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「お前は私を庇うって、分かっていたからな」




 蟲たちはまず、二手に別れた。片方はそのまま蟲人間で戦う者たち。そして一方は宙に舞い上がって群れとなった。

 私たちは上空の大群を警戒しながらまずは相変わらず黒づくめの服を着た蟲人間と戦うことになる。


「毒に気をつけろ!」

「分かっている!」


 一度喰らったヘルガーからの警句を受けながら私はサーベルで応戦する。動き自体は、そこまで恐ろしい者では無い。怪人の標準くらいというところだ。それでも私にとっては少々辛い相手ではあるが……。

 問題なのはコイツらの本質が蟲の群れであるということだ。


「はぁっ!」


 サーベル一閃。鋭い刃が黒づくめの衣装を切り裂いた。だがダメージはほとんどなく、そのまま何事も無かったかのように襲い掛かってくる。

 これだ。斬れば十数匹は切り裂ける。だがそれは群れのほんの一部に過ぎない。あくまで人間の姿をしているだけなのだから、胸を切られようが頭を切られようがまったくお構いなしだ。これがやりにくい。

 加えて、更に厄介な要素が付け足されていた。


「!? うおっ」

「ぐっ、ヘルガー!?」


 それぞれに蟲人間を相手していたヘルガーとコンラッドが背中で衝突する。いつの間にか同じところへ追い込まれていたのだ。それを蟲人間を相手にしながら横目に見ていた私は、叫んだ。


「上から来るぞ!」

「! うおおっ!?」


 私の警告を受け取り、ダイブするように飛び退く二人。すると一瞬遅れてそこには、真っ黒な濁流が滝のように降り注いだ。その正体は上空に待機していた蟲の群れだ。退避が遅れていたら二人はあれに飲み込まれていただろう。

 ……コンラッドとヘルガーは明らかに誘い込まれた。そして絶妙なタイミングでの群れの強襲……連携している。それも高度に。

 蟲人間同士の連帯も、先程より隙が少ない。攪乱されて思うように砲撃できないシマリス君が悲鳴を上げる。


「コイツら、動きが妙ッスよ!?」

「妙と言うより……完璧だ。ディザスターの部隊たちより練度が高い」


 訓練された一流の部隊よりも高度な連携。尋常じゃない。

 普通の人間、怪人たちならどうしたってバラつきが出る。それぞれに意思があるからだ。訓練通りに動こうとしても咄嗟に判断に違いは出てしまう。真っ先に動く者、慎重になる者……個性は長所たり得るが、そういう時には足を引っ張る。

 しかしコイツらには、それがない。


「まるで……一人が完全に操っているみたいにな」


 私は蟲人間たちの肉壁、その奥を睨んだ。そこには唯一戦闘に参加しない蟲人間が一人。その腕には金魚鉢を抱え込んでいる。

 その中にいる巨大な蟲、シャッガイ。奴自身は何も動いていないが……先に羽音を操って声を紡いだ芸当を見れば、この状況を奴が生み出しているのは明白だった。

 アイツは、蟲たちを完璧にコントロールできる!


「相手だけチェスみたいなものか……」

「どうするんだ!」

「決まってる……相手の裏を掻くだけだ」


 私は上を見上げた。宙空には蟲の大群が私たちを襲う隙を窺って滞空している。


「シマリス君! 上を目掛けて砲撃しろ!」

「えぇっ!? でも一部を倒しただけで終わっちまいますよ!?」

「いいから!」


 私の念押しに負けたシマリス君が、渋々上へと砲門を向ける。


「どうなっても知らねぇッスから!」


 そう言ってシマリス君は発砲した。火を吹いて上へと打ち上げられる砲弾。それは蟲の群れへと到達し……穴を開けただけで通過した。死んだ蟲は、全体の十%に過ぎないだろう。


「あぁ、やっぱり!」

『グググ、自棄デモ起コシタカ?』


 蟲たちの羽音を使ってわざわざシャッガイは嘲笑してきた。確かに今の攻撃が蟲たちに与えたダメージはほとんどない。


『決着ヲツケテヤロウ』


 途端、蟲人間たちの攻勢が強くなる。シャッガイは私たちが万策尽きたのだと考えたのだろう。勝負を決める気だ。

 黒づくめたちの拳が、蹴りが重い。怒濤の攻撃に私たちは防戦一方に追い込まれる。包囲の内へ内へと押し込まれ……今度は私たち四人が背中を合わせることになった。


「あわわ、どうするんスか!?」

「このままじゃ四人で仲良く喰われちまうぞ!」

「その場合、一番美味そうなのはシマリス君だな……」

「言ってる場合ですか!」


 みんなの顔からは血の気が引いている。だが私に不安はなかった。


「そろそろだな」

『……? 何ヲ言ッテイル?』

「お前は確かに蟲の全てを操ることができるんだろう。驚異的な能力だ……だが、それだけだ」


 私はシャッガイを見つめながら、後ろ手でヘルガーの毛を引っ張った。


「頼むぞ、ヘルガー」

「あぁ?」

「……シャッガイ。お前の敗因は……全部の蟲を攻撃に使ったことだよ」

『何ヲ……何ダ、コノ音ハ?』


 その瞬間、大きな音が響き始めた。ガラガラという壊れるような、何かが……落ちてくるような。

 一同は上を見上げた。バレないよう敢えて見ないようにしていた私も、見た。

 黒雲のように広がる蟲の群れ。だがそれを、突如として無数の鉄骨と鉄塊が突き破った。

 そしてそのまま、ここにいる全員目掛けて降り注ぐ。


「うおおおおっ!?」

「くっ!?」

「ひゃああああっ!!」

『ヌオオオオオオォッ!?』


 凄まじい音と衝撃を伴って降り注ぐ鉄の雨。当然私たちも巻き込まれるが、私だけはヘルガーが抱えて助けてくれる。

 音が鳴り止んだ時、そこには瓦礫の山が築かれていた。


「う……げほっ」


 上に落ちてきた鉄骨を退かし、ヘルガーが立ち上がる。


「いちち……酷ぇ目にあった。おい、無事か」

「私はな」


 ヘルガーの下からにょきっと這い出る私。庇われたおかげで無傷だ。

 すぐ近くから、コンラッドとシマリス君も出てくる。


「っぷはぁっ! あー、死ぬかと思った」

「ふぅ……ビックリしました」

「ローゼンクロイツの怪人はこのくらいじゃ死なないだろ」


 ビルの倒壊に巻き込まれようとローゼンクロイツの怪人は死なない。かつてヘルガーやシマリス君が身を以て体現したことだ。


「だが……それは怪人だけだ」


 瓦礫の山の上に立ち、私は全体を見下ろした。そして目当ての物を見つける。

 そこには割れた金魚鉢と、緑色の体液を流すシャッガイがいた。


『ギ、ギギギ……』


 お供はいない。潰されたようだ。黒づくめの蟲人間も大群も、どこにもいない。数匹が自分の帰るべき群れを見失い虚しく彷徨っているだけだ。

 シャッガイが己の翅を震わせて言葉を紡ぐ。


『ギギィ……貴様、天井ヲ……』

「あぁ、その通りだ。あの時の砲撃で狙ったのは天井だったのさ」


 シマリス君に命じた発砲。あの一撃は蟲の群れを狙ったと見せかけて実は天井を狙った物だった。

 いくら広大な空間と言えど地下である以上は天井が存在する。シマリス君の砲撃はそれをブチ抜いたのだ。するとどうなるかは、まぁ言うまでもない。


「後は追い詰められたフリをして一箇所に集めれば終わりだ。見張りでも残しておけば、一網打尽にはされなかっただろうにな」

「先に言えよ……危ねぇな」

「言わなくても死にはしないだろう」


 数値にすると数トンの瓦礫でも、怪人は死なない。だが蟲は違った。いくら尋常と違っても蟲は蟲。そのほとんどは大量の瓦礫に巻き込まれ、無惨に潰されてしまった。

 蟲と比べて怪人が持っているアドバンテージ。それが丈夫さだった。


「案の定、全員ほぼ無傷じゃないか」

「あのなぁ……俺が言ってるのはお前が危ないってことだよ! 俺が庇わなかったら死んでたぞ!」

「何を今更」


 私が死に瀕したことなど一度や二度じゃないのだ。それに比べれば、この程度は物の数には入らない。

 それに。


「お前は私を庇うって、分かっていたからな」

「……ちっ!」


 そのくらいは、信頼している。

 そう言うとプイとヘルガーはそっぽを向いてしまった。私は苦笑を浮かべながら、シャッガイを見下ろして告げる。


「さて……これで形勢逆転だ。悪いが、ここを漁らせてもらうぞ」

『ギギギ……』


 シャッガイは悔しそうに呻くが、蟲がいなければもう私たちを止める術はない。

 私たちは悠々と本来の目的、ヒント探しを再開した。






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