「お前はあの頃からそそっかしかったからな」
「なるほど、つまり君たちはガイアファミリーということか」
「そうです……」
テーブルの向かい側には打って変わってしおらしくなった男が座っている。逃げられないよう椅子ごとロープでグルグル巻きにされて。
立場が逆転した私たちは男から所属する組織の情報を引き出していた。その際に渋ったのでヘルガーの腕力で軽く脅したりした。まぁ大人しくなったので助かる。
私は背後のヘルガーとコンラッドに問うた。
「ガイアファミリーってどんな組織だ?」
「その名の通り、ガイアフロートで発生した組織ですね」
「ああ、零細のいくつかの組織が巨大組織に対抗する為に集まって、そしたらその大きさが最大規模まで膨れ上がったことで一躍トップに躍り出た……っつー感じの悪の組織だ。まぁ今はディザスターや虻蜂連合に抜かされて第三位だが」
どうやらガイアファミリーとは複雑な組織らしい。その後のコンラッドの詳しい解説を聞いて私は確信した。
ガイアファミリーは小さな悪の組織が寄り集まって出来た組織だ。群雄割拠のガイアフロートで弱小の悪の組織が生き残るのは難しい。そこでいくつかの悪の組織が手を組み合い、一つの新しい組織を生み出した。それがガイアファミリー。ガイアフロートで生まれた新たな家族。
そうしてできた組織故に主義主張はそれぞれで大きく違い、それが原因でよく内部抗争を繰り広げていたらしい。一時期は解散寸前まで行ったとか。なので組織をいくつかのセル……細胞に分けることで距離を置き、沈静化を図ったという。
セルが違えばシノギも規模も、怪人の質まで何から何まで違うらしい。ヤクザで言う組だ。そうやって分けたことである程度抗争は収まったが、それでも互いに睨み合っている現状は変わらないとのこと。纏まったことで巨大になったのに、それが原因で身内での争いが絶えないとは……なんとも皮肉な話だ。
つまり仕掛けてきたコイツは、そのセルの一つということだ。
「私たちは内偵を担当するセルです。規模はあまり大きくありません。内部のセルを監視したり、逆に外で情報を集めたりするのが仕事です……上位のセルの命令で」
「探偵みたいな物か。そしてロランジェの監視を命じられ、更にその手駒として私たちを運用しようとした……ということだな」
「その通りです……」
「……だからか。巨大組織にも関わらず護衛の質がイマイチだったのは。ピンキリという訳だ」
合点がいった。私たちを脅してここまで連れてきた黒服たち。彼らはコンラッドにあっさりと制圧されてしまった。私たちに万が一があった時の為に待機させていたコンラッドただ一人に。正直言って、弱い。
確かにコンラッドは支部長を任されているだけあってローゼンクロイツ怪人の中では強い方だ。彼はかつては戦闘部門の長であったヘルガーと肩を並べた戦友でもあるのだ。弱い訳がない。だがガイアフローのトップ3に名を連ねる程である一流組織の戦闘員を音もなく制圧できる程かというと……それは疑問だ。
しかし話を聞いて納得がいった。末端のセルなら、弱小の悪の組織と変わらないということか。玉石混淆という奴だな。
「君らガイアファミリーは……というか、上位のセルは何を知っている? ロランジェを追うのはやはりガイアフロートを守る為か? 上陸したヒーローの種別は? 知っていることを全て吐きたまえ」
「ひぃぃ……し、知りません!」
奪った銃を頬にグリグリと擦りつけると、男は叫ぶように言った。
「わ、私たちは末端も末端なんです。構成員も少なく碌な情報は回ってきません。今回の任務も他のセルが掴んだ情報で、私たちはロランジェを追ったり同じくロランジェを追う他の怪しい影の取り調べや取り込みを命じられただけなんですぅ……」
「ちっ、使えないな」
どうやらこちらが求めている情報は持っていないらしい。思った以上に位の低いセルのようだ。下っ端も下っ端だな、この様子は。
「ならロランジェの拠点はどこだ。それぐらいは掴んでいるんだろう?」
「それも分かりませぇん……いつも寸前に撒かれてしまうので……」
「マジで使えないなぁ」
うーん、これ以上情報が出ないならこうしていても仕方ないし……そうだ。
「だったら君らのやろうとしていたことをしよう」
「と、というと……?」
「私たちの傘下に入りたまえ」
「えぇっ!?」
男が目を見開く。そう驚くようなことでもないだろう。そっちがやろうとしていたことだ。
「私たちに逐一情報を提供しろ。ロランジェに関すること、ガイアファミリーに動きもね」
「それは組織に対する裏切り行為です! バレたら殺されてしまいます!」
「だったら今この場で殺される方が好みかい?」
「ひぃぃ……」
まぁそんなつもりは毛頭無いが。そう脅しておく。
隣のヘルガーが牙を剥いて威嚇をしていると、やがて折れたように男は項垂れた。
「分かりました……やらせていただきます……」
「うむ。物わかりが良くて大変助かる」
こうして私たちは、若干の勢力拡大に成功した。
◇ ◇ ◇
「ではコンラッド。監視に付ける人員の選別は任せたぞ」
「はい。承知いたしました。信頼の置ける部下を付けさせていただきます」
すっかり暗くなってしまったガイアフロートの街並みを、コンラッドも交えながら歩く。例のセルの監視役についての話が終わったので、私は別の話題を切り出した。
「しかし不意を突いたとは言え、あの人数を制圧してしまうとは。流石はヘルガーの戦友だな」
相手のセルが実は弱小だったとはいえ、人数差はかなりの物だ。それを簡単にやってのけてしまったのだから、その実力は高い。流石は支部長といったところか。
「いえいえ。私が不意打ちに長けていただけです」
「実際、コイツの暗殺術は大した物だぜ」
謙遜するコンラッドに、ヘルガーが肩を組む。
「闇に乗じて音もなく近づき、後ろからバッサリ。それで何体の怪人を屠ったか数知れねぇ。俺らも何度助けられたことか」
「お前はあの頃からそそっかしかったからな」
ヘルガーの言葉に苦笑して頷くコンラッド。
「お前の部隊が勝手に突撃していってしまって、孤立していたところを助けたのを思い出すよ」
「あぁ、あの時はヤバかったな。中々強ぇ奴らに囲まれて困っていたところを、お前の暗殺部隊が奇襲してくれたおかげで抜け出せたんだったか。あの時助けに来てくれなかったら、俺はともかく部下共をゴリゴリ磨り減らしちまってただろうよ」
「そうだ。私が命の恩人だということを思い出せたか? 感謝して欲しいな」
「バーロー。そしたら俺の方だって何回救ってるか。テメェは俺より遥かに打たれ弱いんだからよぉ」
「フッ、私は思い出せないな」
二人は思い出話に花を咲かせた。ガイアフロートの戦場で色々な経験をしたのだろう。そこには旧知の者のみが共有できる空気感があった。……少しだけ羨ましい。
「流石は生き馬の目を抜くガイアフロートで生き残ってきた精鋭か……む?」
肩を竦めてそう言った時、私は目の前に立ち塞がる人物に気付いた。
「少々お時間よろしいかしら? ……ストーカーさん」
それはオレンジ色の髪を流した、派手な格好の美女だった。彼女が誰なのか私はよく知っている。さっきまで必死に追い求めていた、写真の人物。
「怪盗、ロランジェ?」
「予告状は出していないけれど、どうかしら。アタシに攫われてみない?」
そう言って星の散った瞳をパチンとウィンクしてみせるロランジェ。……日に二回、私は攫われることになるのか?




