『滅びへの道標は、北に昇りし災厄が知っている』
スタジオの外での喧噪が一瞬激しくなったかと思うと潮が引くように遠ざかっていく。どうやら怪人たちの大部分は撤退したようだ。私を追い詰めるよりも、謎を解く方が重要だと判断したようだ。
それは正解だ。何せ宝探しゲームは早い者勝ちだからな。
私の策は単純明快。私だけが抱えるヒントが追われる理由なら、それを公開してしまえばいい。そうすれば追う必要は無くなり、私の持つカードは無価値になる。そうなれば全員が如何に早くヒントを解いて次の謎を見つけられるかの競争だ。私たちにかかずらっている暇はない。
公開したヒントが偽物という可能性はあるが、それも低いとほとんどの組織は考える。何せ私たちはロランジェからカードを受け取った瞬間から追われ続け這々の体でここまで辿り着いたのだ。精巧な偽物を用意する暇なんてないし、中継に詳細な映像解析をすれば本物かどうかは分かる。実際、本物だしな。ここでトリックを用意出来れば私たちにとっても大きくプラスだったんだが……まぁ無い物ねだりをしてもしょうが無い。
しかし取り敢えず、私たちは急場を凌げたようだ。
「ふぃー……」
緊張の糸が切れ、私はスタジオのテーブルの上に崩れ落ちた。そうしていると、入り口で戦っていたヘルガーとコンラッドがやってくる。
私は問う。
「ディザスターの行動部隊は?」
「いなくなったぜ」
「意外だな。彼らくらいは、スタジオに押し入ってくるかもしれないと思っていたのに」
偽物である可能性は低い。だが折角ここまで追い詰めたのだ。ディザスターの奴らくらいはスタジオに侵入して本物かどうか確かめると思ったのだが。
「まぁ、それはヒントがヒントだからだろ」
「ええ、そうですね」
「何? お前たちはアレが何を示すのかもう分かっているのか」
意外に思い、私は眉を上げた。私はまだ、あの謎を解けていない。にも関わらず二人にはもう分かっているようだ。コンラッドはともかく、ヘルガーに抜かされるとは思ってもいなかった。
「ああ。『滅びへの道標は、北に昇りし災厄が知っている』……アレはつまり、ディザスターのことだ。奴ら自分たちが狙われると分かった物だから、慌てて引き上げていったのさ」
「ディザスターだと。いや確かに、ディザスターは災厄の意味だが」
言われてみれば災厄はそうとも取れる。だがすると、北の意味が分からない。
ヘルガーは肩を竦めた。
「お前じゃ分からないさ。だがガイアフロートに少しでも住んでいたなら誰でも分かる」
「ふむ?」
「つまり、ガイアフロートにおけるディザスターの支配地域です」
コンラッドの言われ、私はようやくピンとくる。
「ああ、そういうことか。ディザスターの縄張りが、ガイアフロートの北にあるんだな」
天下のディザスターといえど、ガイアフロートの全域を支配できている訳では無い。だとしたらこの島はディザスターの一強体制だ。そうではなく三つの組織が睨み合っているのだから、ディザスターが実効支配できるのは三分の一。あるいはそれよりもっと小さい地域だけだ。
私の言葉にコンラッドが頷いた。
「ええ。ですので北の災厄とは即ちディザスター。なので私たちを追っていた怪人たちはみんな北の縄張りを目指した、あるいは準備を整えに行ったという訳です」
「準備?」
「私共のような木っ端とは違い、ディザスターは世界に名だたる凶悪な組織ですから……」
「入念な用意をしなければ返り討ちにされるということか。それは私たちにも当て嵌まるな」
これは、一度体勢を立て直す必要があるようだ。
「……支部へ戻るぞ。熱は引いた。もう襲撃もされまい」
私はテーブルの上に置かれた紙片を端末で撮影し、そのままスタジオから立ち去る。後を追ってきたヘルガーが振り返りながら言った。
「おい、ヒントのカードは持っていかなくていいのか」
「ああ。あそこに置いたまま証拠とする。後から確認しにきた輩に支部まで突撃されないようにな」
とにかくこれで、宝探しゲームの参加者は私たち含めて平等になった。
……表向きは、な。
◇ ◇ ◇
「さて、どうする?」
支部に戻って私がソファに腰を下ろした瞬間、ヘルガーはそう問うてきた。正直逃げ惑って疲れたので後回しにしたいが、方策を打ち立てることは実際急務だ。
「その前にガイアフロートの主要施設、後はどこが縄張りなのか教えてくれ」
私はガイアフロートについて詳しい二人に地理を教えてもらうことにした。
心得たコンラッドが地図を持ち出して、テーブルの上に広げる。島と言うにはどこか角張った、そして人工物と言うには無秩序な人工島の全景が描かれていた。
「これがガイアフロートの地図、最新版です」
「紙なんだな」
「悪の組織の連中が好き勝手に地形を変えるので、その情報を逐一知るのも大変なんですよ。なので耳の早い情報屋が地図を作って飯の種にしているんです。紙なのは、その情報を迂闊にクラッカーなどに抜かれないようにする為の防犯措置ですね」
「なるほど」
コンラッドの説明に頷き、私は地図を見下ろした。
島の形は大体菱形に近い。だが島の海岸はガタガタで無秩序だ。尖っているところもあれば丸く凹んでいる場所もある。
「島は今も増築を繰り返しているので、形は一定ではありません」
「大変だな、色々と……それで、北がディザスターの支配地域だったか」
私がそう聞くとコンラッドは地図上にある北の地域を指で丸く示した。
「はい。ここからこの辺りがディザスターの縄張りとなります」
「広いな……流石は天下の大組織さまか。そこにある主要施設は?」
「空港や港などを別としますと、海水から水を作る浄水場でしょうか。海の上に浮かぶ人工島なので、綺麗な真水は必須です」
「怪人はともかく、人間には必要だからな……」
「このように三大組織は島の維持に必要な施設をそれぞれ支配しています。お互いが裏切ったら被害が発生するようにして牽制し合っているのです」
ということは、他二つの組織も同じくらい大事な施設を縄張りに収めているということか。
「ガイアファミリーは?」
「東です。重要施設は発電所」
「虻蜂連合は」
「西です。重要施設は石油プラットフォームとコンビナート。この施設で移動しながら海底油田を採掘することでこの島は絶えず移動を続けているのです」
どちらも重要だ。そして三竦みになっている。
浄水場は電気が無ければ稼働できず、発電所は石油が無ければ動かない。そして石油プラットフォームやコンビナートの工場を動かすには水が必須。うまくできている。これでは互いが互いに裏切れない。
だが私は地域が一つ空いていることに気付いた。
「南は?」
「特定の……大きな組織は支配していません。というより、ほぼ全ての組織がそこを支配できないように睨み合っています」
「何故だ?」
「島を動かすために最重要な装置……推進装置があるからです」
「!」
そうか、推進装置。この島は動き続けることで他国の目を逃れている。それが止まってしまえばどうなるか。想像に難くない。それに一部の組織が行き先を決められてしまえばそれは島の王と言っても過言では無い。だから互いに牽制し合って、誰の物でも無い地域にしているのか。
「つまり南は意図的に作られた空白地帯、という訳か……」
「ちなみに中央部には先程摂政様が繰り出した市場があります。ここも三大組織が大きく干渉しない、中立の地域となっていますね。巨大な組織が介入しないことで経済を賦活させているのです」
「昔は戦場になって焼け野原だったのを考えると、随分発展したもんだ」
うんうんと感慨深げに頷いているヘルガー。悪いが私は昔に浸ることはできない。
頭の中で算盤を叩き、今後の計画を練る。
「……まずは休憩。それから諸々の準備だな。急がなくていい。万全の準備をさせろ」
「はっ……しかしよろしいので?」
「そうだぜ。他のトコに次のヒントが取られちまうぞ」
コンラッドとヘルガーの疑問はもっともだ。グズグズしていると先を越される。
しかし私は落ち着いていた。
「安心しろ、具体的な場所は既に思いついている」
「え? だが、紙片のヒントじゃ北のディザスターが関連していることしか分からなかったぞ?」
ヘルガーは混乱している。確かにそうだ。あの文面ではそれしか分からない。
私は得意げに額を叩いた。
「あのカードにあった情報は、文章だけじゃないということさ」
そう言って私は、指を下へ向かってゆっくりと滑らせた。




