「やれやれ。いつもとはまったくの逆だね、これは」
「いやぁこれは……流石にヤバすぎでしょ」
道路から聳える巨体を見上げ、槍を構えた伊達男が溜息をついた。その隣では禿頭の男が頷いている。
「うむ。しかしあの呪物にこれほどの力があるとは。なんとしても手に入れておくべきだったな」
「言ってる場合?」
その更に横ではライフルを構えた少年が宙を舞う飛行型エイリアンを狙っていた。発射されたボルトに中核を貫かれ、エイリアンは撃ち落とされていく。
「今のところ僕しか仕事してないけど」
突撃隊長、リーダー、狩人。
彼らこそは、魔術結社アルデバランの幹部たち。憑読島で蝉時雨たちと戦い、そして敗北した面々だった。
「そうだ。ちゃんと働いてもらうぞ」
「分かっている。その代わり……」
「ああ。収容は待ってやってもいい」
そしてそんな三人の背後から現われたのは蝉時雨だ。彼こそが三人を連れてきた張本人であった。
蝉時雨はアルデバランの面々を拘束した車に一度戻り、三人を手伝わせることにした。巨大悪魔に対する人手として。その代わり、ローゼンクロイツの牢獄への収容をやめてやってもいいという条件付きで。
「この働き次第だな。執行猶予も刑期もな」
「やれやれ。これならむしろさっさとぶち込まれた方が良かったんじゃないかねぇ」
「あるいは今から逃げ出す、とか」
「それならそれで僕は構わないぞ。可愛い部下たちがどうなってもいいのなら」
ヒュンと槍を回し振り心地を確かめる突撃隊長。彼の魔道具も装備も、既に返却済みだ。戦闘能力は十全。その気になれば、ここから逃げ出すことだって出来るくらいだ。
それをしないのは、この場にいない自らの部下の為である。
「部下含めて全員分の刑期だ。しっかり働いてもらわないと返済出来ないからそのつもりで」
「あくどいねぇ。流石は悪の組織」
「仕方あるまい」
部下たちは今頃、ローゼンクロイツの構成員に確保されているだろう。彼らが組織の手中にある内は無茶は出来ない。言ってしまえば人質だ。
幹部が逃げ出せたところで部下がいなければ結社は存続できない。なので幹部たちは蝉時雨の言うことを聞くしかなかった。
「……来るぞ」
リーダーが上を見上げる。撃ち落とされる飛行型エイリアンを見て、その原因である狩人に目標を切り替えたのだ。そしてエイリアンの群れの一部が直接狩人を狙って迫り来る。
「来たよ。突撃隊長よろしく」
「はいはい。お坊ちゃまは気楽で良いねぇ」
肉迫するエイリアンを貫いたのは突撃隊長の槍の穂先だった。黄色い膿のような体液を撒き散らし、一匹一匹丁寧に絶命させていく。分裂して難を逃れようとする個体もいたが、突撃隊長の槍の鋭さはそれを許さなかった。小さくなって増えてもなお、神速の槍は的確に貫いていく。
「突撃と噛みつきしか能がねぇから楽でいいや」
「……いや、そうでもないらしいぞ」
余裕そうに笑う突撃隊長の隣で、油断なく上を見上げるリーダーがそう言った。事実、巨大悪魔はまだこちらを睨み付けたままだ。
そして悪魔の瞳が輝く。すると、周囲に円形の記号が浮かんだ。
それを見た一同の顔色が変わる。
「! 魔法だって!?」
それは魔法陣だった。蝉時雨たち魔術師が使う魔術よりも高度な術式、魔法。それを巨大悪魔は使おうとしている。
「なんだってそんなことをあんな化け物が!」
「……悪魔ならおかしくはない。悪魔だからな」
悪態をつく突撃隊長の横でリーダーが得心顔で頷く。並んだ人物の中で唯一冷静なのは彼だけだった。
「いやリーダー! あんなのを捌くのは、いくら俺でも無理だぜ!?」
「安心しろ。我がいるだろう」
魔法の威力は魔術とは桁違いだ。いくら戦闘が得意な突撃隊長でも受けられない。それでもリーダーは余裕の態度を崩さなかった。
そして魔法が発動する。現われたのは雷。天から落ちる落雷の如き光が、蝉時雨とアルデバランたちを目掛け降り注いだ。
四人は肉体的にはほとんど常人に近い。少なくとも魔法の雷に撃ち抜かれれば黒焦げではすまないだろう。魔術の障壁もどれほど役に立つか。それでも、リーダーは慌てなかった。
「……フン」
赤い瞳を光らせる。それだけで、一行を貫かんとする雷は幻のように掻き消えた。
「おお……僕たちの時に使った奴か」
雷が届かなかった安堵の溜息を蝉時雨は吐いた。リーダーの邪眼。魔法魔術を打ち消すそれに蝉時雨は苦しめられたが、味方となれば対魔法でこれほどまでに心強いものもない。
「まだ安心するな。魔法以外には無力だからな」
「それもそうか。だが、時間さえ稼げれば」
蝉時雨は上空を見上げる。巨大悪魔の頭を追い越して、更にその上。百合とはやてだ。
飛行型エイリアンに群がられていた彼女たちだが、狩人の狙撃によって数が減ったことで既にフリーとなっていた。
そうなれば、魔法が使える。探知の魔法が。
「――はぁっ!」
はやては展開した魔法陣から淡い光の波動を放つ。波動は巨大悪魔に染み入るように降り注ぎ、その巨体を伝っていく。
そしてその一部が、何かが引っかかったように仄かに輝いた。
「見つけた!」
光ったのは二つ。頭と胸だ。
「頭に個別の生命反応、胸には魔道具がある!」
「……なるほど。エイリアンは身体に、悪魔は魔力となって全身に張り巡らされているとするなら、その個別の生命反応は十中八九人間だな。そして当然、胸の魔道具は……」
「呪物、だな」
はやての報告を聞いた蝉時雨の推測に、アルデバランの一行が瞳をキラリと輝かせる。それを油断ならないと呆れた眼差しで見ながら、蝉時雨は通信機で己の推理を全員へ報告する。
「呪物を狙い撃て! 三者を結びつけているのは間違いなく呪物だ。ソイツを破壊すれば奴らの結合は解けて、元通りになる筈だ!」
『つまり胸を急所と捉えればよいと。大変分かりやすいです』
メアリアードからの了承の声。それが伝播し、一同の動きが希望を持ったものに変わり始める。頭を避けて、胸に最大火力を叩き込む。全員がその為に動き出した。
「よし。僕たちは引き続き地上から援護を続ける。特に総統閣下とはやての護衛を――」
「……なぁ、おい」
蝉時雨の指示を遮り突撃隊長が言葉を発する。どこか怯えた音を伴っていたそれを聞き咎め、蝉時雨は訝しんだ。
「なんだ?」
「アイツ、まだこっちをジッとみてねぇか?」
「何?」
釣られて上を見る。確かに、巨大悪魔は蝉時雨たちを見ていた。食い入るように、目を逸らさず。
まだ邪魔者とみているのか。いやそれにしては静かすぎる。まるで――立ち聞きでもしているような。
「……まさか、」
ピンと思い至ってしまう蝉時雨。それは悪い想像だった。
「全部、聞かれているのか?」
その瞬間、ズズと足元で何かが這いずる音を聞いた。
「っ! 突撃隊長!」
「え、ハァッ!」
蝉時雨に指差され、突撃隊長は槍で地面を突き刺す。一見何の変哲もない路面に見えたが、槍で貫かれたところから黄色い膿が染み出したことでそこに何かがいることが明らかになる。
「エイリアン! 魔法で姿を消していたのか!?」
「ィィ……」
動かなくなったことで魔法が解けたエイリアンは姿を現わす。コイツは足元に潜んでいた。蝉時雨の声が聞こえる距離に。即ち、さっきまでの会話は、筒抜けだ。
「まずい、弱点を知ったことがバレた。ならアイツは――!」
『グオオオォギイィィィーー!!』
巨大悪魔が雄叫びを上げる。そしてそれに呼応するように、周囲に多くの魔法陣が生まれた。その数は、百に届くほどだ。
「暴れ回るぞ!」
『ギャアアアァギギイィィィーー!!』
叫びと共に魔法陣から無数の雷が放たれる。弱点を知られた巨大悪魔は最早なりふり構ってはいられなかった。急所を狙われないよう滅茶苦茶に暴れ回り、破壊の嵐を撒き散らす。ビルが、道路が、雷に打たれ砕け散る。
当然、蝉時雨たちも巻き込まれた。
「うわあぁぁっ!」
「クッ!」
すかさず邪眼で打ち消すリーダーだが、数が多すぎる。その上、雷が向かうのは蝉時雨たちにだけではない。
「危ない狛來! ぐ!?」
「じゃ、ジャンシアヌさん!」
同じく地上で戦っていたジャンシアヌは、狛來を庇って雷を背中に受ける。植物の鎧に守られて致命傷には至らないが、足が止まってしまう。
『うおわわわわっ!?』
どこかで工作しているコールスローも例外ではない。通信越しだが、迫る雷撃に焦っている声が聞こえた。
そしてまずいのは、上空だ。
「きゃっ!」
「百合、こっち!」
空の上は逃げ場がない。そして巨大悪魔は二人を最大の脅威と認めたのか、雷魔法の多くを二人目掛けて放っていた。幾条の雷に襲われ、逃げ惑う百合とはやて。両者共に障壁などの防御はあるが、それも魔法相手ではどれほど役に立つか分からない。
そして避けきれない一条が二人へ迫る。
「やばっ」
「はやてちゃんっ!」
庇い合い、ぎゅっと目を瞑る二人。しかし、想像していた電撃はいつまで経っても身を貫かなかった。
恐る恐る、目を開ける。
「やれやれ。いつもとはまったくの逆だね、これは」
そこにいたのは雷で雷を打ち消す、軍服風の衣装を翻した一人の女性の姿だった。
「お、」
見覚えのある、ともすれば世界で一番知っている背中を見て百合は絶句する。いつだって見てきたそれは――
「お姉ちゃん!」
姉にして摂政、紅葉エリザことエリザベート・ブリッツだったのだから。
「帰ったら久々に私からのお説教だからね、百合?」




