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『頂』




 虻蜂連合の縄張りから脱出した、次の日。

 私とヘルガーはガイアフロートでも有数の娯楽施設にいた。悪の巣窟であっても人生を生きる上での楽しみは必要だ。むしろ荒むようなことをしている分、なおさら。

 しかしそこは流石に悪の組織。ならず者共がこの島で鬱憤を晴らせるような享楽というと……。


「ま、殴り合いになる訳だ」


 観客席から見下ろす私たちの視線の先では、二体の怪人が戦っていた。

 片方は牡牛の頭部を持つ筋骨隆々な怪人。武器は無く素手だ。

 もう一方は白色をした形容しがたい怪人だ。蝋を塗り固めて作った不格好な人形にも見える。

 両者の体格は近く、白い怪人の方が若干小さい。それでも常人よりは見上げる程に巨大だが。


 牡牛怪人の拳が唸る。遠くから見ていても破壊力が実感できるその一撃は、人間の身体で受ければ爆発したように飛び散るだろう。それを白色怪人は真正面から受け止めた。

 ドゥンと太鼓を叩いたような腹に響く音が鼓膜を震わせる。衝撃で巻き起こった風が微かに前髪を震わせた。観客席から見下ろす円形の舞台に立つ二人は私から見て豆粒にも似た大きさだ。それだけの距離が離れていても届くほどの衝撃。

 絶大な威力を籠めた拳を受け止めた白色怪人。だがノーダメージとはいかないようで、痺れたように動きを止めていた。その隙を狙って第二撃を叩き込もうとする牡牛怪人。弓を引くように拳を溜め、より強い一撃を放つ構えだ。

 だがそれを放たれるより早く白色怪人は復帰した。掲げられた拳目掛け、口……に見える器官から何かを吐き出した。それは身体のように白い液体だ。粘性を帯びた液体は牡牛怪人の拳に掛かると、たちまち固まった。それこそ蝋が冷えて固まるように。

 構わず牡牛怪人は拳を振り抜く。だが蝋に覆われた拳が白色怪人に命中しても、先程のような打撃は起こらない。どころか、くっついてしまった。観客からおお、と感心の声が上がる。

 狼狽える牡牛怪人。動けない間に白色怪人はぷっぷと唾を吐くように液体を連続して放った。牡牛怪人は蝋に包まれ……完全に動きを止めた。

 その瞬間、ゴングが鳴る。


『勝者! ガイアファミリーのウルグール! ――あぁっ、取り込まないで!』


 決着を告げるアナウンス。それが流れている間にウルグールと呼ばれた白色怪人はそのまま牡牛怪人を身体の中に取り込もうとしていて、慌てて飛び出したスタッフたちが必死に止めている。間抜けな光景だが、観客は決着の歓声に沸いていた。

 それに包まれながら、私は隣のヘルガーに訊いた。


「お前の目から見ても順当な決着か?」

「難しいところだな。俺の見立てだと牡牛怪人の方がパワーが上で勝機は充分だった。パンチを耐えられたのが痛かったな。あれで倒れなかった白色怪人を褒めるべきだろう。大番狂わせとまでは言わないが、まぁ意外な決着ではあったな」

「そうか。やはりギャンブルで安定志向はいかんな。折角の券がパァだ」

「お前……」


 手元の紙切れをビリビリと破く私を見つめるヘルガーの呆れた眼差しを受け止めつつ、私は改めて周囲を見渡した。ガイアフロートの常と言うべきか、人種どころか生物すらかも怪しい連中で溢れている。その混沌具合は市場よりも激しかった。

 ここは闘技場。ガイアフロート東部に存在する、この島最大の娯楽施設だ。


「さて、行くか」


 周りが次の試合に向けてボルテージを高めていく中、私とヘルガーは席を立った。

 観客席を降りて下へと向かう通路を行きつつ雑談を続ける。


「しかし島中の怪人が集まっているだけあってレベルが高そうだな。お前がパワーがあると表したあの牡牛、実際にお前と組み合えばどっちが勝つ?」

「あっちの牡牛だろうな。白色怪人みたいにパンチは数発なら耐えられるが、アイツと違って反撃の手段がないからそのまま殴り殺されかねん」


 つまり、ローゼンクロイツ最高位の怪人であるヘルガーであってもあの闘技場を勝ち抜くのは至難の業ということだ。


「そうか。それは大変だな」


 そんなことを話ながらやってきたのは薄暗い通路の先。電子錠で閉められたドアに向けて私は渡されたカードキーを翳す。

 開かれた扉の先。そこには……幾人もの怪人がいた。

 マンモスのように毛むくじゃらで大柄な巨人。全身が鈍色の鋼鉄で包まれた機械人間。異様な雰囲気を放つ黒い襤褸を纏った如何にもな怪人物。

 だが、ここにいるのが全てではない。控え室(・・・)は、いくつも用意されているのだから。


「全員から勝ち上がらねばならない私たちは」


 そう、私たちは観客ではない。

 怪人たちを相手に戦う、闘士だった。




 ◇ ◇ ◇




 少し時は遡る。

 発端はやはり、宝探しゲームのヒントだった。


『頂』


 ヒントに書かれていたのは、その一文だけだった。


「なんだこれは……」


 支部に持ち帰ってから改めてそれを眺める私は途方に暮れた。何せカードにはそれだけしか文面がなく、そして匂いや手触りにも何の情報もなかったからだ。

 たったのそれだけ。推理もへったくれもない。

 だがしなければこの島が滅茶苦茶になる。だから私とヘルガーとコンラッドは必死に頭を回していた。テーブルを囲みつつ、近くにあるテレビからはとりとめもないニュース番組を流している。気を紛らわせる為だ。

 ヘルガーとコンラッドが意見を交わし合う。


「うーん、単純に考えれば一番高いところ、か? 人工的に作られた物だけど山はあったよな、コンラッド」

「あぁ、私とお前でひーこら言いながら登ったところな。そこの頂上にあると?」

「そうそう」

「だがあの山の頂上には観測所が建てられていた筈。島に近づく異常物体を予め察知するレーダー施設。当然のように重要施設だ。普通に、近づくことが困難だと思うが」

「ヒーローに乗り込まれて、怪盗に潜り込まれてるのに?」

「……それを言われると痛いがな」


 ヘルガーとコンラッドは額を突き合せて話し合うが、有用な情報は大して出てこない。私も似たようなものだ。頂と言われて思いつくものはいくつかあるが、どれもピンとこない。


「「「うーむ……」」」

「お茶入りましたッス!」


 そうこうしている内にお茶くみに言っていたシマリス君が盆に乗ったカップを三つ運んでくる。私たちはそれを受け取りつつ、試しに訊いてみた。


「シマリス君、頂と言われてピンと来るものはないか?」


 シマリス君はあまり頭がよろしくない自覚があるので、ハナから推理を諦めていた。だがひょんな事からとてつもないアイデアが生まれることがあるのを私は重々承知しているので、意見を求めてみた。

 唸りながらシマリス君は言葉を絞り出す。


「うーん、思いつくのはこの島のトップ、ってところッスかねぇ」

「トップか。だがそんなものは不在だ。実質は三つの有力組織による分割統治だからな」


 私もそれは思いついたが、すぐに却下した。ディザスター、虻蜂連合、ガイアファミリー。三つの組織がそれぞれに睨み合っているからこの島の平和は維持されている。どれか一つがトップということはない。強いて言うならこの中ではディザスターが世界的には一番大きいが、ガイアフロートの上という一点においては同等だ。優劣は大してない。

 シマリス君もそれは分かっていたのか言ってみただけのようだ。というか元より全部そのつもりなのか特に落胆も悩みもせず次の意見を出す。


「ならもっと純粋にいくッスか」

「というと?」

「最強! この島で一番強い奴、とか」

「おいおい……」


 それこそ、決められる訳がない。直接ぶつかり合う場所でもなければ……。


『それでは、次のニュースです。今年もこの季節がやってきました、最大規模の武闘大会の開催です』

「ん?」


 そう考えていたら、テレビで流れるアナウンサーの言葉が耳に入った。私が気に掛かって言葉を止めたことで、他三人も注目する。


『闘技場での大会は毎週毎日行なわれていますが今回はその中でも最大のものです。あらゆる組織から選りすぐりの猛者たちが集まるこの大会では毎回レベルの高い名試合が繰り広げられ、ガイアフロート最強が決定すると言っても過言ではありません』


 最強。今し方考えていた単語が告げられる。


『そして優勝者に与えられる賞品は今年も豪華! 協賛と寄付によりこれだけの賞品が授与されます!』


 テレビ画面に画像が映る。そこには言葉通り豪華な金銀財宝、業物な刀剣類や希少な宝石が並べられていた。

 その中に、宝箱が混ざっている。

 見覚えがあった。

 ディザスターの花園で私たちが開けた物だ。


『さぁ、今年の最強、武の頂(・・・)は一体誰なのでしょうか!!』

「「「「これだ」」」」


 その瞬間、私たちの意見は見事に一致した。






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