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「ククク、終わりだな」




「――五時に、一番高い木の下で」


 美月が僕に告げたのは、そのようなことだった。

 それは、端から聞けば――


「ハッ、逃げの相談か! もう諦めたと見えるな!」


 そう、この場から逃げて、落ち合う場所を決めているようにしか聞こえない。ある種の敗北宣言。

 事実僕はその言葉を受けてハッと顔を上げると、入り口へ向かって走る仕草を見せた。


「逃がすか!」


 だが話を聞いてしまえば、みすみす逃亡を許す道理も無い。アルデバランのリーダーが洞窟の入り口へ向かって手を翳した。


「『手を結ぶ砂たちよ、その手を離し身を委ねよ』!」


 呪文。恐らくは服の下に隠した何らかの触媒を代償に魔術を発動した。

 変化は明白だった。入り口上の天井に罅が入り、ガラガラと崩れ始める。


「くっ!?」

「ハハハ! これで逃げられまい!」


 瓦礫に行く手を阻まれ僕は足を止める。逃げ道を塞がれてしまった。

 これで僕を無力化出来たと判断したリーダーは、再び美月へ注意を戻す。


「さて、後はお前たちを料理すればこの場は終いだ」

「……どうかしらね」


 そう言って美月は背後にイザヤを出現させた。巨蝶が羽ばたけば、球になって浮いていたインクの一部が流動しリング状になって美月を囲った。イザヤの能力の一つ、インクの操作だ。映し身を作らずに直接インクを操って戦う。それならば確かに、少ないインクでも戦えるが。


「見るからに窮地といったところだなァ!」


 好機と見たリーダーが攻勢を仕掛ける。

 確かに戦闘が得意そうで無い美月が直接戦う意を見せれば、最後のあがきのように見えてしまう。


「『火よ、矢となりて敵を討て』!」


 いくつもの火矢が飛ぶ。ショットガンの弾丸のように放たれたそれを、美月はインクのリングで受け止めた。リングは火矢を防ぎきったが、液体が蒸発するジュワッという音が洞窟内に鳴り響く。


「フハハッ、既にピンチだな」

「くっ」


 インクが全部蒸発してしまえば、美月のガードは無くなってしまう。底が見えたと言わんばかりにリーダーは一気に攻め立てた。


「『火よ、火よ、火よ』!!」


 省略、そして連続詠唱。高度な魔術師で無ければ許されない振る舞いだ。

 パチンパチンとリーダーが指を鳴らす度、火矢が生まれる。それは今までとは比べものにならない程の数だった。十、五十、いや、百を越える。


「ハッ、受けてみろ!」


 そして充分な数の火矢が揃ったところで、それらが一斉に飛来する。


「ぐうぅっ!」


 自らに迫る火矢を見て美月は躱そうと駆け出すが、魔術で作られた火矢は術者の意図をある程度汲んでしまう。即ち、少しなら追って曲がるのだ。

 ほとんどの火矢が美月を追尾して黒いリングに着弾する。


「っ、ああっ!」


 蒸発して発生した蒸気が美月の顔に吹き掛かる。だがそれを気にしている暇も無いという風に、火矢は殺到した。

 それでもその圏外から少しでも抜け出そうとした美月は足を止めず走るが、やがてそれも止まってしまった。

 身を守っていたインクが尽きてしまったのだ。


「はぁ、はぁ……」

「ククク、終わりだな」


 己の勝利を確信し、酷薄な笑みを浮かべるリーダー。


「だが珍しい力を持つ娘だな」


 勝利を目前として余裕が生まれたのか、美月の背に浮かぶイザヤを眺めてそう呟いた。


「貴重な品を採掘することを生業とする我らとしては惜しい人材だ。どうかね、投降して我らの元へ来ないかね?」

「はぁ、はぁ……不思議な力、ね」


 全力疾走した上に直近で熱い蒸気を浴びた美月は息も絶え絶えだ。それでも闘志は失わず、気丈に禿頭の男を睨み付ける。


「そうだとも。それ程の力、我が元で役立てたまえ。ローゼンクロイツなど、裏切ってね」

「……じゃあ、一つ確認」

「ん?」

「貴方が把握してる、この子の能力って何?」


 自らを誘うリーダーに対し、美月は背後のイザヤを指差しそう言った。首を傾げながらもリーダーはその質問に答える。


「ふむ、そうだな。知っている対象の複製、といったところか。名の知れたヒーローを作らなかった辺り知人で無ければならないなどの制限がありそうだ。次弾を作らなかったところからして、強力な存在ほどインクを消耗してしまうのかな」

「ふふっ、すごい。大体正解。でも、少しだけ馬鹿ね」

「……何?」


 リーダーが眉根を上げる。罵倒されたことよりも、この期に及んで不敵な態度を崩さない美月への疑問によって。

 微笑を消さない美月はその答えを口にした。


「私がインクを使わなかったのは貴方の言う通り、知り合い以外はインクを消耗してしまうから。よく知りもしない人を複製しようとすると莫大なインクを消費する必要がある」

「やはりな。だがそれが君の強がりとどう繋がる?」

「逆に言えば……多少知っていれば、その消耗は抑えられる」


 その言葉で訝しんでいたリーダーはハッと顔を上げ、周囲を見渡した。


「魔術師は!?」


 何も出来ないだろうと無視した僕のことを探す禿頭の男。だが、もう遅い。


「ちなみに今会話に応じたのは、時間稼ぎよ」


 その言葉と共に、僕は作戦を果たした。ガチンと何かが嵌まったような音が洞窟内に響き渡る。

 リーダーがゆっくりと、僕の方を振り返った。


「……じ、」


 そして僕の傍ら、岩壁に手を突く存在を見て目を剥いた。


「自動人形!!」


 僕の傍には、黒く染まったページがいた。

 黒いページ、つまり複製されたページは霊廟の扉に手を押し当てその仕掛けを作動させていた。この扉はページがいなければ開かない。だが逆に言えば、ページさえいれば開く。それが例え、複製でも。

 軋んだ音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。


「よし!」

「先輩、よろしく!」

「やらせるか!」


 即座に僕は駆け出し、霊廟の中へと滑り込んだ。しかし当然リーダーが見逃す筈も無い。


「私だって、やらせない!」


 だがそれは美月も同じ。扉を開ける任を果たし用済みになったページを足止めに向かわせる。強力な身体能力を持つページに阻まれれば、優れた魔術師であるリーダーであっても簡単には突破できない。


「クッ!」


 そしてその間に、僕は見つけた。ページの言ったとおり、霊廟の中は誰かが暮らしていたように生活感に溢れていた。その中心、石のテーブルの上にそれは放置してあった。まるでその辺の小物のように。


「これが……願いを叶える呪物、『魔法使いの小指』か」


 そのものズバリな、小指のミイラの形をしていた。実際に魔法使いの小指を素材としているのだろう。それが件の偉大な魔法使いかどうかは知らないが。

 表面に入れ墨のようにビッシリと呪文の刻まれたそれを拾い上げ、僕は霊廟を脱する。それ以外には触れないようにするのがページとの約束だ。

 そして洞窟に戻ると、丁度複製ページがインクに還るところだった。


「う、やっぱり耐久性が低いから……!」

「舐めるな、小娘!」


 本物ならいざ知らず、複製には荷が重い相手だったか。これで美月は本当にインク切れ。本当なら絶望だっただろう。

 だが今の僕には逆転の一手がある。

 僕は願った。


「『奴を無力化しろ』」


 その言葉と共に、リーダーは地面に叩きつけられた。


「ガハッ!?」


 まるで地面に縫い付けられるようになるリーダー。そこだけ重力が何倍にもなっているようだ。少しも立ち上がることが出来ないらしい。ついでに、服の下からパリンパリンと小瓶が割れるような音が響いた。どうやら触媒が砕ける音らしい。


「ががががが! ……それ、が……」


 一瞬にして戦う手段全てを奪われたリーダーは、僕を見上げることしか出来ない。正確には僕の手の中にある物を。


「そうだ。これが君らと僕らのお目当てだよ」

「本物、だったか。口惜しい……」


 それだけ言い残し、リーダーはガクリと気絶した。






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