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「え……のおおぉぉぉっ!?」




 蚊の群れを蚊柱という。黒くなるまで密集した様がまるで柱のようだからだ。ならばこれは、何というべきだろうか。


「蟲でできた人間……!」


 黒づくめの衣装。その下にあったのは夥しいほどの蟲の群れだった。動く煙のように蠢いている。その様は、見ているだけで鳥肌が立つ。


「蟲が人間のフリをしていたのか。どうりで手応えが妙なはずだ」


 生身で無いのならば殴る蹴るが効き辛いのも当たり前だ。電撃も、蟲の一部分にしか感電していなかったのだろう。そこだけの蟲が死んでも手足が生きていれば十全に動ける。効かなかった訳では無く、ごく一部で被害が留まってしまったということだ。

 そして、今も。砲撃のダメージで死んだのはまた一部だけで、残りの蟲たちで動いているのだろう。


「うげぇっ、何だよコイツら……!」


 シマリス君が呻いている。気持ちは分かる。本能的に怖気が走る光景だ。加えて自慢のキャノンが通じなかったのだから、吐き捨てたくなるのも無理はない。

 だがそうも言っていられない。黒づくめたち、もとい蟲たちの敵意はまだ萎んでいないのだから。


「来るぞ!」


 ヘルガーの警告が飛ぶ。蟲たちが再び襲い掛かってきた。焼け残った黒づくめの服を纏ったまま、人型で殴りかかってくる。


「はぁっ!」


 私はサーベルで斬りつけた。……が、効果は無い。空を切るような手応え、というよりその物だ。当たらない!


「あぐっ!」


 肉迫した蟲人間に喉を掴まれ、私は押し倒された。階段に背中を打ち付け激痛が走る。


「が、ぐぅ……」

「エリザ! くっ!」


 ヘルガーが駆けつけようとするが、そちらはそちらで蟲人間の相手をしている。変幻自在の格闘攻撃に戸惑っているようだ。

 自分で何とかするしかない。軋む喉を堪え、私を抑える手を左腕で掴んだ。


「ぐっ……一部にしか、効かなくてもぉっ!」


 放電。義手から発生した雷撃が放出される。蟲の群れの一部しか感電させられなくても、それが掴んでいる手なら。

 蟲人間の手首がクシャリと潰れる。中身の蟲が死んだのだ。蟲人間は私を縊り殺すことを諦め、跳び退った。


「けほっ、けほっ」

「大丈夫ッスか!」

「あぁ……それよりも」


 私は咳き込みながら立ち上がり、左手の中を覗き込んだ。そこには感電死した蟲が転がっている。


「……虻蜂連合とはよく言ったものだな」


 蟲の死骸は、まさしく虻と蜂だった。これが蟲の群れの正体か。


「ど、どういうことッスか?」

「恐らく虻蜂連合は、全員がコイツなんだ。表舞台に出てこない筈だ。蟲じゃ交渉なんてできない」


 謎に包まれた虻蜂連合の正体。それがこの蟲の群れ。確かにこれでは、組織らしい動きなど見せられない。三大組織の一つがまさか蟲とは。


「殺虫剤でも持ってきておくべきだったな……」

「言ってる場合か、ぐっ!?」


 蟲人間を相手にしていたヘルガーが突如腕を抑えて呻く。


「ヘルガー!?」

「刺された……クソッ、毒だな」


 ヘルガーは後退して立ちくらみを起こしたように頭に手を当て崩れ落ちる。毛皮で分かりづらいが心なしか顔色を悪い。


「蜂の仕業か、大丈夫なのか!?」

「あぁ……」


 体調悪そうにするヘルガーだが、またすぐに立ち上がる。


「怪人だからな、毒に対する抵抗力はある。死にはしない。だがその上でこれだけのダメージ……気をつけろ。お前が喰らったらアウトだぞ」

「だろうな……」


 強力な怪人であるヘルガーさえ顔色を悪くしてしまうような毒だ。その時点で普通の毒より数倍凶悪なことが分かる。常人が受ければひとたまりもない。当然、私も。


「くっそぉ、近づくな!」


 距離を詰めに掛かる虻蜂連合に対しシマリス君はキャノンで応戦する。砲撃は確かに命中し蟲群の一部を吹き飛ばすのだが、またすぐに別の蟲たちが失った部位を補い元通りになってしまう。まるで不死身の兵士を相手しているような心地になる。


「これじゃイタチごっこだな」

「どうしようもねぇってことッスかぁ!?」


 シマリス君が悲鳴じみた声を上げた。怯えているのかフサフサの尻尾は丸まっている。……それを見て、私は妙案を思いついた。


「そうは言っていない。……シマリス君」

「はい?」

「ちょっと借りるぞ」


 私はおもむろにシマリス君の尻尾を掴み、サーベルを当てた。


「え、ちょ」

「安心しろ、切りはしない」

「え……のおおぉぉぉっ!?」


 ぞりっ。

 私はサーベルを剃刀代わりに、シマリス君の毛を剃り上げた。すごい量の毛が落ちる。そのままジョリジョリ、ジョリジョリと私は尻尾の毛を刈り取っていく。


「何してんスか、何してんスか!? 俺の自慢の尻尾に何をしてるんスかぁ!?」

「黙っていろ。これが作戦なんだ」

「尻尾を剃るのが作戦ってなんなんスか!?」


 手元が狂うことを怖れているのかシマリス君は動かない。それを良いことに私は容赦無く尻尾を剃り上げる。……やがてシマリス君の見事だったフサフサの尻尾は、惨めなくらい細くなっていた。まるでネズミのように。

 見るも無惨なそれを見てシマリス君は涙を流す。


「う、うぅ……俺の、俺の自慢の尻尾がぁ……」

「後で補填する。さて」


 私は足元を見下ろした。何も、シマリス君をいじめる為に尻尾を削いだ訳では無い。本題はこちらだ。

 階段の上には、掃き集められた落ち葉の如く大量の毛が積もっていた。こっちが目的だ。


「上手くいってくれよ」


 私は義手の指の間で紫電を発生させ、火花を散らす。そしてそれを毛に近づけ、火を着けた。火はあっという間に毛に広がり、焚き火となった。


「あ、あぁ!? 俺の尻尾を剃り上げた挙げ句その毛に火を着けるんスか!? どんな拷問なんスか、俺が何をしたって言うんスかぁ!?」

「うるさいなぁ、流石に悪いと思ってるよ……だが、これが必要なんだ」


 焚き火が燃え大量の煙が発生する。視界を覆うくらい濃い煙だ。もうもうと立ち籠め、すぐ近くにいる私とシマリス君は煙に包まれる。


「ごほっ、ごほっ! け、煙いッス……早く離れた方が……」

「けほっ! ……それは駄目だ。これがいいのだから」

「えっ?」


 キョトンと私を見るシマリス君。だが私の狙いはこれだ。

 そしてそれは上手くいった。虻蜂連合の動きは明らかに悪くなった。たじろぎ、ジリジリと距離を開ける。まるで煙を避けるように近づいてこなくなった。

 それを見た私は笑みを浮かべた。


「やはりな。所詮は蟲、煙は苦手らしい」


 人の形となって襲い来る、しかも強力な毒を持つ虻と蜂。しかし結局は蟲だ。その弱点を克服している訳ではないらしい。蟲の常として、煙は突破できないようだ。私の読みが当たった。

 それを見たヘルガーとコンラッドも煙の傍に来る。虻蜂連合は一気に攻めあぐねた。困惑しているような気配すら伝わってくる。


「さて、これで形勢は逆転だな。煙がある限り奴らは攻撃できない。燃料となる毛ならいくらでもあるしな」

「まさか身体の毛まで!?」

「おい、俺のことも含めてるんじゃないだろうな」


 ヘルガーの顔色が悪いのは、今は毒の所為だけじゃないのだろう。

 怯えるように煙から後ずさり、距離を開けた虻蜂連合。彼らは私たちを囲うようにしばらく対峙し……そして煙が晴れないことを見ると退散していった。地下空間を蟲の群れ、あるいは人型のまま逃げ去っていく。

 どうやら、危機は脱したようだ。


「ふぅー……上手くいったか」

「多大な犠牲の上にな」

「うぅ、俺の尻尾……」


 しくしくと尻尾を抱えて泣き咽ぶシマリス君。だが他に燃やせる物が無かったのだ、仕方ないだろう。


「取り合えず、残った毛を松明にして進もう。また奴らが襲ってこないとも限らないからな。足りなくなったら……」

「おい、こっちを見るな」


 それからの道中、ヘルガーは私とちょっと距離を開けた。






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