「お前たちヒーローの敵、ローゼンクロイツの一人の将だ」
光が収まった辺りを見回せば、そこは瓦礫の一面だった。
私たちが居た雑居ビルのみが崩れ、跡形もなくなっている。隣の建物に被害は無い。
しかしガス管か何かに引火したのか、火の手が上がっている放っておけば、大火事になりかねない。
……だが、それよりも前にやることがあるな。
「……生きていたか。しぶといな」
「こっちのセリフでもあるよ。今ので多少疲弊してくれないものか」
私の目の前には無傷で瓦礫の上に立つ白い騎士の姿があった。
手に持っているのは、白い槍だけ。テイルセイバーは収納したか。必要ないということかもしれない。
ユニコルオンと私以外に、立っている人影はいない。
あれだけの破壊力、私が辛うじてであっても立っていられるのは、何故か。
それはこの場にヘルガーが居ないことが何よりの証明だろう。
「仲間に庇われたか。エリザベート・ブリッツ」
「……部下さ。悪の組織に仲間意識なんてある訳ないだろう?」
そう言いながらも、私の胸に痛みが走る。今、私は嘘をついたのかもしれない。彼らへの不義理をしたのかもしれない。
……だが、ここで奴に屈する事の方が、遥かに義理を捨てることになるだろう。
さて、自分の状態のチェックだ。
五体は満足。五感も正常だ。全身に痛みが走っているけれど、動くようなら無視してかまわない。
補助器具が壊れていないのは幸いだ。左足のズボンが大きく裂けベルトが見えているが、動きに支障はなさそうだった。
光忠も、問題ない。手に持った光忠を、一旦鞘に仕舞う。居合いのチャンスがあるかもしれない。
制服が所々焦げ、身体の至る所に打ち身、切り傷。このまま放っておけば、出血などで死ぬだろう。
けど、しばらくは持つ。なら大丈夫。
戦える。それだけ分かれば後はいい。
私はユニコルオンと対峙した。
「やれやれ、ヒーロー様はまったくすさまじい。悪の組織からすれば、それだけの力があるなら自分の為に使えばいいと思ってしまう」
「……背負っている物が違う。俺の背には、たくさんの人たちが居る」
……あぁ、そうだろうな。
多くの人々の願いを背負い、悪意の矢面に立つのがヒーローだ。
彼らは、人の為に立つから強い。彼らは、人の願いを背負えるからこそ、強い。
底抜けに優しくて、だから背負ってしまう。それがヒーロー。
そんな存在が私は好きで、嫌いだ。
不敵な笑みを浮かべて、騎士へと話しかける。
「騎士よ、重くないか? その荷物」
ユニコルオンは、手に持った槍をくるりと回し、答えた。
「重くないさ。重いと思う人間は、だからこそ弱いんだ」
その言葉に、私の中から憤怒の感情が燃え上がる。
ああ、そうだろうとも。その荷物が重いとは思わないからこそ、お前らはヒーローだ。
弱い人間は、群れる。自らの弱さを補うために、組織に属する。
弱い人間は、吠える。自分以外は敵だと、がむしゃらに。
弱い人間は――守る。背負えるだけの荷物を、その小さな背に隠して。
「ああ、そうだ」
強い人は、どこまでも羽ばたいて行く。
そしていつかはイカロスのように、その羽を溶かして死んでいくだろう。
無制限に荷物を増やして、その重みで潰れてしまう。
ヒーローであるユニコルオンも例外ではない。いつかは、ヒーローも死ぬ。もしくは死よりも怖ろしい最後を迎え、消える。
そうは、させない。あの子の背中には何も背負わせない。だから――。
「――だからこそ、私は躊躇しない」
だから、私はお前も、私自身も切り捨てる。
背負えない荷物を全部捨てて、守れる分だけを背に隠す。
私は光忠を抜き、正眼に構える。
居合いよりも、こっちの方がよさそうだ。多過ぎる小細工は不要。
ユニコルオンも槍を腰だめに構える。こっちの抜刀に応える形だ。
瓦礫の間から噴き出る炎に炙られた空気が、私たちの緊張感にピンと張り詰める。
互いから視線を逸らさず、対峙する私たち。
殺気を纏ったまま、私は呟く。
「――私はエリザ。今この瞬間から――」
漠然と、敵対してきたヒーロー。
けれどこれだけの破壊力で、本部に攻め込まれればひとたまりもない。確実に、百合の命を脅かす。
だから、宣誓する。
「お前たちヒーローの敵、ローゼンクロイツの一人の将だ」
もう戻れない。もう戻らない。
覚悟を決めた私の言葉で、ユニコルオンと私は同時に踏み出す。
残像を靡かせながら白き槍が突き出され、
ばらける黒髪を気にする余裕もなく私は辛うじて光忠で受け止める。
舞いあがった炎が、檻のようにビルの跡地を囲い、
決戦のフィールドはここに誕生した。
炎が消える頃に立っているのは、果たしてどちらか。
腕から電磁スラスターを噴かせ、槍の一撃をぎりぎりで避ける。
鋭い一閃。点を穿つ正確さを兼ね備えた刺突は一瞬の油断で容易く命を削り取る。
再び紫電の光を帯びた光忠でユニコルオンを切りつけるが、白いスーツを覆うように展開した薄い光のオーラが私の斬撃を弾き返した。
崩した体勢を電磁スラスターで整え、反撃をかわしながら私は息を吐く。
ユニコルオンの持った白い槍、ホワイトランサーはユニコルオン最強の武器だ。
その能力は、白い光のエネルギーの制御。
我々にとって未知のエネルギーである白い光を操り、おおよそ万能に活躍する武器。それがホワイトランサーだ。
先のメガブラストのように絶大な破壊力を生み、今のように身体に纏って攻撃を弾く。傷付いた体を癒す事も出来るし、汚染された物体を浄化することも可能だ。
ハッキリ言って、チートもいいところである。
しかしその分、ホワイトランサーは迂闊に展開することが出来ない武器だ。白い光の制御には集中力が必要なようで、一般人が居る空間では決して出さない。怪人と対峙した時も、止めを刺す際にのみ使う必殺武器だ。
「ハァッ!!」
「ぐっ!」
薙ぎ払いを、ジャンプして避ける。身動きが取れない空中、狙える位置。すぐにユニコルオンはホワイトランサーを跳ね上げ私を狙う。
電磁スラスターで姿勢を変え光忠で受け止めるが、白い光で強化された膂力に押され吹き飛ばされる。
「っっぐあっ!!」
吹き飛ばされた私は巨大なコンクリートの瓦礫に背を叩きつけられた。どこかの壁だったのだろうか。こうまで崩れてしまえば判別はつかないが。
「……よく抵抗する」
「そりゃそうだ。一刺しであの世逝きだろう? それ」
「聖獣に選ばれれば問題ないぞ」
「無理だろ」
軽口を叩き、再び私に迫ったユニコルオンの一突をかわす。
ユニコルオンのホワイトランサーに刺されれば、白い光のエネルギーを流し込まれ爆発四散する。膨大なエネルギー量に耐えられた怪人は今の所皆無だ。
聖獣――つまりユニコルオンがユニコーンに選ばれたように、聖なる獣に選ばれれば白い光を克服できるというが、そんな高潔な魂を持っている人間は悪の組織に属さない。つまり怪人は皆、ホワイトランサーに耐えられない。
かすっただけでも、光が流し込まれる。流石に突かれた時程の量ではないが、それでも部位破裂程度は覚悟しておくべきだろう。
まったく……私の敵ってそんな相手ばかりだな。
「紫電!!」
左腕から発した雷撃をユニコルオン目掛け飛ばす。
まさしく光の速さで迫る雷を、ユニコルオンは一瞥すらせずその身で受ける。
光のオーラに突き刺さった紫電は、そのまま弾かれ宙に散った。ユニコルオンにダメージは一切ない。
お返しと言わんばかりに、今度はユニコルオンのホワイトランサーが輝き、一条の閃光がこちらに迸る。
補助器具のジャンプ力を生かして素早くかわす。背後にあった瓦礫が融解する音が、耳に届いた。
……差は歴然。それでも逃げられないし、逃げるつもりは無い。
「……超電磁ソード」
右手に握った光忠は、既に紫電の輝きを帯びている。しかし私は更に、
「限界、突破」
紫電を注いだ。
熱量が高まり、名刀といえど融解する恐れが生まれる。しかしその分、威力は上昇する。
どのみち、負ければ手元には残らない刀だ。ここで使い切っても惜しくは無い。
「……武器を犠牲にするか」
「直せるからな」
まぁ、現代の日本刀職人で打ち直せるかどうかは分からないが。
しかし死ねば、その目も生まれない。なら挑戦するしかないだろう。
一層の輝きを放つ紫電剣と、変わらぬ光を湛える白き槍。
劣ること無き力を秘めた武器が再びその刃を重ねる。
腕を捻って死角を狙い、手首を回し弾き、力強い振り下ろしをかわし切る。
一瞬で着いてしまう勝負。その緊張感に吐き出してしまいそうな恐れを胸の中に封じ込め、私は宿敵と競い合う。
互いの技術の粋を尽くし、姑息な騙し合いで欺き合う。
相手を越えるために、使える手札を切っていく。
そして数多の攻防の末、進退極まった私たちはお互いにすれ違いざまの一撃を放った。
一瞬の静寂。
パキン、という音と共にユニコルオンのバイザーに罅が入る。私の剣が光の膜を越え、ユニコルオンに届き得るということを示す証左。
……しかしその代償は軽くないか。
私の左腕は、音を立てて弾け飛んだ。




