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『問ウ。如何ナル目的デコノ地ヘ足ヲ踏ミ入レタ』




「……到着しました」

「ここがプラットフォーム、島の血液を汲み上げる場所か」


 シマリス君の毛を松明代わりにしながら、私たちは目的地に辿り着いた。

 目の前にあるのは巨大な機械だ。全長は百メートルを越えるだろうか。クレーンとポールを幾つも組み合わせた化け物のように大きな機械で、兵器ではないと知っているのに思わず気圧されてしまうような迫力を醸している。これが海底に突き刺さり、石油を汲み上げるプラットフォームの本体。


「今は動いていない……ッスよね」

「ああ。稼働していたら流石に立ち入り禁止だ。ルールだからではなく、単純に危険性で」


 シマリス君の言葉にコンラッドが答えた。確かにそれはそうだろう。これだけの機械が動いたら、端っこに巻き込まれただけでお陀仏だ。怪人と言えどそれは例外では無い。


「ここがまさしく地の底。さて、ヒントはどこか」


 早速ここに来た目的を果たそうとする。巨大な機械を格納している分、空間は広い。整備用のアームやパイプなどもあって入り組んでおり、探すのは中々苦労しそうだ。

 それでも探すだけなら大して時間も掛からなかっただろう。……探すだけなら。


「……ま、そうは問屋が卸さないか」


 わんわんと耳障りな音が響く。私たちしかいなかった空間にどこからともなく黒い煙のような物が沸き立った。それは私たちを囲うように集まって、一部がまたあの黒づくめの服を纏う。蟲の群れ、そして蟲人間たち。虻蜂連合だ。


「そりゃそうだ。ここは虻蜂連合の支配域の中でも最重要部。侵入を許した以上、俺らを生かして帰すつもりは無いだろうさ」


 ヘルガーが私の言葉に答える。それはそうか。

 取り敢えず私は松明を振るって煙を撒き散らした。先程はこれで退散したが……残念。黒づくめは怯んだものの退却まではしなかった。今回は流石に退く気はないらしい。


「決戦、という訳か」


 片手に松明を握り、もう片手でサーベルを抜く。他三人もそれぞれに構えた。

 空気が張り詰める。どうやって火蓋を切るか……それを探る段階になったが、しかし。


『オマエタチガ、ろーぜんくろいつトイウ奴ラカ』


 不気味な声だった。男の物とも女の物とも似つかない、人のようでどこか違う声音だ。あるいは人に無理矢理似せた音声を出力しているだけのような……俗に言う音声読み上げソフトの如き声。

 黒づくめたちを割るようにして出てきたのは、やはり黒づくめ。しかし違うのは、その手の中に金魚鉢のような物を抱えていたことだ。


「なん、だ? デカい蟲……?」

「うぇっ……」


 隣でシマリス君がえずくような声を上げる。だがそうも言いたくなる気持ちも分かった。黒づくめが大切な物のように両手で抱くそのガラス玉の中には、巨大な昆虫が入っていたからだ。

 虻、蜂、そのどちらともつかないフォルムだ。しかし翅や各処に生えた棘などは私の知る既存の昆虫どれとも当てはまらない。ファンタジー、あるいは外宇宙からのエイリアンだと言われれば信じてしまいそうな未知の昆虫。

 しかも、大きい。普通の昆虫と比べてなので人間ほどではないが、それでも小型犬くらいのサイズがある。そんな蟲が現実にいるのを見てしまえば、シマリス君でなくとも生理的嫌悪を抱くだろう。


『一応、名乗ロウカ。我ガ名ハ"シャッガイ"。我ラガ眷属ヲ率イル統率個体デアル』


 不気味な声は金魚鉢の蟲……からではなく、それを抱えた黒づくめから響いていた。だがソイツが喋ってるのかと言うとそうでもない。これは、羽音だ。蟲の羽音を楽器のように鳴らすことで人間の声に似た音階を奏でているのだ。そしてその奏者が、恐らくはこのシャッガイと名乗った者。


『問ウ。如何ナル目的デコノ地ヘ足ヲ踏ミ入レタ』

「な!? ぐ、う……」


 そんな声が、今度は一斉に周りの黒づくめたちから放たれた。五月蠅さに一瞬耳を塞ぐ。だが顔を顰めたのは耳障りなその音よりも、周りから寸分違わず同じ声が発された事実にだった。

 これだけの蟲を、誤差無く完璧に操って音を出した。なるほど、統率個体というのも嘘ではないらしい。奴はきっと、この大量の蟲たちを手足のように扱えるのだろう。

 だが声を掛けてきたと言うことは交渉可能ということ。私はまず、素直に応じた。


「……私はエリザベート・ブリッツ。先程推測したとおりにローゼンクロイツの摂政だ。ここへは怪盗ロランジェの仕掛けてきた宝探しゲームのヒントを求めてやってきた。無断かつ土足で踏み入ってしまったことは申し訳ない。謹んでお詫び申し上げる」


 慇懃に謝罪する。が、構えは解かないままだ。ここで武器を下げるだけの豪胆さは流石に無い。

 シャッガイはガラス玉の中で翅を震わせつつ、答えた。


『アノ巫山戯タ放送カ』

「ご存じだったか。そちらも参加を?」

『フン、馬鹿馬鹿シイ』


 ガイアフロート中が躍起になっている大イベント。それをシャッガイは一蹴した。


『我々ハ外界ニ興味ハナイ。アルノハ心地ヨイ繁殖場ヲ如何ニ維持スルカトイウコトノミ。故ニアノ馬鹿騒ギハ迷惑ナダケダ』

「繁殖場?」

『教エテヤロウ』


 そう言ってシャッガイが語ったことを訳すると、こうだ。

 曰く、彼ら虻蜂連合は進化した昆虫の集合体らしい。一見は虻や蜂に似ているが、実際にはまったく別の新種の昆虫とのことだ。テレパシー能力を備え、生き物に見えるほどの高度な連携が可能らしいが……それはまぁ、充分に味わった。

 問題なのは彼らが肉食(・・)であること。そしてもう一つは、巨大な巣なくしては生存できないことだ。

 テレパシーや数の維持に膨大なカロリーを消費するらしく、特に人肉が好物で人を積極的に襲う。そしてビルに匹敵するほど巨大な巣は動かせない。現代社会にいれば混乱は必至な生物だ。そんな彼らが根付くのに適していたのがガイアフロートという訳だ。

 ガイアフロートなら誰かがいなくなっても日常茶飯事だし、広いから巨大な巣も隠せる。そうして彼らは自分に都合が良い繁殖場を築き上げ……巨大になりすぎた。少なくとも巣の維持の為社会に干渉しなくてはいけないくらいに。

 虻蜂連合はそうして作られた隠れ蓑ということらしい。


『故ニ我ラハろらんじぇトヤラノげーむニ興味ハナイ』

「そういうことか……悪の組織どころかただの動物の群れなのだな。いや、普通とも言い難いが……」

「だがそれなら話は早い。ここでヒントを探させてくれれば俺らは出て行くからな」


 ホッとしたようにヘルガーは言った。さっきコイツは刺されているからな。もう毒は治ったようだが、長居はしたくないのだろう。

 私としてもそれは同じ。虻蜂連合が宝探しに興味が無いのなら、さっさとヒントを探し出して地上に戻れば……。


『……勘違イシテイルヨウダナ』

「えっ?」

『更ニ早イ話ガアルトイウコトダ。我々ハ外界ヘノ興味ハナイ。アルノハ……』


 周囲の黒づくめたちが色めき立つ。いつの間にか、ジリジリと距離を狭める構えを取っている。襲い掛かってくる? だがこちらには松明が……ハッ!


「松明が、消えかかっている!?」


 手にした松明は、もう僅かな燻りを吐き出すだけになっていた。シャッガイとの会話が長すぎて気付かなかった、いや、まさか。


「最初から時間稼ぎが目的で話しかけた……!?」

『先ニ言ッタダロウ。我々ノ興味ハ如何ニ繁殖スルカ。ヨク育ツノニ肝要ナノハ食糧、ツマリ……』


 蟲たちの食事は肉。その中でも人肉を好む。要するに。


「私たちは絶好の……」

『――餌トイウワケダ!』


 蟲たちは一斉に襲い掛かってきた!






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