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「追い込まれた怪人の、最後の反撃などたかが知れているだろうよ」




 肉片が飛び散り、周囲へと散乱する。

 私の指が瓦礫のシミになり、骨片が炎に焦がされ、皮膚は風に吹かされ塵に混じる。


 ふいに、幼い頃家族と遊園地に行った思い出が頭をよぎった。百合と二人で迷子になって、泣きじゃくる百合を励ます為に、手を握った。

 心細そうな百合が、手を握られた瞬間安心した表情になるのが、姉として誇らしかった。

 ぎゅっと握った左手の感触を、ずっと永遠に忘れたくない。私の大切な思い出の一つ。


 その手は今、この世から消し飛んだ。

 それを一瞥して、痛みに舌打ちをする。


「……ちっ」


 ぼたぼたと流れ落ちる血を堰き止めるため、残っている二の腕のバイオ筋肉を収縮する。本物の筋肉と比べ柔軟性があるのもバイオ筋肉、ひいては獣型怪人の強さの秘密だ。

 止血した私は冷静に現状を把握する。


 まず、私がユニコルオンに与えたダメージはバイザーの罅だ。

 超電磁ソードが光のオーラを突き破って傷を与えることが出来たというのは朗報だ。勝率0%が1%くらいには上がった。快挙である。

 一方で私のダメージは左腕一本。失血のショックなどは、問題なさそうだ。血は減ったが、戦闘に支障があるぐらいじゃない。

 不味いのは発電機構を一つ失ったことか。これは痛手だ。スペックで負けている今、こちらのスペックダウンは下手をすれば致命傷だ。


 戦果は罅一本。損害は左手一本。

 総じてみれば、まぁプラスだ。

 ユニコルオンを傷つけるのに、そんな(・・・)程度の代償(・・・・・)ならば安いものだ。


「……まだ諦めないか。差は歴然であるというのに」

「差? そんなの始めから承知だが」


 ユニコルオンと私の間にある差なぞ、量ることすら億劫になるレベルだ。

 細工を幾重にも張って、その上で物量で押して、そうしてやっと撃退できるか否かという戦力差。

 真正面から殺し合う今の状況では、正直言って力の差は瞭然である。


 が、勝ち目が一切ないということはあり得ない。

 揚げた足を掬って見せるくらいのチャンスは、まだごまんと残されている。

 なら、諦める道理は無い。


 隻腕となった身体でユニコルオンへ振り返る。全身ズタボロで、酷い有り様だ。

 一方のユニコルオンはバイザーの罅以外は煤一つついていない。あの光のオーラは随分と便利そうだ。帰ることが出来たらなんとか解析できないだろうか。

 互いの一撃によって、私たちの少なくない差はさらに開いた。

 私の勝ち目はますます遠のき、ユニコルオンの勝利は一気に近づいた。


 それでもまだ、身体が動く限りは戦える。


 跳躍し、迫るユニコルオンを光忠で受け流す。

 右腕一本では力が足りず、そのまま弾き飛ばされる。空中で姿勢を崩す私へと追い打ちをしかけるユニコルオン。既に左腕を失くした私は、そのまま電磁スラスターで回避することは出来ない。

 仕方なく私は光忠を放り、右手で電磁スラスターを発動した。左で使った以上に慣れない推進力に、私の身体は更にあらぬ方向へ吹っ飛ぶ。

 瓦礫の山に不時着した私へ、ホワイトランサーから放たれた一条の閃光が突き刺さった。

 閃光は私の左ももを貫き、灼いた。


「ぐ、あああああ!!」


 熱が私を苛む。神経ごと吹き飛んだ左腕の痛みより、遥かに痛烈だ。こんなことなら痛覚をカットする改造を受けておけばよかった。

 だが、痛みに悶えている暇は無い。震える右足と痛む左足を無理やり動かし、その場を離脱する。一瞬遅れて、私の居たところに幾本もの閃光が殺到した。逃げ遅れていたら、私はチーズのように穴だらけになってしまっただろう。


「飛び道具が強いのはまったく羨ましい……!」


 私がそう独りごちる。そんな私の愚痴を余所に、ユニコルオンがこちらへと駆けだす。閃光ばかり放っていても仕留めきれないと悟ったのだろう。白い槍、黄金の穂先が舞い、私を狙う。

 この攻撃を避けることは難しくない。回避のしようはいくらでもある。

 だがこのまま避け続けても勝つことは不可能だ。隙を見つけて超電磁ソードを叩き込めればいいのだが、この攻勢では無理だろう。

 ……ここまでだな。そう判断した私は。




 槍の穂先を、その身で受け止めた。




「なっ――!」


 バイザー越しの目が、驚きで見開かれる。ヒーローの驚く表情を見るのは、悪くないな。

 私の脇腹に深々と突き刺さったホワイトランサー柄。それを掴むユニコルオンの手を右手でがっしりと掴んだ。バイオ筋肉の全膂力を、握力に変換する。

 ばしゃりと、私の口から血がこぼれた。流石に血を吐くのは初めての経験か。内臓が傷付かないとあり得ないからな。

 ユニコルオンが驚愕の表情のまま問いかける。


「な、なにを!?」

「追い込まれた怪人の、最後の反撃などたかが知れているだろうよ」


 まぁ、私は怪人モドキなんだが。


「ま、まさか――」


 バチリと、私は薄紫の瞳に紫電を迸らせる。

 その、まさかだよユニコルオン君。


「自爆さ」


 瞳から奔るスパークが、段々と力を増していく。段階的に力を上げているのだ。

 発電機構、試製カンダチmkⅡを暴走させている。限界以上の出力を叩きだし、爆発四散する。それが私の最後にして最強の攻撃手段、自爆だ。

 ユニコルオンは槍を引き抜こうと力を込める。だが腕の機能すらも犠牲にした私の手は振り解けない。ユニコルオンの手首を掴んだまま、固まっている。


「くっ、しかし怪人の自爆程度では――」

「と、思うだろう?」


 それでも余裕をまだ見せるユニコルオンに、私はにたりと笑みを浮かべた。

 確かに数多の怪人と戦ってきたユニコルオンなら、怪人の自爆を受ける機会も多々あっただろう。それを克服し未だこの場に立っているということは、他の怪人の自爆を乗り越えてここにいるということだ。

 しかし、それは生半可な自爆なら、ということだ。


「お前の槍、ホワイトランサーは白い光のエネルギーを相手に注ぎ込んで破壊する最強の槍だ」

「……それがどうした!?」

「ならおかしいのではないか? もうとっくに私は爆発四散している頃だろう?」


 その言葉にハッとなったユニコルオンは、槍の穂先に目を落とす。黄金の角は、私の脇腹に深々と突き刺さっている。


「な、何故……」

「私の発電能力の源、試製カンダチmkⅡは欠陥品でなぁ」


 私は突き刺さる槍の痛みを堪えながら、飄々と嘯く。


「私の生命エネルギーを変換して発電するんだが、実はやり過ぎると私のエネルギー全部を食いつくすまで止まらなくなってしまうんだ。つまり今の状況だな」

「……ホワイトランサーの光すら、喰らっているのか!?」

「私に流し込まれたエネルギーには変わりないからな」


 ホワイトランサーの流し込むエネルギーを受け止めきれず、爆散。それがユニコルオンと対峙した怪人の一番多い死因だ。

 だが逆説的に言えば、エネルギーは一時的とはいえこちらが得られるのだ。聖獣と契約しなければ扱えないエネルギーであっても、吸収し即座に変換すればいい。

 問題なのは、変換しても膨大なエネルギーをチャージできるバッテリーだが、


「この場で吹き飛ぶのであれば溜めこむ必要もあるまい?」


 ここで破壊エネルギーに換えるのであれば、溜める必要はない。


「……だが、発電機構は既に一つ潰した!」

「何のことかね?」

「惚けるな! お前が腕と瞳で電気を作っている事は見通せた!」


 ……流石に経験豊富なユニコルオンだ。お見通しのようだな。

 まぁ確かに電磁スラスターとか腕でしか使わなかったからな。分かる人間には分かってしまうか。

 だが、問題はないんだよねぇ。


「私は三つほど自らに改造を施していてね」

「……何をっ?」

「まぁ聞きたまえ。一つは発電能力。もう一つは筋力強化。最後の一つは、何だと思う?」

「知るかっ! 離せっ!!」

「はははっ、死ぬまで離さんよ」


 もうすぐ死ぬけどね。


「動物というのはよく出来ていてね。内臓を多少患っても他の臓器で代用し命を永らえさせることが可能だ」


 例えば脳だ。失った脳部分が担当していた役割を別の部分が担当し、ある程度であれば脳を失っても物を考えることが出来る。


「それと同じでね、後天的に埋め込んだ体機能を他の身体を使って補えないかと。ウチのマッドサイエンティストは中々クレイジーだ」

「……まさか……」

「そう、内臓を使って発電している。電気を作れる動物がいるんだ、不思議じゃないだろう?」


 私の内臓を、発電器官に変換する。勿論尋常の手段では不可能だ。その代償として私の内臓はその全てのリソースを発電に使用して、それ以外を停止している。詰まる所心臓は今血流をコントロールしていないし肺も片方動いていないから呼吸が困難だしそもそも全身に帯電処理を施している訳ではないから臓器が現在進行形で焼けている。


「今、私はウェルダンだよ」


 槍で脇腹を貫かれた痛み、凄まじい量のエネルギーを注がれる軋み、臓腑を己で焼く苦しみ。その他にも左腕とか左ももとか。いやはや地獄のオンパレードだ。


「何故、そこまで……っ!」


 ユニコルオンが脱出を試みながら驚いている。何故って、そんなの一つだろう。


「私が背負っている物の為だ」


 ここで終わりなら、

 せめて百合の為にお前は片付ける!!


 紫電が、最早眩しいくらいに弾ける。

 私の身体は輝きを帯び、自分でも止めることはもう叶わない。とっくに臨界を越えて久しい。

 ユニコルオンの必死の抵抗に、右腕も千切れかけている。

 だが、最後の一撃はここに成った。


「さぁ、共に散ってもらうぞ!」

「くっそおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 せめてもう少し、百合の為に何かしてあげたかった。

 過酷な運命を背負うことになった彼女に対し、私は何も出来ていない。

 だから、コイツを連れていく。


「いざ、最終(ラスト)紫電(メガ)――」


 私が最期の言葉を残そうとした瞬間、

 それは炎の壁を突き破り現われた。


 漆黒の躯体、人を越える巨体。鋼の甲冑に身を包んだ、炎すら物ともしない忠義の戦士。

 そして背には、見覚えのある少女の姿。




「お姉ちゃーーーーん!!!」




 現われたのは、総統の走狗たる黒騎士、ヤクト。

 そして我が最愛の妹、ローゼンクロイツ今代総統紅葉(あかは)百合だった。






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