「……それで、宝探しゲームとやらはどんなルールなんだ?」
「か、隠したぁ!?」
ロランジェから告げられた言葉に私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ええ、そうよ」
一方で当の本人は涼しい顔で微笑を浮かべている。喉を潤すためかアイスティーのカップまで手にして、愉快げな様子だ。
まるで童女が悪戯に成功した時のような愛らしいとすら言える笑み。
しかしコイツがこの島のどこかに隠したのは、世界中を大混乱に陥れられるミサイルの発射コードだ。
「ど、どこに!」
「教えないわ。ゲームにならないもの」
「げ、ゲームだと?」
「そう」
カップをテーブルへと戻し、ロランジェは言う。
「ゲームよ、ゲーム。宝探しゲーム。与えられたヒントの謎を解き、このガイアフロートに隠されたお宝を探し当てるの! 素敵だと思わない?」
ロランジェはとてもとても楽しげにそう告げる。確かに、面白そうな催しだ。それが、世界を転覆させられるミサイルを賭けた物で無ければ。
「ミサイルは、賞品代わりだとでもいうのか……」
「そうよ。だってこの島にいる誰もが欲しがるような代物じゃない?」
「ぐ……それは、そうだが」
それには頷かざるを得ない。どんな国でも崩壊へ導けるスイッチなんて、悪の組織の誰もが欲しがる物だ。ミサイルとして直接使わずとも、脅しの道具とするだけで相当な価値がある。このガイアフロートに君臨する三大組織は勿論、零細規模の組織だって喉から手が出るほど欲しいだろう。
賞品としては、最高級品だ。
「そうなればみんながみんな本気になって参加するじゃない? そうなれば大盛り上がりでしょ? アタシも盗んできた甲斐があるってものよ」
「盛り上がるは盛り上がるだろうな……待て、その言い草だと、最初からそのゲームを開催する為に発射コードを盗んだように聞こえるが?」
「ええ、そうよ」
「………」
イカれている。
絶句した私たちに気付いていないように、ロランジェは続けた。
「アタシが怪盗をしている理由、それは楽しいから! 盗むこと、盗まれた相手が慌てふためく様、そして盗んだ物を使って起こした騒動でどう遊ぶか! 面白可笑しく生きるためにこそ、怪盗をしているの。だから今回も、その一環に過ぎないわ」
「狂ってるな……」
理解も共感も出来ない理屈だ。正に快楽犯罪者というのが相応しい。やはり怪盗という奴らは理屈に当てはまらない。
どうやら発射コードをどうにかするには、コイツのゲームに付き合うしかないようだ。
私は座り直して聞いた。
「……それで、宝探しゲームとやらはどんなルールなんだ?」
「あら、参加してくれるのね」
「仕方ない。お前を脅してもいいが……」
そう言ってロランジェを睨み付けてみる。背後の二人も臨戦態勢を取った。歴戦の怪人たちから放たれる、尋常じゃ無い程の殺気がロランジェに向け注がれる。だがそれを受けてもロランジェは、平然としていた。
「……やめだ。逃げられてしまいそうだ」
私は二人を手で制し、それを止めさせた。
余裕過ぎる。構えすらしないとは。つまりロランジェには何か私たちを倒す、あるいはこの場から逃亡する手立てがあるのだろう。そもそも世界的な大怪盗だ。様々な警察機関が総力を上げて追いかけている相手を、無策の私たちが力尽くで捕まえられるかは怪しい。
ロランジェは薄く笑った。
「懸命ね」
「まぁな。では、ルールを聞こうか」
私は話の続きを促した。ロランジェは楽しげに語り始める。
「ルールは簡単。私が出す謎のヒントを解いて、その場所に行く。するとまた別のヒントがあるから、それをまた解いて次の場所へ。それを繰り返して最初にお宝のある場所に辿り着いた人が勝者よ」
「謎解きの連続か……終わりが見えないと辟易しそうだな」
「そう言うと思って、問題は全部で四問に絞ってあるわ」
その四問の謎を解けば、発射コードに辿り着ける。どうやらシンプルなルールのようだ。
「意外と普通だな。愉しむ為だけにわざわざアメリカから発射コードを盗む程だ。もっと凝った何かを用意していると思ったが」
「ふふ。この島で開くこと自体が特殊でしょう?」
「それは確かにな」
悪の組織だらけのこの人工島で開催することそのものが、既に彼女の楽しみということか。だが参加する身としては有り難い。
「エリザ、本当にコイツのゲームに乗るのか」
突然、背後からヘルガーがそう問いかけてきた。
「まぁ、そうなるな」
「だが俺たちの目的は、この怪盗本人を捕まえることでもその発射コードを手にすることでもない。この島に来たというヒーローに対応する為だろう。だとしたら、参加する意義は薄くないか?」
ヘルガーの疑問はもっともだ。私たちの最重要目標はヒーローをこの島から追い出す、ないし退いてもらうことだ。発射コードを手にしたい訳では無い。
だが目標がそちらだとしても、このゲームには参加せざるを得ない。
「ヒーローとの取引。そこにも発射コードは有用だろう?」
「ああ……そうか」
「元々盗品を突っ返してこの島からご退去願うプランはあったんだ。一番穏便だしな。だからロランジェを追跡していたという面もある」
アメリカから盗まれた機密を追ってヒーローがこの島に上陸したのだ。だとするならもっとも平和的な対処法は、その機密を返すこと。今回の場合は発射コードだ。
実際の交渉はそう簡単にはいかないかもしれない。例えば口封じとかな。機密を知ったかもしれない怪人を生かしておく理由はヒーロー側には存在しないだろう。だが、所持していればある程度有利には運べる筈だ。
だから私たちの目標としても、発射コードは確保しておきたい。
そんな私とヘルガーの会話を聞いてロランジェは嬉しそうに手を叩いた。
「やる気のあるチャレンジャーは大歓迎だわ! じゃあ参加するということでいいのね?」
「ああ」
「嬉しいわ。初めての参加者よ。だからご褒美に、これをあげる♪」
そう言ってロランジェは胸元から取り出した一枚のカードを私へ向け投げつけてくる。それを指の間で挟み取りながら、私は問うた。
「これは?」
「最初の謎かけ。宝探しゲームの起点ね。それを解かない限り、何も始まらないわ」
「スタート地点という訳か」
カードに書かれているのは文面だ。……しかし今ここで見ても内容がよく分からない。仮にも謎かけという訳か。
「ちなみにさっき言った通り貴女が初めての参加者だから、それを持っているのは貴女だけ。他の人たちより何歩もリードしていることになるわね」
「それは有り難い。では追いつかれない内に、さっさと謎を解いてしまおうか……」
「できるかしらね?」
「……何?」
ロランジェの不穏な呟きにカードを仕舞う手がピタリと止まる。彼女の方を向くと、部屋のどこかに目線を向けていた。追ってみると、そこには閉じられたクローゼット……いや、よく見ると少しだけ空いている。
「まさか、コンラッド!」
「ハッ!」
命じてコンラッドに開けさせる。するとそこには……カメラ?
「撮影していたのか? だが、何故……」
「少しだけ訂正がいるわね」
疑問を浮かべる私を前にして次にロランジェが手にしたのは、ガイアフロートでも使えるスマホ型の携帯端末だった。
その液晶を、私に向ける。
「撮影、ではなく、放送、が正しいわね」
――そこに映っていたのは、私たち。
カメラを通してみた、リアルタイムの姿だった。
「放送……まさか!?」
告げられた言葉に私は顔を青くする。放送、生放送。だとするなら、私たちの会話は……!
「そう。このガイアフロート、全域に放送されてま~す♪」
「っ!! ヘルガー、コンラッド、急いで脱出するぞ!」
悪戯げなロランジェの笑みを見て、私は勢いよく立ち上がった。全域に放送。それが本当ならば。
何の情報がなくともホテルの特定は容易。ロランジェの顔は全世界的に知られている。機密を本当に盗んだことも、いくつかの組織は既に知っている。
となれば、何が起きるか。答えは明白。
「もうすぐここには、悪の組織どもが殺到する!」
そう叫ぶと同時に、窓の外から強烈なサーチライトが注がれた。




