「挨拶ではない本当の紫電。受け取ってもらおうか」
「ユニ、コルオン……」
白く輝くスーツを身に纏った男を前に、私は息を呑む。
早乙女さんと一緒に居た白馬という男が、ユニコルオンの正体。
不思議な力によってシマリス君の擬態を解き、吹き飛ばした。
壁に叩きつけられたシマリス君は生きているのか死んでいるのか分からない。頭から血を流しているので、重傷なことはほぼ間違いないだろう。
早乙女さんはユニコルオンの背後で何が何だか分からず困惑している様子だし、他の客はいない。今の時間帯、まだオープンしたばかりのウチに客は少ないからな。それが幸いしたのかどうか。みんな逃げたのかも知れないし。
ユニコルオンは私たちに向き直る。
「また会ったな、エリザベート・ブリッツ」
「あぁ、そうだなユニコルオン」
なんてことだ。
たまたま求人を読んでしまった美女の、その友人がよりにもよってユニコルオン?
「偶然、ということかな?」
「そういうことになるな……」
そんな不運があってたまるか。
しかし実際問題私たちの前にはユニコルオンが居る。
策略では無いだろう。もしそうな事務所のもっと深くに侵入するだろうし、そもそもシマリス君が早乙女さんに惚れるという不確定要素が無ければこの店と関わり合いになれない。
それに、当の早乙女さん本人は何が起こっているか分かっていない顔をしている。……あれが演技ならレッドカーペットだな。
「は、白馬君? こ、これって一体……?」
「早乙女さん、申し訳無いけど今すぐこの店から出てくれ」
「え、え?」
「後で説明はする……いつもの喫茶店で会おう」
そう言ってユニコルオンは固まって戸惑っていた早乙女さんの肩を押し店の外に出した。賢明な判断だ。一般人を巻き込むのはヒーローの本意ではないだろう。合流地点の喫茶店の名前を出さないのは追跡を避けるためか。早乙女さんを追われたら守りきれないから。
混乱しながらも店を離脱した早乙女さんを見届けて、私はユニコルオンに語りかける。
「予期せぬエンカウント……っといったところか。この店で休憩していたところに出くわすとはね」
「惚けるなよ。この店はローゼンクロイツのフロント企業なんだろ? あのリスが奥の方から出て来たし、お前たちも従業員専用の扉から出て来た。この店、いやビルはお前たちの拠点の一つか」
ちっ、誤魔化しきれないか……。この事務所は放棄するしかなさそうだ。
この事務所に居る構成員は諜報を専門とした人間が多い。つまり戦闘は不向き。だからこそ強力な怪人であるシマリス君をトップに据えていたのだが……そのシマリス君は一発でノされてしまった。
まともに戦える人材は私とヘルガーだけだろう。
「あーやだやだ。また百合に怒られるよ」
「冗談言ってる場合じゃねぇぞ。本気でやべぇ」
隣のヘルガーが臨戦態勢を取る。
……そうだな。矢面に立たせるイチゴ怪人はおらず、逃走用の煙幕も使えない。そしてなにより、ローゼンクロイツの事務所であるここでユニコルオンが手加減をする理由が無い。
「抜刀!」
ユニコルオンがそう叫び、手の平を翳すと空中から光り輝く柄が生まれた。
ゆっくりとそれを引き抜くと、黄金の刀身が何もない空間から現われる。
「テイルセイバー!」
まるで馬の尻尾を象ったかのような、シミターに似た幅広の刀身の刀がユニコルオンの手に収まった。ユニコルオンの扱う武器の一つ、聖尾黄金刀テイルセイバー。
刀が現われただけで、私たちの体が重くなり、店全体が軋む。テイルセイバーは重力の剣。振るう当人以外の全てを重力で縛る。当然、周囲に一般人が居れば使えないし、建物を傷つけてしまう可能性がある為民間の建物にいる時も使えない。だからショッピングモールでは扱えなかったが、ローゼンクロイツの秘密基地であるこの場所なら存分に振るうことが出来る。
「っ、ヘルガーどうだ?」
「きっつい……がまだ動ける」
私の体も重いが、ヘルガーの方は更に辛そうだ。重力は体重が重ければ重い程のしかかる。私よりもヘルガーの方がかかる負荷が大きい。それでもまだ動けるのはヘルガーの実力が高いのと、単純にテイルセイバーのかける重力があくまで行動に制限をかける程度であるからだ。全く動けなくなる訳じゃない。
だが鈍った動きでユニコルオンの剣撃を躱すのは困難なのは言うまでもないだろう。
「ハァッ!!」
裂帛の息を吐き踏み込んでくるユニコルオンを、私とヘルガーは左右に分かれることで避けた。そのまま反転し、剣を振り終えたユニコルオンをはさみうつ。
右から迫るは私の刀。左からはヘルガーの鉤爪。それらに挟まれたユニコルオンの対応は。
「……サドルシールド!」
新たな武器を呼び出しての迎撃だった。私の光忠をテイルセイバーで受け止め、ヘルガーの攻撃を手に収まった金縁の盾で防ぐ。
「バッシュ!」
ユニコルオンが叫べば、盾から衝撃波が生じた。それはヘルガーの体を吹き飛ばし、テーブルまで弾き飛ばした。
私との一体一。拙いと思った私は鍔迫り合っていた剣を弾き飛ばし距離を取ろうとするが、ユニコルオンはそれを許さない。
「聖騎士甲冑術、回転足払い!」
私の意識の外から、弧を描いてユニコルオンの足が私の足を払った。両足を刈られ、私の体が宙に浮く。
「しまっ」
迫る黄金刀。空中では逃げ場は無い。刀で受け止めても押し切られる。
確殺。ユニコルオンはそう思っただろう。
だが生憎、悪の組織も学習するのさ。
「電磁……」
発電装置が埋まっている部分、その一つである空いた左腕から紫電を発する。濃く、強く、限界量を煮詰めて超電磁を作り上げる。
「スラスター!」
発生した電磁フィールドは私の体をあらぬ方向に吹き飛ばした。結果ユニコルオンの剣は空振り、私は生存を勝ち取った。
その代償として、受け身を取れず地面に叩きつけられる。
「っでぇ!」
「何……? 電磁スラスターだと?」
「まだ制御は出来ないけどね」
そう、私は自身の発電能力を用いて電磁フィールドを作り出し、推進力を作り出すことに成功した。きっかけは言わずもがなビートショットとの交戦経験だ。私はビートショットの扱った力を解析し、そのいくつかを自分の物にしていた。
そもそもの話、ビートショットに喧嘩を売ったのはそれが目的だ。自分と似通った力を持つビートショットとの戦いに学び、雷の力を使った戦闘法を模索する……結果下半身にダメージを負ってしまったがリターンはゼロじゃない。むしろプラスだろう。
尤も、完全には扱えない。そもそも発電能力の出力が違うし、使用する人間の性能も大きな差がある。雷生命体と人間の脳みそでは情報処理能力が違うのだ。だから電磁スラスターも腕からしか使えず、自身を浮かせて空を飛ぶことも出来ない。今みたいに方向を変えるのでやっとだ。
だけど勿論、使えるようになった技はそれだけじゃない。
「さて、本気を見せようか」
私は立ち上がって再び光忠を構えると、その刀身に左手を翳した。
刀紋をなぞるようにゆっくりと動かすと、刀身に紫電の輝きが宿る。
手を離す頃には、刀は光で出来ていると錯覚するほどのエネルギーを纏っていた。
「超電磁ソードだ。電力は及ばないが、刀の切れ味分ブーストされている。……前みたいに余裕で受け止めては、そのまま断ち切ってしまうぞ?」
「成程な……流石は今代の総統に仕える新幹部という訳か」
構え直したユニコルオンと、紫電の刀を正眼に構えた私が対峙する。
「挨拶ではない本当の紫電。受け取ってもらおうか」
「容赦はしない。本気の聖騎士甲冑術を味わって見ろ!」
刀と刀がぶつかり合う。
悪と正義の戦いは更に激化する。




