「百合いいいぃぃぃぃっ!!」
「お前、モグラの怪人だったかね?」
「シマリスですよ。ドングリを埋めるために多少は穴掘りの心得があります」
「その機能をオミットしようと、ドクターは考えなかったのかなぁ……」
シマリス君は、なんと瓦礫の中で生きていた。
相変わらず頭から血を流してはいるが、ピンピン元気だ。どうやら初手でユニコルオンに吹っ飛ばされた際のダメージは大したことないようだ。ならば、怪人が建物の崩落程度で死ぬ筈が無い。
「私の加勢に出てくれても良かったんだが……」
「自爆がいよいよとなったら出ていく相談をしていましたが、それまではお二人の戦いがすごくて入りこめなかったんですよ。一対一を無理に多対一にしても各個撃破されるだけですからね」
「まぁ、そうかもしれんが」
シマリス君が大きさを加味しなければ可愛らしい仕草で首を傾げる。
「それで、俺は何をすれば? 特攻ですか?」
「残念ながら私がもうやったんだよなぁ」
「惜しかったですねぇ。後ちょっとで金星勲章でしたよ」
「そんなのあるのか……遺体に百合が叩き付けそうだぁ」
束の間ののんびりした会話。ユニコルオンが瀕死で百合に対する歩みがのろくなければ、とてもじゃないが出来なかっただろう。
さて、本題だ。
「私の脇腹の槍」
「はい、ホワイトランサーですね」
「これ、抜いて投げて」
「えっ」
びっくりした表情で固まるシマリス君。
一瞬の間を開けて回復したシマリス君が、問い返す。
「投げるって、どこに?」
「ユニコルオンへ」
「それ、倒せるんですか? 回復されたり……」
「するだろうね」
「えっ」
「いいのさ。回復させて」
ユニコルオンがいくら回復しようと構わない。そもそもこちらの目的は、最初から撤退なのだ。今まではユニコルオンが逃してくれそうになかったから戦っていたが、逃げられるなら逃げる。
「し、しかしそもそも、抜いて大丈夫ですか? 血がどばーっと出たり」
「多分、しない……」
百合の邪眼を受けて分かるが、私の身体は多分時間が止まっている。おそらく、邪眼の効果は〝停止〟だ。麻痺のように痺れてもいないし、かといって石化のように身体が石のように変わっている訳でもない。でも手足は全く動かせないし、体からは血も汗も流れていない。時が止まったかのようだ。
眼や口が何故動かせているのは分からないが、ちょっとびびることに心臓も止まっている。どうやって生命維持しているんだ、これ……。
兎にも角にも、心臓が動いていなければ血流も動いてない。ならば、抜いても大丈夫だろう。たぶん。
「じゃあ、抜きますよ」
シマリス君はそう言って、私の脇腹から白い槍を引き抜いた。深々と刺さった槍はしかし思いのほかするっと抜けて、私の身体から離れた。後には、ぽっかり開いてはいるが血は流れていない私のお腹の穴が残されているだけだ。
「うわっ、ホントに流れなかった。きもっ」
「君、後で覚えておけよ……。それより早く、ユニコルオンに投げるんだ。もう百合の目の前だ」
ゆっくりしていたつもりはないが、もたついてしまった所為でもう百合の眼前にユニコルオンが迫っていた。
「早く!」
「ど、どうなっても知らないですよ!」
私に急かされるまま、シマリス君はホワイトランサーをブン投げた。
訓練を積んだのか、才能があったのか。投擲された槍は狙い過たずユニコルオンへと飛んでいった。
不意打ち。だが当然、気が付けないユニコルオンではない。
「ッ!? ホワイトランサー!?」
驚愕しながらも、飛来した槍を片手で受け止めるユニコルオン。特別勢いが強い訳でもない投槍は、難なく止められた。
「つ、掴まれてしまいましたよ!」
「いいさ。こっちの攻撃は『苦し紛れ』だからね」
「えぇっ!?」
隣のシマリス君が驚愕している。だが、説明してやる暇は無い。
ユニコルオンに気取られないよう、小声で囁く。
「……中央、にいるか?」
「それは……その筈です」
シマリス君が頷く。よし、流石だな。
なら、この戦略で大当たりの筈だ。
後は、ユニコルオンを信じるだけ。
槍を投げたこちらをじっと壊れたバイザーから覗く瞳から見つめる一角騎士。
「……苦し紛れ、か?」
怪訝な表情を浮かべながらも、取り返したホワイトランサーをユニコルオンは構える。
再び槍から立ち上った白い光がユニコルオンを覆い、体中に空いた銃創を塞いでいく。ホワイトランサーの白い光のエネルギーは治癒の力も持っている。万能ではない筈だが、身体の傷を塞ぐくらいは朝飯前だ。
「や、やっぱり回復されちゃったじゃないですかぁ!」
「だが、全快とはいかない筈」
様々な異能が存在する昨今でも、結局一番の回復はしっかり栄養を取って時間をかけて休む自然治癒だ。急速に回復しても、体力や血液といった物は戻らないことが多い。
ユニコルオンは傷を塞いだが、スーツに空いた穴は元には戻らないし、息もまだ荒い。完全に回復しきれていないことは明らかだ。
「で、でも折角与えたダメージが……」
「お前が与えた訳じゃないが……。いや、きちんとダメージはあるさ」
少なくとも、もうユニコルオンに余裕は無い。それは、この場に居る全員で為し得た成果だ。
そして、そんな状況に追い込まれたヒーローの取る術は、二択。
逃走か、もしくは……。
「……ここまで追い込まれるとは。しかしホワイトランサーが戻ってくれば……」
ユニコルオンは、百合を絶対に逃さない。宿敵である総統を、逃がせない。それは、正義の味方として架せられた呪縛に近い。一刻も早く平和をもたらす為に、止まることの許されない呪い。
だが、一方でホワイトランサーを取り返したことで少しばかりの余裕が生まれた。死に物狂いの相討ち覚悟から、この場を一掃することが可能な手段が帰って来たからだ。
そう、この瓦礫の戦場を生みだした白い光が。
「今日、ここで!」
ユニコルオンは百合から距離を取る。それは、百合を諦めた訳じゃない。百合以外も……この場に居る全員を標的にしたからだ。
戦場の中央。真ん中へと立つユニコルオン。
「お前たちの命脈を断つ!」
ホワイトランサーを天に掲げ、周囲に白い光が渦巻く。まるで銀河のようなそれを、私は見覚えがあった。
ビルを破壊した光。ユニコルオンの必殺技、ホワイト・メガブラスト。
中心からならば、ちょうど炎に巻かれたビル跡地全体を巻き込めるだろう。つまり、私たちに逃げ場は無い。ユニコルオンは、私たちを一網打尽にすることを選んだ。
このままでは、当然私たちは全滅だろう。
だが策略を以てヒーローを貶めるのが、悪の幹部の役割だ。
「ヘルガー!!」
私の叫びに呼応して、ユニコルオンの傍の瓦礫が隆起する。
「なっ!?」
振り返ったユニコルオンが目撃したのは、全身に傷を負いながらも未だ健在の私の騎士、ヘルガーだった。
後ろからユニコルオンを羽交い締めし、不敵な笑みを浮かべるヘルガー。
「へっ。この時を待っていたぜ」
「な、何故……」
「ただの狼が最強の怪人になれる訳が無いだろう」
剥き出しにした牙で、笑みを深くするヘルガー。そこには、ボロボロであっても最強の怪人に相応しい風格が存在した。
「丈夫なのさ。電気では痺れてしまうがな」
ヘルガーが最強の怪人に至った秘密……。それは、ヘルガーは単純に強いということだ。
特殊能力は無い。ただただ足が速く、ただただ丈夫。それだけ。
だが腕を磨き、状況判断を鍛えればそれは遥かなる頂への扉を開く。生き残り、更に精進するという道が。
ヘルガーはサバイバビリティに特化した怪人なのだ。
「とはいっても、相当堪えたがな」
口から流れた血の痕が、それを物語っている。
メガブラストから私を庇って、瓦礫に呑まれ、それからシマリス君に救出されるまではまったく動けないぐらいのダメージを受けてしまったのだろう。
怪人に備わった自己治癒能力ならば、欠損しなければ大抵の傷は癒せる。それでも、今までは参戦することも出来ないぐらいのダメージがあったのだろう。
だから、チャンスを待った。奇襲出来るチャンスを、ユニコルオンがどこに居ても届く中心で。
私は、そこまで追い込んだという訳だ。
ユニコルオンは、総統を打倒するチャンスを逃す訳が無い。だから撤退はあり得ない。
だが、相討ちをせずに、こちら全員を倒せるメガブラストが使えるなら、それを選ぶ。
慢心とは言うまい。自分が死ぬよりも、生き残って相手を倒せるなら誰でもそちらを選択するに決まっている。
だがメガブラストで全員を巻き込むのならば、中心に位置せざるを得ない。
故に、罠に嵌った。
しかしヘルガーは苦しげに呻く。
「……くそっ、しかしこれ以上何も出来ねぇな。そんな余力はねぇ」
「! ならばこのままメガブラストで朽ち果てろ!」
「だが、必要もないだろう? ……エリザ!」
ヘルガーと視線が合う。いつも通りの、呆れながらも私を信用し、言うことを聞いてくれる目。
……まぁ、やるのは私じゃないのだけれどね。
「ごほっ」
咳が出る。血が混じっている。どうやら停止が解けかけているらしい。
私でこのぐらいで解けるなら、ユニコルオンを長くは拘束できないな。止めを刺すプランは却下だ。
だが、それでも強力な能力に変わりは無い。
「百合いいいぃぃぃぃっ!!」
叫ぶ。届くように。
私の最愛の妹へ。私の意思を。
何が起こっているか分からず半ば放心状態だった百合は、私の叫びにハッとこちらを振り返った。
目を合わせる。手が動かせないから、アイコンタクトだ。だけど、百合になら、これで伝わる。
大事なのは、目だと。
「……! 分かった、お姉ちゃん!」
私の意思をくみ取った百合は、駆け出してユニコルオンの前に立つ。ヘルガーに拘束されたユニコルオンは、百合を睨みつける。
「この隙に、ヘルガー諸共か。だが、光の膜があれば攻撃には耐えられ――」
「攻撃なんて、やっぱり私には出来ないから」
ユニコルオンの言葉を遮って、ポツリと呟く百合。
この期に及んでも、百合には命を奪う決断は下せないだろう。ヘルガー諸共は元より、ユニコルオンを手にかけることすらきっと出来ない。軟弱とも呼べるだろう。だが優しいからこその弱さ。
……そう、戦いに向かない百合だからこそ、その力は相応しい。
「だから、こう命じるの。――〝停止まって〟」
紅く輝いた瞳から閃光が迸る。総統紋の力の一端。その光は、バイザーが剥がれ露出したユニコルオンの裸眼へと突き刺さる。
「ガッ……!?」
その瞬間、ビシリと固まるユニコルオン。その姿は、まるで時が止まったかのように。
百合の、停止の邪眼。バイザーを失ったユニコルオンに、避ける術は無い。目を合わせたなら、最後。身体の時を止められる。
争いも、何もかもを止める能力。戦いに向いていない百合だからこそ持ち得た、百合だからこそ得られた最強の邪眼だ。
私がバイザーに罅を入れて、ヤクトが銃弾で引き剥がして。
シマリス君が槍を投げて、そしてヘルガーが捕まえて。
百合が、停止めた。
この場にいる全員でようやっとユニコルオンを黙らせることに成功したのだ。
ユニコルオンが停止したと同時に、光の渦もピタリと止まる。
よし……。私は大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「撤収ーーー!!!」
私の声に、シマリス君が振り返る。
「えっ!? 止めは……」
「どうせ長くはもたないし、止めを刺してもなんか助かるのがヒーローだし! ほらヘルガーいつまでユニコルオンに抱きついてるの! 私を抱えなさい!」
「抱きついてねぇ! それよりヤクトどうするんだ!? 重くて持ってけないぞ!」
「あ、拙は頭さえ回収してくれたらボディは交換できますので」
「え、そこまで機械なの? じゃあシマリス君回収よろ!」
「腹から槍引っこ抜いたり頭をもいだり、今日の仕事グロすぎじゃないか?」
「お、お姉ちゃん。今日はもう邪眼使えそうにないんだけど、怪我大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。そろそろ心臓が動き始めて血が流れ始めたところだから。あ、やばい眩暈が」
「さっさと帰るぞーーーー!!」
わたわた、がちゃがちゃ、べちゃべちゃと慌ただしく撤収する。
締まらないが……。まぁ、悪の組織なんて無様なくらいが丁度いい。
ユニコルオンが再び動き出すよりも早く、この場を離脱する。さぁ、さっさとお家に帰ろうか。
尚、本拠地の医務室に滑り込んだところで丁度停止の邪眼が解けた。
ちょっとヤバい量の血液がヤバい感じに噴き出す中、医療スタッフの懸命な処置のおかげでなんとか一命を取り留めることに成功。
その後の、号泣する百合をなだめる方が割と地獄だった。




