『最小の犠牲を以て悪を滅したのだから、それに勝ることは無し』
空から降臨した乱入者に空気が張り詰める。一触即発、にもなろう。何故なら相手はヒーロー。この場にいる全員の天敵なのだから。
「クソ、ここで来るか……!」
小声で悪態をつく。
流石にこれは、私の予想の範疇を超えている。ディザスター相手の展開は大体作戦通りだったが、まさかヒーローが降ってくるなんて。誰が予想出来るもんか。
私は生唾を飲み込み、この場を代表してヒーローへと話しかけた。
「ほう、ヒーローとは。だが生憎私は君の顔を知らなくてね。差し支えなければ教えてくれると助かる」
「……いいだろう」
存外素直に頷き、赤い竜のヒーローは太く巨大な右手の代わりに普通サイズの左手で己を指し示す。
「俺はレッドドレイク」
そう名乗ったレッドドレイクは、自分の顎を示していた親指を胸元のエンブレムへと下げて言葉を続けた。
「偉大なるリーダーレッドカーネル率いる私設ヒーローチーム、『クリムゾン』に所属するヒーローだ」
「っ!!」
思わずその場にいる全員が息を呑んだ。考え得る限り最悪の名前が出てきたからだ。
レッドカーネル。それはアメリカ№1ヒーローチームハンドレッドに所属するヒーローの名前だ。
ハンドレッドのメンバーなら、私たちは対峙したことがある。プライマル・ワン。ハンドレッドのリーダーであり最強のヒーローという称号に最も近い男。真正面から戦わず逃げることを優先した戦いだったが、それでも死にかけるぐらいには強かった。二度と会いたくない奴筆頭だ。
だがそれでも私は、プライマル・ワンの方を歓迎しただろう。
「最悪だな、まさかハンドレッドきっての過激派が出てくるなんて……!」
ヘルガーが隣で唸る。まさに、それだった。
ハンドレッドのサブリーダー、レッドカーネル。元軍人である彼はハンドレッドきっての過激派で有名だった。悪には一切の容赦も妥協もしない。悪人とみれば確実に殲滅し、塵一つ残さない。その過程に民間人を巻き込むとしても、それが最小の犠牲で済むならば迷わず選択する。そんなヒーローだ。
確か昔ニュースで、とある街で悪の組織が暴発させたウイルスでパンデミックが起こった事件が報道された。住民をゾンビにしてしまうウイルスで、感染すれば助からない。即座に閉鎖されたおかげで世界へ広まることは避けられているが、もし感染者が出てきてしまえばどうなるかは火を見るより明らかだ。しかし中にはまだ民間人が残されている……。どう対処するのか、世界中が固唾を呑んで見守っていたのを憶えている。
それをレッドカーネルは、街ごと焼却してしまう解決策をとった。まだ生き残りがいる中で、街を囲うように火を放ったのだ。
結果的にパンデミックは収束。ウイルスは外部へ一切流出することなく全て焼却された。それは英断ではあっただろう。世界を守る選択だ。だが生き残った民間人を巻き添えにしたというのは事実。世界は賛否両論だった。
バッシングを受けたレッドカーネルは、それにこう答えた。
『最小の犠牲を以て悪を滅したのだから、それに勝ることは無し』
当然、世論が更に荒れたのは言うまでもない。
つまり、それだけ過激なヒーローであり、ソイツに率いられるヒーローチームに所属する奴が目の前にいるということだ。それを聞けば、大抵の奴は次のことを連想する。
コイツもまた、同じような思想なのでは?
そしてこうも思う。
民間人を犠牲にすることを厭わない奴らが、悪の巣窟であるこの島の住民に対して遠慮することがあり得るのか? と。
「……きっといざという時は島を沈めるつもりだな……」
実行可能かどうかはさておき、少なくともそういう気概で乗り込んできたのは間違いない。
戦慄する私たちをさておき、レッドドレイクとやらはこちらへ向き直った。
「ヒントとやらを持っているのは、お前だな」
「……さて、なんのことやら」
「惚けても無駄だ。我々は既に宝探しゲームとやらを把握している」
私は渋面を作った。ヒーローたちはロランジェに盗まれたミサイルの発射コードを取り返しにやってきたのだ。宝探しゲームのことを知っていれば、当然参加する。
問題は、素直に渡していいものか。ヒーローが穏便にこの島から去ってくれるというのなら願ったり叶ったりではあるが……。
私は逡巡した。その瞬間だった。
視界の端に、赤い何かが飛来するのが見えた。
「危ねぇ!」
「ぬあっ!?」
「チッ、外したか」
それは飛んできたレッドドレイク本人だった。太い右腕を振りかぶり、皮膜の翼でひっ飛んできたのだ。鉤爪が振るわれ、背後の木が軽々と薙ぎ倒された。恐ろしい剛腕だ。ヘルガーが反応して庇ってくれなかったら危なかった。
私はすかさず抗議した。
「い、いきなり何をする!」
「沈黙は渡さないという意思表示だろう?」
「少し迷っただけだ! 渡さないとは……」
「ああ、別にいいさ。そっちの方が俺たちにとっては都合がいいからな」
「何?」
都合がいい、だと? 発射コードを渡さないことが?
レッドドレイクは何の気負いもなく言う。
「ああ。だってそれなら、大手を振ってお前たちを抹殺できる」
そう、サラリとレッドドレイクはのたまった。
「何だと……」
「本国からは発射コードの回収を最優先と言われていてね。悪の組織は二の次だと言われたんだ。……納得出来ないじゃないか。それで悪を見逃さないといけないなんて」
不機嫌に、まるで母親からの言いつけに異を唱えるかのようにレッドドレイクは唇を尖らせていた。
「折角悪の組織を撲滅できる良い機会なんだ。だから抵抗してくれよ。それなら本国に言い訳も立つだろ」
……悪を盲目的に憎むヒーローといえば、クシャナヒコの配下たちを思い出す。
ただただひたすらに悪を倒せばいいと思い込んでいる連中だった。視野が狭く、周りのことを顧みなかった。いたずらに被害を拡大させたり、民間人を巻き込んだりもしていた。しかしそれはクシャナヒコの魔使に取り憑かれていた所為だ。神の使徒によって意識を歪められ、意のままに操られていたからだ。本人たちの意志では無い。
だがコイツは、違う。レッドドレイクは操られている訳でも、周りが見えなくなっている訳でもなかった。
ただ、折角なのだからなるべく悪を葬りたい。
そういう思考で動いているのだ。
まるで嫌いな害虫を駆除するかの如く。
「……最悪だな、本当に」
発射コードを渡して穏便にこの島から出て行ってもらう?
無理だ。レッドドレイク……そしておそらく、クリムゾン全員に通じない。
何せ奴らは任務にかこつけて、悪の組織を撲滅することが目的なのだから!
「だから最後まで渡さないでくれよ? じゃないと全員を倒せない」
「クソッタレが……!」
戦うしかない。
私は臨戦態勢をとって、左腕から紫電を放射した。真っ直ぐレッドドレイクへと向かっていく雷。だがそれは太い右腕に遮られ、あえなく散った。
「何、感電すらしない!?」
「俺の右腕は特別でね。その鱗はあらゆる攻撃を通さない!」
そしてレッドドレイクは翼を広げ空へと飛び上がった。滞空しながら地上を睥睨し、右腕を構えた。
「ついでにこんなこともできる」
そう言って右腕の鉤爪を広げ、下へと向ける。その掌から迸るのは、炎だ。
レッドドレイクは花畑を囲うように火を放った。紅蓮の炎が草花を焼き、辺り一面を火の海に変えていく。炎の壁に囲まれて、私たちは逃げ道を失った。
「摂政様!」
炎の壁の向こうからコンラッドたちの焦った声が聞こえる。分断もされた!
私たちを見下ろし、レッドドレイクは呟くように言った。
「さあ、悪しき輩から宝を奪い返そうか」
「まったく、最近碌なヒーローに会わないな……!」
ビートショットたちが恋しいぜ。
悪VS正義。幾度も繰り広げられてきた戦いが、この遠きガイアフロートの地でも勃発した。




