うっかり失念していた。最近ヒーローとばっかり戦っていたから、感覚がマヒしてた。
この高さから生身の人間が落ちたら……助からない!
「やっべ、どうしよ……」
落ちていく怪盗少女。どうするか、手を伸ばしても届かないし……。
短時間であれば電磁スラスターで宙を舞える。私も空中に躍り出て救出するか。
そう思って手を放そうとした瞬間、紺碧の影が私の視界を横切る。
『ゐつ! 無事か!』
「ビートショット!」
怪盗少女は機械の両腕に抱えられ、無事だ。
落ちていく少女を颯爽と救ったのは、電磁スラスターで空を飛ぶビートショットだった。
ビートショットは怪盗少女を抱えてゆっくりと下降しながら、ぐわんぐわん揺れるクレーンに掴まった私を睨む。
『おのれ、子どもの命まで奪おうとするとは……』
「いや今のは何も文句言えないや」
こっちの過失100%だからね……!




