「お、お許しください総統閣下~~!!」
――暇だなぁ……。
コンクリートと鉄骨が剥き出しになった無骨な天井を見上げ、私は心の中でそう呟いた。
私は今、医務室のベッドの上で安静にしている最中だ。
あまりに酷い私の惨状に医療スタッフがどったんばったん大騒ぎだったけれど、その甲斐あって私の命はなんとか繋ぎ止められた。彼らの尽力には頭が上がらない。
しかし、ベッドに寝て静かにしているように言われた現状は退屈そのものだった。
「何にも出来ないしなぁ……」
ぼーっとしながら、ふと右腕を上げてみる。
包帯をぐるぐると巻かれ、使用不可能な状態にされていた。ユニコルオンを絶対に逃がすものかと力を込めすぎたせいだ。筋肉が断裂していたそうだ。回復はするそうだが、しばらくは何も持てない。
左腕の方は、当然何もない。治療すべき左腕の肘から先は吹き飛んだ。ローゼンクロイツの技術力なら新しい左腕をくっつけたり、機械の腕に換装出来たりはするだろうけど、元通りにはならない。
足も補助器具が外されて動かない為、私はベッドの上から一切動くことが出来なかった。
「でも内臓の損傷が思ったよりも酷くなかったのは幸いだったね」
発電機関の代わりとして結果焼き焦げた内臓だったが、想像していたよりは軽症で済んだ。尤も、しばらく食事は禁止で点滴生活だが。それでも後遺症は特に無いと言われれば儲け物だろう。
儲け物と言えば……。
「私から吸いだしたエネルギーは、我が組織の何日分かな」
ユニコルオンのホワイトランサーによって私に流し込まれたエネルギーは私の発電機関カンダチmkⅡによって電気エネルギーへと変換され吸い出された。
おかげで暴発せずに発電機関は無事だ。自爆の危機は去った。
吸い出した電気エネルギーは膨大で、幹部連中は使い道に困っていたが……。私が医務室にかつぎ込まれて早数日。もうそろそろ消費された頃の筈だ。
私の容態は、まぁこんなところか。
中々酷い有り様だが、あまり悲観してはいない。
ローゼンクロイツの技術力なら何とか活動可能にはなる。
それは、結構な重傷を負ったヘルガーやシマリス君も同じだろう。
「いやぁ……あれだけやって死者が出なかったのは奇跡だなぁ」
事務所として買い取ったビルは、見事に倒壊した。せっせと建造した設備は灰燼に帰した。しかし、意外なことに人的被害は皆無だった。
原因は、監視室にスタッフのほとんどが集中していたことだ。監視室は地下にある。だから構成員は全員ビルの倒壊に巻き込まれずに済んだのだ。
ユニコルオンと戦ったのが中華料理店でよかった。爆心地だからこそ構成員は速やかに地下へ避難し、被害が出なかった。これが例えば地下のバーだったなら、ビルに居た構成員は全滅していただろう。
人的被害は無く、失ったのはビル一つ。ついでに私の大怪我。
得た……というか、与えたユニコルオンへのダメージは結構深いものだろう。もしかしたら、今までで一番追いつめたかも知れない。
だからつまり、
「プラスだな!」
「そのザマでそう言えるのはまったく大物だな」
そんなどこからか聞こえて来た声と共にベッドの傍らのカーテンが開き、ヘルガーが現われた。手には、果物の入った籠が握られている。
「やぁヘルガー君。それはヴィオドレッド君の差し入れかな?」
「あぁ、ヴィオドレッドのだ。アイツ、差し入れがマメなのはいいがレパートリーが少なすぎじゃないか?」
確かに前回も果物の盛り合わせだったなぁ。じゃあ病人に何を送ればいいんだって言われても困るけど。
ヘルガーは私のベッドの傍のテーブルに果物を置き、自身はその前にある椅子に腰かけた。
「どうだ? 痛みとかあるか?」
「いや、大丈夫だよ。それに大の大人が痛みにピーピー泣き喚く訳にもいかないしね」
「お前高校生だろ……」
「何故それを」
「ヤクトから聞いた」
確かに百合を迎えに来たヤクトならそれくらいは知っているか。
高校生と言ってももう行っていないけどね……。元々他の事を優先にしがちで登校しないことも多かったけれども。
「それで……幹部会はどうだった?」
「ウチは歴史だけはあるのが幸いしたな。誇ることではないが事務所一つがヒーローに潰されるなど慣れっこだ」
ヘルガーは籠の中のオレンジを手に取り、皮を剥きながら答える。
今日行われた幹部会では、ユニコルオンに潰されてしまった事務所についての話し合いがあった筈だが、どうやら左程の問題は起きずに終わったようだ。しかし全く丸く収まるという訳でもない。
ただし、とヘルガーが付け加える。
「シマリスはしばらく前線勤務だな。まぁ戦闘部門の怪人なのだから、正しいと言えば正しいのだが……」
「責任はない……とは言い難いな。そもそもユニコルオンと遭遇したのは早乙女さんを雇ったアイツが悪い」
ユニコルオンに接近した結果擬態が解け、開戦してしまったのは仕方が無い。普段の姿を晒し、ヒーローと判別できなかったユニコルオンに気付けというのが難しい。
しかし、今回偶発的にユニコルオンと戦う羽目になったのはシマリス君が早乙女さんを雇用したからだ。彼女を雇わなければ早乙女さんの友人であるユニコルオン――白馬青年が店を訪れることは無かったのだから。
「まぁ、しばらくは馬車馬のように働いてもらおう」
「摂政殿はお優しい事で……ほら、あーん」
ヘルガーが剥いたオレンジ一切れを、私へと差し出した。
「……あーん」
わたしは素直に口を開いて、ぱくりと口にした。固形物の摂取は厳禁だと言われていた気がしたが、まぁほとんど水分のオレンジなら大丈夫だろう。慣れ親しんだ酸味とほのかな甘みが口の中に広がる。
「……別に食べたくは無いのだが」
「日の光浴びてないんだから、ビタミンCはきちんと取れよ」
この有り様で栄養云々を気にするのも変だと思うが。されるがままにオレンジを口にしながら、合間を縫ってヘルガーにその他気になっている事を聞く。
「百合は怪我を負っていないとは聞いたが、他はどうだ?」
「お前以外は治癒可能な範囲だ。酷かったのは首から下を失ったヤクトだが、再建可能だとよ」
「そうか」
「……お前は」
身が無くなったオレンジの皮を捨てながら、ヘルガーが呟いた。
「お前は、何で気にしないんだ?」
「……? 何をだ?」
「お前自身の事だよ」
真っ直ぐと私と視線を合わせ、ヘルガーは言葉を紡ぐ。
「今回の一件で後遺症の残る怪我を負ったのはお前だけだ。なのにお前は何一つ気にしていない」
「……ユニコルオン相手にならば、浅い方じゃないか?」
宿敵のヒーローを相手にして、生き残れたのだ。むしろ上々の結果ではないだろうか。現に一度、私は勝利や逃亡を諦め自爆を試みた。そこから満身創痍とはいえ生存したのだ。随分マシな方だと思う。
「そんな話をしているんじゃない」
しかし私の答えにヘルガーは首を振った。
……どういうことだ? 本気で分からんぞ?
そんな風に私が困惑している事を感じ取ったのか、ヘルガーは溜息をついた。
「……お前はずっとそうだったんだろうな。総統閣下の苦労が想像出来る……」
「だからなんだと……いや、待てよ?」
前にもこんなパターンが……。
「……百合、いるんでしょ?」
医務室の入口に意識を集中すれば、扉の向こうに見知った気配が感じ取れた。私の言葉に隠れることを止めたのか、医務室の扉を開き中に入ってくる。
「お姉ちゃん、昔から鋭いよね」
「妹の気配ぐらい、すぐ分かるよ」
「お姉ちゃんだけだよ……」
私の最愛の妹、百合だ。全身に包帯を巻いている私とは違い、外傷は無い。打ち身は受けた筈だが、総統紋には自己治癒能力もあるのかもしれない。
しかし扉の向こうに居るのはてっきり百合だけだと思ったのだが、もう一人の姿があった。
「摂政殿、怪我具合はどのように?」
「軽くは無いが、今の君を見れば軽症に思えるよ」
両手で百合に抱えられた、頭だけのヤクトだった。
どうやらその状態でも喋ったりすることには支障が無いようで、見た目に反して元気そうな様子だ。
「代えのボディが出来るまでは、拙はこのままですな」
「そうか……私以上に暇そうだな」
「拙としてはあまり気にしていないのですが、見かねた総統閣下がこのように連れだして下さるのです」
そうなのか。生首を手に持った軍服美少女と言う奇妙な絵面だが、ローゼンクロイツで文句を言う人間はいないだろう。
「ヤクト、何も出来ないから……。そうだ、お姉ちゃんも抱えてあげようか?」
「いや、それは止めてくれ」
確かに総統紋で身体能力が強化された百合ならば私ぐらい、簡単に持ち上げられるだろうが……それはあまりにも私が惨め過ぎる。自分より身長の低い妹に抱えられるなんて、いくらなんでも恥ずかしい。
百合は手に持ったヤクトをヘルガーに渡すと、ヘルガーから譲られた椅子に座って私の前に来た。
「お姉ちゃん」
……来たか。私は身構え……身体は動かせないので心だけ身構えた。
最早毎度恒例とはいえ今回も私は無茶をした。何と手足全部が動かせない。当然、百合は怒り心頭だろう。
内心ビビりながら、雷が落ちるのを待つ。
しかし、百合の言葉は予想外のものだった。
「……お姉ちゃんの義手の話なんだけど」
「へ?」
「機械が一番いいと思うの。色々機能を盛り込めると思うし、丈夫だし……」
何故か、私の義手の話をしだした。設計図のような物を広げ、矢継ぎ早に意見を告げる。
「特に、発電機関を強化して電磁バリアを張れるようにするっていうドクターの発案がいいと思うの! そうすればお姉ちゃんが怪我をすることも減ると思うし……」
「いえ、あの……百合?」
私は百合の話を遮り、恐る恐る質問する。
「お、怒ってないの……?」
「……怒ってるか怒ってないかって言ったら怒ってるけど」
百合は設計図から目を離し、私と目を合わせる。
その瞳には、ユニコルオンと対峙した時と同じような強い輝きがあった。
「でも、お姉ちゃんはきっとまた無茶をする。私の為に」
それは……そうだ。
悪の組織で働く限り、命の危険は付き物だろう。また同じくらいの怪我をする日も来るかもしれない。
百合を守る為に悪の組織に身を置き続ければ、それは絶対だ。
それを回避するには、ローゼンクロイツを辞めるしかない。
でも、私は逃げない。百合を守る為に、摂政を続けるだろう。
「……だから、私も出来る事をやることにしたの。お姉ちゃんに守られるだけじゃない。私も、お姉ちゃんを守る。その為に出来ることは、何でもやろうって思ったの」
「百合……」
ここ数カ月の総統生活は、百合の心を強くしたようだ。普通の女子高生から、人の上に立つに相応しい女傑へと変貌を遂げつつある。
姉としては、妹の成長は嬉しい限りだ。
「……ふふ。どれ、どんな義手なのかな~………」
妹の成長を喜び、その成果である義手の設計図へ目を落とした瞬間、私の表情は固まった。
何故なら、そこに書かれた私と義手との寸借が明らかにおかしいのだ。
「……百合、書き間違いかな。このおてて、明らかに私の身長の倍はあるんだけど」
「うん。間違いじゃないよ。きっかり三メートル。重量は一トンぐらいかな」
「いやいやいや!?」
無論、そんな重量物をつけられてはまともに動けない。戦うどころか、移動することすら不可能だ。
当然私は反対する。
「こ、こんなのつけられたら動けないから、もっと他の……」
「うん。動けないでしょ?」
しかし百合は、にっこりと笑みを浮かべる。細められた目からは、先程と変わらぬ意志の強い瞳の輝きが垣間見えた。
あ、これはやっぱり怒ってるわ。間違いないわ。
「これならお姉ちゃんは無茶出来ないし、絶対安全だし、私も安心だし!」
「首輪で縛り付けるのと同じだよ!?」
出来ることは何でもするって……そういうこと!?
バッと傍で佇むヘルガーと、その腕に抱えられたヤクトへと顔を向ける。
「へ、ヘルガー! ヤクト!」
「残念ながらこの身は総統閣下の忠実なる僕なので」
「残念ですが首だけなので」
涙目で援護を求めるが、両者から目を逸らされてしまう。味方はいないのか!?
そんな私を余所に、うきうきと楽しそうにアイデアを練る愛する妹。
「バリアだけじゃなくて迎撃用のイチゴ怪人も収納できるようにしようか! もっと大型化するけど大丈夫だよね!」
「あ、あの……百合……」
「あ、いっそ手の中に住めるようにしたらどうだろう! 快適だね!」
……今まで百合の言葉を無視して無茶したのは悪かったけど……。
「お、お許しください総統閣下~~!!」
頼むから、話を聞いてください!!
第一章、一応の完結です。
第二章は、準備中なので時間がかかるかもしれません。




