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「しかし詳しいな。流石は――古巣か」




「ヘイそこのお姉さん! 違法薬物買わない? 自然派だけどガンギマリするよ!」

「おいおい時代は呪いだぜ? 好きな夢を見れるお香だよ! 他人に悪夢を見せることも可!」

「馬っ鹿が、ヤクよりブツだろう! 超小型反応弾だ。範囲は10㎝だがどんな物でも焼き尽くすぜ?」


 騒がしい喧噪と飛び交う物騒な言葉。売り子はみんな強面で、むしろ人間そのままの顔は少ない。獣に機械によく分からん生物。ありとあらゆる種類の怪人たちがオンパレードしている。実に悪の組織らしい光景じゃないか。

 私とヘルガーは、そんなガイアフロートの市場を練り歩いていた。


「う~んカオス。悪の組織が集まっているって感じがするね」

「あぁ、あちこちで国じゃ一発摘発の違法品がバンバン売られている。警察辺りが見たらショックでひっくり返るだろうな」


 市場で売られている物は当然違法の品だ。そうでない物もなくはないが、需要は少ない。折角法の目を気にしない場所で売れるのだから、違法品を扱った方が儲かるに決まっている。かくいう私たちローゼンクロイツ支部も、ここでの活動は商業活動がメインだ。ローゼンクロイツ製の機材を売ったり逆にガイアフロートでしか手に入らない代物を買ったりしている。我が組織の技術力、その一部はこの島に支えられていると言っても過言ではない。


「お……ここだな」


 並ぶ屋台。その内の一つに目を付ける。手にした写真と見比べながら、私は店主に話しかけた。


「やあ大将。初めまして」

「おう? 確かに初顔だな」


 壺を並べるボロっちい屋台の店主はゾンビ顔をした怪人だった。腐臭が強いのか、鼻のいいヘルガーが顔を顰めている。私は幸いそれ程でもないので、にこやかに問いかけた。


「この女性を見なかったかな?」


 そう言って写真を見せる。そこには怪盗ロランジェがこの屋台の品物を眺めている様が写っていた。


「ああ……コイツかい」


 ゾンビ顔の店主は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「一週間前だな。ウチに来てやたら姦しく話しかけてきたと思ったら、結局何も買わずに行きやがった。五月蠅いだけの冷やかしだったよ」

「そうか。まぁ、買うか買わないかは客の自由だろう……」


 私は試しに壺の一つを開け中を覗き込んだ。白い壺の中にはどす黒く腐ったミミズや虫の死骸がいっぱいに詰まっていた。すぐに蓋を閉じ顔を逸らす。背後のヘルガーが鼻を押さえて涙目になっていた。


「その時に何か気になることでも言っていなかったか? どこに住んでいるとか」

「さぁなぁ。だが、なんかやらかしたってことは察してるぜ」

「ほう? それは何でだ?」

「アンタらみたいに聞き込みに来た奴が他にもいたからだよ。これでもう四件目だぜ。ウンザリだ」


 そう言ってゾンビ顔の店主はもう話すことはないと言わんばかりに手をしっしっと振る。これ以上の情報は出そうにもなかったので、大人しくその場を後にした。ついでにヘルガーも可哀想だったし。

 店から離れ、ようやく鼻から息を吸えるようになったヘルガーが口を開く。


「っぷはぁ! はぁ、酷ぇ臭いだった」

「ホント、色々売ってるな……」

「勘弁してほしいぜ。あんな臭ぇ思いをして空振りとはよ」

「いや、案外そうでもないぞ」


 辟易して言うヘルガーの言葉には反論する。


「あん?」

「この件を嗅ぎ回っている者が他にもいると分かったのは幸いだ。そしてその順位が四番目というのも。怪盗ロランジェを追っているのは少なくとも私たち以外に三人いて、私たちの情報収集能力はその中で四番目。これは大きな情報だ」


 確かにロランジェの情報は手に入らなかったが、それ以外の情報は聞けた。私たち以上の組織、あるいは個人が既に三つもロランジェを追っている。これは今後の大きな判断材料になるだろう。


「ちなみにこの島での最大勢力を上から三つ挙げるとどうなる?」

「ディザスター、虻蜂連合、ガイアファミリーだな。コイツらが安全協定を立案し、ガイアフロート全ての悪の組織に結ばせた。争いがないのだから今もその勢力図は変わっていない。コイツらがTOP3のままだ」

「組織の規模を考えると、それらが先んじていたと考えるのが妥当か」


 もっとも単純な図式で考えれば、私たちの先に来ていた連中がそのTOP3となる。巨大な組織はそれだけ人員が多く、耳が早い。シンプルな人海戦術によって情報をかき集めるだけで、私たちではどう逆立ちしたって追いつけない程の情報量の差が生まれるだろう。マンパワー恐るべし。


「しかし詳しいな。流石は――古巣か」


 そう言ってチラリと見上げると、ヘルガーは懐かしそうな遠い眼差しでガイアフロートの景色を眺めていた。


「ああ……平和になって色々変わっちまってるが、それでもこの空気は同じだ。いつでも寝首を掻こうとする野心が静かに飛び交って、肌がピリピリする空気感。帰ってきた……って感じがするぜ」

「懐かしいか。コンラッドと共に駆け抜けた戦場が」

「だな。郷愁なんて、浮かぶとは思っていなかったが」


 ヘルガーにはかつてガイアフロート支部で戦う前線の兵士だった過去がある。当時のローゼンクロイツは今よりもイケイケで、戦乱の時代にあるガイアフロートで覇権を握ろうと躍起になっていた。使える戦力を片端から送り込み、日夜戦争に明け暮れた。まぁ、それで有能な怪人たちも戦場に消えてしまい、本部の弱体化に繋がって今に至る訳だが……。

 そこでヘルガーは戦果を挙げ、ローゼンクロイツの幹部にまでのし上がったのだ。今はただの私のお付きになってしまったが。

 コンラッドと知り合ったのも、その時だった。同じようにこのガイアフロートで戦う兵士同士だったらしい。二人は共に死戦を潜った戦友なのである。


「流石に気心が知れていたな。この島での生活は長かったのか?」

「いや、三年もいなかったんじゃないか。だがそれまでの人生が全部吹き飛ぶくらい濃密だった。戦争というのはそういう物だからな」

「ふぅん……」


 いくらたくさんの修羅場を潜っている私でも、戦争は流石に経験したことがなかった。だからどんな物か分からない。どれほどイメージしたところで、実際に触れなければその真実を理解は出来ないだろう。戦争とはそういう物だ。


「戻ってきてよかったと思うか? あるいは逆か?」


 故郷に帰ってくる心地なのだろうか。もしくは、もう二度と踏みたくなかったトラウマの地なのだろうか。それさえも私は、想像しか出来ない。

 ヘルガーはそんな私の質問に肩を竦めた。


「さて、な。まぁ俺たちが命がけで取り合った島だ。ヒーローに滅茶苦茶にされるのだけは癪だな」

「ははっ、それはそうか」


 納得する。確かにヒーローには抗ってこその私たち悪の組織だ。

 ヘルガーの言葉に頷き、気を取り直して手にした写真に目を落とす。


「その為にも、怪盗を見つけ出さなきゃな。取り敢えずは写真の背景は全部当たろう」

「ああ。市場の他にもまだ回ってない場所が――」

「……ん? どうした?」


 急にヘルガーからの返事が途切れ、怪訝に思った私はヘルガーを見上げる。固まっていた。視線は固定され、一点を見つめている。


「……いた」

「は?」

「怪盗」


 ヘルガーの視線の先を見る。するとそこには……オレンジの長髪を揺らす女性の背中が。


「……マジか」


 服装も写真通りに派手だった。本当に怪盗ロランジェだ。

 こんなアッサリ見つかるのか!? というか、堂々と出歩いてやがる!

 ロランジェはフラフラと歩きながら、市場の雑踏に紛れ込もうとする。見逃すわけにはいかない。


「追うぞ!」

「ああ!」


 私たちは、ロランジェの背中を追い、尾行を開始した。






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