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『似姿の蟲共が、地の底にて呻くだろう』




『似姿の蟲共が、地の底にて呻くだろう』


「このヒントは独占していてよかったな……」


 ディザスターとレッドドレイクから逃げ出した次の日、私とヘルガー、そしてコンラッドとシマリス君は地下へと下る階段を降りていた。

 周囲の光景は、鉄筋とパイプで組まれた迷宮のようだった。複雑に入り組んだ階段や梯子の数々がジャングルジムの如く張り巡らされている。とても尋常な建造物には見えないが、この人工島が作られた理由を知れば納得がいく。

 そう、私たちが今いるのはガイアフロートの地下だった。


「今度は香りもない、純粋な文面から推理しなければならない。しかも場所が場所だ」

「あぁ、殺到しての混乱が必至だろうな」


 後ろでヘルガーが頷く。私はヒントが書かれた紙片を懐にしまい、前方で案内をするコンラッドへ話しかけた。


「石油プラットフォームまではまだ掛かるか?」

「何分、入り組んでますので……流石の地下の地図はあまり出回っていません。支部で手に入れられた地図も数年前の物なので、やはりところどころが……あ、すみません。一つ階段を間違えました。登って登って」

「えー、しんど」


 渋々ながらも従い、私たちは階段を引き返す。だがそれも仕方ない。ここは複雑すぎる。そしてそれは意図された物だ。

 何せ私たちが行こうとしているのは石油プラットフォーム。この島の血を作り出す重要臓器の一つなのだから。

 反転した所為で一番前になってしまった殿のシマリス君が嘆息する。


「やっぱ、簡単には辿り着けないッスね」

「そりゃそうだ。襲撃が容易いなら、テロリズムの格好の標的になってしまう……悪の島でテロリズムの心配も、よく分からないが」


 この島を動かす電気を作るのは海底から汲み上げられる石油だ。それを為すプラットフォームは栄養を運ぶ口、あるいは胃袋である。石油を使えるよう加工する地上のコンビナートと相まって、ガイアフロートの必須施設。道を複雑にして侵入を阻む程度は普通にやるだろう。

 だがここに、それを管理する組織の名を含めると一気に不気味さが増す。


「虻蜂連合か。謎に包まれた組織らしい用心だ」


 虻蜂連合。ガイアフロートの西を支配する悪の組織。ディザスター、ガイアファミリーと並んで悪の島を牛耳る巨大組織だ。だが、その他一切のことは知られていない。表にほとんど出てこないのだ。

 諜報の耳を立てても、全然その内情が伝わってこない。名前以外に分かっていることといえば、交渉などで表に出る時は宗教のミサめいた黒づくめの覆面と貫頭服を身につけていること。自ら傘下に下ったいくつかの悪の組織を併合し、二度とその名前が出ることは無くなったこと。そして逆らった者は、内側から食い破られるかのように息絶えていることが多い、ということのみだ。

 謎めいた組織、虻蜂連合。ソイツらが支配する重要施設へ私たちは侵入しようとしていた。


「おっかねぇな」

「だが、ヒントからここ以上の推察はできなかった」


 ヘルガーの言葉に私は肩を竦めて返す。

 私はヒントに書かれた似姿の蟲というのは虻と蜂を示す筈、という推理をした。そして地の底というのは文字通りこのガイアフロートの底……地下を示す。虻蜂連合の支配下で地下にある物といえば、石油プラットフォームだ。なので、私たちはそこを目指している。日を開ければディザスターやヒーローたちに追撃されないとも限らないから、翌日すぐにだ。


「俺もそう思うが……ロランジェも厄介なところを指定したもんだ」

「宝物を得たら流石に一度は顔を出すだろう。その時に文句でも言うさ」


 間違えた階段を登り切り、私たちは再びコンラッドの案内で上り下りを繰り返す。対して違わない景色をあっちへこっちへ。鳴り響く音はカンカンと鉄を叩く靴音だけ。時間感覚や上下の感覚が狂ってしまいそうだ。

 なので私たちは気を紛らわせる為に雑談に興じる。


「そういえばシマリス君、最近の私生活はどうだ? まさか早乙女さんに連絡を取ってたりしないだろうな」

「ギクッ!」

「おいお前……懲りないな」


 再び殿に戻ったシマリス君が大きく跳ねる音が聞こえた。コイツ、また……。

 シマリス君は以前一般人の女性に惚れやらかした経歴がある。その時コイツもかなり痛い目を見たはずだが、まだ懲りていないようだ。


「分かってるのか? お前は悪の組織の怪人なんだぞ?」

「か、怪人が恋したって良いじゃ無いッスかぁ。そういう摂政殿はどうなんですか?」

「私?」

「そうッスよ! 摂政殿の年齢で恋しておかないと一生干物女になっちまいますよ~?」

「余計なお世話だ……」


 恋愛……恋愛、ねぇ。

 私はチラリと背後のヘルガーを振り返った。……なんで私はコイツを見たんだ。何でも無いのに。


「……見られているな」

「うぇっ!?」


 ヘルガーにそう言われ、今度は私の心臓が跳ねた。だがヘルガーが見ているのは私ではなく、周囲だった。

 鼻をヒクつかせ、警戒するように鋼の迷宮を見渡す。


「まずい、囲まれている」


 その言葉で私も戦闘モードへ切り替わった。


「! 数は?」

「多い……だが、具体的な数までは分からねぇ。クソッ、ここは油の臭いが強すぎる」

「プラットフォームが近いことも災いしているのだろうな。お前の鼻は当てにならないか」


 コンラッドが補足する。石油採掘する施設だ、油の臭いも強かろう。だがそれにしても……ヘルガーの警戒を掻い潜って包囲する腕前の持ち主たち、か。


「虻蜂連合……か?」

「その可能性は高いな。俺も戦闘経験はないが」


 階段で立ち止まった私たちは戦闘態勢に入る。ヘルガーとコンラッドはファイティングポーズを。メカシマリス君は両肩のキャノンを。そして私は佩いたサーベルの柄に手を掛け、相手の動向を待つ。

 そして……いきなり数人が鉄パイプの合間から姿を現わし、襲い掛かってきた。


「! このっ!」


 私は紫電を放ち、その内の一体を迎撃する。文字通り雷に打たれたように硬直したソイツはもんどり打って墜落したが、すぐに階段の一つを掴んで復帰してくる。不死身か?

 敵対者たちはあっという間に私たちの前後を塞いでしまった。


「チッ……なんだコイツらは」


 ヘルガーが呻く。私も同じ気持ちだ。すでに不気味だ。

 私たちを囲む奴らは怪しい宗教めいた黒づくめの衣服を身に纏っていた。顔も覆面をして分からない。一応通常の人型の範疇ではあるようだが、先の反応からしても普通の人間ではあり得ないだろう。

 だがその正体はおそらく。


「やぁ、虻蜂連合のみなさん。いきなりな挨拶だな」


 私はそう呼びかける。反応はない。


「……こちらとしてはそちらと事を構えるつもりはない。見逃してくれるのなら、特に害はなく立ち去るつもりなのだが……」


 話しかけても、虻蜂連合らしき連中は何も言わなかった。何の感情も見せず、ジリジリと前後の包囲を狭めてくる。

 交渉は決裂。だがそれにしても……この感情のなさはなんだ?


「エリザ」

「分かっている」


 ヘルガーの呼びかけに頷き、私はサーベルを抜刀した。それを合図に、弾けるようにして黒づくめたちが距離を詰めてくる。

 それを前に出たヘルガーとコンラッドがまず迎撃した。


「オラァッ!」


 ヘルガーの重い一撃が虻蜂連合の一人に突き刺さる。だがソイツは何でもないかのようにヘルガーへ組み付こうとする。痛覚がないのか?


「ぐ、コイツは……!?」


 そして実際に殴ったヘルガーは何か妙な手応えを感じているようだ。顔を顰めている。迫る黒づくめを抑え込もうとするコンラッドも同じだ。


「人、なのか? それにしては……」

「退いてくださいッス!」


 シマリス君がキャノンを構える。狙うは前方。コンラッドのいる側だ。逃走経路を開けるつもりなのだろう。

 シマリス君が狙いをつけたことを察したコンラッドは、絶妙なタイミングで黒づくめを蹴り飛ばし離れる。


「ファイア!」


 発射されるキャノン。爆炎が黒づくめたちを襲い、吹き飛ばす。

 シマリス君は上機嫌に声を上げた。


「はっはぁ! 並みの怪人ならこれで木っ端微塵ッスよ! そうでなくても焼け焦げて……」


 炎に覆われた前方。だが、そこから妙な音が聞こえた。覚えがあるような、耳障りな音が。


「これは?」


 疑問に思うより前に答えが現われる。炎の中から黒づくめが何事もなかったかのように起き上がったのだ。それを見てシマリス君は戦慄した。


「な、なんで……!? 少なくとも普通じゃ起き上がれないほどのダメージの筈じゃ……!」


 不死身。しかしその謎の一片は、すぐに見て取れた。焼け焦げて黒い衣服の一部が破れ、その下が露出しているからだ。

 服の下からは、何か黒い靄のようなものが形を為していた。ヘルガーが目を細める。


「煙か……?」

「いや、違う」


 この、音。誰もが一度は聞いたことがある、本能的に背筋がゾッとするような音。

 これは、羽音だ。


「蟲だ……蟲の、群れだ!」


 謎の虻蜂連合。その片鱗を目撃した瞬間だった。






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― 新着の感想 ―
[一言] ヘルガーは嫌いじゃないけどエリザと恋仲になるのはちょっと
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