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「お姉ちゃんの、馬鹿。こんなになるまで戦って……」




「ゆ……総統閣下!?」


 突如現れた百合の姿に私は驚愕し固まってしまう。

 その隙を突き、ユニコルオンは私の右手を振りほどき脱出してしまった。


「あっ!」


 バキン、と固めていた右手が割れるように開く。限界まで固めていた所為で骨が折れてしまったが、左腕のように爆発することも無かった。

 私の脇腹に深々と刺さったホワイトランサーを諦め、離脱するユニコルオン。

 っていうかどうしよう。もう私の爆発止まらないんだけど。このままじゃ無駄死になんだけど。


「あ、あわわ……」


 震える私へと、百合の瞳が向けられる。


「お姉ちゃん、こっち見て!」

「へ?」


 百合の言う通りそちらを向くと、紅く光った百合の瞳と目があった。

 目を合わせた瞬間、もうろくに動かない私の身体が硬直し、動かなくなる。発電機関の暴走も、ピタリと止んだ。

 これは……邪眼? でも麻痺や石化というよりは、停止している? 口や目は動かせるがそれ以外の身体は一切動かせず、不思議なことにもう自分でも止められない筈の発電機関すら時を止めたように静かになっている。痺れすらないし、石化もしていない。より高度な拘束……。

 暴走を止めた私へと、ヤクトの背から降りた百合が近づいて来る。私から離脱したユニコルオンはヤクトが警戒して、近寄せない。

 動けない私の頬に手を当て、百合が涙ぐむ。


「お姉ちゃんの、馬鹿。こんなになるまで戦って……」

「ゆ、百合。なんで……」

「通信でお姉ちゃんが出て行った後、現場主任の構成員さんが教えてくれたの。店の中でユニコルオンと戦ってるって。まさかお店が無くなっているとは思わなかったけど……」


 成程。確かに監視室からは店の中で戦っている私たちが良く見えただろう。その姿を見た現場主任君が律儀に総統に報告したと。

 でも、それにしても早すぎる。本部からここまで随分距離がある筈だ。


「なんでここに? 本拠地からじゃあ、無理なんじゃ」

「それに関しては、拙が」


 とヤクトが、ユニコルオンと対峙したまま背中で語る。


「拙はいざという時の為の、高速巡航形態へと変形することが可能です。総統閣下のお命が危ぶまれた際の緊急脱出装置的な位置づけの機能でしたが……まさかこのような形でお役に立てるとは」

「……そうかヤクト、君は……」


 そういえば疑問だった。機械、獣、薔薇、蜂が主戦力だった旧世代の怪人の中で、ヤクトはどれなのか。ヴィオドレッドのように外様の怪人で無いならば、何か。

 その答えは、機械。戦闘形態となったヤクトは、鎧の隙間から蒸気を噴き出していた。一部の装甲を開いて、スラスターらしき部分を露出している。

 機械仕掛けの黒騎士。それがヤクトの本性。


「……お姉ちゃん、悪いけどじっとしてて。すぐに手当て出来るようにするから」


 そう言って百合は私から離れ、ヤクトの背に再び飛び乗る。

 いや、無茶だ。


「百合! 駄目! ユニコルオンは……」

「分かってる。強いってことは」


 私の呼び止めに百合は顔だけ振り返りながら、答える。

 その表情は、私が見たこと無いくらい大人びていた。


「でも、お姉ちゃんが傷付いて、彼がヒーローで、そして私が悪の組織の総統だから。……だから、立ち向かうよ」


 それは、運命を受け入れた顔だった。大きな物を背負う覚悟。……ローゼンクロイツの全てを、真に背負うと決めた覚悟。


「百合っ……!」


 それは、ヒーローが民衆を守ると決めた時と近しい表情だ。私は、あなたにそんな顔をさせない為に戦っていたのに……!


「……ヤクト、お願い」

「はい、総統閣下。この身は元よりその為に」


 百合の声に応え、ヤクトが機械装甲を展開させる。肩の装甲は持ち上がって背中の百合を庇うように変形し、背部の装甲は百合の足場を安定させるように変わる。


「総統は重力で阻害してください。バイザー越しでは邪眼は効果が薄くなってしまいます。攻撃は拙が……」

「いや、私も出来るよ。……こうでしょ?」


 百合がヤクトの言葉にそう答えると、周囲の瓦礫がいくつか浮き、ユニコルオン目掛け殺到した。


「なっ……!」


 それを見たユニコルオンはとっさに飛びのき、躱した。一瞬前まで居た場所に、数多の瓦礫が衝突し新たな山を作る。

 重力操作によって浮かした瓦礫を、反重力で打ち出した? いつの間にこんなコントロールを……。


「……駄目かな? 当たらない?」

「いえ、適当にばらまくだけでも効果はあるでしょう。それと同時に、圧力を」

「うん、分かった」


 百合が頷き、再び瓦礫が宙に舞い上がる。同時にヤクトがスラスターに火を灯した。

 凛とした声で、百合が口上を紡ぐ。


「ローゼンクロイツ総統、百合。その麾下、黒騎士ヤクト。……覚悟は良いか、白騎士よ」

「……総統、か。是非もない」


 私に突き刺さったままのホワイトランサーの代わりに、再度テイルセイバーを取り出すユニコルオン。


「相手にとって、不足なし、だな」

「……閣下」

「うん」


 百合も、腰に佩いたサーベルを抜き、ユニコルオン目掛けて突き付ける。

 ヤクトも、暖機は十分だと機械音を高鳴らせる。


 一瞬の静寂。その後に、少女を乗せた黒騎士と白騎士の身体が交錯する。

 私との対決が比にならないくらいの激しい戦闘が、火ぶたを落とした。






 地を駆け、百合の瓦礫攻撃を避けるユニコルオン。それを追うように、スラスターで機動するヤクト。

 ユニコルオンのテイルセイバーには相手を重力で縛りつける力があるが、百合の重力操作は反重力で相殺することが出来る。逆に、テイルセイバーは反重力を扱うことは出来ない為ユニコルオンの行動は阻害されていた。


「くっ」


 顔を煩わしそうに歪めるユニコルオン。しかしその動きは未だなお機敏だ。百合の重力を受けていても、衰えが見えないほどの速度。

 だが、その速度は瓦礫を避けることとヤクトの追跡を躱すことに消費され反撃に転じる隙は無い。百合の一方的な攻勢だ。

 合間合間に真似だと言わんばかりのユニコルオンの瓦礫投げも、ヤクトの装甲に阻まれ百合には届かない。逆にヤクトが左腕から展開したバルカン砲によって投げられた瞬間を狙い撃たれる。

 ……すごい。やはり重力操作はかなり強力な異能だ。問題は制御することが多過ぎると隙が生まれてしまうことだけど、ヤクトが庇い更に足となって機動戦を演じることによってカバーしている。並大抵の敵ならば、すぐに鎮圧出来ているだろう。

 そう、鎮圧だ。

 瓦礫を避けながら、ユニコルオンが表情を歪める。


「……いたぶっているのか?」

「な、何を?」


 ユニコルオンの言葉に、百合は何の事だか分からずに問い返す。

 テイルセイバーでヤクトの貫手を払いながら、ユニコルオンは怒りを交えて答える。


「狙いが甘い。瓦礫が小さい。圧力がぬるい。殺す気がまるで感じられん」


 ……そう。

 百合の攻撃はどれも強力で、いずれもダメージになりうるポテンシャルを秘めている。しかし、致命傷には成りえない。


「瓦礫を打ち出す出力を俺の首にかければ、簡単にへし折れる。何故それをしない?」

「……っ!」

「手加減か? 舐めた真似を」


 息を飲む百合。憤るユニコルオン。

 ……それはそうだ。なんたって少し前は普通の女子高生。殺す覚悟を決めろという方が無茶だ。

 百合は人を殺せない。今だけではなく、恐らくは一生。

 人の死を目にすることはあるだろう。だが、自らの意思で手を血に汚す事は出来ない。

 手加減なんかじゃない。人を傷つけられない。それこそが百合の限界。


「……うる、さいですっ!!」


 ユニコルオンの言葉に、怒ったかのように出鱈目に瓦礫を連射する百合。しかし本気で怒った訳ではないだろう。恐らくは、見抜かれた焦燥を隠す為の判断。

 だがユニコルオンは見抜く。


「未熟な……少女総統。だが、俺は引く訳にはいかない」


 激しい瓦礫の雨をテイルセイバーと身のこなしで防ぐユニコルオン。

 その瞳は、静かに燃えていた。


「例え相手が無垢であろうと、見逃す訳にはいかない。それは、人々と散っていったヒーローを裏切る行為だ……!」


 ユニコルオンは、勝ち目があるうちは絶対引かないだろう。ヒーローだから。悪には屈しない。

 私と百合はまだ随分綺麗な手をしているが、ローゼンクロイツ自体の歴史は血に塗られている。人々を殺め、ヒーローを倒した。

 恨み、辛み、恐怖……。折り重なった因習は、只人が振り払うことを許さない。

 ローゼンクロイツを更に弱体化させられる今のチャンスを、逃す事は無いだろう。例え少女の命を奪っても。


「……オオォッ!!」

「えっ!?」


 百合が驚いた声を上げる。無理もない。何故ならユニコルオンは瓦礫を無視して百合とヤクトへと突進を始めたのだから。

 当然、瓦礫が体中に当たる。一つ一つは頑丈なスーツに阻まれても、いくつも当たればダメージは通る。ましてや今、身体を覆うホワイトランサーの光の加護は無い。

 それだけでは無い。百合を守る為に、当たり前の帰結として迎撃の選択肢を選んだヤクトによる、機銃の斉射も行われていた。左手のバルカン砲。右手のショットガン。それらはユニコルオンの真白の装束を撃ち抜く強さを秘めていた。

 弾丸が貫通し、白いスーツに紅い花が咲く。一度ならず、二度、三度。

 しかし手に持ったテイルセイバーで、なんと弾丸を弾き返し致命部へのダメージのみは防いでいた。

 だが身体が傷付いていくことに変わりは無い。肩が貫かれ、脇腹を抉られ、罅の入ったバイザーが弾け飛ぶ。

 それでも、一角騎士は止まらなかった。


「ゼリャアアアアアァァァァァァッ!!」


 ついに切迫したヤクトへと放たれた、裂帛の一閃。テイルセイバーはヤクトの装甲を切り裂けず、装甲についたのは僅かな傷のみ。――しかし、ユニコルオンの膂力は尋常では無かった。

 ヤクトの巨体が、吹き飛ばされる。機械の塊が、空を舞う。

 優に三メートルは飛び、ヤクトの躯体は三度バウンドし、地に伏せた。

 いくら装甲でガードしたとはいえ、あの巨体が吹き飛ぶレベルの衝撃だ。内部構造へのダメージが半端ないだろう。つまり人間でいえば内臓破裂。機械ならば死にはしないが、重症には変わりない。

 それを為し得たユニコルオンも、満身創痍だ。今や真っ白だったスーツは血の斑に染まり、バイザーは半分失せ、隠すべき素顔が露わになっていた。

 当然と言えば当然だが、その顔は白馬青年だ。


「ハァ……ハァ……」


 荒い息を吐き、今にも倒れそうなほど血を流した彼は、しかしそれでも立っていた。


「百合っ……!」


 私は思わず声を張り上げた。ヤクトのバウンド。もしアレに巻き込まれていたら、百合は……!

 しかしそれは杞憂に終わった。うつ伏せに倒れたヤクトの背部装甲が開き、中から百合が姿を現した。


「う、っぐ……」


 打ち身はしてしまったようだが、健在だ。五体も欠損していない。

 どうやら、ヤクトが咄嗟に背部装甲で庇ったようだ。自らの内に収納し、落下の衝撃を装甲で防いだ……。だがその分、受け身を正しく取れずその場に倒れ伏してしまった。

 後に残されたのは、盾と足を失った百合。


「……総統。……ローゼンクロイツ、総統……!」

「ひっ……」


 最早鬼気迫るユニコルオンに、短い悲鳴を上げて後ずさる。百合。

 多分もうユニコルオンは瀕死だが、しかして止めを刺す事は百合には出来ないだろう。既にユニコルオンを前に心が折れかけている。

 どうするか。停止したこの身で何が出来るか。


「……待てよ」


 追いつめられたユニコルオンなら……うん。これぐらいはやるだろう。なら、場所は……うん、これは確実だろう。

 後はアイツ(・・・)次第だ。


「さて……シマリス君、恋敵をぶん殴るチャンスをやろうか?」

「是非とも……と言いたいですが流石に総統閣下を優先しますよ」


 私のすぐ隣の瓦礫が持ち上がり、その下から大きなシマリスが顔を出した。






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