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「ええ。盗んじゃった☆」




「ごめんなさいね。ワイン以外はアイスティーしかなかったわ」

「お構いなく」


 オレンジ色の髪を靡かせる美女が、私の前のテーブルに紅い液体が並々と注がれたグラスを置いた。それには手を付けず、ソファに身を沈み込ませた私は美女に、ロランジェに問いかける。


「それにしても全世界に指名手配されている大怪盗がよくもこんな高級ホテルを借りられたね」

「あら、ここにいる人たちはみんなそうでしょう?」

「違いない」


 私は肩を竦めた。それを見ながらロランジェは対面のソファに座り、長い足を組んだ。

 今私たちがいるのは、ガイアフロート市街にあるホテルの一室だ。その中でも高級な、俗に言うスイートルームと呼ばれるような部屋。大きな窓から見下ろせる景色は絶景の一言だ。

 日が暮れ始めオレンジの夕日が差し込む中で、私とロランジェは向かい合っていた。


「できれば二人きりがよかったのだけれど」

「勘弁してくれ。こちとらか弱い身の上なのでね」


 私の座るソファの後ろにはヘルガーとコンラッドが立っている。流石に昼間あんなことがあって無防備にはいられない。万が一があれば二人に守ってもらえるが……この怪盗に通じるかは未知数だ。

 市場でロランジェと邂逅した私たちは、そのままロランジェによってこのホテルへ誘われた。自分を追う物を自ら誘い込む行為に私たちは面食らったが、わざわざ情報が得られる機会を逃す訳にはいかない。警戒しつつもその誘いに乗り、今に至る。

 私は余裕を保っている風を装って、グラスを揺らすロランジェに切り出した。


「それで……しがないストーカーに何用かな、世紀の大怪盗さん」

「あら、お上手ね」

「過言ではないだろう。あの巨大国家アメリカから機密を盗み出したという君の腕前を鑑みてみれば、ね」


 まずは私から牽制をする。お前のしでかしたことを知っている、と。しかしロランジェは何処吹く風だ。どうやらその程度の情報が漏れていることは知っているらしい。


「そうね、案外チョロかったわ」

「それはそれは。……追っ手を撒く自信がおありかね?」

「でなければ、怪盗という稼業は務まらないでしょう」

「これもまた、違いない」


 お互いに煙を巻くような言葉。自分たちからの情報は渋り、相手からは最大限吸い上げる。情報戦の基本だ。

 そのセオリーに則れば、このまま迂遠で薄氷の上を踏むような会話が続くだろう。


「それで、何を盗んだのかね」

「そうね。国一つを滅ぼせる爆弾かしら」


 ……しかし怪盗という人種に、それは当てはまらないらしい。


「……なんだって?」


 突如投下された爆弾発言に私は唖然となる。この場合の爆弾は二重にかかっていると言った方がいいのだろうか? いや、それどころじゃない。


「爆弾……? 君が盗んだのは、機密情報じゃないのか?」

「情報と言えば情報ね。何せアタシが頂戴したのは――ミサイルの発射コードだもの」


 それは今まで謎だった、機密情報の答えだった。


「発射、コード?」

「そう。アメリカがユナイト・ガードや様々な組織と共同開発した新兵器、『浸食核反応ミサイル・トールハンマー』。その発射コードよ」


 ロランジェは淀み無く滑らかに答えた。嘘を疑えないほど堂々と。

 後ろの二人も絶句している。混乱する頭を回しつつも私は何とか言葉を絞り出す。


「……そんなの、聞いたこと無い」

「でしょうね。開発されてすぐ、政府が悪用を防ぐべくほとんど封印に近い処置をしたんですもの」


 まるで朝ご飯のメニューのように機密を語るロランジェ。内容が内容だけに、笑い飛ばせない。


「ユナイト・ガードのヒーローが見つけた未知の元素を利用した、彼らにしか作れないミサイルよ。浸食崩壊だとか核融合反応だとかよく分からない理屈で、巨大な爆発を起こす……らしいわ。小難しい話はよく分からなくて」

「……その、爆発の範囲は」


 一番肝心なところを聞き出す。ロランジェは薄く笑い……足元を指差した。


「この島が、全部入るくらい。その上、惑星の上ならどこでも狙えるわ」

「……なんということだ」


 ガイアフロートがすっぽり入るだけの爆発。それだけの範囲なら、大抵の国が大打撃を被ってしまう。小さな国なら丸ごと吹き飛んで、先進国でも首都を狙われれば一溜まりもない。首都機能が丸ごと消滅してしまうだけの大爆発だ。そんな爆弾が、世界中どこにいても狙えるミサイルに乗って飛んでくる。悪夢以外の何物でも無い。


「なんだってそんな代物をアメリカは作ったんだ」

「新しい抑止力にでもしたかったんじゃないかしら。世界最大の国であっても、悪の組織の跳梁は止められていないし」


 それは事実だ。アメリカはかつて最大の武力を持つと言われていたが、悪の組織が跋扈するようになった現代ではその限りではない。世界の警察のお膝元でも、悪の組織はその勢力を広げている。

 ディザスター。このガイアフロートにも支部を持っている世界最大級の悪の組織だ。


「だから手っ取り早く最大級の武力を手元に置こうとしても、不思議じゃないわね」

「そんな物が量産でもされたら、世界は更地になってしまうぞ」

「そうね。でも……そうはならなかった」


 そう言ってロランジェは肩を竦めた。私は訝しんだ。そうはならなかっただと? そういえばさっき、彼女は……封印に近い処置が取られたと言ったか?

 理解の色が私に閃いたとみるや、ロランジェは頷いた。


「そう。さしものアメリカ政府もその力を怖れたの。だから人里離れた基地に、誰も近づけないような細工を施して封印をした。隔離されて、そのミサイル本体をどうこうしようとは誰も物理的にできないほどにね」

「……解体はしなかったのか」

「最高傑作に近いミサイルだもの。壊すのが勿体なかったんでしょうね。それに万が一のことを考えて、発射することだけは可能にしているそうよ。ただしその発射コードは厳密に管理され、大統領でもおいそれと知ることができないようになっているけど」


 ホッと息を吐く。それなら、簡単に打つことは……いや待て。コイツが盗んだのは……。


「そのコードを……お前は……」

「ええ。盗んじゃった☆」

「なんで」

「だって……面白そうだったし」


 ロランジェはペロリと舌を出してあざとく言った。いや、そんな仕草では誤魔化せない程に邪悪だ。国を滅ぼせる手段を、コイツは遊び半分で盗み出してしまったのだ。


「だが、アメリカがそれに気付いたならもうミサイルを打てないようにしてしまえばっ」

「言ったでしょう? 誰にも触れられないような細工がされているって。とある山奥に特設した基地で、自動機械による警備は厳重。更に物理的に到達することすらできないような仕組みになっているそうよ。電子的にも隔離されていて、唯一反応するのが衛星を介して発された発射コードのみ。つまりミサイルをどうこうできるのは発射コードだけなのよ」

「そのコードを変更するとか……」

「無理ね。そのコード自体が可変するようになっているの。一秒ごとにパスが変わって、その変化パターンが記録されているのがアタシの盗んだコードと隔離された発射基地だけ……つまりコードが刻一刻と形を変える鍵で、それとピッタリ合う鍵穴は基地だけにしかないってこと」


 それでは、そのコードを手に入れさえすれば……誰でもミサイルを放てる。そしてそれを止める手段はない、ということか。

 ……とんだ厄ネタだ。


「それを出せ! 今すぐに!」


 私はソファを蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。最早余裕ぶってはいられない。今この瞬間にもコイツの気まぐれでミサイルが発射されてもおかしくないのだ。そうなれば百合がいる場所に発射されてしまうかもしれない。力尽くでも止める必要がある。

 背後のヘルガーとコンラッドも臨戦態勢に入る。そんな私たち三人を見て、ロランジェはなお戯けた態度を崩さなかった。

 そして手を上に挙げ、パッと掌を広げて言う。


「ここには無いわ」

「は?」

「隠しちゃった。……このガイアフロートのどこかに♪」


 ロランジェは、本当に愉しそうにそう言った。






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